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ボォーーーーーーーーオ!




汽笛だ。


いよいよ船が動き出す。

港にはお父様やお母様が見送りに来てくれている。


「ルミーア!体に気をつけるのよ!」

「はーい!」

「しっかり勉強してこい!」

「お父様、お母様!行ってきます!」


見えなくなるまで手を振った。

そんな私をネルソンは隣で見ていてくれる。


「見えなくなったな?」

「うん」

「どうした?もう寂しくなったのか?」

「そうじゃないわ!…、けど…」

「うん?」

「島から出て生活したことがないから不安になってきたの」


不安というよりもちょっと寂しくなった。

悔しいけどネルソンのいう通り。


「心配するな、俺がいるから」


ネルソンの言葉が優しかった。

ちょっと心に染みる。

だから素直に答えた。


「…ありがとう」


彼の鳶色の瞳がはにかむ様に逸れる。

可愛いところもあるんだね?

保護者代理だもの、頼りにするよ?


「保護者代理だもんね、色々と頼りにします!」


ネルソンは水平線を見たままで答えた。


「ああ、任せとけ」

「うん!」



そこへケイト姉様が現れた。

姉様は美人だ。

お母様に似て整った顔立ちだもの。

時々船に乗るからちょっと日焼けしてる。

だけどその少し焼けた肌が健康的で姉様らしい。


白いブラウスに赤いジャケットを羽織り黒のズボン姿。

今日はまるで男にしか見えない出で立ち。


その隣には姉様の最愛の人がいる。

ラッザリオさんは船を操り色々なところに航海しては商売をしているんだ。

今は姉様と一緒に王都ベルーガで何件かの店を出して商売してる。


「ルミーア、船の上はどう?」

「姉様!気持ちいいわ、姉様が時々船に乗る理由が、ちょっとだけ、わかったわ」

「そう?」


ラッザリオさんが、大きな声で聞いてきた。


「ルミーアちゃんも降りたくないって言うかもな?」

「ラッザリオさん、ケンフリットに行きたいから、言わない!」

「そうか、ワハハハ!」


豪快に笑う。

その笑い方が似合っている。


そして、姉様はまた最愛の夫の名前を呼んだ。


「ラッザリオ!出立よ!」


まるで小説の台詞のように姉様が、高らかと声を上げる。


「おう!全員、配置に付け!俺の女神の号令が出たぞ!」

「「「「「「「「「「「おおおお!」」」」」」」」」」」


船が一斉に慌しくなった。

碇が上げられて帆が張られる。

バン!と音がして、帆は風を受ける。

ゆっくりと船が動き出す。


「さぁ!出立だぁ!」


ラッザリオさんのデカイ声が甲板に響き渡る。

船は港を離れて行く、水平線の向こうへと。

私の想いをのせて王都へと。






甲板に立ったまま、私は思い出に浸った。

決して忘れられない思い出に、だ。



それは幼い頃のネルダーの思い出。



あれは何処までも続く緑と風。

いつも見ていた光景。

けれどその日は違った。


子供達の背よりも高い草。

草の中に隠れるようにシャルはたった独りで泣いていた。

風が拭いて草の鳴らす音しかしない。

その中に隠れるように座り込んで、シャルが泣いていた。


シャルが悲しい時は私の心もざわついた。

あの時から、互いの気持ちは一緒だったのかも知れない。

きっと、そう。


茂みの中にシャルの金髪を見つけた。

ホッとしたのを覚えている。


「シャル?」


涙を湛えた深蒼の瞳が私を見上げる。


「ミア、僕、独りになっちゃった…」


そのシャルの瞳は深い悲しみに染まってた。


「独りなんだ…」


この3日前にシャルのお母様が亡くなった。

とても優しくて優雅な女性でシャルの自慢の人だったのに…。


病弱で滅多に出歩くことはなかったけれど、庭に出て散歩するときは私に花の名前を教えてくれた。

お父様の遠縁に当たるから、私と同じ金髪に緑青の瞳の持ち主。

怒ったところなんか見た事がなかった。

側に行くと、とてもいい匂いがした。


マリアーヌ様はお綺麗だった。


私はシャルの隣に腰掛けた。

そこは私の場所だったもの。


マリアーヌ様の葬儀の時、シャルは参列している人達にしっかりと挨拶をしていた。

涙を見せないで凛としていた。


それは立派な姿だってお父様も褒めていた。


でもね、とっても我慢してたんだよ。

だから1人になって泣いたんだ。


私は思わずシャルの背中を撫でた。

まだ、泣き声がする。

滅多に泣かないシャルの声が聞こえる。

だから私は無言で側にいた。


ようやく気持ちが落ち着いたみたいでシャルが喋りだした。


「お母さまはね、王都の父上のところにずっと帰りたかったんだ。どうして帰らないの?って聞いたら、帰れないからって、そういって寂しそうに、するんだ。だから、聞いちゃいけないって、そう、思って…」


言葉は涙で詰まってしまう。

けど、それでも、シャルは話を続る。


「どうして父上は僕たちを手放したのかな?」


その声が切なくて堪らなくて…。

私は思わずシャルの頭を抱え込んだ。

私はシャルを包み込んだ。


「シャル、ないていいんだよ。だって、悲しいときは、がまんしちゃいけないって、バアバがいってた。ミアがそばにいるから、ないてもいいよ?」

「ミア、僕ね、ぼく…、」


それからシャルは泣き続けた。

何も喋らないで、ただ泣いた。

シャルの悲しみは強くて深かった。

だから私は抱きしめるしかできなかった。


ようやくシャルディの涙が収まった頃。


「ミア、もう大丈夫」


そういってくれたんだ。

けど、瞳には涙が残っている。


「無理してない?」

「ミアがいてくれるから、大丈夫」


シャルはそういってくれた。

私達は目の前に立っている木を眺めた。

風の音と木の葉の揺れる音と草の葉が擦れる音。


思わず言葉がでた。


「シャル?」


シャルの瞳は深い蒼。


「なに?」

「あのね、シャルが寂しいんなら、ミアがシャルのお嫁さんになる。いい?」

「ミアが?僕の?」

「うん、そしたら、1人じゃないでしょ?」


シャルの顔が嬉しそうになった。

私も嬉しかった。


「そうだね、そしたら1人じゃない」

「うん、約束するから!」

「いいよ、ミア。僕も約束するよ」


そういってシャルは私のおでこにキスしてくれた。




そう、あの時。


胸がキュンって、した。

ドキドキしたんだ。

シャルの深蒼の瞳、金髪の髪、優しい喋り方。

全部、私の大好きなもの。

大好きなシャルが泣いていたから、ただ一緒にいたいって思った。

私達はずっと一緒にいたかっただけなの。





それだけが願いだったから。





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