魔獣《マギカ》と迷宮《ダンジョン》の旅
「それで、ピッド様が高貴な精霊様ということはわかったのですが、一体二人は何処で出会ったのですか?」
クレアは俺達の出会いに好奇心がそそられるらしい。魔法の勉強とは直接関係がないが、まぁいいだろう。
「……そうだなぁ。あんまり、覚えていないんだけど、俺が旅をして、聖域の近くを通った頃だったかな?」
「そうそう。マスターがボクの住まいの近くを通ったんだよ。はっきりと思い出した」
俺と同様に回想していたピッドが頷く。
「……えっ、少しお待ちください。メルク様、聖域の近くを通ったのですか?」
クレアは疑問を感じたように顔を顰める。
「うん? そうだけど、何か変か?」
「……おかしいです。間違いなく。聖域の近くと言えば、魔獣が蔓延る危険地帯じゃないですか。あなたはその中を旅していたというのですか?」
クレアは捲くし立てる勢いで俺に迫る。
これは、マズったことを口走ってしまった。後に悔やんでも、もう遅い。
「……そうだが。俺の魔法具は基本的にその魔獣から拝借したものを加工したものだからな」
クレアは言葉を失った。まぁ、それも仕方のないことかもしれないけれど。
フロンティアに安全なところはないとそう言ったのはどこかの吟遊詩人だったか、よく考えればあながち間違っていないように思える。
聖域から東西南北それぞれに存在する大国の四つには特殊な魔除けとやらで、基本的に出くわすことは稀なことではあるが、一歩外界へと足を踏み入れれば話は変わってくる。
——魔獣。
数多の人々がそう呼び、忌み嫌う。それは、それらがあらゆる場所に屯するからである。
それは悪しき精霊の生まれ変わりや精霊達の憤怒の化身と別称で呼ばれているが、精霊と何らかの関わりがあるということ以外は未だ解明されていない謎の存在である。
だが、それらは醜悪な体と暴悪的な力、そして精霊の加護がなければ成しえないであろう強力な魔法を使うこともある、人間に仇為す存在であることには違わない。
実際、魔除けを持たない小国が、魔獣の群れに襲撃され、その粗暴で凶悪な力で街全てを蹂躙し尽くし、地図から一つ国が消えるということも珍しくないほどだ。
詰まるところ、四国以外の外界を旅するということは極めて危険ということであり、クレアはそのことに間違いなく引っかかっているということなのである。
「確か……魔獣の蔓延る外界、特に聖域近辺は、聖域の侵入を防ぐために複雑で過酷な迷宮化がされていると聞きます。そして、その中にはわたくし達の想像が及ばないほどの強力な魔獣が存在するとも聞きます。その中を旅されてきたというのですか?」
クレアは思わず饒舌になっている。よほど驚いているのだろう。
「……まぁ、間違っていない。実際、俺がサン・カレッドに来たのは数日前のことだが、ここに来るまでに俺はその迷宮ってのを通って来たからな。俺に大国間直接移動のお金を払う余裕なんてないから」
自分で言っていても悲しくなってくるが、俺の財布にはお金の余裕はない。
だから、危険でも厳しくても、そうする他ないのだ。
「……そう、だったのですか……。信じられませんが、あの時のメルク様の様子を見ていれば、本当にそうなのでしょうね……」
思わず立ち上がっていたクレアはその臀部をゆるりと椅子に戻す。
「……まぁ、マスターはボクと出会えるくらいには強いってこと。そこのところ、王女さんも忘れちゃダメだよ~」
視界から消えていたがピッドの呑気な声が耳朶に触れる。
視線を向ければ運ばれてきていたサンドイッチ——今回は少し高めのフルーツサンド——を何の許可もなく、むしゃむしゃと口に運んでいる。
大切な糧を、後でシバイておこう。
「はい、胸に留めておきます」
「……クレア、俺らも折角の飯だ。食べておこう」
「……そうですね。こういったものは食べたことがないので、是非いただきましょう。作っていただいた店主様にも悪いですから」
俺が食べられない理由とは全く訳が違うだろう。高額所得者、め。
「とても美味しいです。このクリームの甘みとフルーツの酸味がとても素朴な感じで、何か懐かしさを感じます」
俺はとても高級な気がするのだが、王族の感覚とはどうもかけ離れているらしい。
