騒乱を呼ぶライブ(2)
観客たちも爆発がライブの演出でないことに気付いた。
至る所から悲鳴が上がり、恐怖に駆られた人々が我先にと出口に向かって雪崩れ込んだ。もはや会場は秩序を失い、完全にパニックに呑まれた。
「シア! 私たちの中心から出ないように!」
立ち尽くすシアの前に、盾として立ったメリッサが叫ぶように言った。メリッサだけでなく、舞台の横に待機していた全員が、ライブの進行にない爆発音がして即座にシアの周りを囲んでいた。
「う、うん……」
混乱を隠せないシアが、絞り出すように返事をした。
「みんな、このままシアを舞台裏まで誘導するぞ」
「お嬢、どうやらそうもいかないみたいだぜ」
「……くっ、そのようだな」
メリッサは、ヘルマンの言葉を聞くと同時に周りの異変に気付いた。
サーディール兵がこちらを取り囲んでいるのである。
彼らは王女の護衛の為に観客席の通路などに立っていたはずだが、今はずらりと舞台上でメリッサ達を完全に包囲していた。
手には鋭利な武器が握られていて、おまけに殺気を放っている。尋常ではない雰囲気だ。
「なるほど、この厳戒警備で武器を持ち込めるのは、兵士だけ……ククク、いつから暗殺者どもにすり替わっていたのやら」
クロードが呟く最中、VIP席が爆発の衝撃による為か、下段の観客席へと崩れ落ちた。
辺りに響く重い衝撃音と人々の悲鳴が事態の重大さを物語っている。
落ち着いて退避するようアナウンスが流れるが、聞いている者などいない。観客たちは既にパニックに陥っており、VIP席の倒壊はさらに混乱の度合い深めた。
そんな怒号や悲鳴が木霊す阿鼻叫喚の状況の中、兵士に扮した暗殺者たちが一斉に襲い掛かってきた。
「はっ!」
「うおりゃっ!」
クロードとヘルマンが先陣を切って前に出て迎え撃ち、2人を抜けた敵をメリッサが叩く。
3人が敵を蹴散らす中、シアに向かって矢の様な鋭く速い魔法――アイススピアが、客席から幾つも放たれた。加えて、魔法だけではなく、銃弾も放たれる。
「障壁展開!」
マリアの魔法障壁が、氷の矢と銃弾からシアを守る。その直後、響く数発の銃声。
その後、魔法と銃弾が飛んでくることはなかった。
『お嬢様、魔術師及び狙撃兵の排除は終わったよ』
メリッサの無線にヴァルの声が届く。
ヴァルは、ずっと舞台の背後の開放していない客席最上段に陣取っていた。そして、先ほどの敵による魔法と発砲で、全ての魔術師と狙撃手の場所を把握し、狙い撃ったのだった。
「助かった、ヴァル」
『いえいえ。……って、うわ!』
突然、無線の向こうのヴァルが、驚いた様子で大きな声を上げた。
「ヴァル、どうした!?」
メリッサは、向かってくる暗殺者を捌きながら、耳に付けたイヤホン型の無線機に呼びかけた。
『お嬢様、VIP席向かって右手! なんかデカいのが、闘技場の外壁を登ってくる!』
「なに!?」
ヴァルのいきなりの報告に、メリッサは急いで言われた方角を見た。
蜘蛛、いや、蟹だ。
正確には、金属で出来た馬鹿でかい蟹の様なゴーレムが闘技場の外壁をよじ登り、観客席にその巨体を現したのだった。
蟹はにしては少ないが、甲殻類を思わせる2対の脚に、ハサミにあたる部分は大型の重火器になっている。
『お嬢、遅くなってすいやせん! ロゼッタと解析してみましたが、会場に他の爆弾やトラップの類はありやせんぜ』
今度はアルレッキーノから無線だった。
「了解だ。アル、あの蟹のゴーレムの情報はあるか?」
『あれは……バベル・テクノロジー社の“デスマスク”か!? 重装甲、高火力を誇る拠点制圧用の重ゴーレムですぜ! マジか……あいつらあんなもんまで……』
アルレッキーノの口ぶりから、相当危険な兵器であることが伝わってきた。
『ただ、小回りはきかないんで、接近できれば何とかなるかもしれやせん』
「分かった!」
再びアルレッキーノが、双眼鏡でデスマスクを観察しようとした時だった。
