リガッチ監獄
離宮で拘束され、連行されたメリッサ達は、そのまま王都にあるリガッチ監獄へと収監された。その監獄の中で彼女たちが放り込まれたのは、いくつも並ぶ牢の中で一際広い雑居牢だった。
「……ん」
床に寝かされていたクロードが、目を開け、上体を起こした。喰らった麻酔のせいか、頭に走る鈍い痛みに顔を歪め、こめかみを抑えた。
「目を覚ましたか、クロード」
「……娘、ここはどこだ」
「王都にある監獄だ」
「……なるほど、あの大臣どもに拘束されたわけか」
そう言って牢の中を見回した。
雑居牢には、警備会社全員とナフィーサ、シア、そしてどういうわけか、黒装束の頭領ジャファドが、一緒に入れられていた。
クロードの目が、牢の隅に腰掛けるジャファドに留まる。
「あいつは……」
「ああ、なぜ一緒に入れられたかのかは分からないが、彼にはもう私達と戦う気はないようだ」
「……そうか」
クロードは短く答えると、メリッサに視線を戻した。
「おい、あの後何があった?」
「……それはな――」
メリッサは、クロードが気を失ってから、この監獄に入れられるまでにあったことを話して聞かせた。
「貴様ら全員の傷が癒えているのは、どうしてだ?」
「この監獄に入れられる前に治療が施されたんだ。大臣が王になる時を拝ませるまで、簡単には死なせないつもりか、他の目的があるのか……真意は分からないが、シアの傷が癒えたのは幸いだった」
そう言って動いたメリッサの顔につられて、クロードも同じ方を見る。目線の先では、シアが寝かされていた。
メリッサの言うとおり、離宮の中庭でナフィーサを庇って出来た刺し傷は、すでに治療によって消えていた。
「……ううん」
クロードとメリッサが視線を向ける中、シアもゆっくりと目を開けた。上体を起こすと、クロードの時と同じように頭痛に顔を歪めてから、ぼおっと辺りを見渡す。
「えっと……あ、ヴァルちゃん」
「シア! よかったぁ、目を覚まして」
シアの傍らにずっと寄り添っていたヴァルが、歓声をあげて彼女に抱きついた。すると頭に霞が掛かる中、シアも弱々しく微笑む。
「シアも目を覚ましましたか。お加減は大丈夫ですか?」
メリッサも、シアの隣に座った。
「メリッサさん。うん、ちょっとぼおっとするけど、いたって元気……ところで、リーサがどこにいるか知らないですか?」
「え……」
彼女には記憶の混濁が見られた。離宮でのことを覚えていないのだろうかと、メリッサもヴァルも不安に表情を曇らせた。
メリッサは、落ち着いて聞いてくださいと前置きをし、ゆっくりとこれまでのことを彼女に聞かせた。
話を聞く中で、鮮明になっていく記憶。それに合わせて、彼女の表情は凍り付いていった。
「そうだ……なんで、リーサが……」
メリッサの話が終わると、シアは呆然自失で俯いてしまった。
居た堪れない空気が牢に流れる中、ヘルマンがジャファドに詰め寄った。
「おい、ジャファドとか言ったな。あんたは今回の一件、色々と知ってるんだろ?」
声に苛立ちが籠る。
自分たちの知らない舞台裏で、様々なことが複雑に絡み合い、今回の事件という舞台を動かしている。その舞台裏の事情に、翻弄されている現状への苛立ちだった。
ただ、苛立ちという形でないにしろ、謎が多い現状に対する不安定な気持ちは、全員が同じと言えた。
詰問に、ジャファドは目を閉じ、一切反応を示さない。ヘルマンは、表情をさらに険しいものにして、ジャファドの胸ぐらを掴んだ。
「おい、なんか言えよ」
しかし、声を出したのは、ジャファドではなくロゼッタだった。
「え? あれ? あれれ? 何これ!?」
突然、彼女の体全体を青白い光が包んだのである。光る自分の手足を、きょろきょろと見つめて慌てふためいた。
しかし、変化はそれで留まらなかった。その変化に、近くにいたナフィーサが気付いて思わず叫ぶ。
「ロゼッタ! か、体が、透けてる!」
急にロゼッタのシルエットが薄くなり、彼女の向こうにある鉄格子が見えている。
アルレッキーノが血相を変えて、彼女に駆け寄った。
周りの人間もロゼッタ本人も慌てふためくが、そうこうしている間に、どんどん彼女のシルエットは薄くなって行く。
そして、ついて完全に消えてしまった。
「ロゼッタ!」
「ロゼッタ! おい、ロゼッタ! どこ行ったんだ!?」
ナフィーサやアルレッキーノが、彼女のいた場所を手で探るが、跡形もなく、呼びかけても、返事もない。透明になったというわけではなく、完全にこの場からいなくなったのだ。
「……そ、そんな……うぅ、ぐす、なんで、なんでロゼッタまで……」
サイードに裏切られた1件に加えて、目の前から親友がいなくなり、ナフィーサの心は完全に真っ黒に染まってしまった。放心したようにぺたりと座り、ロゼッタいた場所を見つめて、涙をぽろぽろと溢れさせる。
その様子を見て、ジャファドが、ふっと小さく笑った。
「てめぇ! ロゼッタに何しやがった!? 何か知ってるんだろ!? 言え! 言いやがれ!」
ヘルマンの手から解放されたジャファドの胸ぐらを、今度はアルレッキーノが掴み、猛烈な剣幕で詰め寄った。しかし、ジャファドは涼しい顔をして、その詰問を流している。それでも、アルレッキーノは吠え続けた。
ヘルマンの時と同様に、この男は何も語らないと思われた。が、おもむろにジャファドが口を開いたのである。
「……裁定が下った」
「あ? 何言ってやがる!」
意味不明な言葉に、アルレッキーノの眉間の皺が深くなった。
「安心しろ、あのロゼッタとやらは、使いに出ただけだ。明日には、裁定の結果を持って、ここに戻ってくるだろう。そして、戻ってきたら、お前たちには裁定に従ってもらう」
「え? ロゼッタは戻ってくるんですか!?」
ナフィーサが、ぱっとジャファドに顔を向けた。
「いかにも」
「だが、なんで俺たちが、その裁定ってやつに従わなきゃならねぇんだ! そもそも裁定って何だよ!」
「この国を護る意志だ」
「もったいぶった言い方しやがって! 訳がわからねぇんだよ!」
「待ってくれ、アル」
熱くなるアルレッキーノを、メリッサが制した。そして、ジャファドから手を放すように言って、彼の傍に寄った。
「お嬢……」
「この国を護る、つまり、大臣たちともう一度敵対するということ……お前たちと目的を同じにしろということだな?」
「そうだ」
「ならお前が知っていることを教えろ。私たちは分からないことが多すぎる。全てを知った上でなければ、裁定とやらに従うかどうか決められない」
メリッサのきりっとした目が、ジャファドをじっと見つめる。彼も、その視線を見つめ返し、しばしの沈黙の後、そして、語り始めた。
5章突入!
っていきなりロゼッタがぁ!
次回、ジャファドの口から真相が語られます。




