大いなる落雷
遠くからパンッ、パンッパンッと破裂音が断続的にする。メリッサはその音で目を覚ました。牢の鉄格子入りの窓から見える空は、すでに鮮やかな水色に変わって、白い雲が微かにたなびいている。
「もう、朝か……」
「おはようございます。お嬢様」
硬い床のせいで、あちこち痛みを感じる体をさすりながら、マリアに挨拶を返した。
「外で何かあるのか? 発砲の様な音がしたが。それに騒がしいな」
先ほど見た窓から、破裂音以外にも大勢の人間のざわめきが聞こえていた。
「あれは花火ですよ。今日は建国記念日ですからね、外はお祭りなんですよ」
「そういえば、今日はそうだったな」
“今日”という単語で、時間の経過を覚え、メリッサの頭に、ふと昨日のことが思い出された。
「結局、ロゼッタは、帰って来なかったな」
「そうですね。やはり心配ですか?」
「気にはしているが、ロゼッタは無事だろうと思っているから、心配ってほどでもないな。状況的に見て、敵の手中にあるとは考えにくいからな。マリアもそうだろ?」
マリアも、はい、と同感の意を示した。
彼女たちが、ロゼッタが無事だと考えるのは、敵がロゼッタに危機を加えるにしても、処刑するにしても、わざわざ牢に入れる必要が無く、また、牢から出す方法があまりにも手が込んでいたからであった。
「それに、あの男は、ロゼッタが“絶対に戻って来る”という感じの口ぶりだった。嘘とも思えない」
「確かに、嘘は言っていなさそうでしたね。完全に信用はできませんが、ロゼッタについては、本当のことだと、私も思います」
ちらりと、ジャファドの方を見る。瞑想でもしているのか、目を閉じ、微動だにせず牢の隅に座っていた。
「むしろ、今気がかりなのは、ロゼッタより――」
メリッサは、ナフィーサの方を見た。彼女は昨日と変わらず、抱えた膝に顔を伏せて、じっとしている。その姿からは、悲壮感が漂っている様に感じた。
「確かに心配ですね。運ばれてきた夕飯に、一切手を付けなかったですし」
「ああ、心配だ。だが、今はそっとしておくしかなさそうだ。ジャファドの言う、“その時”が来れば、彼女も再び立ち上がって、歩み始めてくれるらしいからな、待つしかない。彼の言いなりになる様で、癪だが」
「ロゼッタがいれば、ナフィーサ様を元気づけてくれるんでしょうが……」
「私達は、牢からも出れないし、彼女を励ますこともできない。今は完全に無力ということだ」
メリッサは、溜息混じりで、困った様な自嘲気味の笑みを見せた。
その後、朝食が運ばれてきた。美味というわけではないが、栄養面を考慮された食事だった。
食事に限らず、メリッサ達の待遇は、意外にもいい物であった。
牢に入る前に、治療を受けられたし、男女混合の雑居牢であることから、看守に言えば、別室のトイレにも連れて行ってもらえた。加えて、今晩から、シャワーも利用できるらしい。
これらの待遇は、この国の囚人に対するものとしては、一般的である。しかし、反逆者やテロリストの部類である今の彼女たちは、いつ処刑されてもおかしくない者たちである。
そういった者たちが、法に則った囚人の待遇が受けられることに、メリッサは不思議であった。
しかし、法に則さない妙な点もあった。武器や道具の類は取り上げられたが、服はそのままなのである。囚人服ではない。
他にも、男女混合で、白銀の腕手のメンバーとシアやナフィーサといった関係者が、全て同じ雑居牢に入っている点や、ロゼッタがいなくなったことに看守が騒がない点など、妙な点はいくつもあった。
それらの不審点を、メリッサは味気ない食事を咀嚼しながら、頭の中で整理したが、大臣たちの意図はさっぱりだった。
食事も終わり、2時間ほどすることもなく、じっとしていると、外の賑わいがどんどん大きくなっていくのが聞こえた。
建国記念日の祭典に、ますます人が集まってきているのだろう。
監獄は王都の端にあるが、それでも中心部の賑わいが遠くから聞こえるほどだった。
そんな中、突然、ファンファーレが鳴った。
「ん?」
メリッサは、その甲高いラッパの音に反応し、窓を見上げた。他の皆も彼女と同様の反応をした。
