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夢の跡

「…………え?」

 

その人物を見て、アルレッキーノが固まった。

 サラサラの金髪、大きく隆起した胸、引き締まった体、そして極端に面積の少ないセクシーな服。まさにアルレッキーノの想像通りの人物だった。

 

――性別が男であることを除けば。


「ふぐっ!」


 立ち尽くすアルレッキーノを、逞しい腕ががっちりとホールドし、激しい頬ずりが襲う。


「いやぁーん、さっきからめちゃくちゃタイプなボーイがアクション掛けてきてて、我慢限界だったのぉ、もーお預け状態よぉ」

「や、止めてくれぇ! 俺の、俺のアスモデウスちゃんに会わせてくれぇ!」

「だから、わたしがア・ス・モ・デ・ウ・ス・よ」

「…………ぎゃあああぁぁぁぁ!!」


 断末魔の叫びという男の夢が壊れる音が、夜空にこだました。

 仲間がハンサムなマッチョに抱き着かれて、頬ずりをされている地獄絵を前に、メリッサたちが立ち尽くしていると、そのハンサムマッチョの視線が彼女たちに向いた。

 メリッサはびくっと、思わず後ずさった。


「あら? あなた、ダイヤちゃんじゃない? 奇遇ね」

「え?……あ! サラさん!? ビューティーデザイナーの!」

「そうよぉ、おひさぁ」


 アスモデウスが、白目を向いて失神するアルレッキーノに抱き着いたまま手を振った。


「あっすーおひさぁ!」

「あらやだ、ヴァルじゃない! おひさぁ。なぁにレラジェ、愛しのお姉様と仲直りできたの?」

「おかげさまで」

「そ、れっちゃんとヴァルは仲良しさんなのだ」


 そう言ってヴァルが、レラジェに横から抱き着いた。レラジェは、至福の表情で意識が天に昇りかけている。同じ抱き着かれているアルレッキーノの表情とは対照的だ。

 

「あっすーは相変わらず、誰とでも仲良しだね」

「うふふ、ヴァル、私のは博愛って言うよ。色欲ってのはエロス、エロスとは愛よ」

「それも相変わらず分からないなぁ」

「私の愛は大きいってことよ。誰でもどこか美を感じれば愛せるわ、男でも……女でもね」


 ヴァルに話してるようで、途中からメリッサたちにも聞かせる様に語り出し、最後にメリッサに向けてウィンクを投げた。

 アスモデウスの美しく甘いマスクから放たれるウィンクは、女性ならときめかずにはいられない妖しい魅力を持ったものなのだが、メリッサは何故か危険を感じ、ぞわりと肌を粟立たせた。


「そろそろ、行きますね。お姉様」


 正気に戻ったレラジェが、ヴァルの腕の中から離れて言った。


「そっか……ねぇ、れっちゃん、今からでもヴァルと一緒に働かない?」


 ヴァルの言葉を聞いて、レラジェの後ろにいたメリアとライラが、はっとして表情が曇る。

 言われたレラジェは、少し沈黙して、口を開いた。


「…………その言葉は嬉しいのですが、お断りさせていただきます」


 そこまで言って、メリアとライラの元まで歩いてゆき、2人の肩を抱いて言った。


「今は、私がこの子達のお姉様ですから」

「姉様……」

「ねえさま」


 2人は嬉しそうにレラジェに抱き着いた。その幸せそうな3人を見たヴァルも、そっかと嬉しそうな顔で答えた。


「さ、アスモデウス、そろそろ行きますよ」

「あら残念、じゃ、またね、可愛い坊や」


 アスモデウスが、アルレッキーノの頬に吸い付く様な強烈なキスをして離れた。

どさりと地面に転がったアルレッキーノは、白目を剥いて、ひくひくと痙攣している。命に別状は無いようだが、精神面は重篤だ。

 アスモデウスの方は、再び機械のドラゴン――ドラグーンメイルを呼び出し、その肩や背にレラジェ達が乗った。


「お姉様、何かあったら支部に連絡をください。いつでも馳せ参じます」

「ありがとう、れっちゃん」


 別れの挨拶を交わすと、ドラグーンメイルはふわりと空高く舞い上がり、遠くの夜空に飛び立った。ヴァルは、星が煌めく空にレラジェ達が見えなくなるまで見送った。



♦  ♦  ♦



 レラジェ達と別れたメリッサ一行は、その後すぐに灰寺院を後にし、全員、ホテルのロイヤルスイート内にある一室に集まった。今までの情報共有と、今後のことを話し合う、いわば作戦会議ためである。

ただ、作戦会議を始める前に、ホテルの人間に地図を持ってきてもらう様に頼んだので、それを待っている間、広い一室で、各々リラックスした状態で雑談に興じていた。


「はあ……」

「ふふ、お疲れ様です」


 溜息をつくメリッサに、マリアが声を掛ける。


「ああ、この街に着いてすぐに、あの寺院に向かった上、黒衣の集団やらテストゥムやらと、色々あり過ぎて流石に疲れたな」

「ふん、軟弱者めが」

「うるさいぞ、クロード。お前だってさっきまで、魔法の反動でろくに口もきけなかったくせに」


 メリッサがむっとした顔をクロードに向けて言った。

 彼女の言う通り、クロードは先ほどまで、ミノタウロスの魔力を吸収する際に使った魔法の反動で、体が引き裂かれる様な激痛に襲われていたのだった。その為、痛みに耐えるのに必死で、まともに喋ることが出来なかった。


