目を覚ませば
遺跡の上空で発生した大規模な爆発は、砂漠の端にあるアジーナ村にも、光と数秒遅れて音が届いた。
「お頭、水瓶は遺跡上空で爆発しました」
背の高い方の黒ずくめの男――ギドが、双眼鏡で爆発の様子を観察しながら報告する。
「そうか。では、計画は第2段階へ移行だな。ディン、例のものは仕掛けておいたな」
「はっ、抜かりなく」
「うむ。新兵器に奴らはどこまで、持ちこたえられるか……」
男の目が鋭く光った。
♦ ♦ ♦
視界が再び開けた。物が二重に映ったが、何度かピントを調整し、正しく見えるようになる。
最初に見えたのは、兄、アルレッキーノの顏だった。心配と悲しみが入り混じった表情をしている。
「……お兄ちゃん?」
声を出すと、兄の顏は嬉しそうなのと泣きそうなのが混じった、くしゃくしゃの顏になった。
「ろ、ロゼッタ!? お兄ちゃんが、お兄ちゃんが分かるか!?」
「……うん」
「お嬢とか警備会社のこととか、えっと、他にもいろいろ覚えてるか?」
「ふふ、大丈夫だよ。変なお兄ちゃん」
アルレッキーノは、がくりと頭を垂れて深い溜息をついた。そんな彼を見て、ロゼッタは彼の頭を撫でて励まそうと思ったが、腕が動かなかいことに気づく。その時、ふと直前の記憶が蘇った。
「ああ、そうだ……私、爆弾を空に打ち上げて、それで……」
「……体は半壊しちまってな。でもすぐに、お兄ちゃんが動けるようにしてやるから、ちょっと我慢してくれな」
「うん」
「あ、そうだ! お嬢たちを連れて来るからな。ちょっと待っててくれ」
そう言ってアルレッキーノは、部屋を出て行った。
兄の去った部屋を改めて見回す。幸い、ロゼッタの顏に当たる部分は、立てた状態で置いてあるので、目に当たるパーツを左右に動かせば、部屋を見渡すことができた。
「……遺跡の中なのかな?」
そこは、岩をくり抜いて作った様な部屋だった。岩肌がむき出しの壁に囲まれ、簡素な照明器具に、床には絨毯が引いてあるが、家具などは殆どなく、その代わり機材や道具が沢山並ぶ。
ロゼッタは兄の作業部屋を思い出し、ああ、ゴーレムの自分が破損して、運び込まれたなら当然かと納得した。
「ロゼッタ!」
メリッサが、大きな声と同時に扉を開けて入ってきた。ロゼッタの近寄ると、心配しつつも安堵する様な表情で覗き込んだ。
「お嬢様、ご心配おかけしました」
ロゼッタの言葉に、メリッサは気にするな言いたげに首を横に振ると、救ってくれたことに対する礼を述べた。
メリッサに少し遅れて、ぞろぞろとクロードやナフィーサ達も部屋に入ってきた。ただ、その中に見慣れない人物がいた。ウェーブ掛かった長い金髪の女性と筋肉質な体格の大男が2人。
ロゼッタは少し間をおいて、盗賊の頭目とその側近たちだと思い出した。
「ロゼッタ、あんた根性あるねえ。あたしは、あんたのことが気に入ったよ!」
頭目の女は屈託のない笑顔を見せて、ロゼッタの頭を撫でた。目の前の女は、さっきまで戦っていた盗賊の頭目のはず。それがなんとも親し気に話し掛けてくるので、ロゼッタは状況を呑み込めず困惑した。
「え、えっと……」
「あ、そっか、まだ自己紹介もしてなかったね。あたしは、アスタロトってんだ」
アスタロトは、にっと白い歯を見せて笑った。
いかにも盗賊の頭といった感じの、男勝りで豪胆な性格は喋り方や仕草から分かった。それでも、その外見は目を見張るほどの美人であった。
眼尻の上がった妖艶な目に、豊かな胸、露出されたお腹はくびれて、程よく筋肉質に引き締まっている。世の男の妄想を凝縮して固めたような、艶めかしさと美しさを併せ持った女性だった。
