表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/75

顕現せしはドラゴン

 広間に現れたそれは、ドラゴンだった。

 吹き抜けた天井の穴から注ぐ日の光を浴びて、その表皮が鈍く輝いている。


「ド、ドラゴン……」


 メリッサはドラゴンの全貌を見て、威圧感や恐怖心を感じるより、まずそれが、ドラゴンかどうか判断を迷った。

 ドラゴンを見たことがないというからではない。一見、伝承のものと同じような形状で、ドラゴンで間違いないと思えた。

 彼女が困惑したのは、眼前のそれが金属の体で、明らかに生物ではなかったからである。つまり、全身が真っ黒な機械のドラゴンが現れたのだ。


「すぐに始末してやる」


 気付くと、女がドラゴンの頭の上に立っていたが、メリッサ達が彼女の姿を認識するや否や、光の粒を残し、一瞬にして姿が消した。

 直後、まるで魂が宿ったかの様にドラゴンの両目が赤く光ると、口を大きくあけ、狂暴な雄叫びを轟かせた。


「うぐっ!」

「がはっ!」


 直後、メリッサ達はがくりと膝を着いた。力が抜けるような感覚だった。

 何が起きたのか理解できず、ただ力なく崩れ落ちる。


「あ、かっ……」


 口すらも上手く動かない。それは、全身を襲う強烈な痺れだった。辛うじて呼吸はできる。しかし、体中の筋肉という筋肉が動かないのだ。


『……まだ動ける奴がいたかい』


 女の声がドラゴンから響く。

 ドラゴンは首を曲げ、光る両目を地面に這いつくばるメリッサ達に向ける。その無機質で不気味な両眼は、唯一その場で動くける者を捉えていた。

 全員が行動不能に陥ったと思えたが、1人だけ動ける者――ロゼッタが残っていたのである。

 彼女は、脚のローラーを滑らせ、メリッサ達の前に出た。


「お嬢様たちに何をしたんですか!?」


 ロゼッタが強い口調で女を問い詰めた。ただ、女の方は聞いてすらいないようで、彼女の詰問に答えることなく、怪訝な感じで言った。


『軍の新兵器かなんかかい。喋る小型ゴーレムとは、妙なもんこしらえたもんだ。まぁいい、ぶっ潰してやる』


 ドラゴンの手に何処からともなく、長柄の武器が現れ、それが両手に握られた。柄の先には、斧と槍が付いている――ハルバードと呼ばれる武器だった。


(あれを振り回されたら、お嬢様たちが巻き込まれちゃう!)


 ロゼッタは巨大なハルバードを見て、そこから地面に転がるメリッサ達をちらりと見た。

 彼女達が受けた何らかの攻撃は致死性のものではない。ならば、今はあのドラゴンを何とかしなければ。一瞬で考えを巡らした。


(まだ、こちらまでは距離がある……)


 そして、彼女の中であることが決まった。


 ズンッ


 武器を内蔵したバックパックを外して、地面に降ろした。同時に、左肩側面の装甲が、ガチャリと下がり、内側に着いたグリップを左手で握った。ちょうど盾を装備した様な形になる。


「フェアリードライブ、起動!」


 ロゼッタの声に反応し、背中のパーツが開いて埋め込まれた水晶が露出した。そこから放たれる緑の光。

 次の瞬間、彼女は閃光となった。

 残像が残る程の高速で、空中を疾走する。


『面白いじゃないのさ!』


 ドラゴンが飛んでくるロゼッタを目掛けて、ハルバードを振り降ろす。

 当たれば一撃のもとに真っ二つにされてしまうような攻撃に対し、ロゼッタは肩からアンカーのついたワイヤーを撃ち出した。ワイヤーは壁に刺さり、ロゼッタの飛ぶ軌道を左へと変える。

 

 ズンっという重い音が広間に轟く。

 空振りしたハルバードが地面にめり込んだ。刃が地面を割り、衝撃で窪みが出来ている。


(やっぱり、お嬢様たちから距離を取ってよかった……)


 ハルバードの壮絶な威力を、旋回する中で視線の端で捕らえ、ロゼッタは胸を撫で下ろした。


 ダダダダダダダダッ!


