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妖精は水面に舞う

 メリッサたちにより、アブドルの工房に持ち込まれたシルクタイトは、早速、ロゼッタの心臓部である魔力伝導体の修復に使用された。

 繭が化石化したものであるシルクタイトを、一定の魔力を加えて絹糸に変えてゆく。そして、絹糸を数種の薬品に漬け、煮立たたせてゆくと、ドロリとしたゲル状のものが出来上がった。


 アブドルは、そのゲル状の物質を、魔力伝導体に入ったひびに塗りこんでゆく。

 数十分後、塗り込んだものが固まり、石と同等の硬度となった。ただ、この時点では、固まったゲル状の物質がヒビから盛り上がり、ボコボコと歪な形になっている。


「さて、ここからが職人の腕の見せ所だ」


 アブドルは、歪な形になった魔力伝導体を研磨機で削り始めた。

 回転する研磨機に真剣な目で向かうアブドル。その手元で、ギギギと火花を散らして石が削られてゆく。時折、削った場所を指で撫でたり凝視したりし、また削る。それを繰り返した。


「……お前さんもやることはないんだ、他のもんと同じように、リビングで待ってていいんだぞ?」

「いや、折角の職人芸だ。ここで拝見させてもらうぜ」

「そうかい」


 アブドルが研磨する横で、アルレッキーノがその様子をつぶさに観察していた。

 数時間に及ぶ研磨で、固まったゲルの部分と元々の魔力伝導体の部分とが、ミクロ単位で平らになってゆく。

 そして、ピカピカに磨かれた。

 魔力伝導体は傷やヒビなどにより、その伝導率を大きく低下させてしまう。まして、ロゼッタのものは特別製の伝導体で、彼女を起動させるためには毛ほど傷すら許されない。そんな代物を、完璧に修復させるこの老人に対して、アルレッキーノは驚愕を禁じえなかった。


「よし、あとはコーティングだけだ」


 水洗いした伝導体を大型の機械に入れ、数分後、伝導体表面に薄い保護膜が施され、修復は完了した。


「す、すげぇ……すげぇよ爺さん! 完全に元通りじゃねえか!」


 修復を完成した伝導体は、コーティングの色によって、後から盛った場所も同色になり、もはやどこにひびが入っていたかなど分からない。

 その出来はアルレッキーノの目から見ても、神業と呼べるほどのものだった。


「よし、ロゼッタ、今目を覚まさせてやるからな」


 アルレッキーノは、アブドルから伝導体を受け取ると、台に横たわるロゼッタにはめ込んだ。胸部のカバーを閉め、そして起動用のスイッチを入れる


 キーンという甲高い音が鳴った。

 少しして音が止ると、ロゼッタの手が動き、その手で自らの体を支えながら上体を起こした。


「あ、あれ? ここ何処? お兄ちゃん」

「おはよう……ロゼッタ」


 アルレッキーノは、目に涙を溜めながら、微笑んで妹の頭を撫でた。



 ♦  ♦  ♦



「世話になったな爺さん」

「いや、久々にいいゴーレムを見せてもらったからな、こっちこそ礼を言う」


 工房の前で、アルレッキーノとアブドルが握手を交わす。


「ありがとうございました。アブドルさん」

「はは、あんたもあんまり無茶して皆を心配させるんじゃないぞ。あんた程、愛の籠ったゴーレムをわしは知らん。あんたは大切に思われとるんだ」

「うう、すみません」


 アブドルは横にいたロゼッタにも、優しくニッコリと笑みを見せ、彼女の頭を軽く叩いた。


「そういえば、あんたら今度は、ザイルの街に向かうとか言っておったな」

「ええ、そうです」


 ナフィーサが答えた。


「ごめんなさい、私のせいで遠回りさせてしまって。やはり、今からでもアスタロトさんに頼んで……」

「いいんですよ、ロゼッタ。私が決めたことですから。それと、アスタロトさんを頼らず、陸路で行くと今朝決めたでしょ?」


 すまなそうに話すロゼッタに対して、ナフィーサは、にこやかに言った。

 今朝、次の目的地について話し合った時に、またアスタロトに運んでもらうことをロゼッタは提案したが、長時間あの遺跡から離れさせるのは悪いとナフィーサが是としなかったのだった。


「確かにこのギアラーンからだと、ザイルの街は、アスタロトでもそれなりに時間のかかる距離だな。だが、陸路だともっとかかる。そこでだ、船を使って行ったらどうだ?」


 アブドルの提案に、皆が声を揃えて、船で?と聞き返した。


「ああ、この街とザイルは同じ河沿いにあるからな。アスタロトほどではないが、陸路よりずっと早く着くぞ」

「でも爺さん、一般の交易船だよな?」


 アルレッキーノが難色を示した。

 確かに、交易に使う河を利用するのは妙案だが、船と言っても一般的な交易船に便乗させてもらうとなると、そこまでスピードも出ない。加えて、刺客が襲って来た時に、船員らを巻き込んでしまうことになってしまうと考えたからだった。


