潜入!地下倉庫
メリッサたちが、仄暗い階段を慎重に降りてゆくと、少しだけ開けた場所に出た。真四角のサイコロの様な空間である。階段同様に、灯りはあれどもほの暗く、壁もコンクリートで固めただけの寂しい景色が続いていた。
「右か、左か……」
メリッサの目には、真四角の部屋から左右に伸びる通路が見えていた。
「右からゆくぞ」
「何かあるのか?」
彼女の問いに、クロードは歩きながら答えた。
「特にない。が、ここが倉庫兼製造元であるなら、迷宮の様な複雑な造りはしまい。右が駄目なら、今度は左に行けばシルクタイトに辿りつけるだろう」
なるほどと感心しながら、メリッサも後に続いた。
曲がり角の前で止まり、角の先を覗き見た。その先には、扉の前に男が1人立っていた。
男は邸宅で見た使用人と異なり、スーツの上からでも分かる筋肉質な体格で、明らかに武力を持つ者と分かる。何らかの武装もしているだろう。
「どうやら当たりのようだが……仲間を呼ばれると厄介だな。しかし、隠れながら接近は出来そうにないし……」
「隠れる場所ならある。おい、娘、作戦はこうだ――」
クロードが、メリッサに“ある作戦”を伝える。それを聞いたメリッサは、顔を赤くして渋ったが、他に策もないので、仕方なく承知するのだった。
♦ ♦ ♦
「あのぉ、すみません……」
扉の前で警備をしていた男に、声が掛けられた。男は何かと思い、声の方を見ると、自分のいるところから少し離れた曲がり角に、ドレスを着た女が立っていた。
ドレスの女。それだけで相手は非戦闘的な存在だと男は思った。恐らくパーティー客だろう、害はない。
それにここは、警察も手を出せないボルドア卿の屋敷だ。不埒な輩なんて現れないだろう、と男には慢心もあった。
そのため、男は、彼女のことを無線で連絡することを怠った。ただし、一応の警戒心だけは持って、彼女の方へ歩いて行く。
「お客さま、この地下階は立ち入り禁止です。即刻立ち退いてください」
彼女の目の前に行き、威圧的に睨みを聞かせて警告する。
「え、えとぉ、ボルドア様が特別いい品を見せてやるって仰って連れてきてくれたんですけどぉ、急用が出来たみたいで、彼、途中で戻っちゃってぇ……」
間の抜けた甘ったるい喋り方で、事情を説明する女は、目を見張るほど美しかった。彼の雇い主であるボルドアが、肩入れするのが頷ける。
(喋り方はちょっと抜けているが、上玉だな。あのスケベオヤジめ……)
「それでぇ、先に警備の方に言って商品倉庫に入れてもらってくれって」
「そうでしたか。しかし、上に確認しませんとなりませんので、少々お待ちを」
そう言って無線に手を掛けた瞬間、女――メリッサのスカートが、突如としてばさりとめくれ上がった。
無線機から目の前の捲れたスカート、そしてその下から人影が出てきたところまでは目で追えたが、そこで衝撃が体に走り、男は意識を失った。
「よし」
クロードの指先にはバチバチとスパークが小さく散っている。
電撃の魔法。それを至近距離で放ち、スタンガン代わりに使って男を失神させたのだった。
男を横たえると、クロードは男の体を探り、彼が持っていた武器を全て取り出した。
「これはお前が持っていろ」
そう言ってクロードはメリッサに、サバイバルナイフを渡し、自分はもう一本の短いナイフと拳銃を装備した。
「まったく、こんな作戦は2度とごめんだ」
メリッサは顔を赤く染め、しかめ面で言った。
「ああ、こちらもそう願う。貴様の演技は酷過ぎて、心臓に悪い」
「うるさい! 演技のことは言うな!」
「行くぞ」
「あ、待ってくれ」
歩き出そうとしたクロードを、メリッサが呼び止めた。
「なんだ? 早くしろ」
「……ナフィーサ様、ごめんなさい」
そう呟くと、彼女は手に持っていたナイフで、ドレスのスカートをびりびりと切り裂いた。そして、あっという間に膝までの丈にしてしまった。
「よし、これで動きやすくなった」
そして、ハイヒールも脱ぎ捨て、足取りを軽くした彼女は、クロードともに男が立っていた扉へと向かった。
「入るぞ」
メリッサの小さな声かけに、クロードは黙って頷いた。
そっと扉を開け、中に忍び込む2人。彼女たちを待っていたのは、広く大きな部屋だった。
その広大な部屋は、真ん中半分で明暗がはっきりしていた。こちら半分――2人が入って来た方は、照明に火が灯っておらず真っ暗で、部屋の向こう半分の煌々と明るい方には、大量の木箱が置かれた棚がずらりと並んでいる。
どうやら、向こうが倉庫の様だ。
一方で暗がりとなっているこちら側には、作業台が幾つも並んでおり、その上に様々な道具が転がっているのが分かる。
メリッサ達は、工房と倉庫が一体となったその部屋を、忍び足で進んで行った。
その時、突然、足音がした。
咄嗟に作業台の陰に身を隠す。
