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隙間風を追え(1)

 深夜の街とは静かなはずである。

 しかし、メリッサ達にとってその日の深夜は、静かなものではなかった。


「ヘルマン、配置に着いたか?」

『ああ、ついたぞ、お嬢』


 無線で会話するメリッサとヘルマン。

 その声には微かな緊張があった。

 ここは商業都市ロウラム、メリッサたちのホームタウンだ。そのホームタウンで、今まさに彼女たちの任務が始まろうとしていた。

 建物の灯りは消え、街灯と月明かりだけが街を照らす僅かな光源となる深夜は、人通りなど当然なく、少し肌寒い風だけが路地を通っている。


「マリア、ヴァル、それにロゼッタはどうだ?」

『はい、配置についております』

『はぁい、オッケー』

『は、はい、私もお兄ちゃんも大丈夫です』


 メリッサの呼びかけに、三者三様の可憐な声が無線を通して返ってきた。


「クロードはどうだ?」

『…………』


 クロードからは返事がない。何か問題が発生したのかと、ちらりと不安がよぎる。


「おい、クロードどうした? 返事をしろ」

『…………』

「クロード!」

『ちっ……』


 無線の向こうから煩わしそうな舌打ちが聞こえた。その音に不安から一転、苛立ちに変わる。


『娘、騒がしいぞ。気を引き締めろ』

「なっ!? 返事くらいしろ!」

『喚くな。こちらも配置に着いている。それより、本当にこれからなのだろうな?』

「ああ、間違いない。警察からの情報では、奴と疑わしき人物がこの街に入ったらしい。そして、奴の目的の物は、本日、金庫に格納され、明日には別の場所に出荷される。狙うなら今夜だろう」

『なるほど……しかし、警察とやら戦力になるのか?』


 メリッサたちが待ち構えている相手、それは“ドラフト”と呼ばれるここ数年世界的に指名手配されている盗賊である。虫一匹通さない様な厳重警備の場所であっても、入り込んで盗んでいくその犯行手口から、隙間風を意味するその名で呼ばれていた。


 そして、ドラフトというこの盗賊は、魔導遺産を所持しており、その力を利用して神出鬼没な犯行を行っているのであった。その為、本来は盗賊の捕縛など関係のない白銀(はくぎん)腕手(かいなで)――メリッサたち第4回収班が捕縛の任務についたのである。


「……それは正直、期待しない方がいいだろうな」


 メリッサがクロードの問いに、少し間をおいて答えた。

 今回のドラフト捕縛に際して、メリッサ達は警察の特別協力者として、彼ら主導の捕縛作戦に“参加させてもらっている”ということになっている。当然、グレンザール警備会社としてだ。

 普通ならあり得ないことだが、そこは各国の政界、財界に影響力のあるアカシック財団を母体に持つ白銀の腕手、ロウラムの警察機構に働き掛けて無理やりメリッサたちをこの作戦にねじ込んだのである。

 その為、現場の警察官は事情を知らず、メリッサ達の作戦参加に納得していない様子だった。


「上からの命令だから、お前らみたいな弱小警備会社風情を使ってやってるんだ! いいか? 絶対に俺たちの脚を引っ張るなよ! いや、俺たちとは離れた場所にいろ! 邪魔だ!」


 このようにメリッサたちが現場に来た時には、作戦の指揮を執る警部にすごい剣幕で吠えられた。他の警官も胸中は警部と同じであったことは想像に難くない。

 ただ、メリッサも逆に、魔導遺産に対して警察の力を当てになどしていなかった。

 警察を当てにしないし、向こうもこちらとは共闘などしないというのは、メリッサにとって予想の範疇だった。だから、人数だけはいる警察連中の配置を計算した上で、彼らとは異なる配置場所で、ドラフトを待ち構える作戦を立案したのだった。


