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隙間風を追え(3)

 次々と建物の屋上や屋根へと飛び移ってゆく。幸い、建物が密集しており、先ほどの大跳躍をしたビルとビルの間ほどに距離があることはなかった。

 ただ、先ほどの爆発で警察たちが地上には集まってきていた。跳躍を繰り返しながら見下ろすと、警察車両の放つ赤色灯が幾つも見えた。


「へっ、どんくさい連中だぜ。今更集まってきやがって、こっちはもうおさらばだってのによ」


 彼の言葉通り、この逃走劇も終わりを迎えようとしていた。たった今着地した建物は、商業都市ロウラムの隅、都市を囲む結界の壁までは目と鼻の先だった。

 ドラフトが逃げてきた方角は、都市部の外苑に農場部がなく、都市部と外界が壁で一枚で隣接している。つまり、隠れやすい都市を越えれば、すぐに外に逃げられるという、その一歩手前まで来ているのだった。


「逃がすつもりはないぞ」


 着地した屋上の給水タンクの後ろから声と伴に、若い女が出てきた。

 端正な顔立ちと凛とした目、女らしさがある中に勇ましさがあった。もちろん美しくはあったが、剣を構えるその姿には隙がない。

 その女剣士――メリッサは、ドラフトの前に立ちふさがった。


「美女に追っかけられるのは、男冥利に尽きるが……追っかけられている時が至福の時間なんでね、捕まっちまったらつまらんわけさ」


 ドラフトが言い終わるや否や、空間トンネルを作り出し、メリッサに後ろに抜けた。しかし、トンネルを抜けた瞬間、左から何かが高速で飛んで来た。

 ドラフトの目に、黄色に輝く球体が映る。


「くっ」


 咄嗟に空間トンネルをもう1つ開き、左からきたものを右に通り抜けさせる。

 しかし、避けたのも束の間、飛来物が通り抜けたドラフトの右側にメリッサが回り込み、剣を振り降ろす。


「はあっ!」

「ちっ」


 メリッサの一撃を、ドラフトは右手の仕込み刃で弾く。キンと甲高い金属音が響き、火花が散った。それと同時に、今度は頭上から、先ほどと同じ黄色の光球が彼に迫る。

 それに感づき、まだ完全に空間トンネルから抜けきっていない体を瞬発的に動かし、斜め前方に転がってこれを躱した。

 転がった先で、すぐにメリッサの方を向き、次の攻撃を警戒する。


「やはり、空間の穴は片手で1つずつ、最大2つしか同時に展開できない様だなっ!」

「さあて、それはどうかなっ!」


 メリッサが指摘しながら剣を振るう。その剣を躱しつつ、不敵に笑って強がるドラフト。しかし、彼女の指摘は図星だった。


(ちっ、お見通しか……しかし、さっきから来るあの魔法、厄介だな)


 先ほどから、メリッサの攻撃の合間に、光球が飛んでくる。何とか捌いているが、厄介な事この上ない。

 光球が遠隔操作できる電撃系の魔法であると推測したドラフトは、メリッサの猛攻をギリギリで避けながら、目だけ動かして周囲を見る。


(何発操ってる? 1発、いや2発か? だがそんなはずは……)


 ドラフトは困惑した。

 彼を襲う光球の正体は、“リモート・ブリッツ”と呼ばれる雷の魔法だった。雷の魔法はその性質上、形を留めておくことが難しく、炎や水の遠隔操作の魔法より高度な魔法である。そんなものを複数、しかも剣の攻撃に合わせて正確に操るなど、超高等技術であったため、ドラフトには現状が信じがたかった。


(どこだ!? どこに術者がいる!?)


 正確なコントロールをするため術者は絶対近くにいる、ドラフトはそう思い、戦いの中でリモート・ブリッツを操る術者を探す。

 しかし実際は、彼の想像を超えていた。


「ふん、あのドラフトとやら随分と粘りおる」


 クロードが呟いた。

 光球とメリッサの攻撃を避け続けるドラフトを見て、ニヤリと笑う。

 ドラフトが探すリモート・ブリッツの術者、それがクロードだったが、彼は今、ドラフトが思うほど近くにはいなかった。

 彼が居るのは4軒ほど離れたビルの屋上。距離にして150メートル。リモート・ブリッツを操るのに、通常ならあり得ない距離だ。

 しかし、常人とは異なる、“悪魔”である彼には造作もないことだった。


 そのクロードの視線の遠く先で、戦いが続いており、ドラフトが肩で息をするようになってきていた。

 メリッサの剣とて、軽く躱せるほど生易しい物ではない。躱し続けるのも相当の集中力と体力を使う。加えて、リモート・ブリッツもある。ドラフトはかなり消耗していた。


(ちっ、今度は左か!)


