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「行ってしまったわ」


妻が寂しそうに言う。


「そうだな」

「止められなかった」

「あの娘はケイトよりも頑固者だった」

「本当に…、家の娘はなんであんなにも…、ううん。やめておく」

「どうした?」

「2人とも自分で幸せを掴もうとしているんだもの。母親として応援したいから」

「アリサ、おまえは素敵な女性だ」

「まぁ!」


ルミーアがベルーガへと船出した後のことだ。

私たちはそんな会話をした。

そして、私はあの時の事を思い出していた。

シャルディ殿下がこの屋敷を去ることになった、あの時のことを。



あれは急な訪問だった。

こんな南の島には似つかわしくない青白な男がやってきた。


「ご無沙汰しております、ランファイネル伯爵」

「私には宰相補佐殿に用がないんだが?」


彼は私の悪態を苦笑いで受け流した。


「おいおい、ランファイネル。少しは私の立場をみてくれよ?」

「ザルファー、」


バルトン王国の宰相補佐がわざわざ辺境の地に足を踏み入れている、それはまずもって無い事だ。

古い友人でもあったザルファーの訪れに嫌な予感を持ってしまっている。


それでも、気心しれた懐かしい友人には遠慮なく話を進める。


「なんの嫌がらせだ?」

「嫌がらせ?これはまた辛辣だ」

「お前が尋ねてくるなんて、嫌な話しか思い浮かばん」

「まぁそう言わないで聞いてくれ」


長年の友にグラスを勧める。

赤いワインが注がれ、ザルファーは喉を潤した。

私達は王都にある学院で共に勉学に励んだ仲間であった。

若かった私達は自分の身分など考えずに時間を過ごしてきた。

あの頃は同じ様に焼けた肌をしていたのに、ザルファーは室内での仕事が多いのだろう。


「そんな青白くなってしまって、体は大丈夫なのか?」


思わず思いやる言葉が出る。


「嬉しいな、こうして友が心配してくれるなんてな。けど、大丈夫だ。もう大体は片付いた。後は俺の友人が育ててくれた王子を呼び戻すだけだよ」


あの時間があったためにこの国の宰相補佐は、辺境の地のしがない伯爵である私のことを信用に足る人物と考えてくれている。

ありがたい、事だ。


「さて、王子はどうだ?息災でいらっしゃるか?」

「どうだろうな、自分の目で確かめろ」

「おいおい、教えてくれてもいいだろう?」

「何言ってるんだ?王妃に城を追い出されてマリアーヌは気苦労から亡くなったのだぞ?どんなに辛かったと思うんだ?それを…」


それ以上は言葉が出なかった。

その雰囲気に呑まれるようにザルファーも静かになる。

しばし沈黙が流れ、ようやく彼が話し出した。


「全てお前が背負い込んでくれた。すまなかった」

「俺に謝るな、マリアーヌに謝れ。最期の最後まで陛下の名を呼んで、残していくシャルディ殿下のことを心配して亡くなったんだぞ?」

「お辛かったであろうな…」

「当り前だ、だいたい城が追い出した王子に、今さら何の用だ?」


ザルファーはようやく肝心な話を始める。


「実は、陛下が船でこちらに向かっている」


絶句だ。

バルトン王国の王が、この辺境の地に?


「陛下が?」


ザルファーは頷いた。


「目的はシャルデイ殿下に会う為」

「自らが?それは、ああ…、決められたのか?」

「ああ、シャルディ殿下をお世継ぎにと決められた」

「王妃が亡くなったとは聞いたが、それでか?」


もし彼女が存命ならば、この様な話は浮上しなかったであろう。

それほどまでに側室とその子を疎んじた。


「そうだろな。王妃の死は惨いものだった。胸に取り付いた黒の腫瘍が脳にも回ったらしく、段々にやつれて幻覚に悩まされ病室という名の牢に隔離されて亡くなった。あれほどの権勢を振るって陛下さえも振り回した女性だったが、哀れなものだった」

「あの方ならば、周りも疲れてしまったのだろう」

「まあ、そうだな…。王妃の周りで我が物顔を振りかざしていたあの一族も、少しは静かになった。お陰で穏やかに物事を進めることが出来るようになったな」


ザルファーが言葉を続けた。


「とにかく、今が時期なんだ。シャルディ様を世継ぎと位置づける、そうすれば国内は落ち着くんだ」

「それは私にも理解できるよ、けどな…」

「王国の為だ。それにだ、ゼファクト聖王国からも関係を強化する為にと婚礼の申し出があるんだ」

「婚礼って、シャルディ殿下のか?」

「ああ、そうだ」


婚姻が国同士の結びつきを強くすることは良くあることである。

ゼファアクト聖王国の成り立ちは古く、遠い過去にはバルトン王国すら領土にしていた時期があった。

今ではその歴史だけが国の誇りであり力なのだ。

ではあるが、その歴史は我が王国にとっても魅力あるものであったのだ。


そんなことは私も理解出来る。


「あの国に似合いの姫がいたのか?」

「ああ、いた。シャルディ殿下の5つ上のクリステル王女だ」

「そうか…、聖王国の王女ならば申し分ない相手だ」

「その通りさ」


杯は重ねられていく。


「もう既に決められた事、そうなんだな?」

「ああそうだ。陛下がお決めになったことだ。変更はありえない」


それでも私は逆らう。

娘の顔が浮かんだからからだ。


「しかし陛下に他の御子が出来ればシャルディ殿下は用無しになるんだろう?陛下は好きな時に側室を持つことができる、その内に…」

「おまえにもわかっているだろう?陛下も若くはない。それに側室はマリアーヌ様以外に持たれなかった。だからだ、かもしれない可能性よりも、シャルディ殿下を王として教育する道を選ばれたんだ」

「…」


娘の泣く顔が浮かぶ。


「陛下の到着は2日後になる。だから明日、先に私がお会いして説得する」

「わかった。その席に私も同席する。いいな?」

「もちろんだ」


決められた事として動き出してしまったのだ。

誰にも止められはしなかった。







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