 左に躱した状態から、ロゼッタが、至近距離で右手に抱えている機銃を連射する。しかし、弾はドラゴンの表面に火花を散らして、弾かれてゆくだけだった。


(やっぱりだめか……)


 このドラゴンの形をした兵器に、機銃が効かないのは予想できた事であった。しかし、機銃が効かなくとも戦いようはある。

 空中のロゼッタに向かって、再びハルバードが振られた。ブンッと空を裂き、風圧すら感じさせる一撃を、彼女は即座にワイヤーと高速飛行で躱す。


『ええい、ちょこまかと鬱陶しいね!』


 ドラゴンは飛ぶこともなく、その場に留まったままハルバードを振り回すだけだが、一撃一撃が途轍もなく速い。普通のゴーレムの鈍重な近接戦闘とは訳が違った。


(あと少し……)


 ロゼッタは、その唸りを上げる攻撃を、飛び回りながら紙一重で躱し続けた。

 止まることは許されない。止まれば、確実にやられる。

 緊張感に満ちた高速の戦いが繰り広げられた。


(もう少しで……)


 その戦いの片隅で、ロゼッタが待ち望むものは、刻一刻と組みあがっていた。

 それは先ほど、彼女が下したバックパックだった。

 四角い箱だったバックパックは、直方体の展開図の様に開いて、台座へと変わっていた。そして、その台座の上ではロボットアームが、内蔵していた武器を自動的に組み立てている。

 少しして、対ゴーレム用大型ライフルが組みあがり、台座に固定されると、それは完成した。

 武器を運搬するためのバックパックが、遠隔操作できる固定砲台へと姿を変えたのだった。


『落ちな、この羽虫が!』


 ロゼッタを追うのに意識がいっていて、大型ライフルの存在には、女は気付いていない様だった。

 これだけの運動性能があるドラゴンである、ライフルに気付かれれば容易く防御されてしまうかもしれない。


(後は角度だけ……)


 ロゼッタは高速で飛び回り、機銃を浴びせる中で、ライフルを遠隔操作する。

 頭上を飛び回るロゼッタに向かって、ドラゴンがハルバードを切り上げた。が、その脇をすり抜ける様に、ロゼッタはドラゴンの足元の方に急降下して避けた。


『甘いんだよ!』


 突如、衝撃がロゼッタを襲った。

 足元に来たロゼッタに、ドラゴンの尻尾が叩きつけられたのである。

 ガシャンッと金属どおしの衝突音と同時に、ロゼッタの体は弾き飛ばされ、遺跡の壁に叩きつけられた。その衝撃で壁が大きく抉られる。

 装甲の各所にひびが入り、駆動系も幾つか破壊された。

 それでも、ロゼッタが望む状況はやって来た。


「ファイヤ!」


 彼女の声と重なるように、ドラゴンの側面に対して、対ゴーレム用大型ライフルが火を吹いた。

 音速を遥かに超える銃弾は、ドラゴンの右脇腹に直撃し、派手な音を立てて炸裂した。


『炸裂弾か。何かやってると思ってたけど、そんなんじゃこいつの装甲に傷すらつけられないよ』


 ドラゴンの脇腹は、黒く焦げ、微かに煙を上げてあげている。しかし、それは表面だけだった。ライフルの銃弾は、ドラゴンの装甲に傷一つ付けていなかったのである。


「まだっ!」


 ロゼッタの攻撃は終わってなどいなかった。

 全ては布石。

 機銃を捨て、めり込んだ壁から一気に抜け出し、全速力でドラゴンに突っ込んだ。

 もう、飛行システムに回せる魔力の残量も少なく、先ほどの衝撃で出力も落ちている。それでも、持てる力の限り高速で向かってゆく。


『いい加減落ちろ!』


 ドラゴンがハルバードを真っ直ぐ突き出した。

 高速の突きがロゼッタに迫る。


「くっ!」


 明らかに飛行スピードが落ちている。ハルバードを避けようと、体を傾かせ左に軌道をそらすが、避けきれず右腕に直撃し、グシャリと鈍い音を上げた。

 それでも衝撃を逸らす様に空中で回転し、ドラゴンの斜め左にすり抜けた。

 

