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時間跳躍篇 第4章 時間跳躍

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 菊水総隊旗艦ヘリ搭載護衛艦[くらま]の幕僚室で本庄はソファーに腰掛けていた。


 数10年前の警察だったら、警察官が自衛隊の艦艇に乗艦することはほとんどなかった。近年では警察のヘリが護衛艦に着艦したり、艦内で災害時により合同会議を開くこともある。


 しかし、警察官等が乗艦するのは[いずも]型ヘリ搭載護衛艦や[ひゅうが]型ヘリ搭載護衛艦である。


[くらま]に乗艦するのは本庄も初めての経験である。


 本庄も大規模災害の時に、災害派遣された自衛艦に乗艦したことがある。だが、本人としては勘弁してもらいたいところであった。


「コーヒーです」


 青い作業服を着た海上自衛官が本庄の前のテーブルにコーヒーカップを置いた。


「ありがとう」


 本庄はそう言うと、コーヒーカップを持って、一口すすった。


「これはうまいな」


「ありがとうございます。自分はコーヒーが淹れるのはとてもうまいんです。普通のインスタントコーヒーでも淹れ方によれば、普通よりおいしくできます」


「そうか、それは良いことを聞いた。時間があったら、俺も試そう」


 本庄はコーヒーを眺めながら、つぶやいた。


「君は・・・」


 本庄は青い作業服の若い男に顔を向けた。


「見たところ元警察官のようだが、そうか?」


 本庄の言葉に海自隊員は少し驚いた顔をしたが、すぐに理解したようにうなずいた。


「はい、そうです。千葉県警察にいました。さすがは警察のお偉いさんですね」


「なあに、なんとなくそうかな、と思ったよ」


 海自隊員は頭を掻く。


「で、警察にはどのくらいいた?」


「5年です。高校を卒業してから、すぐに入りました」


「そうか。これも何かの縁だ。君の名前を教えてくれないか?」


「はい、早島(はやしま)(たく)()海士長です」


「俺は本庄慈警視監だ」


 2人が雑談していると傍らから声をかけられた。


「ずいぶんと話が盛り上がっているようだな」


 声がした方に顔を向けると、そこには菊水総隊司令官である山縣幹也(やまがたみきや)海将が立っていた。


 本庄は立ち上がり、15度の敬礼をした。


 早島も10度の敬礼をした。


「そのままでいい。かしこまる必要はない」


 山縣が答礼しながら、言った。


「本庄君。もうすぐ日本が見えなくなる。最後のお別れをしなくていいのか?」


「いえ、おかまいなく。私は海を見ると船酔いをするのです。本来なら陸上からタイムスリップしたかったのですが、副司令官である以上、船の上にいなければなりません」


「そうか、君は船に弱いのか?」


「はい、そうです」


 本庄は何も隠さず、正直に言った。ここで嘘をついても何の意味もない。


「それにです。もう2度と日本に帰れない訳ではありません。過去の日本、と言っても、そこは紛れもなく日本です」


「なるほどな」


 山縣はうなずいた。


「山縣司令官」


 本庄が[くらま]の幕僚室を見回しながら、口を開いた。


「30年も使用されているのに、この[くらま]は痛んでないですね。まるで新品みたいです」


「それはそうだろう。我々が毎日綺麗に使うことを心掛けているからな」


 山縣の言葉に本庄は苦笑した。


「警察の独身寮や官舎はそうはいかないですよ。中にはゴキブリ等の害虫が当たり前のようにでるところもありますから」


「だが、警察署は綺麗にしているだろう」


「それはそうですが、やはり痛んでいますよ」


 本庄と山縣はその後しばらく雑談をするのであった。





 タイムスリップの時間が近づき、山縣と本庄は艦橋に上がった。


 本庄は最初、嫌がったが、指揮官クラスの人間がタイムスリップ時に幕僚室にこもっているのはどうかと判断されたからだ。


「司令官、本庄副司令官。艦橋へ!」


[くらま]の先任海曹長が叫んだ。


 艦橋に詰めていた陸海空自衛隊の副司令官、幕僚長、航海科の隊員たちが一斉に振り返る。


 彼らは一斉に挙手の敬礼をした。


 山縣が答礼する。


「作業を続けたまえ」


 山縣がそう言うと、艦橋に詰めている自衛官たちはさっきまでしていたことを再開した。


 本庄は[くらま]の艦橋を見回した。


 青い作業服、紺色の作業服の中に濃い緑色の制服、黒い制服、明るい紺色の制服の陸海空自衛官が混じっていた。


 しかし、艦橋に詰めているのは自衛官だけではない。


 その場では似合わない階級章を付けた制服姿の者たちがいた。


 警察官と消防吏員たちである。


 必然的に本庄の足はそこに向かっていた。


「団長。間もなくですね」


 警察派遣団[陽炎団]副団長の竜島翔警視監が言った。


