彼女たちの過去
ヴァルが、崩れる寸前で廃墟から飛び出してくると、外で待っていたシアが泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
外で一人で待っているのが心細かったのかと思ったが、そうではなくヴァルの身を案じてくれていたらしい。
戦闘など縁のないシアには、銃声や爆発音が建物の中から聞こえてれば、否応にも不安も煽られただろう。それでも自分を心配してくれたシアに、ヴァルは沈んでいた心が少しだけ明るくなった気がした。
「ありがとう、シア」
「うぅ、無事でよかったよぉ。それより……」
シアが崩れた廃墟の方を見た。ヴァルも同じ方を見ると、瓦礫の山の向こうには、もう廃墟は続いておらず、開けた場所から人の声が聞こえた。
瓦礫の山のせいで向こうに何があるのか分からなかったが、どうやら崩れた建物は廃墟街の端にあったらしい。レラジェたちの張っていた結界も無くなり、人気のあるところに行けそうだった。
廃墟街の建物はぴったりとくっつくように建っており、近くに路地は見当たらない。そこで2人は瓦礫の山を登って、廃墟街を出ることにした。
ヴァルに手を引いてもらってシアも何とか頂上まで登ると、そこから見えた景色は別世界だった。
通りを挟んだ向こうには、噴水のある大きな公園があり、その中で子供たちが賑やかな声を上げて遊んでいるのが見えた。
「あの公園の傍だったんだ……」
シアが独り言を呟いた。
「ヴァルちゃん、あの公園で休んでいこう?」
どことなく元気のないヴァルに、シアは励ます様に明るく言った。
2人は廃墟街を出て、その公園へと入ることにした。
公園内はのどかな風景だった。近くのバザールで騒ぎがあったにもかかわらず、それを知らない感じで人びとが過ごしている。
噴水の周りには老人たちや若い男女がベンチに座り、楽しそうに話している。視線を移せば、緑豊かな芝の広場で、子供たちが賑やかにボール遊びに興じているのが見えた。
バザールでの騒ぎが全く影響していないのは、暗殺者が、広場での騒ぎが外に漏れないように術を施した為だった。ただ、この時2人は、そんなことを気にすることもなく園内を散歩でもする様に歩いた。
「ここでいっかな」
公園の中を少し歩き、モニュメント近くのベンチにシアが座った。近くには他のベンチもなく、静かな場所である。
シアの隣にヴァルも続いて座ると、気持ちいい風が吹いた。
少し間があって、シアが言った。
「マリアさんたち、大丈夫かなぁ……」
「……マリアもへルマンも、強いから平気。暗殺者も撤退しただろうし」
「そっか」
ヴァルの声には、いつもの明るさがない。それが気になったシアは、彼女の顔を覗き込んだ
「ヴァルちゃん、元気ないね。やっぱり怪我してるの?」
「ううん、大丈夫だよ。ヴァル、元気だよ」
大きく首を横に振って、にかっと笑って見せた。
「あの黒ずくめが、知っている人だった?」
ヴァルの表情が曇り、少し黙っていたがこくりと頷いた。そして、ぽつりと言葉を吐き出した。
「……昔、すっごく仲良かった子だった」
「親友ってことだよね?」
「うん……その子に殺すって言われた……」
「え!?」
ヴァルは、その廃墟であったことを話した。
親友のレラジェが、シアを暗殺のターゲットとしているが、それ以上にターゲットを警護するヴァルの命を真っ先に狙っていること。そしてそれが、私怨によるものだが、ヴァル自身は恨まれるような心当たりがないこと。
ヴァルの話を、シアは時々相槌を打ちながら、親身になって聞いた。
「私が狙われるのも納得いかないけど、それよりヴァルちゃんを真っ先に狙うって……うーん、わからん。というか、そもそもレラジェちゃんは、何で暗殺者なんかやってるの? 大臣の配下って感じじゃなさそうだけど」
「えっと、れっちゃんは暗殺者専門の派遣会社に勤めてるから」
「ん?」
――暗殺者専門の派遣会社。
聞きなれない非日常単語に、シアの目が点になる。
「私が辞める時に、新しい支部の支部長さんになるって言ってたから、多分、今もあの会社で暗殺者やってると思う」
「え?……ちょっ、ちょっと待って! 暗殺者専門の派遣会社!? そんなのあるの!? しかも、ヴァルちゃんもそこにいたの!?」
シアは慌ててヴァルの話を止めて、食いつくように質問した。
「うん。派遣会社で、ヴァルとれっちゃんはコンビだったの。2人とも特別な能力を持っててね。その能力の相性が良くて、いっつも一緒に依頼をこなしていたんだ。ヴァルは、射撃武器なら何でも使える能力で、れっちゃんは射撃武器ならいくらでもしまったり出したりできる能力の持ち主なんだ」
「……そ、そうなんだ」
ヴァルが暗殺者だったことに、シアはショックを受けた。
暗殺者という存在自体に恐怖を覚えてしまっている今、それが過去の話だと分かっていても、引きつった表情を隠せなかった。
「ごめん……ヴァルのこと、怖い、よね?」
シアの表情を見て、ヴァルは消え入りそうな声で言った。
その反応にシアは、はっとした。
(こんなんじゃだめだ、私がヴァルちゃんを元気づけなきゃ。私は人に元気を与えるんだ。人に元気を与えてこその“スター”でしょ!)
「そんなことないよ! びっくりしただけ! ヴァルちゃんは、大事な友達だもん。怖くなんかないよ」
シアは、ヴァルの手を取って強く握った。ヴァルの顏はきょとんとしながらも、少しだけ嬉しそうな色が差した。
「えっと……そうだ! ヴァルちゃんは何でその会社を辞めちゃったの?」
「え……うんとね、成績は良かったんだけど、暗殺に飽きちゃって……そしたらロバート様、あ、お嬢様のお父さんね。その人にうちの組織に来ないかって言われて、そっちに入ったの。なんか冒険とかいっぱい出来るって言うから面白そうで」
「レラジェちゃんは誘わなかったの?」
「誘おうとしたんだけど、れっちゃんは、新しくできるこの国の支部の支部長さんに抜擢されてたんだ。それに会社に好きな人がいたみたいで、その人と幸せな支部を築くんだって張り切ってたから、誘えなくって……」
暗殺稼業で幸せな支部ってなんか違和感があるなぁっと思いつつ、シアはうんうんと頷いて聞いた。
「だから、れっちゃんが幸せになるの邪魔しちゃ悪いなって思って、黙って会社を辞めちゃったんだ。それを怒ってるのかな……」
「うーん、多少は怒っても、それぐらいで殺したいほど恨むかなぁ。話を聞く限りじゃ恨まれるような感じはない気がするなぁ」
「そうだよね……はぁ、なんでヴァル恨まれてるんだろ……」
ヴァルは俯いて溜息をついた。彼女を元気付けようと奮い立ったが、余計に落ち込ませてしまった結果に、シアは内心慌てた。それでもどうすればヴァルを元気に出来るか頭をフル回転させて考える。
そして、閃いた。
(いつも自分に元気を与えてくれるもの、いつも皆に元気を与えているもの……私には“あれ”があるじゃない)




