25
やっと寮にたどり着いた。
それも、1人じゃ立てなくて、ネルソンに肩を抱かれて、だ。
迎えに出て来てくれたナターシャが心配してくれる。
「ルミーア様?どうなさいました?お顔の色が良くありませんよ?」
驚いているみたいだ。
そうだよね、驚くよね、私きっと真っ青な顔だもの。
「大丈夫、よ」
私はやっとの思いでそれだけの言葉を搾り出した。
隣のネルソンがちょっと怒る。
「何言ってるんだ、参っているくせに」
「けど…」
「俺に遠慮するな、とにかく、着替えろ。いいな?」
今の私にはこの優しさは危険だと思うよ?
カラカラになってる心に染みていくんだから…。
けど、親切なんだからありがたく受け取ろう。
「うん、ありがとう」
そのままネルソンの肩を借りて部屋へと行った。
入り口でネルソンは出て行った。
私はあの桜色のドレスを脱いだ。
ケルさんが着せてくれたドレスだけど、やっぱりきつかった。
サイズが合わなかったんだ、脱いだら楽になったもの…。
私はマドレーヌみたいにスタイルが良くないから仕方ない。
そういうことにする。
それに、だ。
あんなこと、忘れたい。
あの人たちは変な人達なんだから。
『ネルソン先輩、どなたか存じませんが礼儀を知らない方のようですわね?』
『身の程を知らないと言った方がいいのでは?』
『先輩にしな垂れかかるって、みっともない』
『先輩、こんな田舎者の手に引っかかってはいけませんわよ?』
『やっぱり田舎の方にはメリッサのドレスは荷が重いのですわね、きっと』
『もしかしてサイズが合ってないのでしょうか?そんなに無理してまでネルソン先輩と踊るなんて、ね?』
『怖い方よね、ああ、恐ろしい…』
なんてことを平気でいうような人たちのこと、忘れよう。
着替えてからベットにうつ伏せになってしまった。
部屋から出る気になれなかった。
シャル、ううん、シャルディ殿下のあの姿が頭から離れない。
あの姿を怖いって思ってしまった。
いつも見ていたシャルは笑顔だったから。
思い出は美化されてしまっているんだね、間違いないもの。
そう、あの方は知らない人。
似た様な名前の、知らない人。
けど、ね。
憎めないよ?
私は心の中にいるシャルに文句を言うんだ。
憎めない、んだ。
だって、ずっと好きだったんだもの。
シャルの願いは叶えてあげられないから。
もう私の事を忘れてしまった貴方でも、憎むなんて出来ないから。
急にドアがノックされた。
慌てて起き上がった。
「ルミーア?ミリタスだけど、入ってもいいかしら?」
え?
なんでだろう…。
「ルミーア、1人はつまらないでしょ?」
図星かも知れない。
なんだろう、嫌なことが頭から離れないもの。
「開けてくれるかしら?」
先輩に聞いてもらおう、そう思って慌てた。
脱ぎっぱなしのドレスを隅に寄せてドアを開いた。
「先輩…、」
それ以上言うと私は泣きそうだった。
先輩は優しい笑顔で微笑みかけてくれた。
「さぁ、温かい紅茶を持ってきたわ」
「はい」
テーブルと椅子は1つしかないから、私はベットに腰掛ける。
カップから紅茶の良い香りがする。
「嫌な女達だったでしょう?」
「え?…」
「ネルソンから、嫌がらせされたって聞いたわ。最低の女達ね。嫌いだわ、自分のことも見えてないくせに人を引き吊り降ろそうとするなんてね」
「…、」
「いいのよ、あんな女無視しても」
「ミリタス先輩?」
「何か言われたら、私の名前を出しなさい」
思わず頷いてしまいそうになるんだ。
けど、名前を出したらどうなるんだろうか?
ミリタス先輩って、どんな人なんだろう?