 竜島は警察庁長官官房長であったが、今回の作戦に自ら副団長に志願してくれた。


「陽炎団は持ち場についたか?」


「はい、現地にいる先任指揮官から、全員配置についているそうです」


 竜島の回答を聞き、本庄はうなずいた。


「水神団の状況は?」


 本庄は消防吏員の制服を着ている男に顔を向けた。


 彼は元東京消防庁の小埜寺嘉六(おのてらかろく)消防司監である。今は[水神団]団長である。


「全隊員。配置についています」


 小埜寺の回答に本庄はうなずいた。


「これだけの規模の自衛隊、警察、消防、海保、技術者たち等が資材や装備と共に消えたら、国内はえらい騒ぎになるだろうな」


 本庄は小声でつぶやいた。


「カバーストーリーは十分にできています。しばらくの間は大丈夫と思います」


 竜島が言った。


「だが、大量の銃火器と弾薬が消えるのだ。マスコミは黙っていないだろうな」


「そうでしょうね」


 本庄の言葉に竜島がうなずいた。


「自衛隊や警察、海保は言い訳できますが、消防の方は怪しまれますよ」


 小埜寺が腕を組んで言った。


「確かにな。東京消防庁の装備欄に大量の拳銃が購入されているからな。いくら極秘裏に進めても、いずれはわかる」


 本庄は、この時代に残る警察官や消防吏員たちの顔を思い浮かべた。それと気の毒感が彼の心境を支配した。


「しかし、いくら戦前の日本だと言っても、我々にも拳銃の所持を許可するなんて、消防庁(総務省)の連中は何を考えているのか?」


 小埜寺が天を仰ぎながら、言った。


「それは仕方ない。我々が過去の日本で何をするのか、それを考えたら、どんな不測の事態が発生するかわからない。現場に出る部隊を丸腰で出動させる訳にはいかない」


 本庄がそう言ったと同時に[くらま]の艦橋にいたダニエルが「それでは始めるぞ」と言った。


 ダニエルは両手を出し、それを叩いた。


 その時、本庄は一瞬だけだが、目眩がした。


「到着した」


 ダニエルがそう言うと、足を崩した。


「おい、大丈夫か?」


 山縣が声をかける。


「ハァ、ハァ、ハァ、さすがにこれだけの数をタイムスリップさせるのはきついなぁ~」


 ダニエルは顔を青くしながら、言った。


「医官を呼べ!」


[くらま]艦長が部下に言う。


 数分後、[くらま]に乗艦している医官が衛生隊員と共に艦橋に上がってきた。


 簡単な診察を受けた後、医官はダニエルに医務室に連れて行くことを指示した。


 担架に乗せられたダニエルはボソリとつぶやいた。


「これ、特別手当と労災は出るのだろうか・・・」





 この後、詳しい検査を受けた後、ダニエルは医官から3ヶ月間の絶対安静を指示された。





 鹿児島沖に集結した海上保安庁の巡視船群は単縦陣を構築し、目的の海域に向かっていた。


 通常海上保安庁の巡視船が艦隊を編成することはほとんどない。しかし、近年では不審船が集団で日本の領海を侵犯したり、海賊船が出没する海域では、集団で民間船舶を襲うこともあり、海上保安庁も海上自衛隊同様に艦隊を臨時に編成することが増えた。


 もちろん、海上保安庁は艦隊とは呼称しない。船隊群と呼称している。


 今回、鹿児島沖に集結した海上保安庁も船隊群を編成して、作戦行動に移るのであった。


 集結した船隊群は、第1船隊群と名付けられている。


 第1船隊群は司令船(旗艦)である巡視船[はつしま]を中心に[しきしま]、[みずほ]、[りゅうきゅう]、[だいせん]、[まつしま]、[わかさ]、[のりくら]、[かいもん]で編成されている。


[はつしま]型巡視船は近年建造された最新型の巡視船だ。重武装化する海賊船に対抗し、かなりの重装備を装備する巡視船だ。基準排水量7000トン、全長151メートルという大型巡視船だ。武装は76ミリ単装速射砲1門と3連装魚雷発射管等を装備する。


 艦載機もこれまで海上保安庁航空隊が運用していたヘリではなく、海上自衛隊から払い下げられたSH-60Jである。


 なぜ、海自のヘリが搭載されているかと言うと、海上保安庁の任務がこれまで以上に多くなったからだ。


 それに今回の任務では海保第1船隊群の任務は重い。


 第1船隊群は菊水総隊の指揮下に入り、大日本帝国の海上の治安維持等を任されている。


「司令。まもなく予定時間です」


[はつしま]船長である新岡政留(にいおかまさる)2等海上保安監が腕時計を見ながら、言った。


「ああ、そうだな」


 第1船隊群司令である渡辺(わたなべ)(まさ)()1等海上保安監・乙は同じく腕時計を確認しながら、うなずいた。


「しかし、司令。この船隊が80年前の日本に行くなんて、自分にはとても信じられません」


 新岡が部下には聞こえない声で涌井に言った。


「そうだろうな。信じられる方がどうかしている。しかし、これは事実なのだ。自衛隊、警察、消防、海保、民間機関の先遣隊は資材と共に消えた。私はこの目でしっかりと見たのだよ」


