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もう1つの覚悟

 ホテルの人間が、頼んでいた地図を持ってきたので、それを囲みながら――シアを護衛するグループは成り行きで参加することになった――今後のことについて話合いが始めようと、さて、とナフィーサが切り出した。

 ところが、彼女の言葉が続く前に、クロードが、割り込む形で口を開いた。


「その前に、確認しておきたいことがある」


 皆の視線が、壁に寄り掛かるクロードに集まった。


「サイード、貴様はあの黒装束の(おさ)と顔見知りなのか?」


 クロードの視線は、サイードに向いていた。質問対して、サイードは落ち着いて答える。


「どうした急に」

「あの乱戦状態の時、奴らの長らしき者が貴様と刃を交えながら、貴様を“裏切者”と呼んでいた。名前も知っていた様だし、どうしてだ?」

「やれやれ、あの戦いの中で良く聞こえていたな」


 サイードは苦笑して、ふぅっと息を吐いた。


「ああ、そうだ。あの頭領の男、ジャファドとは顔見知り、いや、弟だ。それに、黒装束の集団自体が、私と同じ一族の者たちだ。隠していて悪かった」

「え? どういうことなのですか?」


 一同に驚きが走る。ナフィーサは、唖然としながらも、サイードに説明を求めた。


「私や黒装束やつらは、“山羊の民”と呼ばれる一族なのです」

「山羊の民? あの建国神話に出てくる」

「山羊の民って?」


 話しが分からないシアが、サイードに質問した。


「槍の英雄ファドゥンを助け、暴君ダガフ討伐に貢献し、その後、ファドゥンの建国した国を裏から支えた一族だ」

「なんで山羊なの?」

「ダガフが両肩に蛇を生やし、それに人間の脳を食べさせていたのは知っているな? その脳は、城のコックに料理させてから、蛇に食べさせていたんだ。毎日、左右の蛇に1人づつ、2人の人間が殺されていった。

 しかし、殺される人間を不憫に思ったコックが、2人のうち1人を密かに逃がし、逃げた人間の分の脳として、山羊の脳を混ぜてごまかしたのだ。

 そして、逃げ延びた人々はひっそりと隠れ暮らす里を造り、そこで暴君への反抗の時を伺っていた。その後、ファドゥンと共に、ダガフと戦うことになる。彼らは山羊の脳で命を繋いだから、山羊の民というのだ」


 サイードの説明になるほどなぁ、と感心したようにシアが頷く。すると今度はナフィーサが、話出した。


「あれは神話に出てくる伝説の一族かと思っていましたが」

「そうですね、確かに神話の一族とは別の一族ではないかと。私の一族は、ソロモン王と共闘して古代兵器ダガフの封印に協力し、国を暗君より開放しました。その時より、一族の使命は、再び古代兵器ダガフが起動することの無いよう、守ることとなっています。そのため、一族の名前を、神話の山羊の民にあやかったのだと思います。はっきりは分かりませんが。

 それでも300年以上ずっと、ダガフの封印を守りながら諜報や公安など様々な活動をして、影からこの国を支えてきました。決して日向に立つことなく。

 しかし、長い歴史の中で、実力がありながら影のまま終わることに、不満を抱くようになった一派が現れたのです」

「それが、あの黒装束たち……」

「そうです。奴らは、大臣と組んで、クーデターを成功させ、国の表舞台に出るつもりなのです」

「では、裏切者というのは?」

「はい、私も同族として、彼らに誘われたのです。しかし、私は山羊の民である前に、ナフィーサ様を守る親衛隊なのです。だから、殿下や国の為、大臣や一族と戦うと決めました。その選択が、一族にとっての裏切り者なのでしょう」

