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舞台裏の事情

「……よかろう。何が知りたい」

「では、まずお前たち、黒装束の一味は何者だ? なぜ、シアとナフィーサ様を狙っていた」

「我々は、ゴートと呼ばれる公安機関だ。この国の治安を守ることを目的としている」

「……公安機関ゴート、ですか。聞いたことありませんね」


 メリッサとジャファドの問答の合間に、ナフィーサが呟いた。


「当たり前だ。表舞台には一切出ず、秘密裏に治安維持にあたっている、国家の影だからな」

「その国家の影が、なぜナフィーサ様やシアを狙うんだ?」


 再びメリッサが問う。


「それは、2人がこの国に、危機をもたらす存在だからだ」

「ダガフの封印を解く力がある、からか?」

「そうだ。そもそも我々は、山羊の民と呼ばれる一族で構成されている。そして、山羊の民は、神話の時代から槍の英雄ファドゥンを助け、暴君ダガフ討伐に貢献し、その後、ファドゥンの建国した国を裏から支えたと伝えられている」

「山羊の民……前にサイードが言っていたのと同じだな。だが、その神話に出てくる一族とは違うと聞いているが?」


「奴が言っていただけだろう。私は神話の一族の末裔と思っている。そして、我らは後の世では、ソロモン王と共闘し、古代兵器ダガフの封印に協力、国を暗君より開放した。その時より、我ら山羊の民の使命は、再びダガフが起動することの無いよう守ることとなったのだ」

「では、お前たちは数百年に渡って、封印を解く力を持つ者が現れる度に、その者を探し出して消してきたというのか?」

「消すというのは間違っていない。が、探し出すということはない。なぜなら、力を持つ者は、王家からしか生まれんのだからな」

「何!?」


 ジャファドの発言に、その場に衝撃が走った。


「……それでは、シアは」

「王家の血を引いている」


 皆の視線が、一度にシアに向いた。その視線の集中する先では、シアが、きょとんとした表情をしている。


「……へ? 私が王族?」


 メリッサが視線をジャファドに戻した。


「どういうことだ?」

「我が一族では、王家に双子の女児が生まれるとき、封印を解く力を持って生まれてくると言われている。その為、双子の女児が生まれると、片方を殺し、もう片方は、王家の血を守る為に生かして、我々が監視を続けるということを代々してきた。

 そこにいるシアは、もとはナフィーサと双子であり、我ら一族に消されるはずだったのだ」

「なんということだ……しかし、それなら2人が瓜二つなのも、歌の力があることも納得がいく。だが、どうしてシアは、今も生きているんだ?」

「シアを暗殺するはずだった者が、直前になって暗殺をやめたからだ。しかもその者は、シアを殺したものと我らを謀った」


 シアが、ふと思い出した様に口を開いた。


「私が孤児院の前に捨ててあったのって、その人が……」

「そうだ。そこに一時的に匿ったのだろう。我々も最近になるまで、暗殺はされたものと思っていた」

「一時的? え、じゃ、じゃあ……」


 この時シアの脳裏に、歌を認められ、プロダクションにスカウトされた時のことが思い出された。

 スカウトしたのは、今のマネージャーであるリーサであった。

 あの、スカウトも全て計画の内だったのか。実力や運命などと、ロマンチックな言葉で飾られた輝かしい思い出がくすんでゆく。

 シアは、足元がガラガラと崩れ落ちる音が聞こえた気がした。


「お前をスカウトしてこの国から連れ出し、ガルディア国に連れて行ったのは、お前を殺さなかった者の差し金だ。リーサという右腕に監視に任せてな」

「つまり、私を殺さなかった人って……サイード?」


 シアに目だけを向けて、ジャファドが頷いた。


「サイードは、山羊の民の者だった。将来、一族の頭領を期待されるほどの実力者だったのだが、奴は昔から、歴史も実力もある一族が、国の表舞台に立てないことに不満を抱いていた。その為、先代の頭領と意見を対立させ、その後、一族を捨てた。

 そして、数年後、奴は王族の親衛隊長になり、大臣のアクバルと接触したのだろう。その時に、アクバルに古代兵器ダガフの存在とその封印の解き方を教え、クーデターをそそのかしたはずだ。

 アクバルが王になった時、自分を重用することを条件にしてな。

 ただ、我々の中にも、サイードと同じ不満を持つ者たちがいた。その者たちが、サイードの元に集い、一族は二つに割れてしまった」


 その説明に、メリッサは納得した様に小さく頷き、口を開いた。


「なるほど、サイードは、黒装束が大臣と組んで表舞台に立とうとしている一派と言っていたが、あれは嘘で、大臣と組んでいたのはサイードたち白装束の集団の方だったということか」