「いんや、個人持ちの動力船がある。そいつをあんたらが使えばいい」

「え? どういうことだ?」

「ちょっと前に貴族に動力船の修理を頼まれてな。ちゃんと直してやったんだが、修理代は払わないし、引き取りにも来ない。だから、使っちまってもいいだろうと思ってな」

「いいのかい? 後で引き取りに来たら、爺さんが責められちまうぜ?」

「いや、それはないから平気だ。なんせ、その貴族ってのが、昨日捕まったボルドアだからな。もう取りに来ることはないだろうよ」

「ははは、それなら大丈夫だな」

「これがキーだ。6番ドックにある。操船は、そこの車で待ってる運転手が出来るだろうよ」


 工房の前に止まっている車の運転席には、サイードがおり。外を警戒すると言って、昨日の晩からずっと車内で待機していた。

 アブドルのところからは彼の姿は見えないが、車の方を顎でしゃくってみせた。

 2人は知り合いなのだろうかと、メリッサは、一瞬、この老人の言動を不思議に感じたが、すぐに頭の中から掻き消えた。


「ありがとよ、爺さん。そういうことなら使わせてもらうぜ」


 メリッサ達も、アブドルに頭を下げた。


「気を付けてな」


 アブドルか船の鍵を受け取ると、車の荷台に乗り込んだ。

 走り出した車の荷台から手を振ると、アブドルの妻、マリナが手を振り返してくれ、アブドルも照れくさそうに軽く片手を上げてくれた。


「気のいい人たちでしたね。お爺さん」

「ああ」

「さて、私は朝食の片づけでもしてきます」


 メリッサ達が見えなくなると、マリナは家の中に入っていった。しかし、アブドルはその場に留まった。1人、工房の前に佇む。


「そろそろ、出てきたらどうだ? わしに用があるんじゃないのか? ジャファドよ」


 アブドルが独り言を呟くと、路地の物陰から1人の男がぬっと姿を現した。

 全身黒い衣と隠密性の高い恰好で、同色のマフラーとターバンの間から除く目は、切れ長で鋭く、眼光だけでこのジャファドという男が只者ではないことを物語っていた。


「さすがですね。引退してもまったく衰えない」

「世辞を言いに来たわけではあるまい」

「……なぜ、あの者たちを助けるような真似を?」

「ふん、わしは一職人として、あのゴーレムの娘を助けたいと思い、そうしたに過ぎん」

「アブドル殿は、奴らの側につくと?」

「なるほど、“どちらの味方か”、とな。お前か……サイードか」


 ジャファドが黙って、老人を見据え、答えを待っている。

 沈黙の後、老人が口を開いた。


「どちらの味方でもないぞ。わしには関係ないことだ」


 その答えに、ジャファドの目が見開いた。


「何故ですか!? サイードは一族の意思に背いているのですよ!?」

「奴には奴の考えがあるのだろう」

「馬鹿な! 貴方がそんなことを言うだなんて!」


 無感情な雰囲気だったジャファドに、感情が迸る。


「貴方だって隠居したとはいえ、一族のために命を捧げてきた人間だ。一族の行く末やこの国のことを考えるなら、分かってくれるはずです。元副頭領であるあなたが味方してくれたなら――」

