双術の獅子
全てを焼き尽くす日差しによって、砂漠に陽炎が昇る。動物も草木さえもない、生物の営みを拒む砂だけの大地をメリッサたちが行く。
「殿下、もう少しでアジーナ村です。ご心棒を」
ラクダに乗って手綱を引くサイードが、振り返って後ろに乗っている王女に語り掛けた。
「殿下ではなく、ナフィーサですよ、サイード」
「ははっ」
そう窘める王女ナフィーサは、今はドレスではなく庶民的な軽装になり、旅人が使う日避けのマントを纏っている。彼女は現在、王女という身分を隠していた。
闘技場での一件の後、ナフィーサは行方不明ということになった。あのまま、城に戻れば大臣に狙われに行くようなもので、良くて城に閉じ込められるだけだからだ。そのため今は庶民に身をやつし、ダガフ復活阻止の旅をしているわけである。
「それより、皆さんの方は大丈夫ですか?」
ナフィーサは、後ろをついてきているメリッサ達を案じた。
「我々は心配いりません」
余裕の笑みを見せて答えるメリッサだが、その笑顔もやや引きつっている。
……正直、砂漠の暑さは酷い。
しかし、護衛の任務を受けた以上、依頼人の前でだらしない姿は見せられないと、メリッサは無理して笑みをつくったわけである。
ただ、やはり暑い。
隣のラクダの上では、アルレッキーノがだらしない表情で、げんなりとしている。
ナフィーサ達とシア達の交渉の結果、グレンザール警備会社は二手に分かれ、それぞれの護衛に着くことに決まった。
ナフィーサには、メリッサ、クロード、アルレッキーノ、ロゼッタが同行している。
それぞれの思惑に、交渉は難しくなると思われたが、グレンザール警備会社を二手に分けることで、メリッサたちへの報酬の半分、さらにライブ会場ごとに雇う地元の警備会社の人間の人件費を全て、サーディール王家が負担することで、交渉は纏まった。
それもこれも、敏腕マネージャーであるリーサの交渉力の賜物といえた。
「しかし、ナフィーサちゃん、こんな一大事に、他に援軍は得られないのかい?」
早々に敬語をやめたアルレッキーノが、馴れ馴れしい口調で質問した。
「申し訳ありません。どこまで大臣の息が掛かっているか分かりませんし、親衛隊もこの前の闘技場での爆発で、サイード1人になってしまって……」
「あ、いや、いいんだよ! 俺たちだけでも大丈夫だから!」
悲しそうに俯くナフィーサに、アルレッキーノは慌ててフォローを入れたが、首をぐりっと捻ったサイードに物凄い形相で睨まれてしまった。
「はい、皆さんのことは信じております。それに、サイードは親衛隊の隊長です。彼もとても――」
ナフィーサの言葉の最中、メリッサ達の前方の砂が大きく盛り上がった。
「全員、構えろ!」
メリッサは即座にラクダを降りて、武器を構えながら叫んだ。その間に盛り上がった砂が滑り落ち、中から巨大な赤茶色のサソリが姿を現した。
「タイタンスコーピオンか!」
サイードが言うように、それはこの砂漠に住まうサソリのクリーチャー、タイタンスコーピオンであった。長い尻尾も入れると6メートルもある化け物サソリである。
やや光沢のある赤茶色の硬そうな体が、日差しを浴びて鈍く輝いていた。
「えいっ!」
ロゼッタが機銃を発砲するが、大サソリの甲冑の様な体に弾丸は尽く弾かれた。
軽量のゴーレムならハチの巣に出来る機銃を、大サソリは小石でも投げられた程度にしか感じていないようだった。これには撃ったロゼッタも驚きの声を上げる。
「そんな、このサソリ、重ゴーレム並みの硬さなの!?」
機銃の大きな音に驚いていたのか、一時的に動きを止めていたタイタンスコーピオンだったが、機銃が止むと一気に暴れ始めた。
「アル! ナフィーサ様を連れて、離れていてくれ!」
「分かりやした!」
メリッサは、アルレッキーノに王女の乗ったラクダを任せると、迫る大サソリに向かって行った。
「はぁ!」
自分目掛けて伸びてきたサソリのハサミを剣で弾く。
重い攻撃と外殻の硬さ、まるで飛んで来た岩を叩いたのかと思うような痺れが、彼女の腕に伝わった。
そこに間髪入れずに、弾いたのとは反対のハサミが襲い掛かる。
「ふんっ!」
メリッサの隣に飛び込む形で、クロードがハサミを弾いた。
「随分、隙だらけだぞ」
「お前の剣術の上達具合を試したのさ」
「ふん、ぬかせ」
並び立ち、憎まれ口を叩き合う二人を目掛け、サソリの長く伸びた尻尾が振り降ろされた。ブオンと唸りを上げて、高速で落下してくる毒針。
