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船旅も2日目だ。
明日には王都の港サンライズ港に着く。
なのに、ルミーアはまた甲板に出て水平線の向こうを眺めている。
「なにボーっとしてるんだ?」
今日は薄桃色のワンピース姿だ。
スカートの丈が膝下なのが気に入らない。
少し前までは女性が足を出すなんてと言われていたのにな。
今では膝上ギリギリのスカート穿いてケンフリットの授業を受ける奴までいる。
ワザと見せ付けるように俺に見せたりして…、あれは迷惑だ。
「うん?ねぇ、鯨って大きいのかな?」
急に振り向いた緑青の瞳が俺を見た。
まだ慣れてない。
だからときめきを慌てて隠す。
無愛想になるのは仕方がない、だろう?
「あ、ああ、大きいよ」
「見れなかったなぁ、残念だわ」
「まだ1日あるんだ、多分見れるさ」
「そうかな?」
緑青の瞳は心臓に良くない。
なんの不安もなく俺を見る瞳。
そんなに信頼するなよって言いたくなる。
このままケンフリットに行くルミーアを止めたいんだ、本音はさ。
あいつには敵わない事ぐらい分かってるよ。
そんな俺達を船員のおっさんがからかう。
「おい!ネルソン」
「なに?」
「またルミーア嬢ちゃんにチョッカイかけて、お前も懲りないなぁ」
「なんだよ!ルミーアが元気がないから誘っただけだ!」
まったく容赦ない。
けど、おっさん達とは何度か一緒に航海したから気心は知れているんだ。
だからだろう。
俺を応援するようにルミーアにさらっと言ってくれたりする。
「嬢ちゃん、ネルソンはいい奴だぞ?」
ルミーアは満面の笑みで答える。
「うん、知ってるわ」
それ、絶対に意味が違う。
「そうか、知ってるか…」
おっさん達にも伝わったみたいだ。
慌ててルミーアを引っ張った。
これ以上話が拗れないために。
「あっちへいこうぜ」
「うん」
俺達は船内の食堂に行った。
あまり冷えていないオレンジジュースを飲みながら話をした。
悔しいことに、俺とルミーアの思い出話には必ず奴がいる。
「覚えているか、3人で釣りをしたこと?」
「覚えてるわよ。良く行ったもの」
ルミーアは懐かしそうに笑った。
その笑顔が嬉しかった。
時々3人で川遊びをしたんだ。
俺は釣りが得意で自慢で、だから島の川で釣りをした。
だけどあの日は思惑が外れた。
だから俺はルミーアに八つ当たりをした。
「なんだよ、全然釣れてないじゃないか」
頬を膨らませて怒る。
「ネルソンだって、釣れてない」
「あ、ひいてる!」
その日は何故かシャルディの竿にばかり当たりが来た。
「やったー!」
「凄い!シャル、もう10匹目だ!」
「うん!」
俺が師匠格なのに全然釣れないことが悔しかった。
物凄く腹が立った。
「なんだよ!」
悔しくてシャルディを突き飛ばそうとした。
馬鹿だ。
だからあんな目に合うんだ。
俺の手を掻い潜る奴。
「なに、するんだよ!」とシャルディが身をかわしたから俺が川に落ちた。
バッシャーーーン、と大きな水しぶきが上がって俺は川底に足が付かないことを知った。
釣りは得意だが泳ぎが得意ではなかったんだ。
だから怖くなってもがいた。
「たすけてくれ!わぁぷぁ!」
「今行くから!」
シャルディが川に飛び込んで俺を抱えながら岸に辿り着く。
思わずルミーアが手を出した。
「掴まって!」
「ルミーア、無理だ。離れて!」
「けど、シャル」
「ネルソンは大丈夫!上れるだろう?」
パニックが静まった俺はあいつの指示通りになんとか這い上がった。
続いてシャルディが這い上がる。
「急いで帰ろう?ネルソン?」
俺がずぶ濡れなのを心配した奴は俺の手を掴んだ。
けれども俺は素直になんかなれなかった。
ルミーアの目の前で無様な姿を見せたことが、嫌で堪らなかったから。
「いい、俺は、1人で帰る」
「もう!一緒に帰ればいいじゃない?」
「いい!」
そう言って、走って帰った。
無様だな、今では笑い話に出来るまでになったけど…。
今、俺の目の前にいるルミーアは真っ直ぐに俺を見る。
「あの時、どうして1人で帰ったの?一緒に家に来れば良かったのに?」
「五月蝿いな、いいじゃないか」
「せっかくシャルが助けてくれたのよ?なのに、何も言わないままでだったでしょ?」
「言えるか!」
「え?」
大きな声を張り上げた俺にルミーアが驚く。
情けなかった自分をこれ以上見られたくなかったんだよ、と心の中で呟く。
俺はまだ笑い話に出来てなかったな。
小さな声でルミーアは呟いた。
「あの時、シャルは心配していたのに…」
またシャルだ。
それよりも、お前はどうだったんだよ?
少しは…、くそ!
俺の言葉がきつくなる。
「ルミーアはどうだったんだ?」
「え?」
「俺のこと、心配してくれたのか?」
「もちろんよ?」
そう言って俺を見詰める緑青の瞳が、心の中にまで入ってくる。
「ふーん、そうは見えなかったけどな」
「私達、心配してたのに失礼ね!」
私達と来た。
俺の気持ちは、また少し荒れた。
だから勢いに任せてルミーアを責めた。
「ケンフリットに行ってどうするんだ?奴に会って会いたかったと泣くのか?けど王子だもんな、そう簡単に会えるはずないし、いい加減に諦めたら…」
パシっと音がして左頬がヒリヒリと痛み出した。
「それ以上いわないで。私にもわからないの…、会ってくれるのかすらわからないの…。だって、世界が違うんでしょ?生きてる世界が違うって、そういわれたって、好きなのよ…」
涙が零れそうになっている。
ルミーアの中にシャルディは住んでいる。
奴の事を俺の前でも好きって言う。
俺は誰よりもそれを知っていたのに、何してるんだろう。
視線を外して謝った。
「悪かった。俺、イライラしてた」
「…」
ルミーアはそのまま、海を見た。
「いいよ。みんなに言われているから、慣れた。それに、シャルだってそう言って消えたから…」
「あいつもか?」
「うん、私の知らない人間になるから、シャルのことを憎んで欲しいって言われた」
「そうなのか…」
思わずあの時のことを思い出した。
奴が王都へ戻る話は急に決まって急に実行された。
これは俺達の知らない所で始まっていた。
お館様、ルミーアの父親であるデンターム・ランファイネル伯爵が、バルトン王国の宰相補佐に会ってから始まったらしい。
俺たちは知らされてなかった。