離宮の乱戦
「オッケー! 制圧完了」
ヴァルたちが、着地すると背後の出入口から続々とメリッサ達が昇って来た。
「ご苦労、ヴァル、ロゼッタ」
メリッサが2人を労いつつ、辺りを見回した。彼女の目にやや眩しい日差しと、鮮やかな緑が映る。
そこは、刈り込まれ、手入れの行き届いた芝が鮮やかな広場だった。ただ、広場と言っても十数メートル四方の広さで、辺りは木々に囲まれており、林道の一角の休憩所といった雰囲気の場所であった。
「急ぐぞ、すぐに敵が来る」
サイードは、芝の上に舗装された道を進むのではなく、その道の横に並ぶ林の中に入っていった。
ここからだと離宮の母屋へは、林を突っ切っていった方が近いのと、遮蔽物のない林道を行くのは狙われやすいためだ。
全員彼の判断に従い、ナフィーサとシアを守りつつ、駆け足で林を進むことにしたのだが、敵もそれは予想していたのだろう、ざざっと木々を揺らす音とともに襲い掛かってきた。
脚を止めずに、メリッサたちは走る。
木々の間を駆け抜ける間にも、あらゆる角度から迫る飛び道具。近くの樹木にナイフや矢が刺さり、マリアの障壁に銃弾が弾かれた。
「そこ! そこ! あとそこ!」
ヴァルが、遠くの木の上にいる敵を次々と撃ち落としていく。
「せいっ!」
「はっ!」
進路に立ちふさがる敵をクロード、メリッサが切り倒す。
襲い掛かる敵を捌きながら、ひたすら駆けた。
5分程で林を抜けると、石で舗装された道に出た。
前方には林が続いているが、右を見れば、道の先に宮殿が見える。あと少しだ。
だが、宮殿の前にはゴーレムが立ちふさがっている。
最初に林を抜けたメリッサの目に、ゴーレムに搭載された機銃がこちらに向く光景が飛び込んだ。
「全員、木の陰に隠れろ!」
林を抜けかけていた列の後方に、メリッサが飛び退きながら叫んだ。
瞬時に全員が身を隠したその直後、ゴーレムの機銃が火を噴いた。銃弾の雨が、メリッサ達の隠れる林の一角に降り注ぎ、バキバキと太い幹を削ってゆく。
「マリア、バックアップしろ!」
「わかったわ!」
そう叫んだヘルマンが走り出した。木の陰を縫うようにして、ゴーレムの側面へ走り抜ける。
そして、背中の大剣を抜きながら林から飛び出した。
「おらぁぁ!」
咆哮と伴に、超振動する大剣を走りざまに振り降ろした。
けたたましい音に飛び散る火花。
瞬く間にゴーレムの機銃が付いている前面部が、搭乗席ごと断ち切られた。
ずんっと、残骸となったゴーレムが崩れる。
それと同時に、マリアが声を上げた。
「逆巻け、凍てつく風よ、フリージング・ストーム!」
木の間から、マリアが放った冷気の塊が、吹雪の様に吹き付けた。
あっと言う間に、ゴーレムの駆動部分が、白く凍ってゆく。
「せいっ!」
駆動系が凍り、身動きできなくなったところを、ヘルマンが一刀のもとに真っ二つに切り裂いた。
タイミングが合った連携で、あっという間に2機のゴーレムを片付けると、マリアが頷きながら言った。
「お嬢様、行きましょう」
再び、メリッサ達は林から出て、舗装された道を離宮に向けて走り出した。
優美な装飾が施された門をくぐり、大理石で出来た階段を上った先に離宮の全貌が見えた。
そこで、メリッサ達の足がいったん止まった。離宮の美しさに、目を奪われたからである。言葉が出ないほどだ。
流石は王族の離宮である。
メリッサたちが辿り着いた宮殿の前の広場は、綺麗に刈られた樹木が左右対称にずらりと並び、中央には煌びやかな噴水が設けられている。
噴水の上げる水しぶきの先に、白亜の宮殿が鎮座するその風景は、しばらく眺めていたくなるほどの美しさだった。
しかし、忘我の余韻に浸る間もなく、その場に、緊張が走った。
その時噴水が、横一列に水柱を高く噴き上げた。
築かれる水の壁。
その壁の向こうから感じる殺気に、メリッサたちの武器を握る手に力が入る。
数秒後、噴水は吹き上げるのを止め、水の壁は形を崩して消えた。
「やはり、あれで終わりというわけはないか」
緊迫の空気をもたらしたその原因を睨みながら、メリッサが呟いた。
