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廃墟の決闘

廃墟を見上げるヴァルの視線の先、黒装束の暗殺者が声を発した。


「最上階まで登って来なさい。ヴァル……いえ、バルバトス。私があなたを殺す」

「……え?」


 ヴァルの本当の名前を知っている。

 ずっと感じていた視線がこの暗殺者のもので、しかも自分のことを知っている。ヴァルは驚きを隠せなかった。


「言っておきますが、この近辺には結界を張っていますので、私を倒さない限り、外に逃げることは出来ませんよ。それに、逃げようとすれば即座にそのシアという娘を殺します」


 この暗殺者は、シアを殺すことではなく、ヴァルと戦うことを望んでいる。

 謎が多い。が、直ぐにシアを手にかけるつもりはないようだ。

 ヴァルは、すぐに動揺を静めて切り返した。


「……ヴァルと決闘したいってことでいいんだね? ヴァルが戦えば、シアには手出ししない?」

「戦いの間は。あなたが負ければ、殺します。まあ、選択の余地なんてないですが」

「ちぇっ……わかったよ」


 確かにその通りなのが癪だが、今は従うしかない。

 ヴァルは腰の二丁拳銃を抜いて、シアに向き直った。


「ごめんね、シア。ここで待ってて」

「え? ちょ、ちょっとあんな言葉信じていいの!?」


 シアが慌てて、ヴァルの腕にしがみ付いて言った。そんな彼女に、ヴァルは笑ってみせると、宥める様に言い聞かせた。


「あの人は大丈夫、言ったことは守るよ」

「……なんで分かるの?」

「あの人がヴァルの知っている人なら、そうだから……多分」

「多分って……」


 返ってきたのは曖昧な返事だったが、どこか自信ありげなヴァルの様子に、シアは彼女の言うことを信じることにした。

「分かった」と言ってすがっていた手を離す。

 覚悟を決めて送り出すシアの視線に、ヴァルも黙って頷いて返した。




 シアに見送られながら、ヴァルは慎重に廃墟の中に入っていった。

 照明器具など当に機能を停止し、ガラスがなくなった窓から日光が少し入るだけで、暗く見通しが悪い。しかし、ヴァルの目を持ってすれば、この程度の闇など、照明器具があるのと大して変わらなかった。


「うわぁ、ぼろいなぁ……」


 取り壊す途中で止まっているのだろか。壁紙などはなく、コンクリートがむき出しで、所々ひびが入ったり、欠けたりして鉄骨が見えている。

 床には陳列用の棚や机、その他大きなガラクタが散乱して埃を被っていた。

 ここは何かの店だったのだろうか。広さがある。

 階段が広い部屋の向こう側――崩れた壁の先に覗いていた。それは、ヴァルのいる位置からも見えていた。上に行くには、まずは、あの階段を目指そう。

 時間に取り残された建物の中を、ヴァルは慎重に歩いて行く。


 ――決闘。


 それが暗殺者の望み。そして、もしあの暗殺者がヴァルが知っている者なら……建物内で仕掛けてくる。


 バシュッ!


 突然、物陰から手のひら大の円盤が4つ、顔の高さまで飛び上がった。


「っ!」


 咄嗟に、倒れかけていた棚の後ろに飛び込む様にして隠れる。

 その直後、円盤が破裂し、金属の棘が四方八方に飛び散った。衝撃と伴に何百という棘がヴァルの隠れる棚に突き刺さる。

 棘をやり過ごしたのも束の間、今度は自動で標的を狙う無人砲台が、こちらを狙っているのが目に飛び込んだ。

 大口径の銃口。

 それだけで瞬時に理解した。あの砲台が撃ち出すのは爆発する弾――グレネード弾だと。


「やばっ!」


 砲台が火を噴くと同時に、ヴァルは身を屈めながら走り出す。すると遅れて背後で起こる爆発。

 その爆風を受けないように、飛び込みざまに地面を転がり、すぐにまた低い姿勢で走り出した。

 ヴァルは、この一連の流れるような動きの中で、次弾を撃とうとしている砲台の、銃口目掛けて拳銃を撃った。

 次の瞬間、ヴァルの放った弾丸を呑み込んだ砲台が、内部のグレネード弾を誘爆させて爆ぜた。


 しかし砲台を破壊する間にも、次々と先程と同じ円盤が打ち上がり、無数の棘が乱れ飛ぶ。

 再び障害物に隠れ、走り、また隠れ、走った。

 感覚的に、転がる障害物からルートを瞬時に見出し、俊敏に動いて躱す。ヴァルだからなせる高速の反応である。

 その後、何度も砲台や円盤をやり過ごし、階段の前へと抜けた。


「ふう……」


 一呼吸おいた。

 ヴァルの胸中には、複雑な思いが渦巻いていた。

 あの暗殺者の声は聞いたことがあった。恐らく自分は、あの暗殺者を知っている。


(でも、あの子がどうしてヴァルを狙って、こんな決闘のみたいなことを……分からない)


 自分の知る者だとしたら、こんなにも殺意の満ちたことを、自分にするなど理解できない。あの子とは、あんなにも仲が良かったのに。


 しかし、今は考えても分からない。直接聞きに行くしかない。そう思って気を取り直し、目の前にある狭い階段を眺めた。

 階段は先ほどの広い場所より、さらに厄介な場所だ。高低差がある上に、トラップあったとしても躱すことが難しいからだ。盾に使えそうな障害物もない。


「3段目と……8段目か……」


 階段に薄っすらと光を反射する線が見える。

 ワイヤートラップ。

 階段に張られたそのワイヤーに触れれば、トラップが発動する仕組みだ。

 ヴァルはワイヤーに触れない様に、軽々と4段目に跳んだ。が、着地の瞬間、彼女に向かって何本もの矢が発射された。


「おっと!」


 凄まじい速撃ちで、難なく迫る矢を全てを撃ち落とす。

 しかし、休む間もなく、頭上から降り注ぐ何本もの鉄骨。ヴァルは、低く速い跳躍を繰り返し、7段、10段、そして踊り場へと一気に駆け上がった。

 踊り場に着地した直後、彼女の後ろで、けたたましい音を立てて鉄骨がコンクリートの階段を押し潰した。

 ただ、その光景を見ることなく、ヴァルは再び飛んで来た矢を全て撃ち落としていた。


「赤外線センサーも仕掛けてたか。この仕掛け方、やっぱり……」


 知っている罠の仕掛け方だった。

 罠という無機質なもののはずなのに、伝わってくる癖や人柄がある。

 

 ――ずっと近くにいた人。

 

 ――大切な仲間だった人。

 

 ヴァルに頭に、その者の記憶がふと蘇った。

 もはや暗殺者の正体が、確信に変わってしまった。


「戦わなきゃダメ……なんだよね……」


 ヴァルは、拳銃に弾を込め直し、ふっと小さく息を吐くと、再び歩を進めるのだった。

突如現れた謎の暗殺者、どうも前に来たやつとは違うみたい。

ヴァルちゃんとも知り合いのようで……


あんた、あいつのなんなのさ

(ネタが古い)


次回をお楽しみに~

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