「それじゃあ、食事しながらだけど、魔法のことについて、もう少し勉強してみようか?」
「……そのことなのですが、わたくしから一つ良いですか?」
フルーツサンドを一つ淑やかに食べきったクレアは、音を立てずに紅茶を一啜りすると、その提案とやらを語る。
「……メルク様の魔法具を見せてはいただけませんか? 魔獣を利用して作っておられるのでしょう? でしたら、何か役に立つかもしれません」
「魔法具ねぇ。まぁ、売り物だからいいか」
俺はテーブルでサンドイッチを貪るピッドの首根っこを強引に摘み上げる。
「……ピッド、あれを頼む」
「ちょっとマスター、まだ食べてるんだけど」
「早く行けっ!」
「もう、精霊使いが荒いなー」
ピッドは惜しそうに顔を歪めて、姿を消す。
「あれ、わたくしにも見えなくなりました。どこへ行かれたのですか?」
「あぁ、俺の荷物保管庫だよ。手で持つのは流石にしんどいから、ピッドしか立ち入れない場所に全て保管してもらっているんだ」
「なるほど。確かにそれは合理的ですね」
クレアは納得しているが、精霊様がいなければ成しえないことなので、あまり合理的とは言えない。
「……マスター、ほ~い」
何もない空間からピッドの声と共に頑強そうなケースが投げられる。
唐突な出来事にクレアは思わず「うわぁ!」と声を出すが、俺はいつも通り、持ち手を掴んで見事にキャッチする。
「これでいいよね~、マスター」
「ああ、大丈夫。助かった」
軽く礼をすると、よほど気に入ったのだろうかフルーツサンドの元へ一直線だ。
その様子をしょうがないと感じながら見送り、ケースの蓋を開ける。
「これがとりあえず『ライトラ』。見たことがあるだろう?」
ケースに詰められた色とりどり、形様々の魔法具各種の中から漁って、一つのものを取り出す。
クレアも覗き見ていただろうと思われる『ライトラ』である。
「はい、少しですが垣間見ていましたので」
クレアはとても興味ありげに『ライトラ』を窺う。
「ここ、押してみ。火が着くから」
「……はい。————本当です! 火が着きました!」
カチリとボタンを押し込めば小さな炎が灯る。
手に収まるとても小さな箱の中にはオリジナルの仕組みで構成された機構があり、ボタン一つで火が着く仕組みだ。
「どうなっているのですか? この『ライトラ』の中は?」
「企業秘密。……まぁ、少しだけ言うとこいつの核、火を灯す芯になるものにはエライスオックスっていう魔獣の血が使われている」
「エライスオックス! それはあの油牛のことですか?」
興奮気味にクレアは返答する。
「そうだ。血肉に良質な油を含んでいるからな、この『ライトラ』にはピッタリなんだよ」
「……いえ、そこではなくて、そのエライスオックスをメルク様が一人で討ったのですよね?」
「まぁ、そうだ」
クレアは目を輝かす。
「それは、凄いことですよ。紛れもなく。エライスオックスと言えば、伯爵の称号を持った相当の実力を持った魔獣ですよ。確か……相応の力を持った兵士が数十人、寄って集って、勝てるかどうか……それくらいの魔獣です」
「そうだったのか。あまり覚えてないけど、そんなにだと思ったんだけどな。さっきの魔獣の記録変えておくべきだと思うぞ」
クレアは目を丸くして驚いた様子だ。
俺はかなり昔のことで記憶が曖昧でそう答えるしかなかったのだが、何か変なことを言っただろうか?
ところで、クレアが言う魔獣の称号、エライスオックスで言えば伯爵だったか、それは所謂魔獣の強さ、ランクを表したものだ。
詳しく言えば、全六段階の強さの階級があり伯爵は上から四番目であり、俺が考えるにはそれほどだと思うのだが、王女様の考えではそうでもないらしい。
なぜ爵位なんてものを魔獣のランクに設定したのか、それはこれを創り出した古人に聞いてみなければわからないが、現代の考古学者の見込みによれば、精霊に関係するそれらにある種の敬意を以って接するためだと推測されている。
「それで、他の魔法具も見たいか?」
「……はい。ぜひお願いします」
クレアの頷きを受けて、俺は様々な魔法具を見せていった。
普段見ることのない魔法具の数々にクレアは何度も瞠目して、声を上げて、それは何度も何度も繰り返された。




