潜入
暗く閉ざされた空間に、いくつもの木箱が並らび、中は食料や医薬品など様々なものが入っている。そんな荷物の山の中に、ひと際大きな木箱があり、その中に布を被って潜む人影があった。メリッサたちだ。
「かくれんぼみたいでドキドキしますね」
「しずかに、ナフィーサ様」
「あ、ごめんなさい」
サイードに窘められ、ナフィーサはしゅんとして口をつぐんだ。
メリッサ達は、昨日立てた作戦どおり、深夜の内に軍の駐屯地に侵入し、輸送用のコンテナに潜り込んだのだった。
夜の闇に紛れたのもあるが、軍の方も駐屯地に盗人が入るなどと思っていないためか、警戒が緩く、簡単にコンテナに紛れることが出来た。
ギイイイ ゴトゴトゴト
今朝になって追加されたのか、新たな木箱が積み込まれた。その音を聞きながら、メリッサ達は息を潜めた。
「これで最後か?」
「ああ、この追加の荷物で最後だ」
「分かった」
兵士たちの声がして、コンテナの扉が再び閉じられた。どうやら積み荷は終わったらしい。
少しして、ゴトゴトとコンテナ全体が揺れたかと思ったら、体が引っ張られるような横向きの重力を感じた。コンテナを輸送する車が走り出したようだ。
「ふぅ……どうやら、もう息を潜めないでも大丈夫そうだぜ」
アルレッキーノが、被っていた布を剥いで、溜息をついた。それを見て、サイードも自分とナフィーサの布を剥いで、口を開いた。
「そうだな、もういいだろう。砂漠を渡り切るには2日は掛かるが、恐らく7時間ほどで、盗賊がいつも襲ってくるという岩石地帯に差し掛かる。それまでは、そこまで警戒する必要もあるまい」
「2日? 随分早いんだな、砂漠はかなり広いと思ったが」
「それは、この車が砂漠移動用のホバー走行車だからだ。精密な操作が難しいから、広大な砂漠の移動にしか実用されていないが、車輪を砂に取られることもなく高速で移動できる」
「へぇ、なるほどね」
「そうなんですね、私も知りませんでした」
アルレッキーノとナフィーサが同調する様に、うんうんと頷いた。なんとも、面白い光景だ。
「7時間か。昨日から張詰めっぱなしだ、交代で見張りを立てて、見張り以外は寝るなり休むなりしよう」
メリッサの提案により、岩石地帯に差し掛かるまでは、休息をとることにした。皆が了解し、各自自由に過ごそうとし始めた時だった。ナフィーサがおもむろに口を開いた。
「あ、あの皆さん、今回の作戦にあたって私からお願いしたいのですが……」
ナフィーサに視線が集まると、彼女は話を続けた。
「その……もし戦闘になっても、盗賊の皆さんを殺すようなことは避けてください。私達は、装置を止められればいいわけですし、目的の為に人の命を奪うのは大臣と変わらないと思うのです」
甘い考えかもしれない。が、ナフィーサの言葉、その雰囲気には、王族としての徳の高さや芯の強さを感じさせた。
真剣な目で語る彼女の言葉に、メリッサ達は力強く頷いた。
♦ ♦ ♦
「――おい、起きろ。起きろ。ちっ」
メリッサの耳に、ぼんやりと男の声が聞こえた。ただ、それがクロードの声だと認識する前に、頬に衝撃が走った。
「いつっ! な、何するんだ!」
メリッサは頬をぶたれたことが分かり、怒って目の前のクロードを睨みつけた。
「やっと起きたか。煩わしいやつめ」
「声だけで起きてたぞ!」
「そんなことはどうでもいい。それより外が騒がしい。どうやら賊の襲撃だ」
「どうでもよくない!」と思ったが、コンテナの外から微かに人の怒号や叫び声が聞こえ、メリッサは、はっとした。エンジンの駆動音も振動もまだ続いていて、襲撃を受けながらもなんとか走行を続けていることは分かる。
ドンッ!
大きな衝撃がコンテナ全体に走り、大きく揺れた。
「きゃっ!」
「くっ!」
その揺れに、メリッサ達は揺さぶられ、箱に叩きつけられた。
「いつつ……ん、エンジン音が止まったな」
ぶつけた腰をさすりつつ、アルレッキーノが呟く。彼の言う通り、コンテナに着いたホバーの駆動部分を破壊され、ホバートラックはその動きを止めていた。
外からの音も完全になくなり、完全に静まり返る。皆が沈黙し、外の気配を探っていた時だった。
ガコンッ!
