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結局、鯨は見れないみたい。
とっても残念。
だって、見ることが出来れば願いが叶う、そんな気がしてたから。
隣のネルソンを見る。
頬が赤くなっている。
悪いことした。
ちょっとだけど反省する。
私が見ていることに気付いたのか、ネルソンが私を見た。
その鳶色は静かな瞳だった。
たから素直に言葉を掛けた。
「痛い?」
「今頃になって言うのか?」
「だって、」
鳶色の瞳は照れたように私を見る。
けど、口は悪い。
「もう少し、手加減ぐらいしろよな?」
「ごめん…」
また沈黙が続いた。
少しだけどネルソンとの無言の時間にも慣れたみたい。
「あいつ、今頃何してるんだろうな」
ネルソンもシャルの事を考えていたんだ。
それが少し嬉しい。
なんだかんだって、私達は一緒に遊んでたもの。
「そうだね、笑ったりしてるのかな…」
シャルには笑ってて欲しいってそう願っている。
だって、私の中にいるシャルはいつだって笑顔だったもの。
今の生活がどんなものか想像も出来ないけど、シャルの笑顔は素敵だから。
でも、あの日のシャルは違っていた。
あの日はシャルが王都へ戻ってしまった日。
そのとても早い朝のこと。
「ミア?」
寝ている私の耳元でシャルの声がした。
思わず目を開けた。
シャルの顔が直ぐ側にある。
「?」
起こされた私は驚いてしまった。
ずっと一緒に同じ屋敷で暮らしてきたけど、そんな事は初めてだったから。
戸惑って何も言えずにいる私に、シャルも少し戸惑ったみたいだ。
「ミア?起きて?」
その声に私はベットから起き上がった。
やっと言葉が出る。
「どうしたの?」
シャルは答えてくれなかった。
だけど、起き上がった私を抱きしめてくれた。
シャルが私を抱きしめてくれたんだ。
シャルの匂いがする。
とても嬉しかった。
だから私もシャルを抱きしめた。
気が付けば、ようやく空が明るさを増してきた。
どれだけの時間が過ぎたんだろう。
耳元でシャルの声が聞こえた。
「ミア、僕は王都へ行くよ」
ショックだった。
離れて暮らすことがわからなかったから。
私は慌ててシャルの顔を見た。
笑っていない、怒っていない、ただ、静かに私を見てる。
やっと言葉が出た。
「…、決めたの?」
「うん、決めた」
前の晩にお父様に聞かされていたから、私は受け入れるしかなかった。
だからと言って納得は出来なかった。
「行かないで、って言ったらここにいてくれる?」
シャルは私を離すと、あの瞳で優しく見詰める。
「ごめん…」
「いい、でも、きっと、また会えるよね?」
「…」
シャルは何も言わなかった。
「シャル?」
私の頬にシャルの手が触れた。
暖かい手。
「ミアが好きだ」
「私も好き」
自然と2人の唇が触れる。
それが私達の初めての口づけだった。
ただ触れるだけの口づけ。
感触を楽しむこともなく、触れただけの口づけ。
嬉しかったのは私だけじゃない。
今でもそう信じている。
しばらくしてからシャルが言った。
「だけどお願いだ。僕を忘れて欲しい」
「シャルを?」
「うん、僕を」
「出来ないって、そう思う」
「それでも、だよ。でないとミアが苦しむから」
「わからないよ?それに、私の気持ちだけど、私にはどうしようもないの。だって、シャルが好き」
「ミア…」
シャルはもう一度私を抱きしめた。
そして言葉を一気に吐き出したんだ。
「これから僕は君の知らない人間になる。君の事も忘れる。だから、お願いだから、僕のことを憎んで欲しい」
「シャル?意味がわからないよ?」
「わからなくていいから、僕を憎んで欲しい。お願いだよ?」
それだけ言うと、私から離れて部屋を出て行った。
私は追うことも出来ずにそこにいた。
シャルの言っている言葉を理解したくなかったんだと思う。
憎むって意味を。
それっきり、シャルからは連絡もなかった。
シャルディがいなくなって、それでも時間は過ぎて行った。
15歳になった頃、私はケンフリット学院の存在を知ってしまった。
バルトン王国の王都ベルーガに建てられた学院。
歴史は100年以上もある。
当然、入学するにはとても難しい試験がある。
大変だけど学院生は男女も位も関係なく平等に学べる場所。
そこには王子もいる。
胸がときめいた。
みんなに内緒で勉強を頑張った。
ネルソンが入学するって知った時は私も行けるって思った。
どうしても試験を受けたいって言った時、お父様はこういった。
「試験を受けるに相応しい学力を身に付けなさい。今の先生が受けてもいいといえば考えよう」
だから先生にそういってもらえる様に勉強した。
あんなに机に向った時期もなかった。
そしたら受けてもいいと先生が言ってくれたんだ。
先生はお父様を説得してくれた。
渋々受けることを認めたお父様。
けど、こんな事を言った。
「しかたがない、試験を受けておいで。だが、試験を受けることは誰にも言うな?」
「どうして?」
「受かってから言えばいい」
「そうね」
受かる筈がないって本気で思っていたんだ。
そこは、まぁ、私も仕方がないって思う。
宿はケイト姉様の家にしろっても言った。
「ケイトに世話になりなさい。王都のあいつの店なら泊めてくれるだろう」
「はい!」
それもこれも、極力ケンフリットには近づけたくなかったからだと思う。
そして、私は試験に受かってしまったんだ。
お父様は…、頭を抱えていた。
ありえない、と呟いたって聞いた。