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同じ気持ち

 夜空には無数の星が煌めき、月が淡い光で砂だけの地上を照らしている。日中の灼熱とは真逆の冷たい気候が、景色を一層寒々しいものとしていた。

 遺跡の外、砂漠と石畳の境目に座り込んで、ナフィーサは、沈んだ表情で冷たい景色を眺めていた。


「ん……」


 砂漠の寒さがこたえる。が、それ以上に心がしくしくと痛い。

 多くの国民を守る為に自分の判断は間違っていなかった、はずだ。

 命を軽んじるつもりはない。しかし、ロゼッタはゴーレムだ。部品の交換で直るわけだから、それこそ早急な処置も必要ないし、命が掛かっているわけでもいない。ならば、国を守るという使命を優先して何が悪いことがあるだろうか。


 そう納得している……しているはずだが、アルレッキーノに言われた言葉が、小さな棘となって胸に刺さり痛んだ。

 国民の笑顔を守りたいだけなのに、国を壊そうとしている憎い男――アクバルと自分が同じ。

 そんなはずはない。私は国民の為に正しい選択をしているの。

 しかし、“本当に正しいことかしら?”と問う、もう一人の自分もいて、その子が心に刺さった棘をつつく。

 寒さと痛みに、ナフィーサは自身の体を強く抱いた。


「夜の砂漠って寒いんですよね? 風邪をひいちゃいますよ?」


 背後から声がして、ナフィーサの肩に毛布が掛けられた。

 はっとして振り向くと、そこにいたのはロゼッタだった。


「ロゼッタさん……」

「隣、いいですか?」


 ロゼッタは、応急で取り付けられた車輪を転がし、ナフィーサの隣に止まった。

 ナフィーサは、さっと涙をぬぐい、視線を砂漠に戻した。今は、ロゼッタを見ていられなかった。覚悟が揺らいでしまうから。


「……次の目的地は変えませんよ」


 砂漠を見たまま、ナフィーサは努めて冷たく言った。


「えっと……お兄ちゃんが酷いこと言ってごめんなさい。お兄ちゃん、普段はだらしなくて緩いんだけど、私のことになるとちょっと厳しいっていうか、そのぉ、人が変わっちゃうんです。

 えっと、だからですね、悪い人間ではないんで、嫌いにならないであげてください!」


 10代前半の少女らしい、ぎこちないけれども素直な言葉で謝意を述べる様子に、ナフィーサが醸し出していた冷たい空気が微かに綻んだ。


「……アルレッキーノさんがあなたを想って、先ほどのような態度なのは分かっていますよ。大丈夫です」


 声に微かな明るさが戻ったようだったが、また黙り込んでしまった。

 少しの間があった。

 そよ風の音さえはっきりと聞こえる静寂を挟んで、ナフィーサが何か言いづらそうに、口を開いた。


「あの……ロゼッタさん。あなたのことは……その……ごめんなさい。それにアルレッキーノさんにも」


 心の痛みに堪えかねて出た、自分の為の取り繕う様な謝罪の言葉だった。

 しかし、そんな言葉にもロゼッタは、優しい言葉を返してくれた。


「いえ、さっきも言いましたけど、私はみんなの足を引っ張りたくないんで、いいんですよ」

「……そう、ですか」

「はい、ナフィーサ様は、自分の役割を全うすることに一生懸命なだけだって、私分かってますから」


 ロゼッタの優しさに、余計に心の棘が食い込んだ。ナフィーサは砂漠の方を向いたまま、ぐっと強く膝を抱いた。


「さっき、サイードさんと通路で会ったんですけど、ナフィーサ様の境遇について少し話してくれたんです。

 ナフィーサ様が王宮の外に出られなかったこととか、自分が世の中に必要とされていないってずっと思ってたこととか。

 だからその分、国を救うことが出来る力を持てて、初めて自分が必要とされてるって感じるこの役割の為に、必死になっているだけなんだって」

「サイードがその様に……」

「私、正直、王女様って望んだことが何でも叶う、煌びやかな世界の人だと思ってました。でもサイードさんのお話を聞いて、私の境遇と似てるなって。ナフィーサ様の気持ちすっごく分かるなって思ったんです」

