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殺意の視線

「それで、その後のナフィーサの捜索はどうなっておるんだ、アクバル」


 王の執務室で、いつも通り政務の話をするために参上した大臣のアクバルに対して、アフマディー王は開口一番、娘ナフィーサの捜索状況を聞いた。

 その口調は、一向に彼女の消息が分からないことへの苛立ちがはっきり出ており、普段のから温厚な彼としては珍しく、その表情にもぴりぴりとした厳の色が浮かんでいた。


「ははっ、未だナフィーサ殿下の安否は分からず、有力な情報も上がっておりません」

「そうか……しかし、アクバルよ。この事件について、新聞社に報道規制をかけ、民にも緘口令を出すのはどういうわけだ?」


 誰が言ったのか知らないが、余計なことを言いやがって……

 アクバルは、ちっと内心舌打ちをしながらも、神妙な顔を崩さずに前もって考えていた言い訳を並べた。


「それが、闘技場を襲撃した武装勢力ですが、アルム人ではないかという噂が流れているのです」

「何!? 誰がその様な!」

「いえ、市井の噂にございます」


 アルム人とは、このサーディール国の東の隣国、マシリア共和国から流れてきた難民のことである。

 800年ほど前、サーディール人と同じ民族だった彼らは、サーディールの地を離れ、アルムという土地に移住したのである。その時より彼らはアルム人と呼ばれた。

 それはマシリア共和国が出来る前の話である。


 その後、歴史が流れアルム地方に周辺に、別の民族が流入し、その民族が大多数となるとマシリア共和国を樹立した。それでも、別民族の国の中でアルム人は自治区を与えられ、そこで自分たちの生活文化を守りながら生活してきた。

 しかしある時、国の元首が彼らを邪教を崇拝し、国を乗っ取ろうとする危険分子だと非難した。

 そこから彼らの自治権は奪われ、弾圧が続き、最後には住んでいた場所を追い出されたのである。

 しかし、元首をはじめとしたマシリア共和国の本当の目的は、彼らの自治区から発見された地下資源であった。つまりは邪魔だったのだ。


 その後、難民となった彼らは、元をたどれば同じ民族であるサーディール国に流入したのである。

 行くあてに困り逃げてきた彼らを、アフマディー王は暖かく迎えた。自治区とはいかないが、国の一角に彼らの住める集落を整備して、望むならサーディール国の国籍も与えるとした。

 王曰く、『もとは同じ民族、家族も同然であり、困っているなら手を差し伸べるのが家族として当然の行いだ』ということだった。


「彼らがその様なことをするわけなかろう!」

「それはそうです。しかし、難民として入って来た彼らに混じって、邪教に通じるテロリストが入り込んでいる可能性もゼロではないのです。例えテロリストがアルム人でなくても、入り込んでしまえば分かりません」

「それは……」

「まだテロリストの件は噂の域を出ません。しかし、ナフィーサ殿下に危害を加えたのがアルム人だと国民に広まれば、国民感情は彼らに対して敵対的に変わり、せっかく陛下が進めてきた彼らへの受け入れが無に帰します。いらぬ迫害にもつながりましょう。故に、今回の事件の捜査や殿下の捜索は、まだ秘密裏に行っているのでございますよ」

「そうであったか……すまぬ、ナフィーサが見つからぬことへの焦りから、お前の思いやりに対して疑念を抱いてしまうとは。浅慮であった、許せ」

「めっそうもない。父として娘を思う気持ちなれば、当然。お気になさらず」

「そう言ってくれるか……私はいい弟を持って幸せだ」


 その後、事件のこと、その他政務のことを話し合ってから、アクバルは王の執務室を後にした。始終親密な様子で話し合う2人は、傍から見れば中の良い兄弟である。

 ただ、その内面では黒い感情が渦巻いているのである。弟――アクバルには。


(まったく、能天気な奴め。何が家族だ。同じ民族だろうと、奴らは文明も劣る下賤な者ども。我らサーディール国の地を汚す害虫だ。私が王になって、即刻駆除してやる……)