 渡辺が小声で答える。


「我々が消えた後、政府やお偉方はどうやって隠蔽するのですかね?ちゃんとシナリオはあるんですかね?」


「それはあるだろう。でなければ日本中・・・いや、世界中がパニックになる」


 言った後、渡辺はあることが頭の中に過ぎった。


「もしかすると、ストレートに言うかもしれないぞ」


「ですが、それは」


「わからんぞ。情報というものは隠してもいずれはわかることだ。しかし、最初に事実を言えば、それで終わりだ。第一、これだけの規模の人員、装備、資材が消えたら、それを隠すのは不可能だ」


 渡辺の言葉に新岡はうなずいた。


「確かにそうですね。自衛隊だけではなく、警察、消防、海保は大量の武器弾薬が一変に消滅するのですから・・・」


 新岡は腕を組んだ。


「船長。予定海域に多数のタンカーや貨物船を確認!」


 見張り員が報告する。


「確認しろ!」


「船長。前方の船団から電文です」


 新岡が命じたと同時に通信士が報告した。


「読んでみろ」


「はっ、海保の皆さん、ずいぶんと遅いですね。我々は30分前にはここにいました、です」


「フン、準備のいいことだ」


 渡辺が鼻を鳴らした。


「船長。時間です」


 新岡が報告する。


「無線」


 渡辺が言うと、通信士が無線機の受話器を渡す。


「総員、タイムスリップに備えろ」


 海保ではこれまで1度も出なかった命令が流れる。





 思っていた程の身体の症状はなかった。


 本当にタイムスリップしたのか、疑う程だった。


 渡辺はそう思った。


「見張り員。何か変わったことはないか?」


 渡辺は見張り員に聞いた。


「いえ、確認できる範囲では、先ほどと変わらない海上です」


「そうか、通信士。状況は?」


 渡辺が通信士に問うと、通信士は慌てた様子で報告した。


「海上保安本部との通信が途絶しました!先ほどまで正常にできていましたが・・・」


 通信士からの報告に渡辺と新岡は顔を見合わせた。


 すべて事前に聞いていたことだから、対して驚くことはない。


「ということはタイムスリップに成功したことですね」


 新岡が言った。


「恐らくはな」


 その時、見張り員が報告した。


「船長。後方より船影!」


 見張り員の報告に渡辺と新岡は同時にウィングに出た。


 双眼鏡を覗き、船影を確認する。


「あれは駆逐艦か?」


 渡辺がこちらに向かっている旧式の小型艦を見ながらそうつぶやいた。


「誰か、旧海軍に詳しいものは?」


 新岡が航海士たちに聞いた。


「た、確か、機関科にいました」


「すぐ船橋に呼べ!」


 新岡の指示に航海士補が船内電話に飛びつき、機関室に連絡した。


 数分後、機関科の3等海上保安正の男が船橋に上がって来た。


「あの船が何かわかるか?」


 新岡が双眼鏡を機関科の3等海上保安正に渡す。


「あれは旧海軍の駆逐艦[初春]型ですね。ここは鹿児島沖ですから、佐世保警備戦隊の第21駆逐隊ですね」


 機関科の3等海上保安正の言葉に渡辺が顔を向けた。


「旧海軍の軍艦なら、艦首に菊の紋章があったはずだが?」


「それは巡洋艦以上の軍艦にしかありません。駆逐艦や潜水艦は正式には正規の軍艦ではありませんから、艦首に紋章はありません」


「そうか、確かに旧海軍の駆逐艦に間違いないのか?」


 渡辺は念を押す。


「はい、間違いありません。私は旧海軍の軍艦はすべて頭に入っています。間違えることはありません」


 機関科の3等海上保安正の言葉を渡辺は信じることにした。


 その時、[初春]から発光信号があった。


「船長、司令。目標艦から発光信号です」


 見張り員が報告した。


 渡辺と新岡は双眼鏡を覗く。


[初春]から発光信号が確認できる。


「こちら大日本帝国海軍佐世保警備戦隊第21駆逐隊[初春]、貴隊が未来の日本海軍か?です。司令」


 新岡が発光信号を確認する。


「船長。返信の用意を」


「何と返信しますか?」


「こちら日本国海上保安庁第1船隊群。海軍ではないがほとんどその通りだ、と」


 渡辺がそう言うと、新岡は復唱し、信号員に返答するよう指示した。


「お~、旧海軍の軍艦の本物を見られるとはとても感激です!この任務に志願して良かった!」


 機関科の3等海上保安正は目を輝かせながら、叫んだ。


「3正。旧海軍の軍人たちの知識はあるか?」


 渡辺が機関科の3等海上保安正に問うた。


「はい、学生時代に独学で勉強して、海軍の提督たちの名前は覚えています」


「そうか、なら、しばらくは私の近くにいてもらう。俺は旧海軍の知識はないからな」


 渡辺がそう言うと、機関科の3等海上保安正は嬉しそうに挙手の敬礼をした。


「はい!ぜひ、お供させてください!」


「君の名前は?」


「はい、三浦(みうら)(ゆう)(しん)です。ご指名いただき、アイガトサゲモシタ(ありがとうございました)」


 三浦はあまりにも興奮し、最後は鹿児島弁になった。


 渡辺は苦笑した。

 時間跳躍篇 第4章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

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