2人は、合わせていたかの様に同時に後ろに飛び退いて躱した。
「君たちでは、このタイタンスコーピオンとは相性が悪い。私がやろう」
そう言って、サイードが前に出た。彼の言う通り、今のメリッサ達の武装では、硬い殻で覆われたタイタンスコーピオンに致命傷を与えるのは難しかった。
「少し詠唱に時間が掛かってしまってな。すまない」
サイードの左右の手には、刃幅が広く、大きく湾曲した剣が握られていた。この国特有の武器だろうか。剣の側面には、文字にも見える模様が刻まれている。
それに彼の体が少し光を帯びていた。
詠唱……魔法も使えるのだろうか。メリッサは、サイードの姿を注意深く眺めた。
今まさにサイードが1人、大サソリに向かってゆく。
その様子を少し離れたところで、ナフィーサとアルレッキーノが眺めていた。
「ナフィーサちゃんよ、サイードの旦那が1人で突っ込んでくけど大丈夫かい? 親衛隊の隊長つったって、あれを1人をは……」
「大丈夫ですよ、先ほど言いかけましたが、サイードは強いですから。彼は、恐らくこの国で1番強い騎士です」
「そんなに強いの?」
「ええ。サーディールの武術大会で、5年連続優勝して殿堂入りした人間は、この国の歴史に残る限り12人しかいません。そして、現在、殿堂入りした人間で存命なのは、サイードだけなのです。しかも、殿堂入りの中でも最強と謳われるほど。彼は、その強さから、“双術の獅子”と呼ばれています」
ナフィーサ達の会話など他所に、疾走するサイードは一気に加速し、サソリの側面に回り込んだ。魔法で身体能力を強化し、目にも留まらぬ速さでの移動は、まるで閃光。
側面に生えるサソリの脚に飛び乗り、尻尾へと軽々と飛び移ると、尻尾を蹴って上空へ高く飛び上がった。
跳躍が頂点に達すると、空中に魔法陣を発生させる。そして、その魔法陣を蹴って一気の急降下した。
自由落下ではなく、身体強化により高めた脚力による地上への高速落下。
ズン!
急降下から、サイードの片手の剣がサソリの頭に突き立てられた。身体強化の加速と落下による衝撃で、途轍もない硬さの外殻をあっさりと貫いた。
彼を捉えようと、サソリは頭上にハサミが振り上げられるが、瞬時に空中に跳ぶサイードを捉えることは出来ない。そして、その間にも再び空中高く舞ったが叫んだ。
「穿て、必中の雷! サンダーボルト!」
詠唱と同時に、サソリの頭に刺さったままにしてきた剣に向かって指を振り降ろす。
次の瞬間、けたたましい破裂音を轟かせ、一筋の雷が刺さった剣に落ちた。
すると大サソリは、まるで糸が切れた人形の様に、ズシリと音を立て、その巨体を砂の上に崩した。
「さて、他のクリーチャーが寄って来る前に、アジーナ村に急ごう」
サイードは刺さっている剣を引き抜くと、あっけに取られているメリッサ達に振り返り、何事もなかったように言った。
一瞬だったが、剣術と魔術の両方をこなす戦士――双術の獅子は、圧倒的な強さを見せつけた。
メリッサもクロードも、彼の動きに目を見張らずにはいられなかったのだった。
その後、メリッサ達は進むペースを速め、クリーチャーに出くわすことなくアジーナ村にたどり着くことが出来た。
「この先、砂漠を超えるまで、村や街はない。ここで、準備をしていくぞ」
ラクダを繋ぎ、ナフィーサを降ろすと、サイードが言った。
この村を超えると、広大なマハラ砂漠が広がっている。今までメリッサ達が歩いてきたのは、その玄関程度のもので、この先に永遠と砂の大地が続く。その為、この村は砂漠越えをするためには、絶対に立ち寄るオアシスであった。
「地脈の装置は、この先のマハラ砂漠の西にある遺跡にあります。さっきまで以上に砂漠を移動しますから準備を万全にしましょう」
「じゃあ、まず飯屋で体の方を万全にしません? 喉が渇いて死にそうだぜ」
「ふふ、そうですね」
ナフィーサの提案に、アルレッキーノが舌を出して苦しそうな表情で訴えるので、メリッサ達は手ごろな飲食店を探して、アジーナ村の奥へと歩き出した。
歩いて回ってみると、村は観光客や商人など多くの人で賑わっていた。店も宿に飲食店にお土産屋など、様々な店が並び、街といっても差しつかないほど大きな村だった。それほど栄えたのも、この村が砂漠の出入り口にあり、絶対に通る村だからであった。
「ここにしよう」