 自分の執務室に戻る為、廊下を歩くアクバルの顔には微かに険しさが漏れる。

 その後、自身の執務室に戻ると、デスク前の椅子にどかりと座り、横柄な口調で正面に向かって話を始めた。


「おい、ナフィーサの方はどうなっておる」

「はっ」


 アクバルの視線の先には、いつの間にか影の様な男が立っていた。



 ♦  ♦  ♦



「ヘーイ、みなさーん、次のタウンが見えてきたよー!」


 ハンドルを握るヤコブが、陽気な声で車内の皆に知らせた。

 長く続く街道の先、所々に短い草が生えるだけの乾いた大地に、建物が集合している一角が見えた。

 遠くからでも分かるビル群が、その大きさを物語っている。


「ハザイの街か……」

「シア、どかしたの?」

「いや、なんでもない」


 一瞬、表情を曇らせたシアに、隣に座るヴァルが声を掛けたが、シアはすぐに笑顔に戻って、顔の前で手を振った。

 シオディンの円形闘技場での襲撃事件により、シアのツアー中止と早期の帰国が考えられたが、シア本人の強い希望と主催者側の莫大な出資を無駄にしたくないという意向とで、ツアーは続行となった。もちろん、サーディール王家と交わした警備の費用に関する特約の効果も大きい。


 その特約によりメリッサたちと別れた、ヘルマン、マリア、ヴァルは、当初の依頼であったシアの警護に当たっていた。

 街の姿が見えてから、1時間もせずにハザイに到着し、ビルの並ぶ街の中心へと車を転がす。

 その後、車が一際大きなビルの前で止まった。


「この街での宿はここよ」


 リーサがそう言って車を降りたので、シアたちも続く。


「すっご! 超豪華なホテルだねぇ」

「確かに凄いね」


 ヴァルとシアが、目の前にそびえ立つ高層ビルを見上げて言った。2人とも口をぽかんと開けて、なんとも間抜けな顔になっている。


「ここって、王族も使う高級ホテルじゃないかしら? 確か5つ星よ」


 マリアもその高級さに気圧されたのか、キョロキョロと落ち着きがない。


「警護を忘れんなよ……」


 ヘルマンは、特に気にしていない様で、すぐにシアの傍について警護の態勢に入ると、それを見たマリアも不体裁を取り繕う様に咳払いをして、すぐに警護についた。

 乗ってきた車は大型車で、ホテルの入口前に乗り付けることが出来ないので、数メートルの距離を徒歩で歩くことになった。その間も、ヘルマン達警護の3人が、シアを囲んで歩く。


「っ!」


 ホテルへ歩く中、突然、ヴァルは強烈な視線を感じた。前にも感じた殺気の籠った視線。

 即座に腰の銃に手を掛け、視線のする方にさっと振り返った。

 しかし、次の瞬間にはもう、殺気も視線も感じなくなっていた。

 ゆっくりと銃に掛けた手を降ろすと、ヴァルの異様な反応に呼応して即座に構えたヘルマン達に、首を横に振って言った。


「ごめん、なんでもない。早くホテルに入ろ」


 怪訝な顔で自分を見るヘルマン達に、歩くように促し、自分も再び歩き出す。

 その後は、特に何もなくホテルに入ることが出来た。ただ、ホテルの自動ドアを潜りながら、ヴァルは先ほどの視線について考えていた。


(あの視線……ロウラムの時のと同じ……)


 彼女の脳裏に、世間を騒がせた盗人――ドラフトを追いかけていた時に感じた視線のことが浮かんだ。

 あの時の視線とホテルの前で感じた視線は、同じ波長がしたのだった。

 こんな遠く離れた地で、同じ波長の視線なんて……

 不可解なことに、頭の中を悶々とさせるヴァルだったが、チェックインの後、エレベータで上って部屋に案内されると、そのシリアスな思考は風に吹かれた霧の如く消え去った。


「何ここ!? ひろおぉぉぉい! うわー! ベット超ふかふか! え? ドリンクバーが備え付けられてる!? け……ケーキが食べ放題……だと!?」


ちょっと変な感じで終わりましたが、この後長いので上手く切れませんでした(-_-;)


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