「そうでしたか」


 神妙な顔で頷くナフィーサから、またクロードに視線を移して、サイードが言った。


「クロード、これでいいか?」

「……ふむ、そうだな」


 クロードの仏頂面から出た短い答えに、話が一段落した感じがした。ナフィーサは、その雰囲気を察して、では、今後の話に移りましょう、と改めて話を切り出し始めた。


「この街の地脈装置も封印したので、残りはあと2つになりました。次の街なんですが――」

「あ、その事なんだけど、ハザイの街の公園で、その地脈装置と同じ様なモニュメントがあって……」


 ナフィーサの言葉の途中で、シアが声を掛けた。話しながら、自分のカバンをごそごそと漁る。


「私が王女様と同じ様に歌ったら、中からこれが出てきたんだ」


 はいっと言ってナフィーサに紺色の玉を渡した。


「え?」

「これって王女様が集めてるやつでしょ?」

「え……ええ」


 突然のことに、ナフィーサはきょとんとした表情でぎこちなく頷いた。

 目の前の意外な出来事に、メリッサもやや驚いて、シアに同行して事情を知っていそうなマリアに聞いた。


「マリア、これは本当に地脈装置の核なのか?」

「私は、その場にいなかったのですが、その時シアと一緒にいたヴァルが言うには――」


 そう言ってヴァルを見る。


「うん、シアが王女様の真似して歌ったら、光る文字が書かれた石の柱から出てきたよ。歌自体も王女様の歌と同じ様に聞こえたし」


 ナフィーサは、渡された核をじっと見た。この時、彼女の胸中は、“信じられない”というより、“信じたくない”という感情が沸いていた。

 自分だけしか出来ないことだと思って、この危険な冒険に臨んできた。特別な存在だという事実が原動力であり、自分がやらなければという信念に繋がっていた。

 しかし、それが今、足元から揺らいだのだ。言い様のない不安に襲われた。


「あれ? やっぱり違った?」

「あ、いえ。これは本物ですよ。私には分かります。シアさん、ご協力ありがとうございます」


 ただ、そんな動揺を見せまいと、努めて平静を装った。軽く笑みを浮かべ、シアに礼を述べる。

 核が本物だとなると、次には、どうしてシアが出来たんだという疑問が皆に浮かんだ。


「今は――」


 するとすぐに、その空気と自身の動揺を払拭する様に、ナフィーサが声を上げた。


「シアさんがどうして地脈装置を封印できたのかは考えないでおきましょう。今考えるべきは、残り1つとなった地脈装置をどうやって止めるかです」

「そうですね。それで、最後の装置はどこにあるのですか?」


 メリッサの相槌からの質問に、ナフィーサは黙って頷くと、机の上に広げられていたこ地図の真ん中を指して言った。


「王都ラグダッドです」

「王都ですか。やはり、大臣の妨害の危険性が一番高いから、最後に?」

「それもありますが、私は普段、王都にいる時は城の外には出られないので、封印に行くことが出来なかったのですよ」

「なるほど。しかし、最後の1つとなると妨害もさらに激しいものとなるでしょうね。大臣配下の兵士も沢山警備にあたっていそうですし、王都自体に入ることも難しそうだ」


 するとサイードが口を開いた。


「4日後は、この国の建国記念日だ。王都では毎年、盛大な祭事が行われる。当然、国内外から多くの人間が王都を訪れる。それに紛れれば、王都への侵入は容易いだろう。加えて、地脈装置があるのは、人が集まる城付近ではなく、離宮だ。そこはいくら記念日でも人は殆ど来ないからな、大臣も表立って大人数の兵を警備には割けまい」


 サイードの説明に、なるほどと皆が頷く中、今度はシアが言った。


「王都に行くんだったら、私のツアースタッフとして行けばいいんじゃない?」


 あっけらかんと提案した彼女に、皆の視線が集まる。


「私のライブ、次は王都でやるんだ。ね? リーサ」

「はい、建国記念日の夜のメインイベントとして企画されています」

「でさ! いくら離宮とはいえ、あの黒服みたいなのがいっぱい出てきそうじゃん? だから、私を含め、私の警護についてるヴァルちゃんたちも、そっちの作戦に参加するってのはどう?」


 これには全員、唖然とした。


「ちょっと何言ってるのシア! あなたは建国記念日の夜には、ライブを控えてるし、何より戦えないでしょ!」

「リーサは黙ってて」


 詰め寄る勢いのリーサをぴしゃりと制止した。


「私にだって王女様と同じ力があるんだから、私も行った方が成功確率は上がるでしょ? それにヴァルちゃん達も行けば大きな戦力アップだし」

「確かにそうですが……なぜそこまでするのです?」


 ナフィーサの真剣な眼差しが、シアに向けられた。


「あなたは、いわば部外者です。野次馬気分の浮ついた理由なのだとしたら、お断りです」


 ナフィーサがシアを試すように問う。

 彼女は、シアの覚悟を知りたかった。自分ほどの信念がこの歌手にあるのか。

 それを察してか、シアも神妙な表情に変わる。

 ただこの時、ナフィーサは内心どこかで、彼女が浮ついた軽い動機であることを望んでいたのだが、王女と瓜二つの歌手が語った答えはそうではなかった。


「自分の生まれた国が悪い奴に乗っ取られちゃうのは嫌なのよ。あんまりいい思い出無いし、故郷に凱旋なんて言っても実感なかった。でも……この国のいくつかの都市でライブして分かったの、私の故郷はやっぱりここだって。ライブの時に観客から感じる、雰囲気とか臭いとか感情の波みたいなものが、私のルーツがここだって教えてくれた。そしたら、この国を守りたいって思えて、私が出来ることがあるならやるべきだって思った。それが理由だよ」


 まっすぐに目を合わせるナフィーサとシア。真剣な顔で語るシアの言葉を、同じ表情でナフィーサは聞いていた。

 しばしの沈黙の中、見つめ合う二人。

 最初に沈黙を破ったのはナフィーサだった。ふうっと深い溜息をついた。


「分かりました。そこまで思っているのでしたら、ご協力をお願いします。今までで一番熾烈な戦いになると思うので、戦力は多い方がいいですから、正直助かります」


 ナフィーサが思う以上に、シアの覚悟は本物だった。彼女が上辺だけの言葉で言ったのではないことは分かり、同行を認めざるを得なかった。

 しかし、戦力が増えて成功確率が上がったというのに、ナフィーサの心は晴れなかった。むしろ悔しさ、嫉妬という様な黒い感情が、汚泥の様に心の奥に滞留するのを感じて、気分が悪くなった。



 ――やめて、私の居場所を取らないで……



 それでも、今はその黒い感情を見て見ぬふりをして作戦会議を進める。


「では、王都に入ってからの離宮への侵入について詳しく—」


 言いかけて、ヴァルが座りながらこっくりこっくりと船を漕いでいるのが目に入った。それにつられてか、ナフィーサ自身も欠伸が出てしまった。今は夜中で、しかも先ほどまで戦闘という緊張の中にいたのだ、当然と言えば当然である。


「し、失礼。作戦会議は明日の朝にいたしましょう」


 ばつが悪そうに、照れ笑いをしながらナフィーサが言った。ただ、疲れはその場の全員に言えることだったため、彼女の提案に反対する者はいなかった。


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