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怒りと繋がり

 クロードは通路を走り抜け、倉庫の反対側に回り込むと鉄製の重厚な扉の前で一度足を止めた。

 男の言う通り、扉の奥がメリッサがいる部屋だろう。

 苛立ち、いや、怒りが自分の中で燻っている。メリッサを(さら)った(やから)に対してだと思うが、“何故”かは分からない。

 考えても無駄だ。今は、その怒りには目をつぶろう。

 すっと一息吸うと、バンッと音を立てて勢いよく扉を開け、部屋の中に踏み込んだ。


「よう、思いのほか早かったな」

「クロード!」


 メリッサを連れ去った鷲鼻の男が、部屋の真ん中に立っていた。にやりと不敵に笑っている。その後ろからは、メリッサの声が聞こえた。男から少し離れた暗がりの中、(はりつけ)の状態にされていた。

 クロードの中で、一瞬、怒りの火が少し燃え上がったが、冷静さを失なわず不敵な態度で返す。


「ふん、客を出迎えるにしては随分趣味の悪い部屋だ」


 先ほどの倉庫程ではないが、それなりに広さを持ったその部屋は、コンクリートむき出しで、造りという点では通路や倉庫と同じだった――その異様な内装を除けば。


 壁には、掛けられた斧や鋸やノコギリ、金槌などの道具が並んで一見工房の様だが、その他にも棘だらけの椅子や天井から垂れた鎖など工房には関係のない拘束具もある。

 赤黒くなった血の染みが各所に散見し、ここが拷問用の部屋であることが嫌でも分かった。


「俺の趣味じゃねぇよ。あっちの旦那のだ」


 そう言って、鷲鼻の男は自分の背後、部屋の奥を親指で指した。

 男の背後には鉄格子が部屋を二分していて、その鉄格子の向こうに、メリッサが十字架に手足を拘束されて磔になっていた。その横には、椅子に座りニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべる男――ボルドアがいた。


「旦那は極端な加虐趣味でね。いたぶるのも好きだが、あの特等席から人がいたぶられるのを見るのも好きなんだとよ」

「そういう貴様も同じ変質者だろ? “ドラフト”」


 クロードが、鉄格子の向こうでもがくメリッサをちらりと見てから、男に焦点を合わせると、ドラフト――隙間風を意味するその名で、世界中に手配されている泥棒の名を呼んだ。

 少し前に、クロード達第4回収班が、深夜の街中で捕縛しようと追跡していた男である。今はあの時の様に素顔を隠していないが、その両手にはあの時同じ、空間に穴を開けることの出来る手袋――魔導遺産を着けている。

 メリッサを拐ったのも、この手袋を使った空間転移だった。そんな転移など、ドラフトぐらいしか思い当たらず、クロードがその名を呼んだのである。


「ん? 俺を知っているのか? どこかで会ったか……まぁいい、そうだな、俺は戦って相手を完膚なきまでに潰すのが大好きなんだ。だから、倉庫で簡単に殺さないで、ここに呼び寄せたわけだ。もし逃げたら、追っかけて殺したがな、くくく」