 目標は目の前だ。ドラゴンの右脇腹に向かって、一気に突進した。


「はあああああぁぁぁぁ!!」


 鋼鉄の少女は叫んだ。

 叫んだところで、機械の体には何も変化は出ない。速くなるわけでも、強くなるわけでもない。

 しかし、その叫びは鋼鉄の体に宿った魂が叫んでいた。そうさせていた。




 ――仲間を守りたい




 ――大好きな兄を守りたい




 ドラゴンの右脇腹に、右手に持った盾の先端をぶつけた。響き渡る金属音。

 次の瞬間、盾の先端から、杭が高速で打ち出された。


 メタル・スティンガー。

 魔法による圧縮空気で飛び出した鋼鉄の杭が、ゴーレムの装甲及びその下の駆動系を貫く、歩兵が使用する対ゴーレム用の近接戦闘用武器である。

 様々な欠点から、今では使う者もいない武器だが、重装甲ゴーレムの装甲ですら貫通できるほどの威力を誇っていた。


 ロゼッタの繰り出した、鋼鉄の杭がドラゴンの脇腹を完全に貫いた。バチバチと火花が散り、ドラゴンは体制を崩して地面に伏せる。


『なんだって!?』


 女は、ドラゴンに起こったことに対して驚愕した。それほどに、脇腹を貫かれたこと、そしてその一撃でドラゴンが倒れたことが予想外のことだった。

 なぜなら、この機械の竜は、重装甲ゴーレム以上の硬度を持っていたからである。通常のメタル・スティンガーであったなら、こうはいかなかっただろう。

 それを可能にしたのは、アルレッキーノによるメタル・スティンガーの改造と、同じく、彼によって作られたライフルの炸裂弾だった。


 初めの一撃でドラゴンの脇腹に命中した炸裂弾の中には、特殊なバクテリアが内蔵されていた。

 錬金術で生成されたこのバクテリアは、通常は活動を停止しているが、特殊な触媒から発する一定の魔法を受けて活動を始めると、金属を一瞬にして腐食させるとういう性質を持っていた。

 そして、このバクテリアを活動させるのに必要な触媒は盾の先端に、魔法は術式にして盾の裏側に仕込んであったのである。


 ロゼッタは、炸裂弾によって、バクテリアをドラゴンの脇腹に張り付つかせた。そして、盾を接触させ、瞬時に魔法を発動し、ドラゴンの装甲を腐食させた。その上で、強度が落ちた装甲をメタルスティンガーによって貫いたのである。

 しかも貫いたのは、このドラゴンの姿勢制御を司る部分であった。彼女の持つスキャニングの能力と相手が機械であったという状況で、ロゼッタにしかできない一撃が決まったのだった。


 ギギギギギギギギ


 ドラゴンは、軋む音を出しながらなんとか立ち上がろうとする。


(姿勢制御を壊したのに、まだ来るの!?)


 ロゼッタはドラゴンから距離を取り、その動きを注意深く見つめた。まだ臨戦態勢は解かない。しかし、彼女の方も限界はすぐそこまで来ていた。体の至る所がバチバチとスパークし、装甲もひびだらけだ。

 ――そらでも、まだ勝負は決していない。

 戦意を失わないドラゴンに、彼女が身構えた時だった。


「待ってくれ!」


 男の声が広間に響き渡った。対峙していた、ロゼッタとドラゴンが一斉に声の方を向いた。視線の先には、運び込まれた物資の箱に寄り掛かりながら、弱々しく立つアルレッキーノがいた。


「お兄ちゃん!」

『あいつら!』


 彼とその周りの状況を見て、女は奥歯を強く噛んだ。

 彼女の視線の先では、アルレッキーノ以外にも、メリッサ達がよろよろと立ち上がってきていた。足元には、小さな金属の筒――使い捨ての注射器が幾つも転がっていた。

 注射器の中身は、白銀(はくぎん)腕手(かいなで)が魔導士に支給している解毒薬だった。殆どの中毒症状を回復してくれる万能薬である。


 突然の麻痺に襲われる中、アルレッキーノは咄嗟に、それが毒によるものだと判断し、この解毒薬を自身と仲間に注射したのである。ただ、動けるようになったのは今さっきのことであった。


「今は……はぁはぁ……戦っている場合じゃねえんだ……んぐっ、はぁ……あんたらが奪ってきた物資の中に……爆弾がある!」


 アルレッキーノが回復したばかりの体で必死に訴えた。衝撃の事実を告げる彼の声が、戦意の熱が冷めない遺跡に響き渡った。


ドラコンは、カードゲームでお馴染みの武器とか持ってる二足歩行型のドラコンです。


前作ではあまり活動の場のないロゼッタでしたが、今回は輝きます!

そして、次回はアルレッキーノが活躍します!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