終わりを告げる者
帰還の呪文を唱えると、視界が真っ暗になり、次の瞬間には景色の美しい屋外に立っていた。その景色に、ナフィーサは「あ……」と声漏らした。意外なことに、転送した先は皆で作戦会議をした広間ではなく、遺跡の屋上だったのである。
終わったんだな……
夕焼けに染まり始めたサーディール国を眺めながら、ほっとしたような気持ちに浸っていると、背後から声がした。
「おーい!」
シアが跳ねる様に走って来た。後ろには、ヴァルやアルレッキーノが続く。
「やったじゃん! ナフィーサ!」
「フフフ、シアこそ」
シアとナフィーサは手を取り合って、きゃっきゃと笑顔を弾けさせてお互いを讃え合った。
ヴァルやアルレッキーノも、メリッサたちと労いを交わしていると、今度は別の声が掛かった。その声に反応し視線を向けたナフィーサが、表情を更に明るくした。
「お父様! お母様! お姉様たちも」
アフマディー王と王妃、それに姉たちが立っていた。彼らの正常に戻った姿を見て、感極まったナフィーサは思わず駆け出し、アフマディー王に抱き着いた。
「ナフィーサ、よく頑張ったな」
父の大きな手がナフィーサの頭を優しく撫でる。ナフィーサは、その言葉に目頭が熱くなるのを感じたが、ぐっと泣き出しそうになるのを耐えた。
まだ全てが終わってはいない。
ナフィーサは父親の胸から顔を放して言った。
「お父様、この事件の首謀者である叔父様、いえ、アクバルはまだエリギエ山の要塞に」
「うむ。まさかアクバルが謀反を起こすとは、今だに信じられん。しかし、お前がダガフを止めてくれたおかげで、山に残るアクバルの勢力を掃討し、奴を捕縛するのも時間の問題だろう。あとは任せておきなさい」
アフマディー王のその言葉と頼もしい微笑みに、ナフィーサをはじめ、その場にいた皆が事件の終了を目の前に感じた。
――ああ、本当に良かった。
安心感、達成感、喜び、様々な感情で、事件の終わりを噛み締める。
何もかも上手く収まった。
この国は救われ――
「事後処理なら、俺が終わらせやろう」
みんなの輪の外から、突如、聞き覚えのある声がした。
一気に集中した視線の先では、今までいた天秤山を背にして、声の主が不敵に笑いを浮かべていた。
「さ、サイード!?」
それは、先ほど死んだはずの男だった。
「あ、貴方は死んだはず……」
ナフィーサが、驚愕に震えた。
あの時、脈をとってまで彼の死を確かめはしなかったが、明らかに死んだと思っていた。しかも、目の前にいる彼には傷もなく、戦う前の完全な姿で立っているのである。
ナフィーサの反応に、サイードはにやりと妖しい笑いを浮かべて言った。
―――ああ、死んださ。“人間の俺はな”
彼の言葉の直後、大地が揺れた。
局所的ではなく、サーディール国全土を揺すっているように思えたその地震に、メリッサ達は体制を崩し、地面に膝を着いてしまった。驚愕する一同。しかしその直後、突如として発生した地震以上に驚くことになった。
それは地図が書き換わるほどの地殻変動だった。
1人、揺れの中でも余裕で立っているサイードの後ろ――遠くの景色の中で天秤山が崩れ去ったのである。
アクバルがいる砦だと思われる白い点が土石の波に呑まれていく。アクバルや彼に付き従った兵士たち、それにサイードを信じた白装束の者たちも、皆、崩れる山が呑み込んでいった。
サイードの言葉通り、全てを“終わらせた”のである。それを物語る様に、揺れも止まった。山だった場所からは、もうもうと土煙が立ち上っている。
しかし、その土煙の幕は、終焉を告げる緞帳か(どんちょう)ではなかった。
薄まってゆく煙の中にとてつもなく巨大な影が、ずるり、ずるりと蠢いた。メリッサたちは視線を外せずに、息を呑んでその影の動きを目で追う。見る者に不安と恐怖を想起させる巨大な2つの影。
すると、天秤山の左右の小山があった場所に蠢く左右の影に、2対の眼が不気味に赤く光った。
「あ、あれは!?」
驚きの声を上げたナフィーサの視線の先で、土煙が晴れてゆき、浮き上がる様に隠れていたものが姿を現したのだった。
鱗に覆われた長い体、針の様に細い瞳孔の赤い目。それはまさに、蛇だった。山と変わらぬ大きさの巨大な蛇が2匹、鎌首をもたげてこちらを見ているのである。
