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会談

 外に出ると、工房の前にさっきまで乗っていた車が止まっていた。メリッサたちがその荷台に乗り込んだところで、工房の入口に立つアルレッキーノから声が掛けられた。


「お嬢、すみません。お嬢たちだけに全部任せちまって」

「気にするな。ロゼッタが峠は越えたと言っても、まだまだ修復作業はあるんだろう? アルは、私達がシルクタイトを持ち帰った時に、残る修復が魔力伝導体だけの状態にしておいてくれ」

「分かりやした」


 力強く頷いたアルレッキーノを工房に残して、メリッサたちを乗せた車が出発した。

 舗装されていない赤土の道に土煙をあげ、車は警戒に進む。

 見送りに出たアルレッキーノが見えなくなったあたりで、運転席のサイードが質問を投げかけた。


「それで、これからどうするんだ?」

「ああ、それについては――」


 荷台に乗っているメリッサから、工房で話された内容が説明されると、サイードは「なるほど、パーティーに潜入か……」と相槌を打った。そして、少し考える様に一拍おいた後、言葉を続けた。


「だとすると、そのパーティーの開催は今夜だな」


 なぜ分かるのかとメリッサが問うと、彼は先ほど宿を取りに行った時のことを話し始めた。


「宿を取りにT地区に行った時だ。高級そうな車が沢山停まっていてな。何かイベントでもあるのかと、暇そうにしてるその車の運転手に聞いたんだが、今夜郊外の貴族の屋敷でパーティーがあると教えてくれた。時間までは分からないが」

「今夜? 考えていたより、早いな……」


 思っていたより時間が無いことにメリッサは驚いた。パーティーは明日、明後日と踏んでいたからである。

 しかし、すぐに頭を切り替えると、顎に手を当てて考えを巡らしてから、口を開いた。


「……では、夕方までは潜入の準備を整えないと……まずは招待状を確保してしまおう」

「なんだ娘、随分とやる気ではないか?」

「うるさい! もうこうなったら腹を括るしかないだろ!」


 クロードがにやりと笑って茶化すと、メリッサは顔を赤くして、しかめっ面になった。



 ♦  ♦  ♦



 しばらくして宿泊施設の密集するT地区に到着した。

 T地区の景色は、町工場の多いD地区とは大きく異なり、洒落た外観のブランド品を扱う店や高層のホテルが多い。まるでリゾート地の様であった。

 この街には立地の良さから、機械だけでなく、服飾の工場も多く存在する。その為、工場と販売元が近く、輸送コストなどを削減できることから、高価なブランド品が相場の6割ほどの値段で販売できていた。

 これにより、買い物目当ての観光客が集まり、その客を取り込むため、宿泊施設もリゾート並みに軒を連ねているのである。


「さて、どうやって招待状を奪うべきか……」


 路肩に止まった車の荷台で、メリッサは腕を組んで思案する。


「強襲して、強奪すればよかろう」

「駄目だ、クロード。相手は、貴族や有力者だぞ? 後々国際問題になる様なことは避けるべきだ。この国の治安を私達が貶めるのは、本末転倒だ」

「ちっ、その生真面目も時と場合を選べ。時間が無いのだぞ?」

「それは分かっている! だからいい手がないか考えているんだろ!」


 険悪な空気を醸して、睨み合うメリッサとクロード。

 クロードに至っては、依頼人であるナフィーサの前であるのに、いつもの猫かぶりな丁寧口調も忘れていた。これが素なのだが、ナフィーサからすると、2人が酷く言い争っている印象に映った。


 彼女はおどおどと言い争う2人を窺っていたが、そんな中、ふと視界の端にあるものが映り、視線をそちらに向けた。

 それは荷台の外、ブランド品の店の前に止まる高級車と、それに乗り込もうとする人物だった。


(あ! あの人は……)