再びコンテナに衝撃と音が響いた。グラリと揺れて、一瞬、重力が強くなった。
「どうやら、ドラゴンが運び始めたようだな……」
「ああ、そのようだ……」
クロードが、変化に気付き言った。それに、メリッサも頷く。彼女をはじめ、全員に緊張が走った。
当初の作戦通り事は運び始めた。あと数十分で、盗賊の根城――目的の遺跡へと辿り着く。
メリッサ達は再び布を被り、息を潜めた。
暫くして、ズンと重い音と揺れの後、コンテナの扉が開いた。
「おお、大漁、大漁」
「さっさと運んじまえよ」
盗賊たちと思われる声がした。ガタガタと音を立て、次々と積み荷が運び出されてゆく。
木箱の中でその音を聞きながら、メリッサはごくりと息を呑んだ。
「お? 随分でかい荷物だな。おおい、手伝ってくれ」
「おおよ」
箱の前で、盗賊たちが会話しているのが聞こえる。
少しして盗賊たちが声を掛け合うのが聞こえ、箱がぐらりと揺れた。ついにメリッサ達は盗賊の根城へと運び出されたのだった。
箱の中からは外の様子は分からない。分かるのは、盗賊たちの賑やかな声から、遺跡の中に入っていっているということぐらいだった。
担ぐ盗賊の歩みに合わせて揺れが続き、少ししてそれも収まった。どうやら、運ぶのが終わったようだ。
一端、倉庫などに置かれると思っていたが、外からは、ガヤガヤと大勢の声が聞こえる。
「お前たち、静かにしな!」
女の声が響くと、一気にざわついていた声が静まった。そして、再び女が言葉を続く。
「さて、戦利品をあらためるが、その前に……出てきな! そこの箱に隠れている奴ら!」
メリッサは息を呑んだ。すでに見抜かれているというのか。嫌な汗が頬を伝う。
「出てこないなら、外から串刺しにしてもいいんだよ」
その言葉に、サイードが言った。
「一気に飛び出して、賊の頭を人質にとる!」
サイードが木箱の蓋を蹴り開けて、外に跳び出した。メリッサ、クロードも彼に続く。
箱から出て、即座に女の声がした方を見た。
盗賊たちが集まるための広間らしいその場所で、一段高くなっている所に華美な椅子に座る女がいた。その女が盗賊の頭だと判断し、そこに向かってメリッサたちは3人は、一気に走り抜けた。
突然のことに、盗賊たちは反応できない。
しかし、女の横に侍る2人の男は違った。相当に腕が立つのだろう、すぐに剣を抜き、メリッサ達の前に立ちふさがった。
「行ってくれ! サイード!」
メリッサが叫ぶ。
彼女は左の男と、右の男とはクロードが剣を交えて、立ちふさがる男たちそれぞれの動きを封じた。
キンッという甲高い金属音が響く。
「はっ!」
その間にサイードが跳躍し、一気にメリッサ達を飛び越え、女の頭上から飛び掛かる。
一方の女は、座ったまま不敵な笑みを浮かべ、サイードをその眼で捕えていた。サイードの刃が届く間際、彼女は鞘に収まったままの剣を持ち上げ、そして、剣と剣がぶつかった。
「なんだい、いきなり切りかかるとは随分だね」
サイードが双剣2本で押さえているにもかかわらず、女は剣を交えたまま事も無げに椅子からゆっくり立ち上がった。しかも、女が剣を持つ手は片手である。
「お客さんの席は、あっちだよ!」
女は空いている片手で、サイードの腕を掴むと、出てきた木箱の方へ彼を放り投げた。
「なに!?」
大の男が、女1人に片手で投げられたのだ。目の前で起きたことに、サイードは驚きを隠せなかった。
ただ、驚きつつも空中で姿勢を立て直し、ナフィーサの前に着地する。
サイードが投げられたのを見たメリッサとクロードも我が目を疑ったが、そこから直ぐに鍔迫り合いをしていた剣を弾くと、分断される前にナフィーサ達の所に急いで戻る。
「不味いな……」
そう呟くメリッサの周囲には、武器を構えた盗賊たちがずらりと並ぶ。完全に包囲されていた。機先を制しはしたが、盗賊の頭を人質に取ることが出来なかった。思惑が外れ、一転危機的状況に陥ったメリッサたちは、顔に焦燥の色が現れた。
「荷物に潜んでやがったか……」
「軍の回し者ってわけかい」
「姉さんの暗殺か? ふざけやがって」