「一族はまた一つになれるか?」


 感情的に捲し立てるジャファドを、アブドルの静かだが重い一言が制止する。


「保守派と改革派、一族が二分する今、わしの一言が欲しい……それが、お前がわしの元にまで来た本懐ということか」

「……それは」

「わしはもう一族とは関係ない人間だ。そして今の一族を、この国をどうするかは、お前たちが考えることだ」

「……」

「ゴートの頭領はお前だ、しっかりせい」

「……はっ」


 ジャファドは頭を下げると、出てきた路地の物陰へと溶けるように消えた。


「まったく、いつまでも甘えおって……」


 誰もいなくなった路地を見ながら、老人は溜息をついて、独り言を漏らすのだった。



 ♦  ♦  ♦ 



 メリッサたちは、アブドルの言う通り6番のドックから出向させた動力船に乗り、大河の上を滑る様に進んでいた。


「さすがは、お貴族様の船だ。なかなかいいじゃねぇの」


 甲板に立ち、風を感じながらアルレッキーノが上機嫌に言った。

 幅の広いこの河には、様々な船が交易の為に行きかっている。それらの船を追い抜いたり、すれ違ったりする度に、自分達の船の速さを相対的に感じ、心地よい疾走感を感じた。

 実際、メリッサたちの乗る船はかなりのスピードが出ていた。


「サイードが言うには、1日もあればザイルの街まで着くそうですよ」


 ナフィーサが風になびく髪を整える。


「そうですか。船の居住スペースは結構広いですし、快適に街まで行けますね」

「快適か、何もなければだがな」


 メリッサを、横に立つクロードが鼻で笑った。その視線は、船のスクリューで波立った後方の遥か先、河川の彼方に向けられていた。

 メリッサがクロードの言葉に含むものがあることを感じ、同じ方向に視線を向けた時だった。


 ザバァン!


 船の横に、爆音と伴に大きな水柱が上がった。  

 その衝撃を受けて船体が揺れた。


「きゃっ!」

「ナフィーサ様!」


 よろけるナフィーサを、自身もバランスを崩しながらもメリッサが抱き止めた。その体制のまま、改めて船の後方に目を凝らす。


「あれはっ」


 そこに見えたのは、水面に波しぶきを上げながら、高速で後方から接近してくる数台の機影だった。

 水上を疾駆するそれらは、高速艇の様で船ではなかった。

 それらには砲身があり、腕があるのだ。


「ゴーレム!?」

「お嬢! あれは水上専用ゴーレム、ピスケスだ! このままじゃ追い付かれて袋叩きですぜ!」


 大声での会話の間も、水柱が、右に左に何回も立ち上る。

 操船するサイードの腕と、まだ距離がある事から砲撃は直撃していない。しかし、水上でトップクラスのスピードを誇るピスケスという機体の前では、今ある距離などあっという間に詰められ、船がハチの巣にされるのは時間の問題だろう。


「例の刺客たちか」

「おい、娘。一気に焼き払うぞ」

「駄目だ、クロード! 河には他の船もいるんだ。広範囲の魔法は使えない」

「何を甘いことを言っている!」


 メリッサとクロードが言い争う中、ピスケスは益々その距離を縮める。


「お嬢様、私に任せてください!」


 名乗りを上げたのは、ロゼッタだった。


「フェアリードライブ起動!」 


 ロゼッタの背中のパーツが開き、中から輝くクリスタルが覗くと、彼女の体がふわりと浮いた。


「ロゼッタ! 無茶するな!」

「心配しないで、お兄ちゃん。今なら私、負ける気がしないから」

「え?」


 いつものロゼッタにはない、頼もしいセリフだった。それは心配させまいと虚栄を張っている訳でもないことは、兄であるアルレッキーノにはよく分かった。


「行きます!」


 ロゼッタが光の矢となって、迫る敵影に向かって一気に飛び立った。


 ズダダダダダダ


 突如高速で向かってくる飛翔体に、ピスケスたちは手に持った機銃で弾幕を張る。しかし、ロゼッタは縦横無尽に空中を動き、銃弾の雨を軽く躱して突き進んだ。


「ロゼッタの奴……機動力が上がってる……」


 アルレッキーノは、妹の変化にすぐに気づいた。そして、驚きながらも、先ほどの彼女の自信ありげな台詞を思い出し、口元を緩めた。

 実際、ロゼッタの性能は向上していた。それも、パーツの殆どをアブドルによって作り直し、チューナップしなおした為だった。その事実に、アルレッキーノは、改めてあの老いた職人の凄さを実感した。


「えい!」


 ロゼッタは弾幕を掻い潜り、ピスケスの一機に横から近接すると、船の様になっているピスケスの下半身部分に、メタル・スティンガーで穴を穿った。開けられた穴からは煙が立ち上り、ピスケスはその動きを停止した。

 さらに1機、2機、3機と同じ様に、活動を止めてゆく。光の筋を帯びて水上を舞う彼女の姿はまるで、水面(みなも)に遊ぶ妖精だった。


 ロゼッタの戦いぶりは圧倒的だった。

 僅かな時間、メリッサたちが魅入っている間に、全てのピスケスが仕留められ、進む船から離される形で水平の彼方に小さくなっていった。


「ただいま戻りました」


 ロゼッタが、ふんわりと甲板に着地すると、メリッサ達は駆け寄り、彼女を誉めそやした。

 それに対して、彼女の機械の顏は赤面することはなかったが、照れくさいながらも嬉しいのだろう、少女らしく、えへへと可愛いく笑うのだった。


ロゼッタが復活して、3章終了!

次回からは4章。ヴァルちゃんと旧友れっちゃんの因縁に決着です!

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