何者であっても
クーデターの首謀者であるアクバルとサイードは、天秤山の真ん中の山――本山の中腹に組んで造られた要塞の一室にて、向かい合っていた。
「おい、サイード! なんであいつらを殺さなかったんだ!」
「言ったでしょう、閣下……奴らはそれなりに腕の立つ奴らですので、ダガフで操れればいい駒になりますと」
この要塞は、大昔に造られた遺跡を発掘と称して改修し、要塞に仕立て上げたものだった。
まだ内装も石のままの即席の玉座の間にて、アクバルは、部屋の中で唯一派手な衣装の凝らされた椅子に座り、向かってくるメリッサ達の映像を見た。見て、顔を真っ赤にして激昂した。
腰掛ける“仮の玉座”から身を乗り出し、怒鳴る口からは飛沫を迸る。
「しかし、やつらは脱獄し、こちらに攻めてきているんだぞ! お前が奴らを生かしておけというから! もし、ここを制圧されたら――」
「落ち着いてください。奴らの迎撃には、我が一派の精鋭で臨みます。それに私も行きますので、万が一もないでしょう」
サイードの鋭い眼光を向けられ、喚き散らしていたアクバルはぐっと言葉を詰まらせた。
そのあとは、伏し目がちに目を逸らすと、「うむ……」と短く答えるだけだった。
サイードは、大人しくなったアクバルに続けて言葉を吐く。
「それに、アフマディー王たちには既にダガフの魔法が掛かっているのです。いつでも命を奪うことは出来ます。閣下は、アルム人の集落にダガフの魔法を撃ち込み、攻め込む、いや、治安維持に動ける様に準備をなさっていてください。先に申しましたように、ナフィーサたちは、問題にならないでしょうから」
サイードは不敵な微笑を浮かべながらも、その眼を獲物を前にした蛇の様に冷たく、獰猛に光らせた。
その様子を部屋の隅に控えるリーサは黙って眺めていた。
――私はこの人についてゆくと決めたんだ。
尋常ならざる、いや、おおよそ人がする目ではない恐ろしい目をするサイードを見ながら、横に控えるリーサは自分の覚悟をもう一度噛み締めた。
山羊の民で構成するゴートは、実力者たちの集まりであったが、その組織構造は実力主義ではなく、家柄によって決まっていた。
そして、リーサの家は、山羊の民の一族の中でも下級階層の家柄だったため、リーサはゴートに所属はしていたが、組織においても下層の構成員だった。
組織は下層構成員など駒の1つ、人間として見ていなかった。加えて、彼女が女性だったことも、理不尽な想いや不快な想いをすることを増やこととなった。
それでも全ては、一族の為、国の為と感情を殺し、技を磨き、過酷な任務をこなした。
しかし、どんなに辛い想いを重ねても、彼女の立場は下層構成員のままだった。処遇も、理不尽な想いをするのも変わらない。
この組織構造のままだったら、私はこのまま死ぬまで駒のままだ――そんなのは絶対に嫌だ。
そんな時、彼女の声を掛けてくれたのが、サイードだった。
彼は言った。
『私と共に、ゴートを、山羊の民を変えよう』
彼がその時語った未来絵図は、リーサにとってはとても魅力的に映った。そして何より、彼の自分の想いを理解し、導いてくれるカリスマ性に魅かれずにはいられなかった。
だから、決めたのだ。この、サイードという男についていこうと。
たとえ彼が、“何者”であっても。
♦ ♦ ♦
カツカツと足音を響かせ、ヴァルたちが走る。
山の中腹に開いた洞窟だと思っていた場所は、入ってみると大きくイメージと違った。
入口こそ洞穴といった見た目だが、中は壁も床も天井も、形成された石で囲まれており、この洞窟自体が人工的に作られていた。
ダガフを扱う上で機能する魔術的な施設であることがよく分かる。