そして、真ん中にあった天秤山本山の上半分は形が変わり―岩を粗削りした武骨な外見の胸像の様な―巨大な人型が形成されていた。その大きな胸像の左右の肩から、同じく巨大な蛇が2匹生えているのである。
「俺の新しい体だ。まだ、完全ではないがな」
地震が治まり、メリッサたちは動けるようになったが、目の前の光景が現実離れし過ぎて、言葉を失い、固まったままだった。
「ふん、驚いて声もでないか」
「…………ダガフ……」
鼻で笑うサイードを言葉の反応したわけでもなく、ナフィーサから彼女自身も意図せず言葉が漏れた。
彼女の言う通り、出現した異形の怪物は、神話に出てくる暴君“ダガフ”の姿を彷彿とさせた。
「そうだ、建国神話に伝わる暴君、ダガフだ」
「まさか、あれが本物だというのか!?」
メリッサが反応した。
「そうだ。正確には、“アジル・ダガッハ”というのが、あの暴君の名だ。ダガフというのは、伝承として伝ううちに、変化した名前だ」
「しかし、あれは英雄ファドゥンによって滅ぼされたはず!」
「滅ぼされてなどいない。ファドゥンをもってしても封印するのがやっとだったのだ。神話とは為政者に都合のいいように改変される」
建国神話の真相は、ファドゥンは、暴君の肩に生えた蛇を天秤山に磔にし、槍の聖なる力によって、アジル・ダガッハを封印したのであった。
その時、アジル・ダガッハは石となり、長い年月をかけて今の左右対称のエリギエ山となった。
そこから時は流れ、時の暴君シャルマン8世は、エリギエ山の中で強大な力を持つ大きな柱を発見し、それを利用して精神干渉兵器であるダガフを完成させたのである。
真相を聞いて驚きを露にするメリッサが、声を上げた。
「あの大柱がファドゥンの槍だったというのか!? もしそうなら、なぜ歴史に残っていない!?」
「人々の記憶から消されたからだ。その為にダガフは一度、起動している。そして起動した人間が、数百年前侵攻してきたソロモン王だ」
「何!?」
「ソロモン王がこの国を制圧する際、ダガフを“破壊”しなかったのは、破壊すればアジル・ダガッハが復活することが分かっていたからだ。だから彼は地脈の上に装置を造り、それでダガフに流れ込むマナを止めることで、古代兵器ダガフを封印した。
そして、すでに伝承となっていたとはいえ、アジル・ダガッハを復活させることがないように、ダガフに残った最後の魔力を使って、アジル・ダガッハとそれを封じた槍の存在を人々の記憶から消したのだ。
山羊の民は、もとはアジル・ダガッハの復活を防ぐことが使命だったが、この時から古代兵器ダガフの起動を防ぐことが使命に変わった。記憶を改変されてな。
まったく、愚かなことをしてくれたものだ。これ程に純粋で最高の力を隠してしまうなんて」
全ては、この男の掌で踊らされていたというのか……
大臣のアクバルに騙され、彼に都合のいい様に動いていた事実を知った時以上に、メリッサたちを襲う衝撃は大きかった。
それはまたしても騙されたということに加え、強大で邪悪な“暴君”の姿を実際に見て、とんでもないことをしてしまった――アジル・ダガッハを解き放ってしまったことへの絶望感だった。
メリッサたちが言葉を失っている中、おもむろにサイードが右手を上げると、それに連動するように、大蛇の1匹が大きく口を開けた。
彼は、背後の変化に目を向けずにメリッサたちを見たまま、上げた手を軽く握る。
次の瞬間、大蛇の口から放たれた光線。
その光は一直線に荒涼とした大地に注ぎ、そして、着地点で大爆発を起こした。
瞬く閃光の後、体にビリビリと響く轟音が届き、大気が震え、全身に衝撃がぶつかる。
そして、光によって眩んだ視界が再びはっきりした時、そこには恐ろしい光景が広がっていた。
きのこ雲が上がっているのが見えるのである。
熱で生じた陽炎によって歪んだ景色の中、黒々としたきのこ雲が遠く空に顕現していた。
途轍もない、そうとしか表現できないアジル・ダガッハの力だったが、そう表現するような言葉を、その場の誰も発することは出来なかった。
「素晴らしい……これこそ最高の力だ」
軽く振り返ってその惨状を目にしたサイードが、感動に打ち震えながら呟いたが、すぐにメリッサ達の方に向き直った。
