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次の日の事だ。


ザルファーは私と共に、我が国唯一の王子であるシャルディ・ファスト・デ・ランドール殿下に対面していた。

ザルファーを前にしてもシャルディは臆することなどなかった。

さすがに王の血を引く人間だと感心する。


面会は荒れた。

私の予想通りに幼い王子は王都に戻ることを拒んだ。

だが、ザルファーには想像出来なかったのあろう。


「ですが、殿下。これはもう既に決まったことです」

「嫌だ!」


即座に、ザルファーの言葉を拒否する。


「何があろうと御戻り頂きます」

「嫌だと言った」

「明日には陛下がお着きになられます。陛下と一緒に王都へお帰りになって下さい」

「僕はここにいる」

「これは陛下がお決めになったこと、言わば陛下からの命令です」

「そんな事、僕には関係ない。僕は今までいない方がいいと思われてきたんだ。これからもそれでいい」


ザルファーが私を見た。

まさかこんなに拒むとは思ってもいなかったのだろう。

父である陛下の跡を継ぐとなればだ、将来この国が自分のものになる。

それを望む者はいても拒む者はいないと思っていたに違いない。

確かにそうだ、望んでも手に入らない地位なのだから。


シャルディは抵抗を続ける。

無言が続く。

やがて彼は私を見て言う。


「お館様、僕はここに居たいんだ。居てもいいでしょ?」


そんなにもシャルディは、ここに居たいという。

それほどまでに、あの2人は?

シャルディと娘は互いを求めているのか?

子供の約束事だと思っていたが、思いの強さには子供も大人も関係ないのかも知れない。

けれども心を鬼にして私は話しかける。


「殿下、今後その様な名で私を呼ぶのはお止めください。私は陛下の配下の者。なれば殿下の配下でもあります」

「嫌だ。今までそう呼んできた。これからもそうしたい」

「いえ、もう立場が違うのです」


彼は逆らった。


「嫌なものは嫌だ。僕なんかが王都に行ったって何も出来ない、そんな教育を受けてない」


ザルファーは説得を続ける。


「そのような事は今からでも大丈夫です。城にはこの国きっての学者や騎士が大勢いるのです。殿下の為であれば、皆喜んでその知識を捧げましょう。それよりも何よりも、陛下の血を受け継いでいるのは殿下ただお1人。殿下が世継ぎにならずして誰がなるというのですか?」

「きっと、誰かいる」

「殿下…」

「親戚がいるだろう?王になりたい親戚が?」


幼い割りに状況を分析する能力には長けている。

そう言えば昔からだったな。

どんなグループにいても、いつの間にかリーダーになってしまう。

皆がシャルディの言葉を待って、彼の言葉通りに行動する。

あれが器という事だったのか?

ザルファーの言葉が続く。


「確かに、なりたい人間は大勢います」

「なら!」

「なりたい者が王位に就くなど許されません。それでは流れが変わるのです」


確かにザルファーの言う通りだ。

今の陛下になってからバルトン王国は落ち着きを取り戻している。

世継ぎという問題では後手後手に回るが、国内の治安、経済、発展という面では陛下の手腕は評価されてもいい。


「ようやく陛下の為されたことの偉大さが、目に見える形で現れて民が理解を始めたのです。ここで流れが変わるようなことがあれば、取り返しがつきません」

「そのような流れ、僕でなくても作れるだろう?」

「いいえ、殿下でなくてはいけません。その点においては議会も同じ意見です」

「…、」


幼い王子には急に自分の立場が変わってしまった事実を受け入れられないでいる。

結局最後まで彼は同意しなかった。





その日の夜。

いつもならば私の顔を見るなりに飛付いてくる末の娘が、神妙な顔をして私の部屋にやってきた。


「お父様、いい?」

「どうした?」


モジモジしながら私の側にくると小さい声で私に尋ねる。


「シャルは、どこかに行ってしまうの?」


少し迷ったが本当の事をいう事にした。


「そうだ。シャルディは、いや、シャルディ殿下はこの国の世継ぎに決まった。王都へ戻られることになる」

「王都?遠い?」

「遠いな」

「会いに行ける?」

「行けないな」

「いやだ…」


私は娘の頭を撫でた。


「シャルディのことは忘れろ。それが出来ないなら、諦めろ。いいな?」

「だって、…」

「私達とは世界が違うんだよ。確かにシャルディとマリアーヌは王都を追われてきた。この辺境の地に流れて落ちなければならない程に追い詰められていた。もし、それがそのままの状態であったならシャルディはここで暮らせたかもしれない。けれどもだ、状況が変わった。陛下自らが迎えに来られるんだ。堂々と親子の名乗りを上げてシャルディの母の名誉を守って生きる。それがシャルディの道だ」

「でも、会いに行ったって、いいでしょ?」

「駄目だ。世界が違う」


小さな瞳が問いかける。


「どう違うの?」

「どうって、そうだな、お前が王都に行けば傷つくだけだ」

「そんなの、わからないわ」

「ルミーア。子供の気持ちだからと言って軽く見ている訳じゃない。お前がシャルディといたいという気持ち、真剣なんだと思っているぞ?」

「うん」

「だからなんだ。シャルディがこれから向う世界は敵が大勢いる。自分の身を守るために結婚もしなくてはならないし、立ち回らなければならない。お前はそんなシャルディの足手まといになりたいのか?」

「ううん!そんなこと、ないわ。私は一緒にいたいの。今みたいに、一緒にいたいの」

「それは無理になったんだ。いいかいルミーア、世界が違うんだ。諦めろ」


まだ納得できない娘は「それでも、いつか会いに行ってもいい?」と聞く。

幼いのにこの2人は互いの将来を重ねて見ている。


「大人になったら考えなさい、いいね?」





私は、そう答えるのが精一杯だった。





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