目ぼしい店を見つけると、アルレッキーノが足早に店に入っていく。それを見て、ロゼッタが「もう、元気じゃない」と呆れたように言った。
店に入ると、この国独特の衣装に身を包んだ若い女性が迎えてくれた。
ああ、アルレッキーノが足早に入って行ったのはこの店員が目に入ったからかと、妙にメリッサ達は納得する。
「ようこそいらっしゃいました」
女性は、メリッサたちを前にして、手を右肩、左肩、そして左胸に置く仕草を見せた。
ライブ会場で見た。敬礼の仕草であることを思いだしたメリッサは、一瞬、ナフィーサが王女であることがばれているのか、と驚く。しかし、店員の女性は、いたって平静のままメリッサたちを席へと案内した。
「サイード殿、あの店員は、どうして敬礼をしたのですか? ナフィーサ様に気付いてはいないようでしたが」
席に着いてから、メリッサはサイードにきいてみた。
「あれは“破邪の祈り”と言って、最敬礼ではあるが、飲食店の様な商店では、客に対して使ったりする」
「“破邪の祈り”ですか。随分、仰々しい名前ですね」
「ああ、名前は伝わっているが、その由来は不明だ。歴史が長い国だからな、そう言った由来が分からなくなったが、残っている伝統みたいなものは少なくない」
なるほど、そういうことだったのですか、と言ってメリッサが頷いていると、先ほどの店員がやって来た。
「ご注文は決まりました?」
「では、まず、このお勧めの"ハンドレット・フルーツジュース"を5人分もらおうかな」
サイードが注文し、そこから数分で頼んだ飲み物が出てきた。
サクランボが淵に飾り付けられたグラスに、鮮やかな透き通るオレンジ色の液体が入っている。なんとも涼しげなトロピカルドリンクだ。
メリッサをはじめ、全員喉が渇いていたので、ぐいっとグラスを傾けた。
「んぐっ!? ごほ、ごほ」
口の中に広がる強烈な酸味に、呑みこんでからむせてしまった。恐ろしく酸っぱいジュースである。
メリッサと同時に口をつけた、アルレッキーノとナフィーサも同様に咳込んでいる。
クロードは、目を瞑り、眉間に深い皺を作って黙り込んでいる。そして、若干震えていた。
「くはは、酸っぱいだろ? レモンの100倍酸っぱいってところからハンドレットフルーツって名前になってるくらいだからな。ただ、疲労回復や美容にもいいんだ。まさに疲れた旅人向けのジュースだな」
そう言って、サイードは旨そうにゴクゴクと飲んでいる。
「ごほ、ごほ……私の知ってるハンドレット・フルーツジュースはもっと甘かったような……」
「ナフィーサ様が飲んでいたのは、蜂蜜がたっぷり入っていたんですよ。でも、蜂蜜なんて庶民は簡単に手に入りませんからね。これが普通なんです」
「な、なるほど……」
サイードに言われて初めて、飲み物一つとっても自分が特別扱いだったことを実感し、ナフィーサは深く頷いた。
「ふん、どうと言うことはない」
「ふふ、プルプル震えてたくせに。でも慣れてくると美味しいな」
強がるクロードに、メリッサは小さく笑い、また一口ジュースを飲んだ。初めは酸っぱかったが、慣れてくるとこの酸味が後を引き、美味しいと思えてくるのだった。
その後、頼んでいた軽食が出され、特産を使った料理に舌鼓を打っていると、兵士らしき男たちが3人ほど店に入ってきた。
咄嗟に壁の方に顔を逸らす、サイードとナフィーサであったが、兵士たちはこちらを気にすることもなく通り過ぎ、1つ後ろの席に座った。どうやら、ただ飲食をしに来ただけらしい。
兵士たちは席に着くなり、雑談をし始めた。
「ふぅ、明日は砂漠越えかぁ」
「正直、今回もやられると思うぜ」
「やめろよな、縁起でもねぇ」
砂漠という単語に、メリッサ達は兵士の話に聞き耳を立てた。すると、兵士の1人がとんでもない単語を口にした。
「でもよぉ、また絶対襲ってくるって、“ドラゴン”のやつ」
伝説に残るだけの幻の種族、ドラゴン。それが、このマハラ砂漠にいるという。男の口から出た伝説の生物の名前は、メリッサ達に、次の地脈装置の捜索に対する不安を感じさせずにはいられなかった。
キターー(°∀°)ーー!
ドラゴン!
ファンタジーといえばドラゴン! ドラゴンと言えばファンタジー!
書いててテンション上がってきた!
この後の展開をご期待ください(^^)
あ、ちなみにナフィーサは偽名は使いません。
公ではベールで顔を隠してますし、ナフィーサという名前の女性も沢山いますしね。