笑顔を守る力
メリッサ達が奮闘しているその頃、ナフィーサは、シェルターの中で1人膝を抱えて座っていた。サイードにも、戦いに参加するように言ったのは自分であるが、独りぼっちになって心細さを覚えた。
シェルターの中には、ナフィーサ以外にも人はいた。盗賊たちの家族だろう、女性や子供ばかりが肩を寄せ合って座っている。
ただ、彼女たちはナフィーサを歓迎してくれているわけではなかった。
ナフィーサが王女であることを彼女たちは知らないし、アスタロトから敵でないことの説明もあった。しかし、だからといってすぐに打ち解けられるわけでもなく、“警戒すべきよそ者”という認識は変わらないようだ。
そのため彼女たちは、ナフィーサを遠巻きに見ているだけ、という態度をとる。その物理的な距離が、ナフィーサには、そのまま彼女たちとの心の距離に感じられた。
思えば初めての経験である。
王宮にいたときは、こんなにも人に距離を置かれることはなかった。
孤独感を覚えるが、しかし一方で、その孤独感が、王宮の外に出ることが許されなかった自分が、随分と遠くに来たものだとも実感させた。
王宮か……
ふと、王宮での暮らしがナフィーサの脳裏に思い出された。
王宮では必ず誰かが近くに居て、誰もが心暖かく接してくれた。父も母も優しかったし、姉たちも自分を可愛がってくれた。寂しさとは無縁の生活。
しかし、どういうわけか、優しい父も、外に行くことだけは許さなかったのである。
生まれてから王宮の外に出られたのは、この旅以外では、5歳を迎えた際に我がままを言って、父が公務に連れて行ってもらった時の1回だけだった。
この旅のきっかけとなったシアのライブも、必死の懇願とサイードのとりなしがあったればこそ行くことができた。
それほどに、王宮の奥で守る様に育てられた。ただ、それは姉妹の中でもナフィーサだけだった。
姉たちは、今の彼女の歳の頃には、すでにいくつも公務をこなし、王都以外の街や国外にさえも出向いていた。
そんな自分の境遇に、彼女はこう考えるに至った。
“私には、お姉様たちのような才能も実力もないから、お父様は私に公務を任せてくれない。外に、不出来な娘を出すわけにはいかないんだ”
そのコンプレックスに塗れた考えを抱え、ナフィーサの取った生き方は、“従順”だった。
自分の不出来を納得し、王宮に籠って与えられる勉学や礼儀作法などを、与えられるままにこなした。
これ以上、不出来な存在になりたくなかったし、完璧にこなして周りから褒められると、少しだけだが、自分を誇らしく思うことが出来たからだ。
しかしそれでも、父や姉たちの様な才能や実力などといった、特別な“力”が自分にはない、王女という地位以外何も持たない。ナフィーサという個人は、世の中には必要とされていなのではないか。
そんな感情は、満たされることの無い飢えの様に、彼女の中に居座り続けた。
(だけど今の私には、ダガフを止める“力”もある。これで国民を守るという“結果”も出せるの。もう必要ない人間じゃないんだ……)
過去の嫌な感情が蘇り、ナフィーサはぐっと膝を抱えて俯いた。そして、心の中に沸いた黒い靄を必死に払おうとした。
「お姉ちゃん、具合悪いの?」
突然、誰かが俯くナフィーサに話し掛けてきた。
声に反応し、顔を上げると、幼い女の子がナフィーサの顏を覗き込んでいた。
「えっと……」
ナフィーサが反応に困っていると、女の子は肩にかけていた水筒の蓋を空け、そこに中身を注いで彼女に渡した。
「はい、これ飲むと元気出るよ」
「え……あ、ありがとうございます」
飲み物の入った蓋を渡されるまま、口に運んだ。
「うぐっ!? ごほっごほっ……す、すっぱい!」
「あはは、ハンドレットフルーツジュースだからね。でも元気出たでしょ?」
女の子のにっこりした笑顔に、自然とナフィーサにも笑みが漏れた。
なんとも親しみやすいこの女の子に、ナフィーサの口は、意図せず勝手に話し掛けていた。
「私は、ナフィーサといいます。あなたのお名前は?」
「えへへ、あたしシェラ。で、こっちが――」
シェラの後ろに隠れている女の子が、おどおどと顔を半分覗かせる。
「アイルっていうの。ほら、アイル」
「ア、アイルです……」
シェラが横にどいて、アイルが姿を見せた。彼女はびくびくとしていて、目を合わそうとしない内気な印象の女の子だった。
「こんにちは、アイル」
「こ、こんにちは」
ナフィーサが優しく声を掛けると、アイルもぎこちなく笑って返してくれた。
