13
学院は広いから寮まで馬車で荷物を運ぶ。
けど、こんなに広かったら迷子になる。
絶対に、だ。
その自信は、ある。
しばらくすると少し雰囲気が変わる。
なんだろう、ちょっと静かな感じ。
「ここからが学生寮だ」
「うわぁ!沢山あるね」
3階建ての建物が5棟もある。
いったい何人の学生が住んでいるんだろう?
500人位じゃないと思うわ。
「何人くらい住んでるの?」
「そうだな、1000人弱だろうな」
「凄いなぁ、」
ケンフリットで学んでいる学生はおよそ1300人位だって聞いてる。
それが凄い人数だと私は思うけど、どうやら普通みたいだ。
「きっと色んな人がいるんだろうな…」
「色んな人か?」
「そうよ、」
「アイツならいるぞ」
「え?」
思わずネルソンの顔を見た。
「あ、いや、なんでもない」
ネルソンはシャルのことを言った。
だけど、ネルソンはその続きは言わなくて違う話をする。
「俺はこの中に住んでる」
「じゃ、私の寮もここなの?」
「ルミーアは違う。ここじゃないんだ」
「え?」
「寮は3種類に分かれている。この3階建ては家賃が安いから、だから俺みたいな人間が住んでる」
それは貴族じゃない人達が住んでいるってことだと思う。
もちろん貴族の人もいるけれど少ないんだと思うんだ。
もしかしたら男女の区別も厳格じゃないかも知れない。
「ルミーアの入る寮は、この建物の奥になるわ」
「そうなの?」
「ええ、お父様がね、心配なさったのよ」
ありがとう、お父様。
心配してくれて嬉しい。
また違う建物が見えてきた。
それは1戸建ての建物だった。
そんな建物が30件以上ある。
「大切な娘の生活が心配だからね、お父様はこの寮にしたのよ」
「心配って?」
「俺が住んでいる建物は男女も一緒で何百人も一緒な建物に住んでる。そんな処にルミーアを入れる訳にいかないだろう?」
それ、ネルソンが言うんだ?
だって自分が住んでるのに?
まぁ、いいことにしておこう。
「ここは4人しか入れないし男女も分かれている」
「じゃ私が入る寮は女子ばかり?」
「ええ、当然でしょう?」
ようやく馬車が止まる。
どうやらここが私の住む場所になるみたい。
「さぁ、下りて鍵を開けてね?」
ケイト姉様から鍵を貰って、寮の中に入ってみた。
綺麗に掃除が行き届いている玄関に女の人がいた。
地味な服装にエプロンをしてる。
そして、笑顔で話し掛けられた。
「ルミーア・ランファイネル様ですね?」
「はい、そうです」
「お待ちしておりました。私はナターシャと申します。この建物のハウスキーパーです」
ナターシャという女性は、私のお母様よりも少し若い感じの女性だ。
けど、ハウスキーパーってなんだろう?
「日々のお掃除、洗濯、料理はお任せ下さい。後、訪問者の取次ぎもいたしますので」
そういうことみたで、助かる。
まぁ、私みたいに器用じゃない人間が勉強の他に日常の色々をやれといわれても無理なのは分かりきっている。
それに、ここはそれなりの貴族の子女や子息が入る寮みたいだから、ハウスキーパーが常駐しているんだね。
「この奥が居間になっております、どうぞお入り下さい」
居間に通された私はゆっくりと見渡した。
吹き抜けになっていて広くて心地よい。
それから、2階に上がる階段があってドアが4つある。
「4名の方がここでお暮らしになります」
「そうなんだ」
なんだか、楽しそう。
それだけで私はワクワクしてくるんだ。
いよいよ始まるから。
ネルソンが馬車から荷物を運んでくれる。
「すみません、この荷物を彼女の部屋へ運んでもいいですか?」
「はい、ご案内いたします」
その2人の後に付いて私も階段を上がった。
2階にある私の部屋は綺麗に掃除されている。
「わぁー!」
今日からここが私の城なんだ。
家族と離れて暮らす、そんな日々が始まる。
窓を開けた。
目の前に木がある。
なんだか嬉しい。
「ネルソン、見て!大きな木が見えるよ?」
思わず喜ぶ私を見て、苦い顔したネルソンがお小言をいった。
「おい、おまえの部屋なんだぞ?手伝え」
「ごめん」
そうだよね、そうだ。
姉様はナターシャさんと話してる。
私はネルソンが運んでくれる荷物を片付けた。
学院は一つの街だ。
寮があるから生活する為になんでもある。
生活用品や食料品が売っているし、病院や食事する場所もあるんだ。
当然、若者しか生活していないから置いてある物はみんな若者向け。
それってパワーが凄いって思う。
前に向おうとする力に溢れてる街だ。
ようやく片付けが終った。
今日は姉様が泊まるから、私の部屋には仮のベットが用意された。
「終った!ありがとう、ネルソン」
「いいって、気にするなよ。それよりも約束だから夕飯をおごるぞ?」
「やった!楽しみだったのよ?」
「相変わらず、食い意地だけは張ってるな?」
誰だってお腹が空いたらこうなるんだよ!
