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隙間風を追え(2)

「待ってたわよ、泥棒さん」


 ドラフトを待ち受けていたのは、グレンザール警備会社が誇る凄腕美人魔術師のマリアだった。そのマリアが、まるで世間話でもするかのように緩やかな口調で、やって来た捕獲対象へ語り掛ける。。


「喋るゴーレムの次は、すげぇ美人か……」

「ふふふ、お上手ね」

「へへ、こんな時じゃなければゆっくりお話して、お近づきになりたいとこだがね」

「あら、ゆっくりしていっていいのに」


 余裕のある会話でありながら二人の視線は交錯し、ジリジリと緊張が増してゆく。


「ただ、ゆっくりするのは…………留置場でね!」


 言葉と同時にマリアが錫杖で地面を着いた。すると緑に光る魔法陣が地面に広がる。


「来たれ大地の眷属、ジャイアント・アイヴィー!」


 地面から無数の蔦がニョキニョキと生え出した。腕程の太さ程もあるその蔦は、恐ろしい速度で成長し、ドラフトに向かって伸びてきた。


「くっ!」


 ドラフトは短く唸ると、前後左右から迫る蔦に対して飛んだり転がったりと躱していたが、蔦の本数が増えると、ついに空間トンネルを使い始めた。


「ふふ、その空間に穴を開けての移動も、距離は数メートルが限界みたいね。そうじゃなきゃ、盗んだ傍から遠くに逃げられるものね」


 マリアの指摘は正解だった。故に、広い商業施設の真中では、ドラフトはトンネルを使って建物の外に逃げることも出来なかった。もちろん壁の方に近づくことをマリアが許すはずもない。


(くそっ、この姉ちゃんもとんでもねぇな、なんつう魔力だ……このままじゃ、まずい)


 必死に蔦を躱し続ける中で、ドラフトの目にある物が留まった。それは上階へ続くエスカレーターだった。

「あれだ!」とばかりに、蔦の追撃を掻い潜り、エスカレーターへと空間移動した。後ろからは爆発的に伸び続ける蔦が迫る。彼はその追撃から逃れようと、止まっているエスカレーターを足場に、空間移動の連続で上へ上へと昇っていった。

 逃げるドラフトの姿が見えなくなると、マリアは無線を取った。


「目標は上に逃げたわ。プランCに変更、ヘルマン頼んだわよ」

『ああ、分かった』


 無線の向こうから、低い声で愛想の欠いた短い返事が返ってきた。


「まったく愛想がないわね、労いの一言もないのかしら?」


 無線の向こうに嫌味を言うが、特に返事は返ってこなかった。マリアは、はぁと呆れたように溜息を漏らした。



 ♦   ♦   ♦ 



 空間移動を繰り返して上へ上へと昇り続け、ついには屋上まで来てしまった。流石のドラフトも、いささか息が切れた。

 どういうわけか屋上に出た途端、巨大な植物の追撃は止んだ。軽く肩で息をしながら、そのことを訝しんでいると、ふと人の気配を感じた。


(なるほど、そういうことかい……)