その後、2人はナフィーサの近くに座り、色々と話してくれた。話すのは主に、お喋りなシェラの方だったが。
「お二人は、姉妹なのですか?」
「うん、そうだよ。双子なの。ね?」
「……うん」
髪型と正確による印象が違うからそう思わなかったが、確かによく見れば、2人は瓜二つだった。
「お父様は、外で戦っていらっしゃるのでしょ? お母様はどちらに?」
「うん、父ちゃんはお外で、母ちゃんはね、私達を産んで死んじゃったの。だからいないよ」
「あ……すみません、辛いことを聞いてしまって」
「いいよぉ、別に。私達には、父ちゃんがいるから別に寂しくないんだ」
「うん……父ちゃん大好き」
「そうですか、いいお父様なのですね」
シェラとアイルの健気さに、ナフィーサは心が暖かくなった気がした。
「えへへ、父ちゃんはすっごく強いんだよ! 強い兵隊さんだったんだから」
「そうなのですか?」
「うん。でもね、兵隊さんだったんだけど、私達が母ちゃんのお腹の中にいる時に、戦争で大きな怪我しちゃって、そしたら軍隊のやつらは父ちゃんをポイってしたんだって。タイショクキンってのも出さないんだよ? ひどくない?」
「ひどい……」
よく意味は分かっていない様だが、シェラもアイルも父の処遇に憤慨していた。
ナフィーサは、彼女たちの言うことから、昔、王宮で読んだ歴史書物をふと思い出していた。
シェラとアイルが生まれる少し前のこと、今から5年程前に、国境付近で隣国と紛争があった。
その時に、国境付近の村を自分達で守ろうとした義勇兵がおり、軍は彼らを徴用したということを記録で読んだことがある。
恐らく彼女たちの父は、その義勇兵だろう。しかし、義勇兵と言えど負傷したのに何の手当もないなんて、そんな悲惨な処遇を強いられていたとはナフィーサは知らなかった。
「それは酷いですね……」
「父ちゃんだけじゃなく、ここにいる人達は大体そんな感じなんだよ。だからね、お頭にここに住まわせてもらって、軍の奴らからはタイショクキンのかわりに、食べ物とかをもらってるんだって」
王宮で書物を読んだだけでは知らなかった事実に、ナフィーサは軽く衝撃を受けた。
シェルターに入る前に、アルタロトが盗賊行為について言っていた『ここにいる奴らには、それをやる理由と権利があるのさ』という言葉が、思い出された。
「ごめんなさい……」
何も知らずにいた自分に、また、彼女たちに何もしてこなかった王族として、罪悪感を覚え、思わず謝罪の言葉が零れ出た。
「なんでナフィーサが謝るの?」
「あ、え、えっと……」
こぼれ出た言葉を、どう繕うかナフィーサが苦慮していると、突然、シェルターが揺れた。
外からと思われる重く唸るような音が、揺れに合わせてシェルター全体に響く。
突然のことに、シェルターにいる人間全体に不安や恐怖が広がった。
「うぅ……シェラ、怖いよぉ」
アイルがシェラにしがみ付いた。
「大丈夫だよ、アイル。この音は、お頭や父ちゃんが戦ってくれてる証拠だもん。大丈夫」
シェラが宥めるが、なおもアイルは目を瞑って、ぎゅっとしがみ続けている。
すると、シェラが歌を口ずさみ始めた。
「この歌は……」
ナフィーサは、はたと気付いた。
その歌は、シアが歌っていた歌だった。
自分もこの歌を知っている――歌で目の前で怖がる子を励ますことが出来るのならば……
ナフィーサもその歌を歌い出した。
美しく、優しいその歌声は、本物のシアにも引けを取らない、いや、シアそのものと言っていいほどであった。
アイルとシェラは、きょとんとした表情でナフィーサを見つめていたが、すぐに笑顔になり、一緒に歌い出した。
ナフィーサたちの歌に引かれ、他の子供たちも彼女の周りに集まってきた。皆、笑顔をナフィーサに向けて歌っている。大人たちも、その賑やかな輪に近寄り、楽し気な表情で見つめている。
もはや、先ほどまでの不安や恐怖はなく、明るく和やかな空気が辺りに満ちていた。
私の力で、人々の笑顔を守ることができた。私の歌は笑顔を守る歌だ。
そして、この人たちだけでなく、国民の笑顔を守ることが、私が“力”を授かった理由であり、私の望む“結果”なんだ。
笑顔の満ちた光景の中心で、ナフィーサは充足感に打ち震えつつ、ダガフ復活阻止に対して、使命感をよりいっそう強くするのだった。
国民を守る!
って決意を固くするナフィーサ王女。
でも固くなりすぎるのも、また新たな衝突を生むわけで……
次回はアポリオス戦終結!
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