『お嬢、どうやら始まったみたいですぜ』


 ロゼッタと一緒にいるアルレッキーノから通信が入った。彼らが一番、金庫から近い位置にいる。


「分かった」


 そう言うとメリッサは無線機のチャンネルを、警備会社の全員に繋げ、号令を出した。


「ドラフトが現れた。全員、作戦通りいくぞ」



 ♦   ♦   ♦



 夜の闇に紛れる様に、全身黒の装いでドラフトは現れた。彼は目標の建物の前で辺りを警戒したが、すぐに建物への侵入にかかり、難なく建物に入っていった。彼の前では壁など無いに等しい。

 それは、彼の両手に付けている手袋に理由があった。

 この手袋は空間に穴を開け、数メートル先の空間にトンネルの様に繋げることが出来きた。そして、その力により彼は、どんなに強固守りの建物や金庫への侵入も果たしてきたのだった。


 他の魔法であっても、空間に穴を開けることは出来る。ただ、大規模な魔力増幅装置と世界屈指の魔術師を数十人使って、やっと針が通るほどの穴を開けられる程度である。このことから見ても、この手袋が途轍もない代物であり、それ故、白銀の腕手が回収を図るに足る遺物であった。


「さて、ずらかりますか」


 金庫の中に侵入し、お目当ての物を手に入れたドラフトは、マスクの下でニヤリと笑い混じりに呟いた。

 いつも通り、簡単な仕事だ。

 彼は金庫の壁に手を当てる。すると、数十センチの鉄の壁にぽっかりと穴が開いた。人一人分の大きさの穴の向こうに、建物の外の景色が見えている。ドラフトはその景色を確認すると、悠々と金庫から建物の外に歩を進めた。

 景色が一変したのは、彼が完全に外に出たその時だった。


「くっ!?」


 ドラフトに強烈な光を浴びせられた。彼は咄嗟に片手で目の上に影を作る。


「ドラフト! お前は完全に包囲されている! 逃げようとすれば、こちらは攻撃をすることを許可されている。大人しくお縄につけ!」


 拡声器から発せられる大音量の声が辺りに響く。声のする方向には、ずらりと並ぶ完全武装の警官たちに、眩しい光を放つ発光器。

 並みの強盗や盗賊なら、その光景に圧倒され両手を上げて、捕まることを選ぶだろう。しかし、ドラフトにとって、こんな状況は日常的なものだった。

 どの盗みの時でもこれだ。お決りの警告に、お決りの出迎え方。面白みがなさ過ぎて溜息が漏れる。


(やれやれ、張り込まれてる気配は感じてたから、期待してたんだがな……)


 ドラフトは、うなだれる様にだらりと腕を下げた。その格好は、警察からは彼が諦めた様に見えた。しかし、その刹那、ドラフトが瞬発的に動き、両手を腰のホルスターに伸ばした。


 ドラフトの不審な動きに反応して、一斉に発砲する警官たち。“犯人の不審な行動には発砲せよ”そう訓練され、本能的に発砲したのだ。

 ドラフトは待っていましたとばかりに、目をギラリと光らせたと思ったら、ホルスターに伸びかけていた手をさっと前方に突き出した。


 次の瞬間、撃たれていたのは、警官たちだった。

 高電圧を発生させる非殺傷性の魔法弾を打ち出した警官たちの方が、痺れて地面に転がっているのである。

 ドラフトの未知の攻撃に、現場は混乱を極めた。いつの間にか発光器も割られて、辺りは闇に包まれた。

 警察が混乱している間に、ドラフトはスモーク弾を炸裂させて煙幕を張った。

 そして、間抜けな奴らと警察たちをあざ笑いながら、煙幕に紛れつつ夜の街へと走り出した。



 ♦   ♦   ♦



 常人を超えるスピードで街を駆け抜ける。ドラフト自慢の脚――何度も追手から逃げ延びてきた走りだ。

 警察のバリケードが見えた。

 きゅっと切り返して、大通りの途中で路地に曲がる。が、曲がった途端にドラフトは足を急に止めた。なぜなら 路地の向こう側に見慣れないものがあったからだ。


「なんだありゃ?」


 思わず声が漏れる。

 機械人形、つまりゴーレムがいるのである。しかし、ゴーレムにしては小さい。人間と同じ位だ。


(なんだ? 警察の新兵器か?)