 ただ、以前の様に気を失ったり、激しく吐血するようなことはなかった。それは、クロードの身体が多少鍛えられたことと、ミノタウロスという魔界の生物の魔力を取り込んだことで、その魔力を身体の回復に充てられたことによる。

 また、吸収によって魔力の保有量自体も微々たるものだが回復していた。


「テストゥムと言えば、あのアスモデウスに遭遇するとは思いませんでしたね」

「確かに。本部の資料である程度の情報は知っていたが、その資料もソロモン王時代の文献のままだ。絶大な力を持ち、色欲と司る悪魔というぐらいしか分からない、いわば伝説に近い存在だったからな。正直、今でも信じられないな」

「ええ、まさかその伝説が、あんな人格だったとは、そういう意味でも信じられません……」


 そう言ってマリアが、ソファに座ってぐったりと項垂れるアルレッキーノを見た。床の一点を見つめて、ぶつぶつと何やら言っている姿はなんとも痛ましく、彼の心の傷の深さが伺える。

 今はそっとしておこうと、メリッサは思った。


「お兄ちゃんには、いい薬ですよ」


 ロゼッタがメリッサ達の近くにやって来て言った。いつもながら。ロゼッタの手厳しい言い様にメリッサは苦笑いした。


「そういえば、お嬢様はアスモデウスと知り合いの様でしたが、私達と別行動の際に彼に会ったのですか?」

「ああ、そうだマリア。彼は表の稼業では、サラという名のスタイリストでな、いや、ビューティーデザイナーと言ったかな? 貴族のパーティーに潜入する際に、髪とかメイクとか、ドレスアップを全部やってもらったんだ」

「……え?」


 マリアの眉がぴくりと動いた。


「あの時は、彼がアスモデウスだとは露とも思わな――」

「ちょっと、お嬢様」

「ん? なんだ」

「ドレスアップしたというのは、ドレスを着て、髪を結って、メイクをしたということですよね?」

「そうだが?」


 みるみるマリアの表情が険しいものになってゆき、急に大声を上げた。


「なんで!? なんで私がいないところで、そんな素晴らしいことしちゃうんですか!?」

「え、えっと……」


 その豹変ぶりに戸惑いつつも、メリッサは、また違う地雷を踏んだと後悔した。その横ではクロードが、腕を組んでせせら笑っている。しかも、他人事を決め込むだけでなく、火に油を注ぐようなことまで言う始末だ。


「くくく、なかなかの美しさだったぞ」

「ちょ、やめろクロード」

「なあぁぁ! クロードも見てるのに、そんな美しくなったお嬢様を私が見れないなんて! そうだ写真! 写真は!? 写真は撮っているんですよね!?」

「いや、撮っていないが……」

「そんな! ちょっとロゼッタ!」

「ひぃっ!」


 標的が変わった。

 マリアにがしりと両肩を掴まれ、ロゼッタは悲鳴を上げた。彼女の目は血走り、表情も鬼気迫るものがあった。そんな人間に詰め寄られれば、悲鳴も出よう。


「あなた、カメラの機能付いてたわよね?」

「えっと……その、私その時、修理中だったので……お嬢様のドレス姿見てないんです」

「ちょっとぉ! 何でよ! 写真に収めておいてよ!」

「ごごごめめんなさいい、ゆゆゆすすららないいいででででで」


 ロゼッタを掴んだ両手が、ぶんぶんと彼女を揺する。


「お、落ち着け、マリア! 分かった! 帰ったらドレス着て見せるから! な?」


 直ったばかりのロゼッタがまた壊れたら大変だと、メリッサは慌ててマリアを宥めた。


「本当ですか!? 約束ですよ?」


するとマリアは、ぱっと笑顔に戻り、揺する手を止めた。

その後はお淑やかないつもの彼女に戻った。むしろ、上機嫌でにこにこと何やら楽し気だ。


「あの色のドレスもいいわね。あ、あそこの新作もそろそろね。化粧は――」


 どうやら、あれこれと今からメリッサに何を着せるか考えている様だ。メリッサは1着だけのつもりだった。マリアは何十着と着せる気らしい。

 

「くく、良かったな、娘よ。憧れのドレスが沢山着れるぞ」

「くっ、この悪魔めぇ……」


 憧れはあるが、こういったドレスなどの女性らしい華やかな服を、メリッサが着たがらない原因は、マリアのこういったところが大きく関係しているのだった。



アルレッキーノの夢は儚く散ったのでした…………(T-T)


◆ ◆ ◆

ここ2話で、タグにある「BL」と「GL」を回収しました。

本当にちょっとだけの描写なんですが、運営さんや読者から苦情が出ると困るので、一応、タグに設定しました。

それと、LGBTの人を馬鹿にしたり、中傷するような意図はありません。

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