すると突然、牢の壁に、絵が映し出された。殺風景だった壁全体が、写真の様な精密な風景画に変わったのである。
「これは……」
メリッサは壁の絵をじっと見た。
その風景は、王都の中心、城の前の広場であり、多くの聴衆が広場を臨む城のバルコニーを見上げている。
しかし、それが絵ではないことにすぐに気付いた。なぜなら、風景の中の人々が動いているのである。
「こいつは、映像だ。城の前の景色を、使い魔を使って、ここに映してるんだ」
アルレッキーノが言う通り、使い魔の見ている景色を、魔術を施した場所に映し出すという魔法だった。それが牢の壁には施されていた。
そして、この映像の魔法は、ここ最近、研究されている特殊な魔法である、とアルレッキーノが付け加えた。
「ちっ、大臣の野郎、俺たちに見せつける為に、こんな最先端技術まで使うってか!」
アルレッキーノが、悔しそうに舌打ちをして言った。
彼同様に、苦々しい表情で皆が見つめる映像の中で、バルコニーに王族が姿を現した。
わあっと聴衆から歓声が上がる。
にこやかに手を振る王の横には、王妃や王女たち、そして、大臣――アクバルの姿もあった。
「傾注! 傾注! 建国記念の祭事に当たり、アクバル大臣閣下より、お言葉を賜る! 一同、静粛に拝聴せよ!」
マイクの前に立った家臣の男が、きびきびした通る声で民衆に呼び掛けると、歓声に沸いていた聴衆が、一斉に静まり返った。
それを確認すると、家臣の男はマイクの前から退き、代ってアクバルがマイクの前に立った。
ぎらついた目を細め、ねちっこい微笑みで聴衆を見渡す。そして、口を開いた。
「今年も、この季節がやってきた。ただ、今年は特別だ。国の創始者にして初代王、槍の英雄ファドゥンが建国してか900年、今年でぴったり900年だ。なんと、めでたいことだろう。
しかし、一言で900年と言っても、様々なことがあった。激動の時代もあれば、穏やかな時代もあった。
さて、今はどんな時代だろうか。それは諸君らの輝く表情と、この晴れやかな祭典を見れば分かり切っている。明るい時代である。
では、この先の時代はどうか。それは皆も分からないだろう。が、明るい昼の後には暗い夜がやって来るものだ。だから、私ははっきりと断言しておこう、この先は暗く苦難な時代がやってくると」
冒頭の式辞らしい明るい内容から、急に不穏な内容へと変わり、聴衆たちがざわつき出した。思いがけないスピーチに護衛についている兵士たちや座して聴いていた王族たちの顏にも動揺の色が見えた。
しかし、狼狽える会場の空気も全て予定どおりであるように、アクバルは澄ました顔で、スピーチを続けた。
「周辺諸国との資源の争奪、列強国の侵略、国家間の経済格差の拡大。どれも苦難な時代の予兆として、まだ微かではあるが、少しずつ確実に闇の濃さを増している」
聴衆のざわつきがより大きくなった。
「不安になるだろう。恐れるだろう。しかし、我々は歴史を持っている。苦難の時代を乗り越えてきた歴史を持っている。
なにより、この国の1ページ目が、苦難を乗り越えて、ファドゥンにより建国された歴史なのだ。
ならば、歴史から学べ。 苦難の時代には、何が必要か!」
演技が掛かった仕草だが、訴えかける様に両手を体の前にかざした。そして、答えを期待する聴衆を見回し、にやりと笑ってから、口を開いた。
「そう、ファドゥンの様な英雄が! 強き王が必要だ! この私、アクバル・ラシャル・サーディールという強き王が!」
アクバルが、力強く手を振りかざした。
「そして、今日この日を、私という新たな王による新たな建国記念日とする!」
その日、サーディール国の王都に、雷が落ちたという。
屋外に、屋内に、都全体に、全ての者に、その雷は降り注いだ。そして、人々の視界を一瞬、真っ白に染めた。
王都の外にいた者には、王都を覆うほどの大きな光の柱が空から、降り注いで見えたという。
古代兵器ダガフ発動!!
メリッサたちはどうなってしまうのでしょうか。
そして、消えたロゼッタは戻ってくるのか。
次回をお楽しみに!