 左からくる光球に対して、空間トンネルをつくる。右斜め前方からは、メリッサが剣を振り上げ突撃してきていた。


(もう1発はどこいった!?)


 2発のリモート・ブリッツのうち、もう1発が見えない。コンマ数秒の間に、ドラフトはメリッサに視線を固定しつつ、周囲を警戒したが、2発目は見当たらなかった。

 メリッサの剣を、右手の刃で受けるべく、ドラフトが予備動作に入る。

 しかし、間合いに入る寸前、真っ直ぐ向かってきていたメリッサが、急に真横に動いた。


(なにっ!?)


 ドラフトは一瞬、動揺した。突然、彼女の後ろから、2発目のリモート・ブリッツが現れたからだ。2発目はメリッサの背中に隠れて迫って来ていたのだった。

 咄嗟に、残った右手で空間トンネルを開き、リモート・ブリッツを受け流す。

 しかし、これによってメリッサの攻撃に対して無防備になってしまった。


「はぁっ!」


 一閃。剣が振り降ろされる。


 キンッ!


 闇夜に甲高い金属音が響き渡る。

 メリッサの剣は、ドラフトに届いていなかった。剣を弾いたのは、彼の蹴りだった。この土壇場で、踏み抜き防止の金属が仕込まれた靴の裏を使って、剣を蹴り上げたのだ。

 この神がかった反応に対してメリッサは驚いた。驚きはしたが、まだ彼女の作戦の範疇ではあった。


 人数の少ないグレンザール警備会社が、ドラフトを捉える為には、人員を散らして配置する必要があった。その上で、各自がドラフトを捕獲しようとしつつ、逃走ルートを絞っていく作戦をとった。作戦パターンは何十通りにもなる。

 そして、現在のパターンで決定打を打ち込む役、それがヴァルだった。


 メリッサとドラフトの戦うビルから、遠く離れたビルの上で、彼女はライフルのスコープを覗いていた。建物と建物の間に、辛うじてメリッサたちのいるビルの屋上が見える。

 チャンスはほんの一瞬、建物と建物の隙間越しにドラフトが見え、そして2つの空間トンネルを使い切った刹那の時間だけだ。


(きたっ!)


 ヴァルが覗くスコープに、ドラフトの姿が映る。

 メリッサとクロードの陽動が、その瞬間を作り出した。全てが揃ったのだ。

 ヴァルが引き金に掛かった指に力を込めた、その時だった。

 彼女は、こめかみの辺りに強い悪寒を感じた。


(狙われてる!?)


 それは狙撃を行うヴァルだからこそ分かる、自身が狙われている感覚。

 強烈な殺気と伴に、見られているのだ。

 その殺気に反応したことで、ほんの数ミリ銃身を傾けてしまった。


「やばっ!」


 放たれた弾丸はドラフトの足元に着弾した。


「なにっ!?」


 自分が狙撃されていることを感知したドラフトは、戦慄と共に反射的に前方へと体を転がした。もんどりうって転がるその姿からは、先ほどまでの余裕は微塵も感じられなかった。

 ヴァルは急いで次弾を装填し構える。だが、チャンスは2度は無かった。


 ドラフトが閃光弾を炸裂させた。目のくらむような光が広がり、暗視スコープを覗いていたヴァルの目をくらました。


「ぐっ!」


 思わず目を瞑ってしまった。すぐに目を開くが、目がチカチカし、ドラフトは確認できない。


『みんな、作戦終了だ。ドラフトは……取り逃がしてしまった……すまない』


 少しして、メリッサから申し訳なさそうに声の通信が入った。

 ドラフトは閃光弾の光の中、ビルから飛び降りて、壁の方へムササビのように滑空して逃げてしまったらしい。メリッサの申し訳なさそうな声を聞くと、ヴァルも自分の失敗に胸が痛んだ。


「はぁ、やっちゃったぁ……」


 溜息交じりに呟きが漏らすが、ふとあの殺気混じりの視線を感じないことに気付く。辺りを見回すが、何も感じることはなく、誰が、何処から見ていたのか何も分からなかった。


「あれって……」


 遠くでサイレンが鳴っている。ヴァルの視界には、警察の赤色灯に照らされ、ビルが赤くの点滅していた。それを眺めながら、ヴァルはいつの間にか汗をかいた手を強く握った。


前作「地獄の皇太子は2度死ぬ~復活の悪魔と魂の石~」もよろしくお願いします。


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