表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/75

その先の真実

「え? こいつは……なるほど! これなら穴を開けられる!」

「いったい、どうするのですか?」


 アルレッキーノとメリッサの会話に、ナフィーサが入ってきた。


「いいかい、ナフィーサちゃん。この手袋は空間にトンネルを開けるアイテムなのさ。これなら壁でも結界でも貫通できる」


 メリッサが取り出したのは、ドラフトから回収した魔導遺産の手袋であった。アルレッキーノが、それを手に装着しながら、心配そうに聞いてきたナフィーサに説明する。


「俺がこいつで結界に穴を開けてるから、その間に装置を止める歌を頼む」

「わ、分かりました!」


 ナフィーサが強く頷いた。

 後ろでは再び、黒装束たちが乱戦を掻い潜ってナフィーサとシアを亡き者にしようと攻撃を仕掛け始めた。

 マリアもロゼッタもヴァルも、2人を必死に守っているが、そろそろ魔力も弾薬も限界が近い。


「ナフィーサ様、お願いします!」


 メリッサも剣を構えなおし、護りにつくと、背後のナフィーサに急かす様に促した。


「じゃあ、行くぜ……ぶっつけ本番だが、上手くいってくれよっ!」


 アルレッキーノが目の前の結界に、手袋を着けた手をかざすと、意識を集中し、魔力を手に流した。

 すると一瞬、空間の一部がぐわんと歪んで、そこに穴があいた。そして、その穴の向こうには、結界の内側にある装置が見える。

 見事にトンネルが出来上がった。


「今だ! ナフィーサちゃん!」

「はいっ!」


 ナフィーサが、すっと息を深く吸い込み、歌い出そうとした時だった。


「させるかあぁぁぁぁっ!」


 サイードと戦っていたはずのジャファドが、ぼろぼろになりながらも、サイードを振り切り、高速でナフィーサに向かってきたのである。

 咄嗟にメリッサが立ちふさがり、ジャファドを止める。

 ガキンとぶつかり合う剣と剣。

 凄まじい衝撃が走った。ジャファドの左手の剣が受け止められる。が、ぶつかった一瞬で、右手からもう一本の剣を放った。

 回転しながら一直線にナフィーサへと飛んで行く剣。

 その一撃に、誰も反応出来なかった。



 ――ただ1人を除いては。


「うぐっ」


 剣が突き刺さった。

 血が迸る。

 しかし、剣が刺さったのはナフィーサではなく、シアだった。

 ナフィーサを庇う様に、彼女の前に飛び込んだシアの左肩に、深々とジャファドの剣が突き刺さっている。

 シアは、左肩を抑えて、その場にしゃがみ込んだ。


「シアさん!」


 ナフィーサは、慌ててシアに駆け寄ったが、彼女の傷を見て絶句した。回転しながら刺さった剣は、彼女の肩の骨を砕き、肉を深く抉っている。

 気が付けば、シアを抱えたナフィーサの腕は、彼女から出た、どろりとした鮮血で真っ赤に染まっていた。


「あ……あ……そんな……い、いや」


 返り血に染まる中で、ナフィーサはパニックになった。

 上手く言葉が出ず、それどころか呼吸もぎこちなくなり、ひゅうひゅうと喉が鳴った。

 戦いの中で、血を見なかったわけではない。

 しかし、自分と同じ顔をしたシアが、剣によって肉を裂かれ、血に染まるのを見た時、途方もない恐怖に囚われてしまったのだった。


 シアを抱いたまま、カタカタと震えるだけのナフィーサ。そんな彼女に、腕の中でシアが言った。


「……大丈夫、怖くないよ。さあ、歌って……」


 シアの青くなっていく唇が弱々しく動いた。

 しかし、ナフィーサは震えるだけで、口から言葉が出ない。完全に恐怖に呑まれ、思考が停止している。

 それを見たシアは、目を閉じ、息を整えると、歌い出した。


 弱々しく今にも消えそうな声。

 しかし、絶叫や雄叫び、爆発や金属のぶつかり合う騒音が渦巻くその中庭において、彼女の歌は、まるで吹き抜ける風の様に、掻き消されることなく響き渡った。


「どけえぇぇぇ!」

「させるかあぁっ!!」


 烈火の如く激しい攻撃を繰り出しながらもメリッサに抑えられ、ジャファドが叫んだ。叫びながら、ひたすら攻撃を繰り出す。

 メリッサも、鬼気迫る形相で、必死にその場を守った。

 剣と剣のぶつかる調の中、ついに歌が終わった。


「……大丈夫、王女様?」


 ナフィーサの腕の中で、シアが呟いた。