壁には、術式とも壁画とも見える模様や絵が、色あせることなく、鮮やかに描かれている。保存状態がいい。
それは、ダガフの封印と同時に入口だけが埋められたため、数百年たった今でも内部は当時のまま施設として原型を留めていたのであった。
それら壁画が、いまだ残る大きな横穴を走り続けると、すぐに終点に辿り着き、シアたちは足を止めた。目の前には大きな扉がそびえる。
「この先が……」
シアは、威圧感のある巨大な扉を見つめ固唾を呑んだ。
来訪者を高圧的に見下ろす様な扉は、完全に閉まっておらず、中に誘う様に観音開きの片方が少し開いている。
彼女たちは、罠の類が仕掛けられていないことを確かめ、慎重に扉の内側へと滑り込んだ。
「わっ……」
入ってすぐ、シアは言葉を失った。
目の前に広がる巨大な空間――桁違いにスケールが違う。
しかし、彼女を驚かせたのは、大きすぎる部屋だけでなかった。
内部にある物全てが、自分が小さくなったのではと錯覚するほどの大きさだったのである。
まず目が行ったのが、部屋の奥にそびえ立つ、巨大な円柱の柱だった。まるで塔と見紛うほどである。
そして、その大柱の周りには、大木の根元に生える草木の様に、呪文の様な文字がびっしりと書かれた石柱や直方体の大きな石が並んでいた。
それら石の人工物も、塔の様な柱と対比すると小さく見えるが、相当大きなものである。
呆気に取られながら、きょろきょろと見回すシアの目に、大柱に中腹に向かって伸びる石の階段目に入った。その祭壇を思わせる階段を見て、シアは、大柱が自分が停止すべき装置の本体であり、階段の頂上で歌う必要があるのだろう想像を巡らせた。
そんな中、声が発せられた。
「やはり、あなたがこちらに来たのね……」
急に聞こえた女の声が、シアの意識を前方に戻した。
部屋に何本も生える石柱うち1本、その上に、白装束を纏ったリーサが立っているのが目に入った。
「リーサ!」
シアは思わず彼女の名前を叫んだ。しかし、その声にも彼女の表情は少しも動くことはなく、物を見る様な冷たい視線でシアを見下ろしている。
一瞬、その視線にひるみそうになる心を奮い立たせて、シアは再び叫んだ。
「散々人の人生弄んで、ふざけんじゃないわよ!今ならビンタ10発で勘弁してあげるから、さっさとマネージャーに戻って来なさい。そんで装置を停止させなさい!!」
ふっと呆れた様な小さな嘆息が漏れ、リーサが口を開いた。
「させるわけないでしょ。それに、殺されるはずだったあなたが生きながらえて、人並み以上の名声も得られたのよ? 怒る筋合いないんじゃない?」
「怒るわよ! 私は、あんたたちの企みの為に生かされて、利用された。こんな国の乗っ取りの為にあった人生だったなんて、納得いくわけないじゃない! むかつくから絶対にその企みを阻止してやるわ!」
「籠の中でさえずっていれば、長生き出来たものを――」
いつの間にか、他の石柱の上にも白装束の男たちが立っていた。
その存在に気付いたヴァル達が身構える。
すると、リーサとその男たちは全員、両手を前にかざし、呪文の詠唱を始めた。
「やらせないよ!」
咄嗟にヴァルが両手の銃から、男たちに向かって銃弾を放った。しかし、弾丸は詠唱途中のリーサたち当たることなく、見えない壁に弾かれるだけだった。
詠唱中に攻撃を仕掛けられることも計算し、リーサたちは障壁の準備していたのだった。
「くそぉっ!」
悔しそうに声を上げるヴァル。
リーサたちも、ヴァルとレラジェという人間ではない、人間ではかなわない戦力――テストゥム2体を相手する為の対策を用意していた。
強固な魔法の障壁、そして、もう“1つ”――詠唱が終わり、部屋の床に発生した巨大な魔法陣から、“それ”が顕現した。




