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妹の背中

 


 水瓶の解除は終わりに差し掛かっていた。水瓶を囲う赤い術式は、その殆どが青い色に変わり、残りは4分の1程だ。残り時間は2分ほどある。


(これなら、いけるな……)


 アルレッキーノは成功を確信した。後は、単純な術式だけだった。トラップも分かっている。確実に処理していけば問題はない、そう思った矢先だった。


「アル!」


 突如、カシムがアルレッキーノを突き飛ばした。次の瞬間、バチバチと火花が散り、カシムが後方に弾き飛ばされた。


「カシムっ!」


 女が叫び、側近の男たちとカシムに駆け寄った。


「爺さん!」


 アルレッキーノも慌てて駆け寄る。意識を失いぐったりとしているカシムが目に入った。咄嗟に身を守ったのだろう、両手は焼け爛れていた。


「くそっ! 最後にこんなトラップまで仕掛けやがって!」


 アルレッキーノは、怒りに任せて叫んだ。

 カシムを弾き飛ばしたもの、それは、光のドームだった。水瓶は、突然現れた光のドーム--触れるものを焼く障壁、それにより一切の干渉を許さない状態になっていた。


 アルレッキーノもカシムも、このトラップの存在を見落としていた。なぜなら、このトラップが仕掛けられていたのは、水瓶が入っていた木箱の方だったからである。

 先ほどまで、何も反応しないただの展開された木箱だったが、木箱は水瓶と連動しおり、爆発の少し前に障壁が展開される様になっていたのだった。


「みんな、すまねぇ……」


 アルレッキーノは、弱音を吐きながらも、再び水瓶に向き直り、処理に取り掛かかろうとした。

 しかし、ドームに覆われた水瓶に為す術はない。


「できるだけ離れて、サイードとお頭さんで魔法障壁を全力で張ってくれ」

「アル、お前も退避しろ!」

「お嬢、解除とはいかないが、俺は出来るだけこいつのマナを減らしてみます。それで、少しは爆発を抑えられる。今はそれしかない」

「そんな……」

「早く行ってくだせい! 少しでも遠くに!」


 アルレッキーノには、爆発までの時間が分かっていた。正直、解除まで間に合わないのも分かっていた。それでも、溜まったマナを抜くことで、少しでも爆発を抑え、メリッサたちの生存確率を上げることを選んだのだった。


「そんなこと私が許すわけないだろう! アル、お前も一緒に退避するんだ!」


 メリッサが必死に叫ぶ中、突然、クロードが、彼女の腕を掴んだ。


「な、何を!?」


 ぎょっとするメリッサに、クロードは応えることなく黙って彼女の腕を掴んでいたが、少ししてその手を離した。

 そして、おもむろに水瓶の前に立った。


「さっさと行けよ、クロード!」


 残りは1分を切った。立ち退かないクロードに、アルレッキーノが、苛立った声をぶつける。

 しかし、クロードは聞く耳を持たず、立ったまま動こうとしない。それどころか、そこから驚くべき行動に出たのである。

 クロードが、両手を障壁に向かって突き出したのだ。


 バチバチバチバチッ!!


 クロードの侵入を拒む様に、障壁から激しい火花が散る。

 彼の両腕は漆黒のオーラに包まれていた。それでも、衝撃と熱が彼の両腕を襲い、服も肉もズタズタに引き裂いてゆく。

 クロードは、弾き飛ばされそうになりながらも、脚を踏ん張り、更に障壁の 中に腕を侵入させていった。


「何やってんだ、てめぇ! やめろ!」


 アルレッキーノが必死に止めようとするが、クロードは更に奥へと腕を突き刺した。


「はあああああぁぁぁぁ!」


 クロードの咆哮と同時に、重く硬い扉をこじ開ける様に、ゆっくりと両腕で、障壁の穴を広げ始めた。

 その間にも、火花は激しさを増し、障壁の反発力は強くなる。が、それでも少しずつ穴をこじ開けてゆく。

 そして、クロードの形相はより険しさを増したその時――


「かあぁぁぁ!」


 一段と大きな叫びをあげて、腕を完全に開き切った。障壁が破られた布の様にバラバラになり、雲散霧消する。

 しかし、ことはそれだけで終わらなかった。

 むき出しになった水瓶に、瞬時にワイヤーが巻き付けられ、それに引っ張り上げられる様に、水瓶が浮いたのである。

 あっけに取られるアルレッキーノ視線が、ワイヤーの先、水瓶を持ち上げている方へと向かった。

 そこにいたのは、彼の妹だった。傷ついた体で、水瓶を持ち上げ浮遊している。


「ロゼッタ! お前!」


 ロゼッタは、自身の名前を呼ぶ兄も顔を、一瞬じっと見つめた。

 驚きと悲しみの入り混じった複雑な表情、そんな兄の顔を記憶に刻み付けるように。


「ごめんね、お兄ちゃん……」


 そう言い残すとロゼッタは、空高く飛び上がった。

 残り10秒。彼女のセンサーがそのことを捉え、意識下に危険を伝えるアラームが響く。

 上昇する振動、ぶつかって来る風にも、ダメージの残る体が軋む。それでも、持てる最高のスピードをもって飛び上がった。


 遺跡を抜け、さらに上昇した。雲一つない、蒼天に向かって一直線に、高く、できるだけ高く。


 残り3秒。


 ――もっと! もっと! もっと高く!!


 

 力の限り昇りきったところで、全力で逆噴射をかけた。

 慣性によって、水瓶はロゼッタを追い抜き、上空へと打ち上げられる。



 ――3、2、1





 一瞬の眩い光の後、天地を揺する爆音を放ちながら、衝撃波と熱風が辺り一面へと一気に広がった。音という音が、その轟音にかき消され、さん然と光を放つ爆炎に、世界が白と黒しかなくなった。

 その凄まじい爆発の衝撃で、ロゼッタの体は、爆発の衝撃でボロボロと崩れてゆく。


「お兄ちゃん……」


 視界の全てが光に包まれる中、彼女の意識は、大好きな兄の顔を思い浮かべた後、シャットダウンした。


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