機械産業の街
シア達がハザイの街でライブを行っている頃、メリッサたちは機械産業の街ギアラーンに向かって猛スピードで空を移動していた。
正確には、“運んでもらっている”。
メリッサ達を運んで空を駆けるのは、アスタロトの操る機械の黒龍、アスワドである。。
その両手にはワイヤーが握られていて、それに吊るされているコンテナがあった。先日、駐屯軍から奪った、物資の入っていたコンテナである。そして、そのコンテナの中にメリッサ達は入っているのであった。
「あと10分ほどで着くらしい」
メリッサが、アスタロトと話していた無線から耳を離しながら言った。
「しかし、凄い速さだな。国の隅にある街まで、30分なんて。どうやら普通に車で行っても2日は掛かるらしいぞ」
「……」
横に座るクロードに向かって、メリッサはやや大げさに身振りを加えて話す。しかし、話掛けられているクロードは、眉間に皺を寄せたむすっとした表情で黙っている。
普段からこんな表情ではあるのだが、今はその眉間の皺がいつもより深い。
つまり機嫌が悪いのだ。
「おい、クロード。ナフィーサ様が行くって仰られたんだ。どうしようもないんだ、もう、機嫌を直せ。駄々をこねる子供みたいだぞ?」
「……」
クロードは、遠回りになるギアラーン行きが気にくわなかったのだった。
古代兵器ダガフは、膨大なマナを吸い上げ高濃度な魔力に変換、圧縮して、高出力の魔法を発動するという。
通常、マナを吸い上げて変換した魔力では、悪魔の魔力を回復することはできない。
しかし、膨大なマナや高濃度の魔力を作る古代兵器は、それ自体が一種の魔導遺産であるといえる。ならば、その本体のどこかに、悪魔の魔力を回復出来る程の“何か”があるとクロードは考えていた。
ただ、ダガフが起動されてしまうと、大臣は当然ダガフの守りを固めるだろうし、起動中では魔力吸収は不可能かもしれない。故に、彼の目的に対して遠回りになるギアラーン行きに反対し、意思にそぐわない結果に機嫌を悪くしたのであった。
「あ、そうだ! そういえば、アスタロトはどうやらテストゥムみたいだな。昨日、彼女と話す機会があったんだが、本人がソロモン王が作った人口生命体だと言っていたよ」
「……」
「なんだ、我の糧にしてやるとか騒ぐと思ったが」
「……ちっ、煩わしい奴だ。そんなこと、とうに知っておるわ」
「え? そうなのか?」
やっとクロードが口を開いた。
彼の周りの張詰めていた空気が少し和らいだ様に感じたのと、話に乗ってきたことに、メリッサは少し気分が上がった。
「毒竜を駆る地獄の大公爵、アスタロト。魔界でも名を馳せる強大な悪魔よ。その同名のアスタロトという名前といい、毒を放つドラゴンといい、間違いないだろう」
「で、アスタロトの魔力を吸収しようとは思わないのか?」
「……貴様、わざと訊いているだろう?」
「ははは、分かったか?」
メリッサはいたずらな笑みを浮かべた。
目の前に強大な魔力があるのに、相手が強すぎて手が出せない。今のクロードの状況を知っていて、メリッサは意地悪を言ったのだった。
いつもチクチクやられているささやかな仕返しだ。
クロードの眉間の皺がまた濃くなって、メリッサを睨み付けた。
「悪かったよ。そう怒るな。お前もそうだが、私たち白銀の腕手も、アスタロトを封印なんて出来ないさ」
「だろうな。他の班に譲るのか?」
「いや、アスタロトのことは白銀の腕手の本部に伝えて、監察とするさ。彼女はここでひっそり暮らすだけだろうし、誰にも利用もされないだろうから、封印は必要ない」
「盗賊行為は平穏か?」
「今の規模のままならな。あれは、この国の政府と彼女たちの問題だ」
「甘い……と言いたいが、他の者に取られるくらいならやむを得まい」
クロードは、肩を下げて、溜め息に似た息をふぅっと吐いた。
一方、コンテナ内の片隅、メリッサたちから少し離れたところで、ナフィーサとロゼッタは親しげに話していた。
「もうすぐギアラーンに着きますからね。あとちょっとだけ辛抱してくださいね、ロゼッタ」
「ありがとうございます。ナフィーサさ――」
「ナフィーサですよ。ロゼッタ」
ナフィーサが、自身を敬称で呼ぼうとしたロゼッタを制して、ずいっとしかめ面を彼女に近づけた。
「あ、えっと……ありがとうございます、ナフィーサ」
「ふふ、どういたしまして」
ナフィーサのしかめ面が朗らかな笑みに変わった。しかめっ面も可愛らしかったが、その笑顔もまた瑞々しくて可愛かった。なによりころころと変わる表情が年相応の女の子らしい。
これが本来のナフィーサで、とても魅力的な人なのだとロゼッタは思った。
「でも、本当に遠回りして良かったのですか?」
「今朝も言ったでしょ? 私は国も友も両方救いたいって。私は友人であるロゼッタを救いたいし、これからの旅にも私の傍にいて欲しいんですよ。私の初めての友人なんですから」
「ナフィーサ……」
「わがままなのは承知の上で、メリッサさんたちには、今まで以上に頑張ってもらうつもりですけどね」
ナフィーサが、口角を上げて片目を瞑った冗談ぶった笑みを見せた。
「……」
「ん? ロゼッタ? どうしました?」
「……え? あ、ごめんなさい。えっと、ナフィーサに大切に思ってもらえたのが嬉しくって、ちょっとぼおっとしちゃって……あはは」