 歌が終わった時、ナフィーサは、さっきまで自分を捉えていた恐怖が、溶ける様に消えていることに気が付いた。


「わ、私は……」

「よかった……もう怖くないよ」


 彼女の変化に気付いてか、腕の中のシアが、にこりと笑った。


 目の前の石柱は、光る模様が消え、左右に分かれた中心部から黄色い球体が飛び出してきた。

 球体は、ふわりと空中を滑ってシアの手元まで飛んで来ると、彼女の手の中に、ぽとりと落ちた。


「くっ……」


 その光景を見たジャファドが動きを止め、力が抜けたように、がくりと膝を着いた。

 それはジャファドだけでなく、黒装束の全員が武器を落とし、同じように戦意を喪失した。


「シア! 大丈夫ですか!?」


 メリッサが、血相を変えてシアの元に駆け寄って来た。マリアたちも集まって来て、急いでシアに止血の処置をし始める。

 戦いが終わったというのに、緊迫の状況は変わらず、ヴァルは今にも泣きそうな顔で、シア! シア!! と彼女の名前を連呼した。

 そんな蒼白な表情の彼女たちに、一番蒼白なシアが、大丈夫だから、と言って弱々しく笑ってみせた。

 刃は幸い急所は逸れていて、応急処置だが止血も出来たので、シアは一命を取り留めることが出来た。


「どうやら終わった様だな、お嬢」

「決着をつけられなかったのは、遺憾であるが、相手の戦意が失せたのでは、意味がない」


 シアへの処置が終わり、事態が落ち着き始めた頃に、ヘルマンとクロードが、メリッサ達のもとにやって来た。2人とも体のあちこちに傷があり、戦いの壮絶さを物語っている。

 彼らが戦っていた、ギドとディンも傷だらけで、今は彼らの頭領であるジャファドの傍に無念そうに跪いていた。


「サイード!」


 ナフィーサがやって来たサイードを見つけ、大声で呼び掛けた。彼もナフィーサを見つけると、彼女の方に駆け寄って来た。

 サイードも、満足げに微笑んでいる。


「私は大丈夫だから、行っておいで」


 シアが微笑んで言った。

 ナフィーサは、すみません、と頭を下げてから、サイードの方へ歩み寄った。

 目の前まで来ると、サイードの大きな手が、ナフィーサの手を力強く握った。


「よく頑張りましたね」


 サイードの労いの言葉に、ナフィーサは胸がいっぱいになった。

 全てが終わったんだ。これで、古代兵器の復活は阻止し、クーデターも起ることはない。

 最後は、私の力ではなかったけれど……それでも……それでも、国は救われたんだ。

 ナフィーサは、何も出来なかった自分にわだかまりを感じつつも、今は喜びと達成感を心から噛み締めた。


 しかし、その感動も一変する出来事が、突如として起こった。


「一同、控えろ! アクバル・ファド・サーディール閣下の御前になるぞ!」


 突然、大声が中庭に響いた。

 皆が、その音の方へさっと顔を向ける。その声は、中庭を望む2階のテラスに控える軍服の男から発せられていた。

 テラスには同じような軍服の男を数人いるが、その中に1人だけ、軍服ではない華美な服装の初老の男がいた。

 軍服たちを付き従わせて、傲慢さの満ちた顔でナフィーサ達を見下ろしていた。


「アクバル! どうしてあなたがここに!?」


 その人物をきっと睨んで、ナフィーサが叫んだ。


「ふん、わざわざ出向いてやったというのに、随分な言い草だな」


 軍服たちの中心にいる初老の男こそ、大臣のアクバルだった。その場にいるとは思っていなかった首謀者が顔を出したことに、ナフィーサは思わず叫んだ。

 しかし、悠然と答える大臣の堂々たる風格に、逆に気圧される。


「あ、あなたの野望は潰えましたよ。今、全ての地脈装置を封印したのですから!」


 気圧された心を奮い起こして吠えた。


「くっくっく……やってくれたな、ナフィーサよ……」


 アクバルが、長い髭を撫でながらくつくつと笑った。そして、言葉を続けた。


「本当に……よくやってくれた、ハハハハハ」


 笑い方が、高笑いに変わった。

 醜悪に顔を歪め、勝ち誇った様に笑う。


「なっ……」


 予想外の大臣の反応に、強い違和感を感じる。しかし、その違和感が頭の中で整理しきれず、アクバルの高笑いに、ナフィーサは困惑するだけだった。


「クハハハ、分かっていないという感じだな? まぁ無理もないか。よかろう、特別に教えてやるとしよう」


 アクバルが嫌らしく目を細めた。