 その気配の方を見て、ドラフトは先ほどまで訝しんでいた、蔦が追ってこなくなった理由を納得した。

 さっきのは誘導ってことか。

 気配の主は屋上に備え付けられたベンチから立ち上がると、スラリと二本のナイフを抜いた。

 中年の男だった。

 鋭い眼光に、隙のない構え、何より幾多の修羅場を潜ってきたであろう風格が見て取れた。実力の高さは間違いない。

 おそらく、仕上げ役として一番の実力者を差し向けてきたのだ。ドラフトはふつふつと体内が緊張に沸くのを感じた。


「あんたがさっきまでの奴らのボスってとこかな? すぐ分かったぜ、あんたが一番強そうだもんな」


 ドラフトからの様子見の軽口に、ナイフを構えた男――ヘルマンは一切口を開かなかった。

 一切の揺らぎがない。まるで純粋に獲物を仕留めることだけを狙う猟犬の様な男に、「やりにくい奴だ」とドラフトはマスクの下の顔をしかめた。

 その一瞬の動揺に対して、ヘルマンが仕掛けた。


 一気に距離を詰めると同時に、高速の斬撃が繰り出される。

 ドラフトは、紙一重でそれを躱す。

 距離を取って銃を抜こうとするが、ヘルマンの猛追がそれを許さなかった。

 2本のナイフのよる連撃。ドラフトもギリギリでこれを尽く躱す。両者とも身のこなしが常人のそれではない。

 ドラフトは攻撃を躱す中で、ヘルマンの右手を自身の左手でいなし、素早く右拳をヘルマンの顔を目掛け打ち込んだ。


「くっ」


 ヘルマンは思わず体を傾けて、拳を避けた。その回避は、紙一重ではなく大きな回避だった。そして動きが止まった。


「へぇ、いい判断するじゃねぇか」


 ドラフトが、そう言ってニヤリと笑った。

 一方のヘルマンは表情を変えず、じっと相手を見据えている。しかし、その頬には切り傷ができ、そこから鮮血が滴っていた。


「……ちっ」


 その傷の理由はすぐに分かった。ヘルマンの目線の先で、ドラフトの右手から刃が飛び出している。腕の防具に仕込まれた刃が、ヘルマンの頬を切り裂いたのである。


「俺もインファイトは嫌いじゃないんだぜ」


 自信ありげなドラフトの態度が、はったりではないことはヘルマンにも分かった。身のこなしに今みせた鋭い突き、伊達に世界的な指名手配の泥棒はやっていないらしい。ヘルマンは目の前の敵への警戒を強めた。


「ペラペラと五月蠅いやつだ、さっさとこい」

「お、やっと喋ったね、おっさん。んじゃ、行くぜ!」


 素早い動きで、ドラフトの右手の刃がヘルマンに襲い掛かる。

 ヘルマンは、それを片手のナイフで受け、もう片方のナイフをドラフトの左腿に切りつけた。しかし、その一撃もドラフトに身を捻って躱され、躱した体制から蹴りが放たれる。


「はっ!」


 ヒュンっと風を切る音が聞こえるほど、速く、重いその蹴りが繰り出される。


「しっ!」


 ヘルマンは振り切った右手を切り返して、ドラフトの蹴りを素早く防御すると同時に、身を屈めて下段の回し蹴りを繰り出した。


「おっと、あぶねぇ」


 ドラフトは後方に宙返りし、その下段蹴りを避けながら距離をとった。

 宙返りから着地した彼の手が、何かを持っているのがヘルマンの目に見えた。


(何が、「インファイトは嫌いじゃないだ」だ) 


 ヘルマンは心の中で舌打ちをした。

 ドラフトが持っていたのは手榴弾だった。ヘルマンはそれを瞬時に捉え、投げさせまいと一気に間合いを詰めるべく駆け出した。

 だが、それは誤った判断だった。

 一気に走り出したヘルマンに向けられたのは、手榴弾ではなく、ドラフトの右手だった。


 そして、ヘルマンが気付いた時には遅かった。

 ドラフトに向かっていたはずが彼を通り越し、彼の後方に着いてしまっていた。ドラフトは、迫るヘルマン自身をまんまと空間トンネルに通し、自分のの後ろへと飛ばしたのである。


「てめぇっ、一杯食わせやがったな!」


 冷静なヘルマンが珍しく怒りを露わにする。怒声を上げながら振り向くと、ドラフトはヘルマンに背を向けて、脱兎のごとく走っているところだった。


「悪いな、おっさん! あばよぉ!」


 すぐに切り返して追いかけようと走り出したヘルマンの足元に、前方を走るドラフトが何かを転がしてきた。

 ヘルマンは、咄嗟に飛び退いて防御姿勢に入る。それが先ほど見た手榴弾だと気づいたからだ。

 その間にも、ドラフトは 屋上の端に向けて加速してゆく。

 前方にはビルとビルの谷間、距離にして20メートル以上ある。高さも隣の方が少し低いというだけで、およそ人が飛び越えられる距離ではない。


 その断崖に向かってドラフトが、一直線に疾走し、そして一切の躊躇もなく、屋上の淵を蹴って飛び出した。

 その直後、彼の後ろで手榴弾が爆発し、その爆風によって彼は弾丸の様にまっすぐ飛ばされた。

 そして、空中で右手、左手と空間トンネルを連続で作り、爆風の威力によってそれを一気に通り抜けた。

 爆風と空間トンネルをフルに利用した大跳躍。

 ドラフトは、空中で全身をバネの様にしならせ、向かいのビルの屋上に到達すると、勢いのあまりゴロゴロと二転三転した。


「いつつ……」


 腰をさすりながらゆっくりと立ち上がる。

 姿勢を正すと、とてつもない跳躍を勝ち誇る様に向かいのビルのヘルマンに視線を送り、コキコキと首を軽く鳴らしてからまた走り出した。


前作「地獄の皇太子は2度死ぬ~復活の悪魔と魂の石~」もよろしくお願いします。


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