王女の決意
ナフィーサとシアが、先ほどまで作戦会議をしていた広い部屋に戻ってくると、メリッサたちも準備を終えて2人を待っているところだった。
階段を下り切ったナフィーサのもとに、ロゼッタが近寄って来た。
「お帰りなさい」
目の前までくると、何かに気付いた様に、ぴたりと止まってじっと機械の目で、ナフィーサの顏をじっと見る。
ナフィーサは、その視線に照れくさそうに笑ってみせた。
「いい目になりましたね」
「ふふ、ロゼッタも同じことを言うのね」
「そうですか? でも、本当に別人みたいです」
「実は、そっちがシアですのよ? 服を取り替えましたの」
シアが横から割り込むように言った。
「え!? 本当に別人!?」
「ちょっと、シア、変な冗談いわないで。ロゼッタも信じないで、髪の長さが違うでしょ! 私がナフィーサです!」
むくれて見せるナフィーサに、シアとロゼッタが陽気に笑うと、それにつられる様に、ナフィーサも噴き出して笑った。
その姿からは、もはや鬱屈としたものは感じられず、彼女自身も晴れやかな気持ちで心から笑っていた。
その後、ナフィーサたちは、合流したメリッサたちと、さらに階段を下って遺跡の一階にある出入口から外に出た。
外では真っ青な空からこの地方特有の沁みるような日差しが注ぐ。メリッサたちは、日差しと砂地からの照り返しに目を細めたが、先を歩く老人の行く手に置かれた2つのコンテナが目に映った。
来た時には気付かなかったが、乗って来た時のコンテナの近くに、もう1つコンテナがあったようだ。
「あれに乗っていくわけですね」
「そうだ。即席で用意できるのはこれくらいなもんでな。我慢してくれ」
歩きながらメリッサがアブドルに問うと、彼は振り返ることなく、背中から答えを返した。
コンテナの前に着くと、まずアスタロトとアスモデウスが集団から分かれ、自分が運ぶコンテナの前に立つと、そこから、三三五五に前もって決めていた編成に分かれた。
屋上に行っていたシアとナフィーサはこの編成については知らず、まごついていると、アブドルが声を掛けた。
「皆には既に渡したが、2人にはまだだったな。手を出しなさい」
そう言ってアブドルは、翡翠色の文字が書かれた細い革製の腕輪を2人の腕に巻き付けた。その腕輪をしげしげと眺めると、文字が見る角度によって微妙に色味を変え、なんとも不思議な感じがした。
「転移魔法を発動するアイテムだ。“リタール”と念じて唱えれば、ここに戻って来れる」
腕輪が何なのか気になってる様子を見て、2人が口を開く前に、アブドルが説明してくれた。
「ありがと」
「ありがとうございます。でも、もし詠唱できない状況だったときは?」
「詠唱出来ない状態でも、わしがここから発動させる、心配するな。あの兄妹を通して、わしも見てるでな」
アブドルが、ロゼッタとアルレッキーノを指して言った。
彼が言うのは、ロゼッタに仕込んだ彼女の視界と同じ物を見れる仕掛けのことで、今はアルレッキーノが着けている額当てにも、同じ仕掛けがほどこしてあった。
「シア、こっちだよ」
「ナフィーサは、こっちです」
アブドルの説明が終わったのを見計らって、ロゼッタとヴァルが、シア達2人の手を引いて、それぞれの編成に招いた。
「ちょっと、お兄ちゃんはあっちでしょ」
「た、頼む! 俺をそっちに入れて!」
いつの間にか、ロゼッタにすがり着いたアルレッキーノが切羽詰まった声を上げた。
「アル君はこっちでしょぉ」
「嫌だぁぁぁ! アスタロトちゃあぁん! マリアちゃあぁん! 俺はあっちなんだぁぁ!」
アルレッキーノの襟首をアスモデウスが掴むと、ぐいっと引きはがして、逞しい腕で抱えていった。じたばたと足掻くアルレッキーノだったが、抱えられたままアスモデウスに尻を撫でられると、「ひっ!」と短い悲鳴を上げて大人しくなった。
それぞれのコンテナの前に、並び立ったところで、アスタロトとアスモデウスが、ドラグーンメイル2機を顕現させた。
全員、いざ乗り込もうというところで、ナフィーサが大きな声を出した。
「すみません、皆さん! 出発の前にお願いがあります」
歩みかけた足を止め、全員ナフィーサに傾注した。視線の中心で、ナフィーサが一歩前に出て、皆の顏が見える様に向き直った。
「国籍も違う上に、王族の引き起こした事件であるのに、皆さんには命を懸けて頂いて大変に感謝しております。その上で、こんなことをお願できる立場ではないと思いますが、それでもお願いいたします。
山を守っている兵士たちを殺さないように戦ってください。国を救いたいという私の目的は、国に生きる民を守るのと同じです。なにとぞ、お願いします」
ナフィーサが片膝をついて頭を垂れた。
「顔をお上げください」
近づいたメリッサの影がナフィーサに掛かる。
顔を上げると、メリッサの力強く微笑んだ顔が見え、手が差し出されていた。
ナフィーサがその手を取ると、跪いた彼女を起こしながら、メリッサが口角の上げて言った。
「その依頼、承りました」
ナフィーサは、メリッサとその後ろの協力者達にもう一度頭を下げると、腹の底に力を込めて言った。
「では、参りましょう。救国の戦いに」
共に戦う仲間の顏をさっと見回したナフィーサの瞳は、ここに来た時の曇ったそれではなく、王女としての覚悟という熱いものを迸らせていた。
♦ ♦ ♦
メリッサ達を乗せた2機のドラグーンメイルは、淡い雲が棚引く空を疾走した。
「ジャファド、さん……ちょっといいですか」
「なんだ」
ナフィーサがやや躊躇いがちに、コンテナの隅に座るジャファドに話し掛けた。少しの間を開けて、彼の視線とぶっきらぼうな返事が返って来た。
「あの、サイードのことなんですけど……やはり、彼の命も助けてあげることは出来ませんか?」
「無理だな。奴は生かして倒せるほど、楽な相手ではない」
「でも……でも、彼はもしかしたら私達の味方なのでは、と私は思うんです」
無言のジャファドに、ナフィーサが話を続ける。
「ダガフを避ける魔法を施してくれたのも彼ですし、恐らく、牢に入る前に治療をするように指示したのも、没収された武器を牢のすぐ隣においておくように指示したのも、彼だと思うのです。他にも私達に都合がいいことばかり」
「確かにそうだ。奴がダガフ避けを施したのは予想外だった。お前の言う通り、他の都合のいい事柄も奴のしたことだろう」
「では――」
「しかし、奴が向かってくるなら戦う。そして戦うなら命のやり取りになるだけだ」
「そんな、あなた方は兄弟でしょ!? それが命のやりとりなんて……」
無表情だったジャファドの眉間がぴくりと動き、一瞬、感情の揺らぎが見えた気がした。が、すぐに無表情の顏に戻ってしまった。
「お前には関係ない。話しは終わりだ、戦いに備えて集中させてもらう」
ジャファドは再び目を閉じ、瞑想に入ってしまった。もはや取り付く島もないことを悟ったナフィーサが、とぼとぼと彼の傍を離れていく。ジャファドはその気配を感じつつ、瞑目の中で兄――サイードの記憶を無意識に思い起こしていた。
(…………兄さん……)
いざ、出陣!(°∀°)