「ふふふ、変なロゼッタ」
楽しそうに語り合う2人。それを少し離れたところからアルレッキーノがじっと見ていた。
♦ ♦ ♦
空の旅を少し続いた後、ズンとコンテナがすこし揺れた。地面に降りたらしい。
コンテナから出ると、外は焼けるような厳しい暑さだった。物資運搬用の冷却装置の付いたコンテナの中から出たため、余計に熱く感じる。メリッサ強い日差しに目を細めつつ、辺りを見渡した。今いるのは岩山のふもとだった。
「この岩山を回り込むと、ギアラーンの入口の正面に出るんだ」
コンテナの横で、アスワドから降りたアスタロトが、岩山の向こうを指さして言った。
「アスワドじゃ街に近づきすぎると、要らない混乱を招くだけだからね。悪いけど、ここからは車で行ってくれるかい?」
彼女の言葉に合わせる様に、コンテナから1台のオフロード車が出てきた。運転席にいるのはサイードだった。どうやら彼は運転も出来るらしい。さすがは親衛隊長と言ったところだ。
「この車はあんたたちにやるよ。つっても軍から奪ったもんだけどね、あっはっは」
「何から何まで、すまないな」
「いやいや、義妹を助ける為だ。これくらいはさせておくれ」
メリッサが礼を述べると、アスタロトは顔を横に振った。そして、少し屈んでロゼッタを真正面から覗き込みながら言った。
「ロゼッタ、なんか困ったことがあったら、いつでも私を呼びな」
そう言ってアスタロトが、ロゼッタの頭に手を置くと、一瞬、彼女の手が微かに光った。
「これでアスワドを通して私に繋がっているから、呼べばいつでも飛んで行くよ」
「ありがとうございます。アスタロトさん」
「しかし、あんた……いや、何でもない、これは野暮ってもんだ」
微笑んでいたアスタロトが、真顔になって何か言いかけたが、すぐに言うのを止めた。その表情は再び微笑みに戻っていた。
屈んだ体を起こすと、視線をメリッサに合わせて話し始めた。
「ギアラーンの街に行ったら、西D地区でアブドルって爺さんがやってるゴーレムの修理工を訪ねな。頑固な爺さんだが腕は確かだ。うちの奴らの義手やら義足やらを作ったのもこの爺さんだからね」
メリッサは、盗賊達と戦った時のことを思い出した。あの時、硬い物に阻まれて剣が通らないことがあった。防具か何かだと思っていたが、義肢だったとは。
そうだとまったく気づかないほどに、自然な動きが出来る義肢。それらを作ったアブドルという老人は、素人のメリッサでも凄い職人であることは分かった。
「あたしも一緒に行きたいんだけど、留守にしているアジトが気がかりでね」
「いや、ここまで送ってくれただけでも十分さ」
「その代わりといっちゃなんだが、あたしやカシムの紹介だってアブドルに言いな。パーツを提供してくれるだろし、修理も力を貸してくれるだろうよ」
そう言いとアスタロトはアルレッキーノの方を見た。
一瞬、真剣な眼差しを合わせる2人だったが、すぐにアスタロトが視線を外した。
(……アルのやつ、どうしたんだ?)
あれだけ鼻の下を伸ばしていた彼女との別れなのに、いつになく真面目なアルレッキーノに対して、メリッサは違和感を感じた。しかし、「それじゃ」と去ろうとするアスタロトを見送るのに意識がいき、すぐにその違和感のことは忘れた。
こうして、アスタロトとはここで別れ、メリッサ達はもらった車でギアラーンを目指した。
運転席のサイード以外、日除けのついた荷台に乗り込んだ。サイードが、ナフィーサに助手席に座る様に勧めたが、ロゼッタと一緒にいたいと彼女も荷台に乗ったのだった。
ガタゴトと岩肌の道を走ること5分、ギアラーンの入口に辿り着いた。街に入る手続きを済ませ、入口の門を潜ると、そこは油と金属の匂いがする街だった。
赤土の道に沿ってどこを走っても、機械パーツ、製品を売る店が軒を連ねている。宣伝用だろう、大きなゴーレムが看板を持って店先立っている店もあった。
まさに機械の街といった雰囲気だった。ごちゃごちゃとしていて、商人の街とはまた違っている。
ナフィーサが、荷台の後ろからキョロキョロと興味深そうに街の景色を眺める。サーカスでも見るかのように、目をキラキラさせていた。
「ナフィーサ様、あまり荷台の外に近づかないでください。暗殺者はどこから狙っているか分からないのですから」
メリッサが、荷台の奥に入るように嗜めた。
「ごめんなさい。私、ギアラーンは初めてで。使命を帯びた身で不謹慎かもしれませんが、わくわくしてしまって」
照れくさそうに笑うナフィーサ。
そんな中、荷台と運転席を隔てる壁に空いた窓からサイードの声がした。
「ナフィーサ様、もうすぐD地区です。店の場所も聞いていますので、すぐに着きます」
「そうですか。聞きました? ロゼッタ、もうすぐですよ」
ナフィーサが、ロゼッタに声を掛けた。しかし、ロゼッタからは返事が返って来ない。
「ロゼッタ? ロゼッタ? 聞こえていますか?」
何度も呼び掛けても返事がない。
すると、急にアルレッキーノが立ち上がった。慌てた様子でロゼッタに近寄ると、診察する様に真剣な目でじっと彼女を見つめた。
「くそっ!」
黙々と彼女を観察したかと思ったら、突然、床を叩いて唸った。そして再び立ち上がると、荷台と運転席が繋がっている小窓へと駆け寄り、運転席のサイードに叫んだ。
「ロゼッタがやばい! 急いでくれ! 全速力だ!」




