あなたのために
「……あなたが私を置いて、どこかへ行ってしまったからですよ」
レラジェが重い口を開いた。
「私は、新しく作られる支部の支部長になる為に、それこそ血反吐を吐く様な思いをして、膨大な量の任務も事務処理も必死にこなしました。それもこれも、あなたがそう求めたから」
「え? ヴァルが?」
「言ったじゃないですか! 私が支部長だったらいいのにって!」
「あー……言ったかも」
ヴァルが小首を傾げて、眉を寄せた。
そんな彼女を。いつも間にか隣に来ていたシアが、じとっとした半目で見つめて言った。
「はっきりしなよ、ヴァルちゃん。大事なところだよ、そこ」
「えっと……ああ、そうだ! その時の支部長がうるさい奴だったんだよぉ。任務中にお菓子食べるなとか、報告書にイラストを描くなとかさ。だから、優しいれっちゃんが支部長だったら楽でいいなぁって思って、そういう風に言ったかも」
「言ったんです! だから私は頑張って、頑張って頑張って! 新設支部の支部長にやっとのことでなったのに……あなたはいきなりいなくなった、私を置いて」
レラジェの語りに熱が籠っていく。
「散々あなたを探しましたが、まったく足取りが掴めませんでした。でも、いなくなったこと以上に、残されていたメモが私は許せなかった」
「え? なんて書いてあったの?」
もはや当事者の如く、シアが普通に会話に加わる。
「『ロバート様の会社に入るから、辞めます』ですよ! ロバート様って誰ですか!? 私じゃなくて、男を選んで、その男の元に行ったってことですよね!?」
「うわぁ……ヴァルちゃん、それはないわ」
「えぇ~そんなぁ~」
「せめて……せめて私にも一緒に行こうと誘って欲しかった! どうして声を掛けてくれなかったんですか!?」
「えっと……誘おうとしたんだよ? でもれっちゃん、あの時好きな人がいたでしょ? その人と幸せな支部を作るって言ってたから、だからヴァルは邪魔しちゃ悪いなって思って、誘えなかったんだ」
ヴァルの言葉に、今度はレラジェが意外といった感じで、キョトンとした表情になった。
「……え? 何のことですか?」
「ん? れっちゃんが支部長になるって決まって、ヴァルに教えてくれた時、嬉しそうに愛の巣を作るんだって言ってたじゃん」
レラジェは当時の状況を、頭の中に呼び起こした。
――前の支部の屋上、日差しが心地よい昼下がりだった。レラジェが、新支部の支部長に決まったことを告げると、ヴァルは自分のことの様に小躍りして喜んでくれた。
『凄いね、れっちゃん! おめでとう!』
『うふふ、これで夢だった2人の幸せな支部を作れます。もう愛の巣って感じですね。きゃっ、愛の巣なんて言っちゃった。でへへ』
レラジェが、紅色に染まる頬に手を当て、嬉し恥ずかしといった様子でくねくねと身を捩る。しかし、そんな彼女を、ヴァルは笑顔を作りながら、複雑な気持ちを抱えた瞳で見つめていたことに、この時のレラジェは気付いていなかった――
「あぁ、あの時かぁ……あの時、ヴァルは分かっちゃったんだ。れっちゃんは好きな人がいて、その人と新しい支部を盛り上げていきたいんだって。あれは、恋する乙女の目だったね……だから、ヴァルはクールに去ったんだなぁ……へへ」
ヴァルは少し遠くを見つめて、したり顔で鼻の下を擦って見せた。何か粋なことをしてやったと言わんばかりの小憎らしい笑顔で。
一方、レラジェは俯いて、ふるふると震えていた。が、突然、吠えた。
「そんなの、お姉様のことに決まっているでしょ!」
「ひっ!」
突然の叫びに、ヴァルが小さく悲鳴を上げた。
「お姉様以外に誰がいるって言うんですか! そこは察してください!」
「う、うん……ご、ごめんね…………あれ? だとすると、れっちゃんの好きな人ってヴァルってこと?」
「っ! あ、そそそれは、好きっていうか……そう! 親愛です! だから親愛って意味で、愛の巣って言ったんです!」
「ああ、そっか、なるほどね」
この時、その場にいたヴァル以外の全員が理解した。レラジェがヴァルをお姉様と呼ぶ意味も、彼女がへたれであるということも。