「ロゼッタさんと似ている、ですか?」


 この少女の様に喋るゴーレムに、過去があるというのか。しかも、自分と境遇が似ていると言う。

 ナフィーサは、なんとなくロゼッタの過去を知りたいと思った。すると自然と体が彼女の方を向いていた。

 その様子にロゼッタも、ナフィーサの気持ちを汲んで、自身のことを語り始めた。


「私も昔、自分は世の中に必要ないんじゃないかって思ってました。

 私、この体になる前は、病気で殆ど寝たきりだったんですよ。いつも医療施設のベットの上で過ごしていました。

 親は貴族だったので、娘に医療を受けさせたっていう世間的な体裁だけは保っていたかったんでしょうね。私を施設に預けたけど、お父さんもお母さんも、私の見舞いにはほとんど来たことがありませんでした。来るのは、施設との手続きの時ぐらいで、来てもさっさと帰っていきましたし。


 ベットの上で何もできず、誰からも必要とされない。私は何で生まれてきたんだろうって何度も思いました。

 でも、ある時から、お兄ちゃんが来てくれるようになったんです。

 お兄ちゃんは、お父さんとお妾さんとの間の子供で、腹違いの兄でしたが、なぜか頻繁に来てくれて。

 私は、お兄ちゃんとお喋りしたり、絵本を読んでもらったり、お兄ちゃんと過ごす時間が楽しくて、この時間の間は、生まれた意味とか考えなくてよくて、幸せでした。


 でも11歳の時に、お医者さんから寿命があと半年だって伝えられて……このまま何も出来ないまま死んじゃうのかと悲観しました。

 お見舞いに来てくれたお兄ちゃんにも当たり散らしちゃいましてね。

 何も出来ない、必要ともされない、私の生まれた意味って何って。

 そうしたらお兄ちゃんが言ってくれたんです。


『生まれた意味を教えてやることは出来ないが、それを探すための時間と体を俺が与えてやる』


 それで、お兄ちゃんが私に提案したが、魂のゴーレムへの移植だったんです。お兄ちゃんは、国の研究機関で研究員をしていたから、そういったことが出来たんだと思います。

 私は、迷うことなくこの提案を受け入れ、人間の体を捨てたんです。


 ゴーレムの体になってからも、色々あったんですけど、お嬢様に声を掛けて頂いて、お兄ちゃんと白銀の腕手の第四回収班に入ることになったんです。


 ゴーレムの体だと出来ないこともあるけど、私だけが出来ることもありました。それが分かった時は、自分が必要とされてるって実感できて、嬉しくて、誇らしくて、任された役割を絶対にこなすんだって一生懸命頑張たんです」


 ナフィーサは黙って聞き入っていた。

 自分の存在意義を見出したい気持ちは、同じだった。自分の気持ちに共感してくれているのも、納得できた。しかし、目の前の機械の少女の境遇、それは自分以上に悲しく、苦しいものだった。


「でも一生懸命過ぎて、お兄ちゃんに怒られたことがあるんですよ。

 私は、自分が出来ることを追求したら、この体を強く改造して、強い武器を沢山付ければいいと思って、お兄ちゃんに頼んだんです。

 そしたら、お兄ちゃんすっごく怒って。『お前を戦闘マシーンにするために、その体を与えたわけじゃない』って。


 この回収班の仕事をする上で、私の装備を強化しなきゃいけない時もあるんですけど、その時も、お兄ちゃんはどこか悲しい顔をするんですよね。

 本当は私に戦って欲しくないみたいで。


 だから、武器の扱いにも約束ごとあって、武器を人に使っちゃだめなんです。

 私の使う武器って凄い威力があって、簡単に人を殺めちゃうんです。強い重火器を扱って人を殺めるのに慣れたら、それこそ人じゃなくて機械だからって。

 でも、お兄ちゃんは私の“心”を守ってくれてるんですよね。

 お兄ちゃんの言うこと最もだと思うんです。私も、心を失ったらダメだって思います。だって、心を無くしたら、生まれてきた意味を探すっていうこと目的自体が、意味を失くしてしまいますから」