 ドラフトが凶悪な表情で笑った。おおよそ人を殺すことに喜びを感じているような、そんな顔である。


「さて、壁に掛かっている好きな得物を取れよ」

「ふん、随分と余裕だな」

「一番戦い易い得物を選べよ。最高の状態で戦ってぶっ潰すから楽しいんだ」


 言いなりになるのは癪だったが、クロードは壁に掛かった剣を手に取った。

 試すように、2、3度振る。この剣で問題はない、そう確信すると、軽く腰を沈めて構えた。


「そうだ、それでいい。普段、泥棒ばっかで欲求不満でよぉ、だから俺を満足させろよ!」

「ほざけ。はあぁぁぁ!」


 クロードが、気合の一声と伴に剣を振るった。覇気の籠った鋭い一撃である。しかし、ドラフトは、その虫酸の走るにやけ顔を崩さずに軽々とクロードの剣を躱してみせた。


「はっ! はっ!」


 さらに間髪入れず、1撃、2撃と繰り出す。剣の腕をめきめきと上達させたクロードの連撃は、もはや素人の剣ではなく、常人以上のスピード、鋭さがあった。

 しかし、その全てをドラフトは涼しい顔で、ひらりひらりと避ける。


「おお、なかなかいい腕じゃねぇか」

「黙れ! コソ泥風情がっ!」


 怒りの声を上げて、袈裟懸けに1振り。


「だが、良くて中の上ってとこだなっ!」


 振り降ろした剣が空を切ったと思った瞬間、クロードの頬に衝撃が走った。


「ぐっ!」


 一瞬、何が起こったのか理解が追い付かなかったが、相手がドラフトだということを思い出し合点がいった。


(ちっ、転移で別方向から殴ってきたか)