視線の先、消えた水柱の後ろから現れたのは、ずらりと並ぶ黒装束の集団だった。
しかも、敵はそれだけではなく、庭園に並ぶ木々の陰からも見えている。
姿を見せた全員から漂う手練れの風格。
明らかに今までとは違う。精鋭であることは明白だった。
「掛かれ」
敵の頭領――ジャファドが、ぼそりと言うと、放たれた猟犬の如く、一斉に黒装束たちが襲い掛かって来た。
戦いが乱戦に入ってゆく。
切り掛かって来る敵、弓矢を放つ敵、銃や魔法を使う敵もいる。中には、毒針を持った羽虫のクリーチャーを使役する者までいた。
それらに対して、メリッサ達各々が応戦し、ねじ伏せてゆく。
1人1人が獅子奮迅の働きである。
しかし、相手もかなりの使い手たちであり、加えて数の不利は歴然である。
メリッサたちも徐々に、傷を負い、疲弊していった。
「このままでは中庭までたどり着けない。私が道を開くから、一気に突破をするぞ」
サイードが敵を切り倒しながら、大声を上げた。そこから彼は少し立ち止まり、詠唱を完了させる。すると、彼の身体が光を帯びた。
「はあぁぁぁ!」
目を見開き、咆哮と伴に駆け出したサイードが、瞬く間に5、6人をその双剣で仕留めていく。
それはまるで、荒れ狂う雷の化身だった。
地上を走る雷が通り過ぎる度に、敵がバタバタと倒れてゆく。
「ナフィーサ様! シア! 走りますよ!」
メリッサが顔を後方に向けて、2人に呼びかけると、はいっと力強い声が同時に返ってきた。
サイードの活躍で、手薄になった前方へと、全員で2人を護る陣形を取りつつ、走り出す。
しかし、少し進んだところで、耳をつんざくような衝撃音が轟いた。
「サイードぉぉ!」
前方で奮戦していたサイードに、もう1人の雷の化身がぶつかったのだ。
サイードの名を叫び、刃を交える頭領のジャファドは、もはや顔を隠さず、髪を振り乱して怒涛の剣撃を繰り出す。
彼もまた身体強化の魔法で、光を帯びていため、2人の激闘はまさに雷同士のぶつかり合いだった。
剣と剣が幾度となく激突する。その度に、落雷の様な轟音が響き渡り、バチリッ! バチリッ! と閃光が迸る。
一方、サイードが止められたことで、敵の攻め手がターゲットであるナフィーサ達へと向かい、彼女たちの進行は再び遅くなった。
「せやっ!」
メリッサが前方の敵を切り払った時だった。切った敵の陰から2人の敵が、ぬっと滑る様に左右から現れ、同時に彼女に襲い掛かった。
(まずい!)
剣を振り切り、メリッサは一瞬、防御が遅れた。
攻撃が終わった瞬間に、完全な同時攻撃。敵の中でも屈指の使い手が、彼女へと凶刃を振るう。
しかし、彼女に届いたのは、甲高い金属音だけだった。
見れば左右からの刃はクロード、ヘルマンによって止められていた。
「へっ、また会ったな」
ギリギリと擦れる刃越しに、ヘルマンがにやりと笑って言った。
ヘルマンが受け止めた相手の剣も、彼のものほどではないが、大きな剣だった。
その湾曲した大きな剣に、そして、その使い手の顏にへルマンは見覚えがあったのだった。
「お前か……今度は殺す!」
「船の時の再戦といこう、ぜっ!」
思いきり剣を弾いて、敵を後ろに飛ばす。ヘルマンの目の前の敵は、客船の機関室で戦った暗殺者の1人、ギドだった。
一方で、もう1つの戦いが始まろうとしていた。
「こちらも再戦になるな」
クロードも、同じように見覚えのある敵に悠然と剣を構えつつ告げた。彼も迫る刃を受け止めてから、弾き飛ばし、今はその敵と向かい合っている。
クロードが対峙する相手、それは客船にいたもう1人の刺客、ディンだった。
ヘルマンもクロードも、敵を弾き飛ばして距離をとると、自らから攻撃を仕掛けた。
メリッサの左右から、ガキン、ガキンと派手な金属音が断続的に響く。
ヘルマンが大剣を振るえば、ギドが湾曲刀でこれを弾いて、重い一撃を返す。一方のヘルマンもギドの攻撃を、弾いたり躱したりしながら隙を突いて、空気が震えるような斬撃を仕掛ける。
両者の戦いは、破壊力が主体の、重量級の激突となった。
他方で、ディンとクロードの戦いは、スピードの戦いとなっていた。
