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俺の目の前に、ルミーアがいる。
1年振りだ。
少し背が伸びたみたいだな、金髪が日に輝いて綺麗だ。
ルミーアは俺が知ってる女性の中で1番綺麗だ。
別に外見に惚れた訳じゃないけど、ルミーアといると自慢したくなるんだ。
けど、本人には言えない。
梯子を駆け上がってくる真っ直ぐさがルミーアだ。
「ほら!」
俺が引っ張ってやって船の上に上った。
そして、俺を通り越したその先を見ている。
「どうした?」
どうやら水平線を見ているんだな。
今日の風はルミーアの方から俺に向って吹いてくる。
なんだか厄介だ。
「ねぇ?」
ルミーアが俺を見た。
急に見るなよ…。
心の準備が出来ていないんだぞ。
だいたいだな、久し振りに会ったのに、俺には何の感想もないのかよ?
俺は…。
ええい、なんだよ。
ルミーアは迷いもなく俺を見詰める。
緑青色の瞳だ。
吸い込まれそうになるよ。
俺の耳にルミーアの声が届く。
「ケンフリットって、楽しい?」
聞くだけで嬉しくなる声だ。
けど、楽しいってなんだ?
あれ程ケンフリットは厳しいって言ったのに、まったく、こいつは。
「楽しいけど、厳しいって言っただろう?」
「うーん、どうしよう…」
「入学前からそれじゃ先が思いやられるな?」
シュンとするなって。
だいたい勉強は得意じゃなかったくせに、なんでケンフリットに入学してくるんだよ。
俺、訳をわかっているのに認めたくない。
「しっかりしろ?」
俺の肩ほどにあるルミーアの頭をガシガシと撫でてやった。
「あ、ひどい!髪がくちゃくちゃになるじゃない!」
「どうせ、海風でクチャクチャだ」
「そうだけど…」
見上げる瞳が真剣になる。
「ネルソンって、背伸びた?」
「まぁな」
「なんか男の人だ」
いつだって、おまえの前では男なんだけどな。
「当り前だろう?」
「そうだよね…、あ!」
急に走り出した。
まったく落ち着きがないんだ。
子供の時から変わってない。
「待てよ!」
慌てて追いかける。
ルミーアの勿忘草色のワンピースがヒラリと舞った。
その拍子に香りが届く。
春になるとネルダーの大地を埋め尽くすモミアの桃色の花の香り。
いい香りだ、ルミーアの香りがする。
これは俺だけが知っているルミーアのことだ。
「潮風なんかいつものことだろ?大げさなんだよ、ルミーアは…」
ルミーアの隣にいれるだけで嬉しい。
けどだ、そんな素振りは見せない。
「だいたい何を見てるんだよ?海なんて珍しくないだろう?」
やっと隣に立った。
けど、ルミーアは俺のことなど見向きもしないで、ただ水平線を眺めている。
「どうした?」
「ネルソン、」
水平線を指差してルミーアが言葉を続ける。
「あの向こうに、いるよね?」
俺は何も言えなかった。
言いたくなかったんだよ。
どうせ、俺は…。
誰が?なんて聞けるか…。
「そう、だな…」
聞くだけ野暮なんだから。
「うん、そう」
俺が気付いた時には、あの2人はいつも一緒だったんだ。
見ているだけの俺に何ができただろう…。
子供だったんだ。
自分がルミーアを好きだなんて気付いてなかった。
それに、あの頃の周りも彼女と彼が一緒に居ることが当然のように扱っていたからな。
俺は渋々返事を搾り出す。
「ああ、そうだろうな…」
ルミーアは前を見たままで呟いた。
「うん、そう…。王都にいるから」
王都に行けば何かが始まるんだろうか?
王都に行けば何かが変わるんだろうか?
俺は思わずルミーアの肩に手を掛けそうになるのを堪えた。
2週間前の事だ。
学院が休みだから1年振りに地元のネルダーに戻った。
久し振りの母親の料理は美味しかったし、父の元気な姿も嬉しかった。
そんな父からお館様のところへ行くようにと言われた。
「お館様が?」
「ああ、おまえに頼みがあるそうだ」
父はお館様に使えて長い。
ルミーアの父でもあるお館様は俺達にもお優しい。
子供の頃から目を掛けて戴いていた。
早速お館様の屋敷に向った。
歩いて20分程の場所にあるんだ。
「よく来たな?」
お館様は変わっていない。
けど、どこかルミーアに似ている。
「はい、お館様が俺に用事があると父から聞いたのですが?」
「ああ、ルミーアの事をお前に頼もうと思ってな」
びっくりした。
意味がわからない。
「え??」
「あの娘、ケンフリット学院に通うことになった」
「ルミーアが?ケンフリットに?え??」
「驚いただろう?」
それは驚く。
ケンフリットはバルトン王国の核ともいえる学院だ。
簡単には入れない。
試験も厳しい、ってか、いつの間に試験を受けてたんだ?
あいつ、王都に来たのか?
「試験、受けたんですか?」
「そうなんだ。どうせ落ちると思っていたから誰にも言うなと止めてあったんだ」
「受かったんだ…」
「おまえの後輩になる。頼む、ルミーアの面倒を見てやってくれないか?」
「それは、お館様に頼まれれば、もちろんです。けど…」
嬉しい反面、なんとも言えない寂しさが心の中に溢れた。
「お前が思っている通りだ。あの娘はまだ忘れてはいないんだ。だから、シャルディ殿下には会わせたくない」
「しかし、お館様。それは無理…ですよ…」
「だから頼んでいる」
「お館様…」
シャルディはケンフリットにいる。
俺の1つ上だ。
時々見かける、けど、知らん振りをしているんだ。
あいつだって俺と会うのは嫌だろうから…。
俺なんかがあいつって呼んじゃいけなかったな。
あいつはこの国の世継ぎなんだから。
「知っての通りシャルディ殿下には婚約者がいる。そんな元に娘を近寄せたくない」
婚約者どころか愛人もいる。
いや、この場合は愛人よりも側室なんだろな、きっと。
学院で見かけた。
「確かに…」
「それにだ、私はおまえがルミーアの婿になってくれると嬉しいんだよ」
「お、お館様?」
「おまえだって、満更でもないんだろ?」
「い、いえ…、しかし、」
「ハハハ、悪かった。忘れてくれ。だいたいルミーアを諦めさせる方が難しいだろうな」
「そうですね…」
なんだよ、なんか納得できない。
けど、お館様の言う通りなんだ。
俺は自分の気持ちを言ったことがない。
あいつには敵わないからだ。
あいつはここを出て行くと決まってから直ぐに出て行った。
そんな中で、俺はあいつに会って責めてしまった。
どうしてルミーアを置いて出て行くのかって。
奴は涙を見せまいと食いしばってた。
ロクに返事も出来ずにいた。
けど、最後には冷たい顔で言った。
「王子の僕が王都に戻るだけだ。ネルソン、お前には関係ない」
初めて見せる冷めた蒼の瞳だった。
俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。
あれが王になる人間の瞳なんだと府に落ちたからな。
なんで、あいつはルミーアの心を捉えて離さないんだろう。
俺の方がルミーアを守ってやれるのに。