「ナフィーサ、お前は古代兵器ダガフの起動を阻止するために、地脈装置を止めて回っていたようだが、それは逆にダガフを起動させる行為だったのだよ」

「何を言って……」

「お前が地脈装置だと思っていたものは、本当はな、地脈がダガフに流れるのを止める栓の様なものだったのだ。

 その栓をお前が全て抜いてくれたわけだ。だからな、わしとしては、“よくやってくれた”と労いの一言も言いたくなるわけだ。フハハハハハ」

「そ、そんなの嘘です!」

「嘘なものか。わしの言っていることは、間違っていないよなぁ? サイード」


 アクバルの言葉と同時に、ナフィーサの首筋に冷たい感触が走った。それは、剣の感触だった。


「はい、間違っておりません。大臣閣下」


 ナフィーサに剣と突きつけ、サイードがにたりと笑った。


「サイード、何を!?」

「動かないでください」


 突然のことに、ナフィーサは咄嗟にサイードの方に振り向きそうになるが、彼の冷たい声がそれを制止する。

 急転した目の前の光景に、メリッサ達も呆気にとられ、初動が遅れた。

 彼が敵だと認識し、行動を取ろうと身じろぎをしたところで、サイードの声が飛んだ。


「お前たちも動くな! それと武器を捨てろ。目の前で依頼人の首が飛ぶのは見たくないだろう?」


 サイードの目から、彼が本気であることは明白だった。メリッサ達は、仕方なくそれぞれ持っていた武器を投げ捨てる。

 ただ、そんな中、武器を捨てない者が1人いた。


「クロード、お前も武器を捨てろ!」

「ふん、我にはその娘がどうなろうと関係ない」


 メリッサの言葉も聞かず、クロードは剣を構えたその時、何かの合図か、サイードが小さく頷いた。

 その直後――


「うぐっ!」


 クロードが首筋を抑えて、ばたりと倒れた。その後、ぴくりとも動かない。


「クロード!」


 メリッサが急いで駆け寄る。倒れたままのクロードを確認すると、意識が無かったが、息はしていた。それが分かったと同時に、彼の首筋に針が刺さっていることに気付く。


(これは……毒針)


「安心しろ、麻酔薬だ。彼の力は厄介なのでね、眠ってもらった」


 サイードの言葉を聞きながら、メリッサはすぐに、針の飛んで来た方向に顔を向けた。するとそこには、吹き矢を放ったであろう筒を手に持ち、こちらに歩いてくる人物が見えた。

 その人物に、メリッサは衝撃を受けた。


「ど、どうしてあなたが……」


 その人物は、メリッサに反応することなく、彼女の横を黙って通り過ぎ、サイードの隣へ歩いて行った。


「お頭、宮殿の外の勢力は全て排除完了しました」

「そうか。相変わらず、お前の吹き矢はいい腕だな、リーサ」

「恐れ多いことにございます」


 リーサの登場に、一番衝撃を受けたのはシアだった。


「え? ちょっと……ちょっと待って、何やってるのリーサ? なんでそんな格好してるの?」


 受けた傷に朦朧としながらも、シアがよろよろとリーサに近寄ってゆく。

 ホテルに置いてきたはずの自分のマネージャーが、目の前に現れた。しかも、見たこともない白装束を着て、敵となったサイードをお頭と呼んで敬っている。

 怪我のせいで幻覚でも見ているのか。

 まるで夢の様に現実味の無い状況に、理解が追い付かない。


「ねぇ、なんかの冗談だよね? ねぇってば!」


 弱々しくしがみ付くシアに、リーサは何も言わない。まるで物を見るかのような冷たい視線を向けるだけであった。


「ねぇ、リーサどういうことなの!? 説明し――」


 力を振り絞って、シアが大声を出した瞬間、糸が切れた様に彼女の体が崩れた。リーサの服を掴んでいた手が離れ、だらりとリーサに倒れ掛かる。

 彼女の首には、クロードと同じ針が刺さっていた。


「さて、ナフィーサ、それに警備会社の諸君、分かってもらえたかね? もう少しで、新たな王の誕生だ。その時が来たら盛大に喜び、讃えてくれたまえ。フハハハハ」


 アクバルの狂ったような高笑いが響き渡る。

 この時、メリッサ達には、笑う大臣を睨むことしか出来ず、そのまま成す術なく王都の監獄へと収監されてしまうのだった。



大臣の手の上で転がされていた。

しかも、サイードの裏切り、そしてまさかのリーサの正体。

まさか、まさかの真実が明らかになって、4章は終了です(-_-;)

5章をお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