「そういうことだ」

「では、私たちが各地を回っている間、妨害や暗殺が、お前たち山羊の民の人数から見て多くなかったのは」

「うむ。サイードの一派が、裏で我々と戦っていたからだ。故に、お前たちに割ける刺客の数が限られた」

「じゃ、じゃあ、私はサイードの計画の為に、命を助けられて、育てられてきたってこと!?」


 シアが割り込む様に言った。


「15年前、暗殺をしなかった時に、やつがそこまで考えていたかは分からない。が、計画を考えた段階でお前を使うことは計算に入っていただろう。

 おそらくだが、本来は、ナフィーサが囮で、死んだと思っていたお前が、秘密裏に封印を解いて行くつもりだったのだろう。

 しかし、お前が予想外に、歌手として名を馳せたことで、我々に見つかってしまった。そこで、ライブという形で、この地に呼び寄せ、ナフィーサとお前の、二手で封印を解く計画に変更したのだろう」

「そ、そんな……」


 俯いたシアの顔に影が掛かった。周りからその表情が分からないが、彼女がショックを受けている様に見えた。

 そんな彼女を、ナフィーサは不憫に思い、彼女の傍に寄って、そっと肩に手を置いた。

 そうしたのは、姉妹であるという事実以上に、自分も翻弄され、傷つき、彼女の気持ちが分かる気がしたからだった。

 置いた手から、シアの震えが伝わる。


「……――よ」


 俯いたまま、消えそうな声で何か呟いているのが、余計に悲壮感を醸した


「……――わよ」


「シアさん……」


「ふざけじゃないわよ!」


 突然、シアが大声を上げて、一気に立ち上がった。その顔は憤怒の形相である。

 隣にいたナフィーサの体が、びくりと跳ねた。


「なんなのよ! 大臣といいサイードとかいう奴といい、人の人生を弄んで! これじゃ、生け簀の魚じゃない! 冗談じゃないわ!」

「シ、シアさん?」


 どうやら、ナフィーサの、シアの気持ちが分かる気がしたのは、“気がしただけ”だったらしい。

 彼女は心身ともに、怒りに震えていたのが本当の所だった。


「いいわ! 大臣もサイードの計画もぶっ潰してやるわ! そんで、リーサの顏も腫れるぐらい引っぱたいて、またマネージャーにしてこき使ってやる!

 ちょっとあんた、ジャファドっていったわね。あんたの言う、裁定ってのは大臣たちの計画ぶっ潰すことなんでしょ? 私も参加させなさい!」

「もとより、お前には加わってもらうつもりだ。もちろん王女にもな」

「え……私もですか?」

「そうだ」


 ナフィーサは、身を強張らせた。


「ダガフを止めるためだ。あの兵器は、地脈からマナを吸い上げ、魔力に変換、増幅させる装置が2つある。その装置を一度に止められれば、ダガフ自体を停止させたことになる。今となっては、装置を直接止めるしかない。そして、2つの装置を止められるのは、お前らの歌の力だけだ」


 その説明を聞いたシアが、ナフィーサの方へくるりと振り返り、興奮を引き摺ったまま言った。


「王女様、2人でやろう! 私たちを弄んだあいつらに、がつんとかましてやろうよ!」

「……でも、私は」


 シアの燃える様な熱い視線から、ナフィーサは逃げる様に目を背けた。

 様々な驚愕の事実にショックを受けたが、何より、尚も戦う姿勢のシアが眩しかった。

 今のナフィーサには、内で燃え、突き動かすものがない。ただ、そっとしておいて欲しかった。


「ああ、もう! 煮え切らないな! 昨日のホテルでは、あんなに国を救うんだって燃えてたじゃん!」

「あれは……あれは、騙されていたとは気づかなかったからで」

「騙されてたからってなんなの? 国を救いたい気持ちは変わらないんじゃないの? 」


 一瞬、ナフィーサがはっとする。しかし、また曇った表情に戻り、ジャファドの方を見た。


「……確かに、この国を救いたいのは間違いありません。が、あなたが本当のことを言っているという保証がありますか? あなたも大臣の間者で、彼にとって都合がいいように、私たちを誘導しようといるのではないですか?」

「その様なことはない」

「そうですか。でも、私は自分の中で確信が持てるまで、参加する気はありません」


 そう言って、すたすたと牢の隅に歩いて行き、膝を抱えて座り込んでしまった。


「ちょ、ちょっと!」

「シア」


 慌てて声を掛けようとするシアだったが、メリッサに呼び止められた。シアが呼ばれた方を見ると、メリッサが首を横に振って言った。


「ナフィーサ様の言うことも、間違いではありません。それに色々あり過ぎました。少し、整理する時間は必要です」

「うん……」


 彼女たちのやり取りをじっと見ていてジャファドが、ふっと鼻で笑った。それに対して、メリッサ達の睨む様な視線が彼に集まるが、彼は歯牙にもかけず、口元に不敵な笑みを浮かべながら言った。


「先ほども言ったが、お前たちには裁定に従ってもらう。選択の余地はない。明日になれば、嫌でも分かるだろう」


 ジャファドの言う通り、彼の言葉の意味を、翌日、メリッサ達は思い知ることになるのだが、ただ、今は静かに、彼らの夜は更けてゆくのだった。


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