辺りに響くズダタダダッと連続した発砲音。
デスマスクに装備された機銃が火を吹いた。
ただ、その標的は意外なことに、シアではなかった。放たれた銃弾の雨が降り注いでいるのは、崩れて落下したVIP席の瓦礫だったのである。
デスマスクがシアとは別の方を攻撃し始めた……この大規模な襲撃の標的は、シアだけではないのだろうか……舞台上から見たメリッサは不振に思った。
『お、お嬢! VIP席の瓦礫の中に生存者がいやすぜ!』
アルレッキーノが言うように、瓦礫の中から立ち上がる人間がいた。
魔法で障壁を張って、爆発やVIP席の倒壊からも生き延びたのだろう。その障壁を張ったまま、今度は銃弾の雨を防いでいた。
『王女だ! 障壁張ってるのは、親衛隊ですかね。騎士っぽいやつが、王女を1人で守ってますぜ!』
デスマスクは機銃だけでなく、グレネードランチャーまで撃ちだした。爆炎が騎士と王女を包むが、騎士の障壁は破れない。
重火器に対しても魔法障壁で対抗できるところから、この騎士の魔力の高さが伺える。しかし、それもいつまでもつかは分からない。
そこでさらに、この騎士にとって状況が悪化することが起きた。
『げ! 蟹の背負ってきたコンテナから、歩兵が出てきやがった!』
アルレッキーノが双眼鏡を覗きながら声を上げた。
「ヴァル、そこから出てきた歩兵を狙撃! ロゼッタは、対ゴーレム用ライフルで、敵ゴーレムの武装を集中して狙え」
『はぁい』
『はい!』
メリッサの指示で、ヴァルが次々とゴーレムから出た歩兵を狙い撃ち、ロゼッタがゴーレムを攻撃する。
「ヘルマン! こっちはもう大丈夫だ。あのゴーレムを頼む」
「わかった、お嬢。ふ、やっとこいつを思う存分振るえるぜ」
そう言ってヘルマンは、背負っている愛用の大剣の柄を撫でた。
対人戦闘ではナイフを使うので、いつもの大剣はまだ背中に負ぶわれたままだ。
本来の力を発揮できることに、年甲斐もないと思いつつも、ヘルマンの口元は少し綻んだ。
「お嬢! 行ってくる」
「ああ!」
手薄になった敵の包囲を抜けヘルマンが、ゴーレムに向かって行った。
「さて、こちらもそろそろ終わらすか。クロード、シアに付いててくれ」
「ふん……良かろう」
メリッサは、クロードがシアのもとに下がるのを確認すると、剣を構えなおした。
彼女の前には残り7人が武器を構えている。
一拍の間の後に、1人前に出た彼女に対して一斉に襲い掛かってきた。
「はあぁぁ!」
メリッサが咆哮と伴に神速の剣技を放つ。
1人、2人と、一瞬のうちに崩れ落ちた。その間にも他の敵から攻撃が繰り出されるが、メリッサを捉えることが出来ず、空を切る。
さらに、1人、2人、3人と切り捨てられた。
「せやぁ!」
一閃が煌めいた。
メリッサが、吹き抜ける風の如く駆けると、最後の2人も成す術なく血を吹いて地面に伏したのだった。
「ほう……」
その光景を見ていたクロードも、思わず声を漏らした。まさに、刹那の間だった。
それはメリッサの剣技が、常人のそれを超えた域にあることを見せつけた瞬間だった。
【没ネタ】
アルレッキーノ『あれは……バベル・テクノロジー社の“デスマスク”か!? 重装甲、高火力を誇る拠点制圧用の重ゴーレムですぜ! マジか……あいつらあんなもんまで……』
ヴァル「ちょっと待ってアル!」
アルレッキーノ『どうしたヴァルちゃん!?』
ヴァル「蟹の形したデスマスクって名前のゴーレムなんだね!?」
アルレッキーノ『ん? ああ』
ヴァル「蟹のデスマスクか……でも色が黄金色じゃないね」
アルレッキーノ『え? 黄金色?』
ヴァル「あ、でもあいつは黄金色には相応しくないからいいのか……」
アルレッキーノ『確かに……あいつは黄金色に相応しくないからなぁ……』
ロゼッタ「……2人とも何を言ってるの?」
次回、ヘルマンの大剣が唸りを上げる!!
君は小宇宙を感じたことがあるか?




