もう1人の歌い手
シアは目をつぶり、すっと息を吸うと、おもむろに歌い始めた。シアの人気曲である。
伴奏もコーラスも何もないシアだけが歌うその歌は、1人であっても力強く、それでいて春の日差しの様に優しく癒しがあり、心を自然と暖かくしてくれる響きだった。
初めは、ぼおっと眺めていたヴァルも、その明るい歌を聴くうちに徐々に笑顔になっていき、最後のサビを迎える時には、シアに合わせて一緒に歌っていた。
「わー! 凄い! 凄い! シアの独占ライブだ!」
ヴァルが満面の笑顔で、パチパチと手を叩いた。
「良かった元気出たみたいで。レラジェちゃんは、きっとまた来るからその時にちゃんと恨んでる訳を聞いて、一生懸命謝って仲直りしよ?」
「うん! 考えても分からないなら、ちゃんと聞いて謝るしかないね! ありがとう、シア」
ヴァルがいつもの明るく前向きな性格に戻ったことが嬉しくて、シアも笑顔になった。
歌はやはり元気をくれる。“あの頃”からそうだった。
子供の様に無邪気に笑うヴァルに、シアはふと過去の記憶を思い出した。
「ふふ、ヴァルちゃん見てたら、昔を思い出しちゃった」
「昔?」
「うん。私ね、小さい頃この公園から少し離れたところにある孤児院に住んでたんだ。貧しい孤児院だった。みんないつもお腹を空かせててね。
でもね、年に数回だけ、先生にバザールに連れて行ってもらえたんだ。出し物とか見たりして、しかも1つだけおやつを買ってもらえたんだ。それで、おやつを持ってこの公園に来て、みんなでおやつ食べて、遊ぶんだ」
シアは当時の記憶を懐かしむ様に、少し遠くを眺めた。
「その日も、おやつを買ってもらって、みんなでここに来たんだ。それで、みんなでおやつを食べてたんだけど、その頃に新しく孤児院に入った子がね。急に泣き出したんだ。
その子はね、この公園で置き去りにされて、捨てられた子だったの。おやつを与えられて、それを食べてここで待ってなさいって言われて。
思い出しちゃったんだよね、捨てられた時のこと。それで大泣きしちゃって。
みんなで励ましたり、慰めたりしたんだけど、泣き止まなくて」
「それでどうしたの?」
「それで私が歌を歌ったんだ。そしたら、その子が泣き止んで、笑顔になったの」
「へぇ、そんなに小さい頃からシアの歌は凄かったんだね。なんか元気にさせる力があるんだよね。ミラクルパワーって感じ」
「ははは、ミラクルパワーって。そういうのは王女様の歌みたいなのを言うんじゃない? まぁ自分の歌唱力が特別って自信はあるけど」
シアが胸を張って見せる。しかし、ヴァルは、そんなシアではなく、ベンチの後ろの方をじっと見ていた。
「ん? ヴァルちゃんどうしたの?」
「いや……あのモニュメントってあんなマークあったっけ?」
シアもヴァルと同じの方に顔を向けると、大きなモニュメントが目に入った。
抽象芸術か記念碑か分からないが、紺色の石を積み木の様に粗雑に組み合わせた造形物があった。組み合わされた石の中心に、他の石より一際大きな石の柱が立っている。
来た時は特に気にしなかったが、ヴァルに言われて、シアもそのモニュメントに変化があった気がしてきた。
石の柱の真ん中くらいに、模様がぼんやりと光って浮かび上がっているのである。
「確かに、あんな光ってなかったかも……」
「ねぇシア、あれって、闘技場の地下で見た柱に似てない?」
「確かに似てるかな……」
2人はその柱に近づいてみることにした。
近くで見るとかなりの大きさだったが、闘技場で見た柱より小さく、半分ほどのサイズだった。
「やっぱりあの柱に出てた模様に似てるし、これも地脈に干渉する装置なのかも……」
ヴァルが難しい顔をして言った。
「なんで急に光り出したんだろね、ヴァルちゃん」
「うーん、分からないなぁ。でも、私達じゃ止められないし、お嬢様たちと連絡とって、教えてあげるくらいしか出来ないなぁ」
「……私、歌ってみようかな」
シアが呟いた。
「え? シア、あの王女様の歌覚えてるの!?」
「うん、これでも歌手だしね。耳はいいんだ。それに、あの歌は初めて聴いたんだけど、知ってる、いや、馴染むって感じで。上手く言えないけど他人の歌って感じがしなかったんだよね」
「ほえー凄いねぇ。うん、やってみるだけタダだし、歌ってみれば?」
「おーし!」
そう言って、シアはすっと息を吸うと、ナフィーサ王女が歌ったのと同じ歌を歌い始めた。
容姿が似ているシアと王女だったが、この不思議な歌を歌う姿、歌声までもそっくりだった。まるで、あの時の王女をそのままこの場に持ってきた様である。
「うーん、やっぱ駄目だったかな」
歌が終わり、何も変化のない柱を見て、シアはぽりぽりと頬をかいた。
「すっごい良かったけ――」
ヴァルが言いかけた時、柱の真ん中が音を立てて左右に割れた。
「うわ!? う、動いたよ、シア!」
「う、うん!」
驚いている2人の目の前で、割れた柱の中から、石と同じ紺色の光を放つ球体がすっと空中を滑って出てきた。そして、その球体はシアの目の前まで来るとゆっくりと下降を始めた。
「おっとと」
シアは慌ててその球体を両手で受け止めた。
手の中には、光は失ったが美しい紺色の玉が転がっていた。
「……あはは、なんか、出来ちゃった」
「すごーい! やっぱりシアもミラクルパワーだったね!」
またパチパチと手を叩いて褒めるヴァル。一方のシアは、思いのほか上手くいってしまい変な笑いが漏れた。
理由は分からないが、王女と同じことが出来てしまった。この事実は、ナフィーサ王女を乗せて動いている運命の輪の反対側に、シアというもう1人の人物も乗せていることを暗示しているのだった。
さて、ヴァルたちたのお話はいったん終わりです。
明日からはまたメリッサたちの方に戻ります。
ロゼッタの修理に寄った街で一波乱ありますんで、お楽しみに(^^)