「あ、あのぉ……私に任せてくれませんか? えっと、いい考えがあるんです」


 睨み合うメリッサとクロードの真ん中で、ナフィーサが恐る恐る手を挙げて言った。



 ♦  ♦  ♦



 とあるホテルの最上階。その階でエレベーターを降りた男は、ふぅっと溜息をついた。

 彼が太っているから息が上がったわけではない。緊張しているのだ。

 男は金の刺繍があちこちに施された華美な服を纏い、ぴしっと頭髪を整え、神妙な面持ちでそのフロアを歩いた。


 この男の名は、マルガビー・ルシド・サルマン。隣国の貴族である。

 そんな彼が、突然、サーディール家の王族から呼び出されたのだ。王族の誰なのかも、呼び出された理由も分からず、彼は混乱と緊張の中、このホテルの最上階までやって来たのだった。


 フロアの奥、豪華な装飾の扉を前で歩みを止めた。

 緊張に強張った表情で、ごくりと一度唾を呑み込むと、ドアをノックした。

 数秒後、目の前の扉が開き、きりっと引き締まった顔つきの男が立っていた。


「ようこそ、サルマン様。どうぞ、お入りください」


 男が恭しくサルマンに頭を下げる。

 それに対してサルマンも、軽く会釈を返しながら入室した。すると1人の少女が目に入った。

 華やかな装飾の調度品が並ぶ高級感ある部屋の真ん中、応接用のソファの隣に少女が立っている。

 少女は、サルマンと目が合うと、純白の優雅なワンピースの裾を揺らして彼の方へ寄って来た。

 歩く動きだけでも気品が見て取れる。


「突然の呼び出しに応じて頂き、ありがとうございます。サルマン様。サーディール国第三王女、ナフィーサ・ファド・サーディールでございます」


 そう言ってナフィーサは、左右の肩を片手で触り、最後に胸に手を当てた。サーディール国の最敬礼である。


「で、殿下に謁見賜りましたこと、恐悦至極にございます」


 サルマンも慌てて同じ様に敬礼を返した。


「ふふふ、挨拶はこれくらいにして、お掛けになってください」

「ははっ」


 金をあしらったソファに向かい合って座る2人。ただ、両者の態度は対照的で、ナフィーサは悠然と深く座る一方、サルマンは背筋を伸ばして浅く座っていた。


(いったい王女が自分に何の用なんだ。というより、本当にこの娘が王女なのか?)


 サルマンは、権力者に取り入って私腹を肥やすことを考える様な、典型的な小心者の小悪党だった。

 ネズミの様に警戒心が強く、それでいて上手いこと儲け話にならないか抜け目なく考えている、そんな男である。

 この時も緊張の中で、警戒しつつ自分の利益になる様なら最大限に利用しようと、虎視眈々と考えていた。


「サルマン様は私を覚えていないかもしれませんが、私はサルマン様を存じておりますますのよ。だからこの街でお見掛けして、お呼びしたのです」

「私めなどを覚えてていただき、ありがとうございます」


 言葉を返しつつ、サルマンは目の前の王女の記憶を必死に思い出していた。

 サーディール王家と接点がないわけではない。しかし、ナフィーサという王女の名前は知っていても顔が浮かばなかった。だからと言って、相手は王族だ、下手なことは言えない。

 そんなサルマンを察してか、ナフィーサは言葉を続けた。


「公の場では、私達姉妹は、口元にベールをしているからお分かりにならないでしょう。でも、私の方は覚えているのですよ」


 ナフィーサが、にこりと微笑んだ。


「数年前から父の誕生日の式典にいらっしゃっていましたね? あの時もそうですが、その後何度か、私たち姉妹にも贈り物を頂いて。昨年頂いたブレスレッドは、大事に使っておりますよ」


 サルマンは思い出した。確かに式典で王に謁見した時、王の傍らにいた娘の1人だ。

 はっとしたサルマンを見て、クスクスとナフィーサが笑った。


「さて……お呼びしたのは、思い出話をしたかったからではないのです」


 ここからが本題だ。この王女はどんなことを自分に言うのかと、サルマンは身構えた。


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