盗賊たちが思い思いに何か言っている。勘違いされているようだが、言い訳を聞いてもらうような状態じゃない。殺気だった盗賊たちが、ジリジリと距離を詰めて来る。
「くっ! これで!」
ロゼッタが咄嗟に機銃を構えた。すると、彼女の構えた重火器を見て盗賊たちが狼狽え、包囲を狭める足が止まった。
「やめろ! ロゼッタ!」
突然、アルレッキーノが叫ぶ。
普段の彼からは見ることのない、鬼気迫る表情で怒号にも似た大声をあげた。
「え!? ご、ごめんなさい」
兄の異様な大声に、ロゼッタは慌てて銃口を降ろした。
「ちっ、使えん」
「あ?」
舌打ちをするクロードを、アルレッキーノが睨みつける。一気に険悪な空気が立ち込めた。
「やめろ、二人とも」
「メリッサの言う通り、今はそれどころじゃない。それより、メリッサ、クロード、少し時間を稼いでくれ、私が魔法で一気にやる」
そう言ってサイードが詠唱を始めた。
大きな木箱を背にして、中心のナフィーサを守るように、それぞれ左右に剣を向けるメリッサとクロード。
「銃はねぇ、やっちまえ!」
「うおおお!」
一気に盗賊が襲い掛かってきた。
盗賊たちはこん棒を振り上げている。致命傷には成りえないが、食らえば骨をやられ、行動不能になるのは必至だろう。
振り回されるこん棒を躱しつつ、メリッサは盗賊に切りつけた。
ただ、敵の数が多く、次々捌く必要がある。しかも、ナフィーサとの約束もある。その為、脚や腕などを狙い、早く戦闘不能にしなければならなかった。
メリッサに襲い掛かる盗賊から次々と悲鳴が上がる。クロードの方も同様な戦い方をしているのだろう、同じように悲鳴や呻く声が響いている。
(クロードのやつ、また腕をあげたな)
ずぶの素人の動きだったクロードは、日々鍛錬を積み、めきめきと剣の腕を上達させていた。悪魔だった時の数百年に及ぶ研鑽とやらは、はったりではなかったらしい。
メリッサは感心しつつ、盗賊の腕を切りつけた。しかし、その一撃は手ごたえが違った。キンという金属音がして、剣が弾かれたのだ。
そのことに多少動揺しつつも、すぐさま太ももに狙いを変えて切りつけると、その盗賊はギャッと声を上げて転がった。
その後も何度か、腕や脚など、金属の感触に刃が弾かれた。それは、どうやら服の下に防具を仕込んでいるといった感じではない。違和感の理由は分からなかったが、考える間もなく戦っていると、ついにサイードから合図があった。
「メリッサ、クロード、下がれ!」
メリッサ達がサイードの傍らに戻ると同時に、サイードが吠えた。
「ブリッツ・バースト!」
サイード達をを中心に、青白い電撃の輪が波紋の様に一瞬で広がった。
盗賊たちがバタバタと倒れてゆく。見れば、感電し、地面でビクビクと痙攣していた。
しかし、1人だけ、倒れていない者がいた。
「へぇ、なかなかやるねぇ」
あの頭目らしき女だ。間違いなく女にも電撃は届いたはず。しかし、不敵な笑みを崩すことなく、立っている。
ただ立っているだけなのに尋常ならざる迫力を帯び、それでいて女は美しかった。
女性らしい曲線を描く長身に、ウエーブがかった長い髪。佇むだけで絵になる麗人だ。
そんな細身の麗人が、サイードを投げ飛ばし、魔法をものともせず、余裕の表情で立っている。
メリッサ達はそのオーラに気圧された。
「どうやら私が出ないとダメみたいだね。まったく、手のかかる男たちだよ」
女はふっと息を吐いて、表情を一変させた。
笑みが消え、怒りの色に染まったのだ。烈火の様に燃える視線が、メリッサ達を睨みつけた。
「……家族を痛めつけてくれた落とし前、つけさせてもらうよ!」
突如、女のすぐ前の地面に巨大な魔法陣が現れ、その上に巨大な何かが出現した。
それは、人のように2本の脚で立ち、2本の腕を持っていた。しかし、人とは異なる巨躯、そして大きな翼、長い尾と首、鋭い牙に爪を持っていた。
他を圧倒する存在感と威圧感。
今まさに、力の化身――ドラゴンが姿を現したのだった。
お待たせしました、ついにドラゴン登場!
次回、ドラゴンと激闘です!