もう、やっぱりネルソンは意地悪だ。
文句を言おうとする私を無視してケイト姉様に話し掛ける。
「ケイト様、一緒に行きましょう?」
ネルソンはケイト姉様やダニエル兄様には敬語で喋る。
なんか納得してないんだ、私。
「いいのかしら私まで?」
「ええ、もちろんです」
「じゃ、ネルソンに驕ってもらうわね」
「はい。では、案内致します」
堂々のエスコート振り。
私はなんか置いてきぼりみたい。
けど、昔からだから慣れてる。
何度も言う。
ネルソンは意地悪だった。
シャルといた時から、ネルソンは私に優しくなかったんだもの。
保護者代理になったって急には変わらないよね。
ネルソンが連れて行ってくれたのは寮から少し離れたところにあるお店だった。
3件ほどの店が並んでいて、それぞれに違う料理を食べさせてくれるみたい。
その中でもネルソンがお勧めの店に入った。
そこには珍しい食べ物があって、どれも美味しかった。
「どうだ?美味いだろう?」
「うん!凄く!」
美味しいものを食べている私は、きっと満面の笑みだったと思う。
だからネルソンは思わずホッとして言葉を漏らした。
「良かった…」
その言葉を逃さなかったのは姉様だ。
「ネルソン、良かったわね?」
「…、まぁ、そうです」
なんか姉様の言葉は意味深だ。
その時だった。
「ネルソン、戻ったのか?」
ネルソンは顔見知りの男性から声を掛けられた。
「ああ、おまえも早かったな?」
「練習しないとドヤサれるからな。おまえもだろ?」
「まぁそんなとこだ」
少し親しげな会話で、私はネルソンがここの生活に根付いていることを知った。
それは私の知らないネルソンだった。
私は不思議な顔をして見てたに違いない。
その男性がこちらを見るんだ。
ジッと見られて、彼はネルソンに聞く。
「こんな可愛い子、ここにいたか?」
その言葉はザラついて嫌な気持ちにさせた。
なんでだろう?
「新入生だ」
「俺に紹介しろ?」
「嫌だ、お前になんか紹介したらロクなことにならない」
「さては、お前の彼女か?」
「そんなんじゃないよ」
ネルソンが不機嫌になる。
なんだかその空気に私も飲まれそうだ。
「ネルソン、そちらの方は?」
ケイト姉様が尋ねた。
ネルソンが全力で否定する。
「こんな奴、気にしないでください」
「何言ってんだ?あ、俺、リッキー・バルモアです」
「ルミーアです、新入生です」
「そう、ルミーアちゃんって言うんだ。ねぇ、ケンフリットはどう?」
「そうですね、なんか刺激的です」
「刺激的?いいねぇ。じゃ今度さ、俺たちのクラブに遊びにおいでよ?」
初対面だよね、そうだよね?
馴れ馴れしいよね?
「え?」
「だからさ、」
ネルソンが怒った。
「お前、それまでにしろ!」
「どうした?そんなに怒るなよ?」
「いいから、離れろ?」
聞いたこともない声だ。
ネルソンが怒ったのを初めて目にしてる。
「わ、わかったよ。それじゃ、また」
慌てて消えていった。
場が固まったままになる。
「すみません、クラブの奴らは良い奴だけど、女にはだらしない奴が多くて、つい…」
「いいのよ、ネルソン。フットボールの選手といえば花形だもの、女性が放っておかないから気が大きくなるんでしょうね。まぁ、色んな話は聞こえてくるけど、まさか、ネルソン、貴方もかしら?」
「いえ!そんな、無いですよ」
「あら、そうなの?少しぐらいはあっても良いんじゃない?」
「ケイト様、それ以上は、」
ネルソンが姉様に頼み込んでいる。
きっと後ろめたい事があるに違いない…。
「彼女とか、いるんだ?」
「いる筈ないだろう!」
大きな声…。
「怒らなくても、いいじゃない…」
「あ、すまん」
ノンビリした姉様の声に場が動いた。
「さぁ、今夜はこれまでにして。私達は、部屋に戻りましょう?」
私は頷く。
「うん、ねぇ、ネルソン?」
「なんだ?」
「美味しかったよ、ありがとう」
「あ、うん。さっきのこと、気にするな」
「うん」
そう言って格好良く立ち上がった。
「ケイト様、送りますから」
「ありがとう」
エスコート姿も様になってる。
そんな素敵な保護者代理に送られて私達は寮に戻った。