ディンは高速で移動しつつ、投げナイフと短剣での近接攻撃を繰り出す。それに対して、クロードも移動しつつ、飛んでくる刃を最小限の動きで叩き落し、ディンの近接攻撃を凌いでカウンターに出る。
スタイルの異なる2つの戦い。紙一重の攻防繰り広げられる。
「今のうちに!」
クロードとヘルマンが、強敵を引き受けてくれたおかげで、前方が再び手薄になった。メリッサは、背後のナフィーサたちに呼びかけて走り出した。
向かってくる敵を蹴散らし、ついに宮殿へと辿り着くと、メリッサ達は走る足を止めることなくステップを登る。そして、そのまま宮殿の中を真っ直ぐに進んで中庭へと出た。
「あれか!」
真四角の宮殿の真ん中、短く刈られた芝の上に、庭を彩るオブジェの様に石柱が立っていた。
見てすぐ、それが地脈装置だと気付く。が、一方で妙な点にも気が付く。
石柱を見慣れない色ガラスの様なドームが覆っているのである。
「お嬢様、あれは結界です」
「なに!?」
マリアが言った。
「恐らく、あの結界は様々なものを遮断できるのでしょうが、特に音を遮断することが目的でしょう」
「音……つまり歌か」
「そうです。なんとか、あれを解除しないと」
「マリア、解除できないのか?」
「申し訳ありません、特殊な結界ですので私でも……」
「くそっ」
地脈装置の目の前まで来て足踏みしている間に、四方を囲む宮殿の母屋から、大勢の黒装束たちが飛び出してきた。
離宮中に配備していた兵力が、宮殿に集まってきたようだ。屋根の上にもずらりと並ぶ。
「くっ……」
剣を構えたメリッサが、辺りを見回して唸った。完全に包囲されてしまっている。
敵も四方を包囲している分、先ほどまでの突撃的な攻撃ではなく、盾を前面に展開しつつ、じりじりと包囲を狭めてくる。
一歩、また一歩と敵が近づく。
ここまでか……
緊張が極限に高まったその時、屋根の上の敵が突然、矢を受けて屋根から落ちた。
「なんだ!?」
メリッサたちが呆気に取られていると、初撃を皮切りに、次々と敵が攻撃を受けて落ちてゆく。
何が起きているのか、地上のメリッサたちも、包囲する敵も、理解できず混乱に陥る。そんな中、今度は地上の敵の一角が爆炎にも似た火柱によって吹き飛ばされたと思ったら、中庭に四方から雄叫びを上げて雪崩れ込む集団が現れた。
「な、何が起きているんだ!?」
混乱するメリッサ。
突入してきた軍勢と呼べるほどの人数の一団は、全身真っ白の衣装に身を包んでおり、黒装束の者たちとは対称的だった。その白の集団が、黒装束たちに攻撃を仕掛け始めたのである。
敵なのか味方なのか、一切状況が掴めない。
メリッサ達を囲んでいた敵は、反転して乱入してきた白い集団に応戦を始め、中庭は混戦状態になった。
雄叫びがそこかしこで響き渡る。
見れば、屋根の上でも白黒入り乱れて戦闘が始まっている。もはや合戦だ。
「よく分からないが、助かりやしたね、お嬢」
「あ、ああ……」
アルレッキーノが、メリッサに声を掛けた。
黒装束たちは白い集団に手いっぱいで、メリッサたちへの攻撃の手が止んでいた。
見たところ白い集団は敵ではなさそうだが、状況が分からず、メリッサの声には困惑の色が濃かった。
「だが、この結界をどうにかしないことには、地脈装置を止められない」
しかし、困惑しつつもすぐに冷静さを取り戻し、現状の問題である目の前の結界に視線を向けて言った。
「結界を壊そうにも、クロードの奴は戦ってる最中ですし……壊せないまでも、小さい穴でもあけられれば、音だけでも通れるんですけどねぇ」
眉間に皺を寄せ、打開策を必死に考えるメリッサの横で、アルレッキーノも首を捻る。
この時、彼の呟いた言葉がメリッサにある閃きをもたらした。
(…………そうか!)
メリッサは急いで自分のズボンのポッケを探り、ある物を取り出した。そして、それをアルレッキーノに差し出して言った。
「アル! これだ! これで結界に穴を開けるんだ!」
謎の白装束部隊が乱入。彼らは敵か味方か。
物語は急展開していきます。
次回をお楽しみに(^^)