「れっちゃん……」
ヴァルが真剣な表情になって、レラジェを正面から見つめた。
「ヴァルのことそんなにも想ってくれてたのに、勝手な言動でその想いを裏切るようなことをして、ごめんね。嫌な思いをさせちゃったよね。
でもヴァルは今でも、れっちゃんのこと大切な人だと思ってる。だから……れっちゃんに恨まれているのは、すごく悲しいんだ……これも我侭になっちゃうけど、どうか許してもらえないかな。昔みたいに仲良しになりたいんだ」
ヴァルのまっすぐな瞳が、レラジェに向けられる。真剣に、誠実に、ありのままの思いを言葉にして謝意を伝えた。
その視線を受けるレラジェの表情も真剣なものだったが、ヴァルの言葉が終わる頃には、目に涙を溜め、肩を震わせていた。
そしてついに、溜まった涙が限界を迎え、目尻からつうっと頬へと零れた。それと同時に、感極まってヴァルに抱き着いた。
「お姉様あぁぁぁぁ!」
レラジェは、ヴァルをきつく抱きしめ、声を上げて泣いた。大粒の涙で、今までの禍根も、自分の気持ちを覆っていた嘘の殻も、全て洗い流すかの様に。
彼女の後ろに控えていた、ライアもメリアも彼女の本当の気持ちにずっと気付ていたのだろう、よかったですねと囁きながら、目頭を拭った。
ひとしきり、ヴァルに抱き着いて泣いたレラジェは、頭を撫でてもらいながら嗚咽を落ち着かせると、思いっきりヴァルの香りを胸いっぱいに吸い込んでから、すっと体を離した。
「そういえば、ガルディア国でヴァル達がドラフトって泥棒を追っかけてる時、ヴァルに殺気飛ばしたの、れっちゃんでしょ?」
「はい、そうです。あの時はやっとお姉様を見つけて、感情的になってしまって」
「もう、あのせいで狙撃外しちゃったよぉ。あと、バザールでも凄い殺気が漏れてたよね?」
「あ、あれはシアが、お姉様に抱き着いたり、あまつさえ、あーんって食べさせ合いっこをし出したので……正直、あの時はぶっ殺してやりたい衝動が抑えられませんでした」
「もう、あんな殺気だだ洩れじゃダメだぞ。れっちゃんもまだまだだね。あははは」
「痛み入ります。うふふふ」
「は、ははは……」
和気あいあいといちゃつく2人の横で、シアは乾いた笑いを浮かべてた。その頬には冷汗が伝う。
(あはは……やばかった……ヴァルちゃんとの絡みは今後気を付けよう)
シアが密かに、今後のヴァルとの接し方について考え直していると、どこからともなく現れたアルレッキーノが話の輪の中に割り込んできた。
「やぁ、初めまして、レラジェちゃん。俺はヴァルちゃんの同僚で、アルレッキーノ。アルって呼んでね。いやぁ、まさかこんなキュートなお嬢さんが暗殺者だなんて、俺もターゲットになりたいもんだ……いや、もう俺のハートは、君の魅力に撃ち抜かれちゃってるな」
「……なんですか、こいつ」
先ほどメリッサたちと地下に降りて行ったと思っていたが、美人に目ざとい彼である。地脈装置停止を見届けると、早々に引き返してきたらしい。
レラジェは突然沸いて出た軟派野郎に、汚物を見るような冷たい目を向けるが、向けられたアルレッキーノは、どこ吹く風で話を続けた。
「それでなんだけど、この後、懇親の意味で一杯どうだろ? レラジェちゃんとヴァルちゃんの昔の話を聞かせてよ。俺も君と別れてからの、ヴァルちゃん情報を教えちゃうよ」
「ん……お姉様の最近の情報ですか……それは気になりますね」
怪訝な表情だったレラジェだったが、耳寄りな情報を前に、急に真剣に検討し始めた。しかし、それを遮る様にヴァルがそこに割り込んだ。
「もーアルはれっちゃんと喋っちゃダメー! アル、あっちに行って!」
レラジェにデレデレと鼻の下を伸ばすアルレッキーノの背中を押して、半ば無理やり輪の外に押し出した。その光景に、レラジェは勝手に、『お姉様が私を独占したがってる』と感激していたが、ふと何かに気付き、出口の方をちらりと見てから言った。
「お姉様、私達はこれで失礼します」
「え? もう行っちゃうの? せっかく仲直りしたんだし、もう少しお話してこうよ」