 ドラフトが訝しんでいると、そのゴーレムが喋った。


「お、大人しく掴まってください!」


 ドラフトが驚く暇もなく、その小さいゴーレムが弾丸を連射してきた。彼はとっさに片手を前に出し、空間を繋げるトンネルを作った。すると、弾丸はそのトンネルの中に一瞬消え、来た軌道と全く同じ軌道で戻って行った。


「うわっ!」


 ゴーレムが、少女の声色で驚きの声を上げた。自分の撃った弾丸がまっすぐ本人に反射されたからだ。

 ドラフトの手袋は、空間トンネルの入り口と出口を同じ位置に繋げることで、こんな芸当もできた。実際、先ほどの警官たちもこの反射によって返り討ちにあったのだった。


 ただ、ロゼッタにはこの反射は意味がなかった。彼女が放った弾丸も警官の物と同じ高電圧弾であったが、絶縁処理を施した彼女には当たってもどうということはない。

 がむしゃらに連射してくるロゼッタに対して、防戦一方になるドラフト。


「おっし、ロゼッタそのまま打ち続けろ!」


 ゴーレムとの対角線、ドラフトの真後ろから男の声がしたと思った瞬間、四方からドラフトに迫る飛来物。ワインボトル程の大きさのそれらは、その声の主――アルレッキーノが仕掛けたトラップだった。

 飛来物の先端が弾け、中から液状のものが飛び出す。その液体は粘着性の高いトリモチであった。さらに追い打ちとばかりに、アルレッキーノが肩に担いだ大砲から捕獲用ネットを撃ち出した。

 前からは、高電圧弾、四方からはトリモチ、後ろからはネット弾。

 アルレッキーノは勝ちを確信した。しかし、それは誤りだったとすぐ悟ることとなった。


「なっ!?」


 アルレッキーノが驚きの声を上げた。

 それはドラフトがその絶体絶命な状況から簡単に抜け出したからだった。彼は、自分の右、路地に建つ建物に向かって空間トンネルを開け、一瞬の隙を突いてそこに滑り込んだのだ。

 そう、トンネルは両手で使えるのである。


「いやあぁ!」


 アルレッキーノの次は、ロゼッタの悲鳴が上がった。

 それもそのはずだった。ドラフトがその場から消えたことで、アルレッキーが放ったネット弾が、トリモチを巻き込みながら、ロゼッタに向けて飛んで行ったのだから。


「……あぁ、ロゼッタ…………ごめん」



 ♦   ♦   ♦ 



 ドラフトは、トンネルを潜って建物の中に入ると再び走り出した。椅子を、机を飛び越え、建物の向こうの壁へと直進する。そして、近づく壁に対してまたトンネルを開き、隣の建物へと入り込むとまた走った。

 こうしてトンネルを開け続け、次々と建物続きに走り抜けてゆく。


 キュッ


 ドラフトの靴底のゴムがキュっと高い音を上げ、持ち主の動きを止めた。

 7軒ほど駆け抜けた先で、ひと際大きな商業施設に出た。

 再び彼の俊足を止めたのは、明かりの消えた商業施設の真中に佇む、この世のものとは思えない程の美しい女性だった。

 近くに飾ってあるマネキン以上に均整のとれて扇情的なボディ、少しウェーブの掛かった豊かな髪、通った鼻筋、大きい瞳。

 女神と見まごうほどの美女が妖艶な微笑みを浮かべ、ドラフトを待っていたのだった。



ゴーレムは大型のロボットみたいな存在です。

ロゼッタは自律型の小型ゴーレムでちょっと特殊です。


前作「地獄の皇太子は2度死ぬ~復活の悪魔と魂の石~」もよろしくお願いいたします。


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