「さて、今の私に、この国を何もない砂の大地にすることが、造作もないことなのは今ので分かってくれただろう。手に入れた力を試すのにそれもいい……だが、力とは怖れ、崇める他者がいてこそ、価値があるのも事実。だから、どうだろうか、アフマディー王。私に王座を譲らないか?」
「な、何を世迷言を!」
振り絞る様に王が答えた。
「良く考えろ。貴様らの命も、この国も残してやると言っているんだ。それどころか、私が王になれば、サーディール国が世界制覇すらできる」
「……くっ」
この化け物の思うままにしていいはずがない。しかし抗う術がないのも事実。世界制覇などはどうでもいいが、家族や国民の命を思うと、アフマディー王は、重大な葛藤に小さく呻くことしか出来ず、何も言えなくなってしまった。
「…………それでも……それでも私は貴方と戦います!」
その時、ナフィーサの声が響いた。
落ち着いていながら、力強く、覚悟と闘志を孕んだ声だった。声だけでなく、彼女の表情もそれを体現している。
アフマディー王は、見たことのない娘の姿に目を見張った。城の中に匿われているだけの幼気な娘だった彼女は、ここ数日で別人の様に強くなっていたのである。
娘の姿に頼もしさすら覚える父の視線の先で、ナフィーサは毅然とした態度で言葉を繋いだ。
「貴方を、アジル・ダガッハを倒せる力は、今、私達しか持ちえません。そして、その力があるのに逃げることなど、私には断じてできません。例え刺し違えても、貴方がこれから生む惨劇を止めてみせます!」
凛とした瞳で真っ直ぐサイードを見つめ、はっきりと言い放った。
「……くくく……はははは、そうだ! それでいい! 正直、玉座などどうでもいいんだ。闘争だ! 闘争が全てだ! 他者に怖れ崇められること以上に、俺を倒しうる存在との闘争こそが、力の証明であり俺の最も望むもの!」
サイードが、目を見開き、狂気を帯びた笑みで顔を歪ませた。
「ははは、抗ってみせろ! 戦え! 俺の至高の喜びの為に。聖歌の乙女!」
そう言い残し、サイードの姿がすっと消えてなくなった。その直後、遠くに見えるアジル・ダガッハの穴ぼこだった目に、赤い光が灯った。まるで、まるでサイードという魂が体に返ったかの様に。
そして、再び地震が起きた。
それはアジル・ダガッハが動き出したためだった。下半身を覆うように残っていたエリギエ山が完全に崩れ、伝説の魔人が全貌を現した。
ずるり、ずるりと前へ進むその姿は、人間の体が付いた蛇だった。腕はなく、下半身は蛇の体が付いている。
地面を這いずる音が、重く腹の底に響き、不気味さと恐怖を掻き立てた。それは絶望が近づいてくる音。
しかし、ナフィーサは呑まれることなく、依然として凛とした態度のまま、周りの人間に対して言った。
「お父様、ごめんなさい。私の一存で戦うことを選んでしまって。そして皆さん、この最後の戦いに、どうか力を貸してください」
頭を下げるナフィーサ。
「よく言った、ナフィーサよ。お前が娘で誇りに思うぞ」
父は微笑んで、そう言ってくれた。母も姉たちも、同じだという様に微笑んでいる。
「見事でした、ナフィーサ様。絶対に、アジル・ダガッハを倒しましょう」
「うんうん、かっこ良かったよ! 私も一緒に戦う! 絶対あいつをぶっ倒そう」
メリッサやシア、他の者も同調してくれた。皆の気持ちが嬉しく、ナフィーサ胸に熱いものがこみ上げた。
ただ、皆の気持ちが一つになったと思ったところで、それに水を差す様な言葉が聞こえた。
「あんな化け物相手に、勝てる方法があるんだろうな?」
いつの間にか現れたクロードだった。
先に転送され医療装置に繋がれていたはずだったが、今まさに装置から抜け出てきたのか、羽織っただけのシャツの下には、医療装置と繋いでいたコードが付いたままだった。
「アジル・ダガッハを滅することが出来るのは、伝説の槍と完璧な作戦だ。だが、その様子ではどちらも無い様だが?」
喋りながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「ならば授けてやろう」
クロードは自分の頭を指さすと、妖しくも美しい、それでいて邪悪な笑み――まさに悪魔の笑みを浮かべて、こう言った。
「その両方が我の“ここ”に、入っている」
さて、戦闘は一段落して、あとは事後処理と言いました。
はい、事後処理(ラスボスとの戦闘)です
(´・ω・`)