アルレッキーノの背中と押し合いしている姿勢のまま、ヴァルがぴたりと止まって言った。
「いえ、迎えに来てくれたアスモデウスを待たせるのは悪いので」
「え? あっすーも来てるの!? うわ、懐かしい!」
旧知の名前にヴァルがはしゃぐが、それ以上にアルレッキーノの舞い上がり方が尋常ではなかった。
「ちょ、ちょっと待って、え? アスモデウスって、あのアスモデウス?」
「どのアスモデウスか知りませんが、私やお姉様と同じ、人口生命体のアスモデウスですよ」
レラジェの言葉を聞いて、アルレッキーノが拳を天に突き上げて叫んだ。
「……イーーヤフウゥゥゥ!! イエス! イエスイエス!」
まさに狂喜乱舞である。ヴァルもレラジェも呆気に取られて、喜びを体全体で表現する彼を見た。
「ど、どうしたの? アル。というか、アルってあっすーと知り合いだったっけ?」
「面識はない。ないけど、良く知ってるのさ。本部の資料に情報だけは乗ってたからね」
「で、それとアルの喜ぶのとどう繋がるの?」
「ふふふ……アスモデウス。強大な力を持つ悪魔の1柱で、人間が負うとされる7つの大罪のうち、色欲を司ると書いてあったのさ。
今まで会ったテストゥムは、アスタロトちゃんといい、レラジェちゃんといい、他にも全員美人揃いだ。だからアスモデウスちゃんも、間違いなく美しいお嬢さん(ヴァンビーナ)だろ!
そして、さらに色欲だぜ!? 色欲!!
もうこれは、ボンキュッボンのナイスバディで、殆ど半裸に近い際どいコスチュームのエロスの化身みたいなの決定でしょ!
男なら一度は会いたい、いや、会わずには、生まれてきた意味の半分が無意味と化すお方だぜ!」
息を切らして熱弁を振るうアルレッキーノに、ヴァルがムッとした顔で見る。美人の名前に自分が上がらなかったのがお気に召さないのだ。
『アルのバカ……』とぶつぶつ溢した。
「な? アスモデウスちゃんは、ナイスバディの美人なんだろ?」
「え、えっと……」
鼻息荒く迫るアルレッキーノに、レラジェは気圧されていると、ヴァルがそっぽを向きながら、口を尖らせて言った。
「そうだよぉ、ナイスバディの美人だよぉ、おまけに殆ど裸のカッコだよぉ」
「うおっしゃー!! 待ってて男の理想、俺の夢えぇぇぇー!」
そう叫びながら、出口の向かって走って行ってしまった。
ちょうどその時、アルレッキーノより遅れて、地下からメリッサ達が戻って来た。それと一緒に戻ってきたロゼッタが、ヴァルに聞いた。
「今、お兄ちゃんが凄いスピードで走って行ったけど、何かあったのか?」
「ふん、アルなんて知らない!」
レラジェ達が帰るのに合わせて、皆も寺院を出ることにした。
出口に近づくと、外で何か大きな物を見上げているアルレッキーノが見えた。彼の前に佇むその大きな物は、完全に出口を抜けるまでは全体像が見えず、また夜の闇のせいもあって、はっきり分からなかった。が、外に出るとその正体が分かり、メリッサを始め、後に続いた面々は息を呑んだ。
「こ、これは……」
外で待ち構えていたのが、ドラゴンだった。
だが、本物のドラゴンではなく、見るからに機械の身体をしている。
見たことのある、外見に、すぐにアスタロトの駆るドラグーンメイル――アスワドが思い当たった。
大きさはアスワドと変わらないが、こちらの色は全身、銀色だった。
「アスモデウスちゃーん! 降りてきてよぉ! その美貌を俺にも拝ませてくれー!」
ドラゴンに向かって、手をぶんぶんと振って声を上げる。
「別に降りてきて構いませんよ、アスモデウス」
暗殺という裏の稼業だけに顔は見せない様にしているのだろう、アルレッキーノが先ほどから呼び掛けてもアスモデウスは降りてこなかったが、レラジェの一言でドラゴンに変化があった。
すうっとそのシルエットが薄くなって、消え失せると、その跡に1人の人物が姿を見せたのだった。
仲直りしたヴァルとレラジェ。
レラジェの愛はへたれだけど、重い(-_-;)
そして次回、悪魔の大物「アスモデウス」登場!
七つの大罪の一角、色欲を司る存在。
そらぁ~もうエロエロっすよ~(°∀°)