なんか考え込んでしまった。
「どうかした?」
見透かされている。
けど、違う返事する。
「私、ネルソンと喋らない方がいいんでしょうか?」
「どうして?」
「なんだろう、私みたいな田舎者は目立たない方がいいのかなって…」
自虐的だな、我ながら。
「生まれは、どこ?」
「ネルダーです」
「ネルダー?聞いたことがあるわね、えっと、そう、南にある島ね?」
「そうです!」
「素敵なところじゃない?」
「ありがとうございます!本当に良い所なんですよ。子供の頃は川で遊んだりちょっと遠出して丘から海を眺めたり、風が心地よくて、楽しくて…、そう…」
シャルとの想い出がいっぱいあって、何を見てもシャルの顔が浮かんで…。
大好きで、大好きで、会いたいのに、あ、…。
涙が零れる。
会ったんだ。
さっき会ったんだ。
私の事なんか覚えていない人に。
やっと言葉が出る。
「すみません、」
突然泣くなんて変に思われているに違いないわ。
けどミリタス先輩は優しく言ってくれた。
「いいのよ、その気持ちを押し込めてしまうとね、とっても辛いわ。泣きたい時は泣いて良いのよ?」
お母様の言葉と一緒だ。
そうか、泣いていいんだ…。
私、泣いて良いんだ。
涙を拭って答える。
「ありがとうございます、嬉しいです」
「良かったわ、少し元気になったんじゃない?」
「はい。実は、私の母もミリタス先輩と同じことを言ったんです」
「そう?お優しいのね?」
「ええ、いつも心配ばかり掛けてました。ここに来るのにも私の我が侭だったから。私って、我が侭ばかり言って、無理だって言われても、会いたいから、…」
これ以上は言えない。
「…」
また黙ってしまう。
先輩が私の手を握ってくれた。
「ネルダーには貴女とネルソン、その他にもう1人いたのね?」
「…」
「もしかして、その人はケンフリットにいるのかしら?」
鋭すぎて言えない。
私は黙ってしまった、下を向いてしまう。
ミリタス先輩、変に思うよね?
どうしよう…。
けど先輩は優しい。
「ごめんなさい、私ったらずうずうしくって」
「いえ、そんなこと、ないです」
「私ね、ケンフリットが好きなのよ」
「好き?」
「そうよ、ここはいい所だもの。可愛い後輩にも出会えたし、それに、恋人もいるから」
突然の告白に声を出しちゃった。
「わぁ!」
「驚いた?」
「はい、だってそんな大切なこと、私に言ってもいいんでしょうか?」
「いいわよ、だってルミーアは可愛い後輩だもの」
「ありがとうございます!」
ニッコリと微笑む、その笑顔が素敵だ。
「だからね、ルミーア。貴女も恋をしたらいいわ。綺麗になるから」
そうかもしれない、けど、私には関係ない。
どうしたらいいんだろう…。
だって、出来ないものは出来ない。
こんなに長い間、想いを持ち続けたから忘れるなんて出来ない。
心の中のシャルが泣きそうで、出来ない。
せめて、私の中にいるシャルは、想い出のシャルは大切にしたい。
やっぱり、他の恋なんて無理だ。
「先輩…、恋が出来ない時は、どうしたらいいですか?」
「え?」
先輩の握ってくれてる手から温かさが伝わってくる。
だから言えたんだと思う。
「私、人を好きになれないんです」
シャル以外の人との恋は考えたことがないもの。
「ルミーア…」
先輩の眼差しは優しい。
「貴女は、辛い恋をしたのね?」
「…」
「その人のこと、忘れられないのね?」
「…、はい」
「そう、」
言葉を選んでくれる。
「素敵ね。私はまだそんな素敵な恋をしたことがないの。羨ましいわぁ」
「羨ましい、ですか?」
「そう。そんな恋は一生に一度だと思うから」
「一度…、そうでしょうか…、忘れる男の方も、いるかも知れないし」
あ、ミリタス先輩の瞳が光った?
拙い…。
「私が男なら、絶対に忘れないわ。本当よ?」
え?
「先輩…」
「こんなに綺麗な子を忘れるもんですか。もしそんな男がいるならね、いい?」
「はい」
「殴りに行けばいいのよ」
「殴るんですか?」
「そうよ、そんな馬鹿なんか殴ればいいの。誰?一緒に行ってあげる」
「え?」
「誰でも大丈夫よ?私に任せて?名前は?」
「えっと、…」
いいそうになった、それは拙い!
絶対に拙い!
シャルの名前が口から出そうになったけど、慌ててこらえる。
けど、…嬉しい。
「先輩、嬉しいです。なんか、元気になりました」
「そう?殴りに行かなくてもいいの?」
「いいです、だって、いえ、大丈夫です」
先輩が笑った。
「わかったわ、じゃね、居間に下りてくるのよ?ネルソンが心配してるわ」
「はい!」
元気出た。
けど、ミリタス先輩って、何者なんだろうか?
誰でも大丈夫って?