案の定、アルレッキーノはさっきからずっと、鼻の下が伸びたままだ。
「ガッツもあるし、度胸もある、何より仲間想いだ。あんたとは、義姉妹の契りを結びたいぐらいだよ」
「ええっと、なんか褒めてもらって、ありがとうございます」
「はっはっは、可愛い子だねぇ」
豪快に笑うアスタロトに、いつの間にかアルレッキーノが近寄ってきていた。
「はっはっは、可愛い人だ。ロゼッタと義姉妹になりたいってことは、俺の嫁になりたいってことだね? そんな遠回しの告白…………嫌いじゃないぜ」
アルレッキーノがウィンクを飛ばした。
「……あんたの兄貴、どうかしたのかい?」
「……どうかしてるんです。気にしないでください」
冷めた目を向けられながらも、熱い視線をアスタロトに送り続けるアルレッキーノだった。
その後、ロゼッタは、目を覚ますまでのことを教えてもらった。
あの爆発の後、空から落ちるロゼッタをアスタロトが空中で拾い、すぐにこの部屋に運び込んだ。そして、アルレッキーノによって応急措置が行われた。
彼女の体は人間と違い、起動に必要なパーツがあれば意識は戻るので、シャットダウンしてからそれほど時間は経っていなかった。
その一方で、応急措置の間に、ナフィーサからこの遺跡に来た目的がアスタロトに語られ、ロゼッタの働きもあり、こちらが敵でないと信じてもらえたらしい。
「そもそも、あたしらは盗賊のつもりは無いんだけどね。あたしらは軍からしか奪わないんだ。まして殺しは絶対やらない」
アスタロトは首を横に振って見せ、言葉を付け足した。
「強奪が罪なのは分かってるが、ここにいる奴らには、それをやる理由と権利があるのさ」
強奪をするようになった経緯について、詳しくは話してくれなかったが、彼女の言う通り、ここの人間が残忍な盗賊ではないことはメリッサ達もよく分かった。
アスタロト曰く、広場での戦闘でメリッサ達を行動不能にしたら、村の近くにでも捨ててくるつもりだったらしい。思い出してみれば、彼女たちの武器が棍棒だったことからも、戦意はあっても殺意はなかったのだと、今になって納得できた。
「まあ、ロゼッタについては、あの時、人間だと思ってなかったからね。本気でぶっ壊すつもりで戦ったけどね。潰して廃品回収にでも売っちまおうと思ってよ。はっはっは」
「あはは……」
冗談のつもりだろうか、アスタロトがあっけらかんと笑ってが、ロゼッタからは乾いた笑いしか出なかった。
「ところで、あの機械のドラゴンはゴーレムなんですか?」
「あれはドラグーンメイルっていって、ゴーレムとは違うらしんだよね。あたしは愛称でアスワドって呼んでる」
「違う“らしい”?」
「ああ。あたしも、メカの詳しいことは分からないんだ。昔、カシムに調べてもらったんだけどね。ゴーレムとは全く違うものってのは確からしいよ。部分的にはゴーレムと同じような所があるんだけど、どうやって作ったか分からない技術が沢山使われてるって」
「え? じゃあ、私ってそんな凄い物に穴開けちゃったんですか!?」
戦ってたとはいえ、未知の技術のスーパーマシンに大穴を空けて、しかも姿勢制御システムを破壊してしまったかと思い、ロゼッタは狼狽した。
「はっはっは、あれはびっくりしたね。でも大丈夫さ。アスワドには自己修復機能がついててね。あれぐらいなら、30分もあれば直っちまう。たぶん、もう直ってるだろうね」
自己修復機能とは、つくづくとんでもないものと自分は戦っていたのだとロゼッタは思った。しかもあの時、ドラゴンはハルバードしか使っていなかったが、他にも、凄い武器を持っていることは容易に想像がつく。ロゼッタは今になって、肝を冷やしたのだった。