 ああ、この子――ロゼッタには心があるんだ。

 メリッサは、それを強く感じた。

 彼女は人間らしい、いや、人間そのものの心がある。抱える悩みも、大切にするものも、自分と同じなのだ。


 しかし、自分はそんな彼女の心を、どれだけ蔑ろにしただろう――自分の言葉も行動も、自分の為に戦ってくれた彼女の心を冷たくあしらう様なものではなかっただろうか。

 ここに突入する前に、目的の為に手段を選ばない行為はいけないと、自分でも分かっていたはずだ。

 それなのに、使命を達成することに優先するあまり、本当に大事なことを忘れていた。

 自分のしたことは、盗賊たちを義勇軍として徴用しながら、彼らを使い捨てた者たちと同じではないか。

 自分の為に、ぼろぼろになりながらも戦ってくれたロゼッタ。彼女に報いなければ。

 彼女だって、本当は、大好きな兄や仲間たちと一緒に行きたいに決まっている。

 ロゼッタ一人の心を大切に出来ないで、国民の笑顔を守ることなどできないはずだ。


 ナフィーサが、しばらく黙り込んで、じっとロゼッタを見つめた。

 一方のロゼッタは、ナフィーサからの無言の正視に耐えられず、狼狽える様に言葉を発した。


「あ、あの、私の話、つまらなかったですよね!?」

「いえ、そうじゃなくて、アルレッキーノさんは、本当にロゼッタさんのことを想ってくれているんだなって。ロゼッタさんも、お兄様のことが大好きなのが伝わってきました」

「えへへ、お恥ずかしい。えっと、でも結局、私が言いたいことは……あれ? なんだっけ?」


 仮で取り付けたアームを頭に当てて、考え込む仕草をするロゼッタが、なんともコミカルで微笑ましく、ナフィーサは肩を揺らしてクスクス笑った。


「私を励ましてくださっていたのでしょ?」

「あ、そうでした。私はナフィーサ様の気持ちは分かってますから、どうか気にせず先を急いでください」


 もうこの場に、冷めた空気は微塵もなかった。

 ナフィーサは、ロゼッタに対し親近感を覚え、人となりをもっと知りたいとさえ思っていた。


「ロゼッタさん、私と友人になっていただけますか?」

「え? は、はい! 私なんかでいいなら」

「フフ、私達、同じ気持ちを抱いた者同士、いい友人になれそうですね」


 その後も、2人は他愛のない話に花を咲かせ、楽しく過ごしたのだった。



 翌日、ナフィーサは皆を集めて、昨晩のことを頭を下げて謝った。そして、目的地の変更を告げた。

 その言動に戸惑うロゼッタを前に、ナフィーサは笑顔で言った。


「昨日、アルレッキーノさんが言いました様に、私はわがままですからね。国も救いたいですが、友人も救いたいのです。メリッサさんたちには、両方を救えるよう尽力することと、依頼を変更させていただきます」


 メリッサも笑顔でこの依頼を承諾した。

 ナフィーサは、よろしくお願いします、とメリッサと握手を交わすと、アルレッキーノにも笑って握手を求めた。すると彼は、一瞬、戸惑った様に目を泳がせたが、へへっと照れた笑いを見せて、手を握ってくれた。


 こうして次の目的地はギアラーンに決まり、加えて、アスタロトがアスワドを使って輸送してくれることになった。

 実はこれも、遠回りを気にするロゼッタの為に、ナフィーサが昨晩の内に、アスタロトに頼み込んでいたのだった。

 これにより、ギアラーンへ時間を一気に短縮できることになった。

 こうして、メリッサたちはロゼッタの修復のため、機械産業の街、ギアラーンへと向かうのだった。


これにて2章完!

次の3章からは、シア達の方の話へ

更なる刺客が彼女たちに迫る!

次回をお楽しみに。

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