足音は近づき、棚と棚の間の通路からスーツ姿の人間が姿を現した。
今度の警備は、既にホルスターから抜いた拳銃を手にし、厳しい目を光らせて巡回している。
息を殺して隠れていると、足音が少し遠のくのが聞こえ、少しして警備の背中を作業台の陰から捉えた。
その瞬間、クロードが、獲物を狩る獣の様に俊敏な身のこなしで、一気に距離を詰めると、男の首筋に電撃を打ち込んだ。
「がっ!」
短い呻き声を上げて男はぐったりと動かなくなる。
しかし、警備は一人ではなかった。
「くそっ! 何者だ、てめぇ!」
棚の陰から出てきた別の男が、拳銃をクロードに向けた。
引き金を引きかけたところで、男の手にナイフが突き刺さった。
「ぐぁっ!」
男が呻く。
拳銃がごとりと床に落ち、男はナイフが刺さった手を抑えた。
その怯んだ隙に、クロードが男に肉薄し、痛みに体をくの字に曲げて下がった頭を掴むと、電撃をお見舞いした。
「投擲も出来るのか?」
クロードは、白目をむいて倒れ込む男から手を離し、振り返ってメリッサに言った。
「ああ、魔法が使えないんだ。飛び道具もそれなりに習得はするさ」
「ほぅ、ではサーカスに潜入する時があれば、困らないな。あの演技もサーカスなら逆に面白い」
「……クロード、お前は素直に礼を言う練習をした方がいいぞ。まったく」
憎まれ口を交わしつつ、2人は目を見合わせてニヤリと笑う。
言葉にはしないが、互いの実力を認め合う連帯感の様なものが、この時、2人の胸の内には微かに生まれていた。
「さて、シルクタイトを探すか」
メリッサが、そう言いながら、クロードの方へ歩き出した時だった。
「っ!?」
突如、彼女の背後から伸びる2本の腕。
まさに腕だけが彼女の後ろの空間から生えてきた、そうとしか言えない光景だった。
その光景に驚く間もなく、伸び出た腕は、メリッサの首と胴体を締め上げ、そのまま背後の暗闇へと、彼女を引きずり込んだ。
一瞬のことに、メリッサは短い悲鳴しか残せず、溶ける様に闇に消えてしまった。
「くくく、こっちだ。のろま」
男の声がした。
メリッサが消えた場所を唖然と見ていたクロードは、声の方へ反射的に顔を向けた。
そこには、狡猾な笑みを浮かべる鷲鼻の男と、それにがっちりと取り押さえられているメリッサがいた。
「放せっ!」
「おっと、大人しくしろよっ」
メリッサが男から逃れようともがくが、ナイフを首に突き付けられ、動きを止めた。
「ここであんたらとやり合うと、雇い主に怒られちまうんでね。この倉庫の壁を挟んで反対側の部屋で待ってる。このお嬢さんを助けたいならさっさと来いよ」
一方的に言葉を発して、男はメリッサを拘束したまま後退して、棚の陰へと姿を隠した。クロードのいる場所からは、メリッサたちの姿は見えない。
「ちっ」
舌打ちしつつ、2人が見えなくなった棚の裏に向かって走ったが、辿り着いた時には、2人の影も形も無くなっていた。
「あの愚図めが」
クロードはメリッサを罵倒しながらも、頭の中では冷静にメリッサの居場所を考えた。
この倉庫と隣合わせの部屋……先ほど右か左か迷った場所を左に行けば、ぐるりと回ってその部屋へと行けるだろう。
おおよその当たりを付け、走り出した。
部屋を抜け、通路を走る中で、ふと疑問が過ぎる。
――メリッサを見捨てないのか。
それもできたが、クロードはそうしなかった。
(ちっ、どうして我があんな愚図を……)
――どうしてそうしなかったのか。
考えてもすぐに、答えが出なかった。
(ああ、癇に障る! なぜ、奴のいるところに向かっておるのだ! 我は!)
――足手まといは、切って捨てる。
常にそうしてきたはずだ。
この状況も同じはず。
しかし、脚はメリッサの待つ部屋へ向かって走っていた。
妙にメリッサの顔が脳裏にチラつく。
――メリッサを案じている。
一瞬浮かんだ感情を、馬鹿馬鹿しいと吐き捨てて、掻き消した。
何かないか? 自分を動かすその理由はないのか?
何か、シルクタイトをさっさと回収して、撤退しない理由があるはずだ。
(ん? シルクタイト……)
その取っ掛かりから、頭がそれらしい理由を構築し始めた。
(そうだ、あの娘がいなければ、シルクタイトがどんなものか分からん……それに、協力関係を結んでいるからな。奴がいなくなっては我の復活が遠のく)
自問自答し、己の行動を納得させる理由を言い聞かせた。
心配、労り、そんなものはない。只々、目の前の目的の為、自分の為、そういった冷めた計算が思考の源にある。その筈だった。
だがこの時、彼自身も気付かないほどの微かだが、メリッサを攫った者への怒りが、彼の胸中に燻ぶっていた。
クロードも頑固者ですね~
いや、頑固というか不器用?
とにかく困ったものです(´・ω・`)
そして、メリッサ……演技スキルE……
次回は捕らわれの姫を助けにいきます!