 後ろによろけるクロード。

 それでも、再び前に突っ込んだ。が、一撃を繰り出すも躱され、顎、脇腹、と拳を受け、衝撃と痛みに体がくの字に曲がる。


「がはっ」

「おらぁ!」


 下がった顔に、回し蹴りが綺麗にきまり、クロードは後方にふっ飛ばされた。

 攻撃を躱す身のこなしにかけては、ドラフトは抜群のものを持っていた。その上で、躱しながらどんな体勢からでも、空間のトンネルから攻撃を繰り出してくるのである。

 戦う相手として、この戦闘スタイルは厄介な存在だった。


「そうそう、まだ、おねんねすんなよ」


 後方に蹴り飛ばされながらも、クロードはまだ弱々しく立っていた。立ってドラフトを睨み付けた。

 そんなクロードに、ドラフトは嬉々とした表情を浮かべ、追撃の手を休めず、連撃を繰り出す。


「そらっ! そらっ! そらよ!」


 もはや一方的な戦いになった。クロードが時折反撃を繰り出すが、その度に躱され、何発となく攻撃を受けてゆく。


「クロード! やめるんだ! 1人で逃げろ!」


 部屋の奥からメリッサが悲痛な叫びをあげる。

 その様子を見て、ボルドアは愉快そうに下卑た笑い声をあげた。


「ふひひひ、やはり人が嬲り殺される様はいつ見ても愉快だ。こうして横にそれを見て叫ぶ仲間や恋人がいるとなおのこと昂る」

「異常者め! さっさと止めさせろ!」


 メリッサが、ボルドアを睨み付けながら吐き捨てる。

 その怒りの視線に、ニヤニヤと下劣な笑いを浮かべていたボルドアは、椅子から立ち上がると、メリッサの顎を掴んで自分の顔を近づけ、そして、彼女の頬をべろりと舐めた。


「異常者かぁ、結構結構……ここから人が嬲られるのを見るのも楽しいが、女を、特に美しい女を、この手で嬲るのはもっと楽しい。お前みたいな気が強いなら最高だ」


 喋りながら、メリッサのスカートの中に手を入れ、太ももを撫でまわす。


「くっ、やめろ!」


 悪寒を覚え、メリッサは怒鳴った。するとすぐにボルドアは離れたが、次の瞬間、ひゅっと空を切る音がして、メリッサの頬に強烈な衝撃と痛みが走った。


「ぐっ」


 メリッサは痛みに顔を歪めながらも、再びボルドアを睨む。

 彼の手には、乗馬用の鞭が握られていた。その鞭をぷらぷらとしならせ、メリッサの睨む視線すら楽しむ様に、気味の悪い薄笑いを浮かべている。


「たまらんなぁ、この威勢の良く美しい顔が、後に恐怖と苦痛に歪むのだから。あぁ、今から楽しみだ。フヒ、フヒヒ」


 その時、一瞬、クロードの太刀筋が鋭さを増した。


「はあぁぁぁ!」


 ドラフトは躱したつもりだったが、服がすっぱりと裂け、頬からも血が滴った。


「へぇ……おもしれじゃねぇの」


 手に着いた自らの血を見て、にやりと笑った。しかし、興がのってきた彼に、雇い主から命令がくだる。


「おい、ドラフト。そろそろファッションショーが終わるのでな、その男はもう始末してくれ。派手に血を出してな」

「ちっ、分かったよ」


 ドラフトがナイフを構えた。


「やめてくれ! クロード! 駄目だ逃げろ!」


 メリッサが叫ぶ。


「ほんじゃ、派手に散ってくれよ」


 ドラフトが空間トンネルを開き、そこに踏み込んだ。

 次の瞬間、もはや意識も朦朧とした様子のクロードの背中に、刃が突き立てられた。

 背後のトンネルから現れたドラフトが、深々とナイフを刺したのである。


「がはっ」


 腹まで貫通する刃。

 ナイフが抜かれると、血が一気に噴き出し、辺りを真紅に染めた。

 クロードは剣を手放し、よろよろと歩き出した。もはや意識などない。そんな中、無意識にメリッサの方に歩いた。

 その様子を嘲り笑う、ドラフトとボルドア。

 メリッサの悲鳴が響く。

 ついに、鉄格子の前で、クロードは前のめりに倒込んでしまった。

 彼から流れ出た血が、彼の周りに血の池を作ってゆく。


「クロードぉぉ! 起きろクロード! 起きてくれぇぇ!」


 メリッサが涙ながらに彼の名前を叫び続ける。

 しかし、もはやクロードはぴくりとも動かず、彼女の声は届いていない。

 流れ出た血が、床の傾きによってか、泣き叫ぶ彼女の方へと一筋流れていくだけである。

 血は、磔になっている彼女の足元まで流れ、ぴたりと彼女の裸足を湿らせた。


「あ……そんな……」


 生暖かい。生きていた証。

 クロードの血からそれを感じ取ったメリッサは、絶望に駆られ、叫ぶのを辞めた。


「フヒヒ、フハハハハ、そうそう、この顔だ! 堪らないなぁ、美女の絶望に駆られた顏は」


 ボルドアが、メリッサの顔を目の前で覗き込む。興奮した様子で狂った様に笑い、彼女の体を撫でまわした。


「さて、お前は後でじっくり可愛がってやるからな。それまでは、その男の死体でも見ながら絶望を熟成させておいておくれ、フヒヒヒ」


 そう言ってボルドアは、メリッサの傍から離れた。

 その時だった。


 ドクンッ


 メリッサの体内に衝撃が走った。体の内から湧き出て荒れ狂う激流の様な衝撃が。


(まさか……)


 それは記憶にある感覚。

 クロードが、メリッサの魔力を吸い取る時の感覚だった。しかし、今、彼に触れられてはいない。いったいどこから、魔力を吸い出したというのだろうか。

 メリッサは、倒れているクロードを見た。

 今、彼と自分を今繋いでいるもの……



 血だ。クロードから流れ出た血が、床を伝い、自分の足を濡らしているのだ。

 まさか、血を使っても魔力吸引が出来るのかと、メリッサは驚きを覚えると同時に、彼が息を吹き返そうとしていることに喜んだ。


 ドクン ドクン


 メリッサの見ている前で、クロードの血が、時を遡る様に彼の体に戻ってゆく。彼の心臓が、床の血を吸い上げようと、深く重い音を刻むのが聞こえる気がした。

 その光景に、メリッサは目を放せないでいた。


 ――早く!  早く立ち上がってくれ、クロード!


 そして、全ての血が戻りきったその時、メリッサの視界の中で、魔力を滾らせた“悪魔”が、ゆらりと立ち上がった。



やっちゃえクロード!(`・ω・´)


次回、悪魔覚醒す!


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