番外編 第3章 日常と非日常3
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
4月を迎えてから、日本共和区は騒然となっていた。
3月下旬には、イギリス空軍の戦略爆撃大編隊が南西諸島と九州地方の軍事施設を爆撃し、その日の夜には、アメリカ陸軍航空軍のB-29、B-17の連合爆撃大編隊と、B-25の爆撃編隊が、首都圏空爆と函館と大湊の軍事施設空爆のために日本本土に接近したが、首都圏空襲のために接近した連合爆撃機大編隊はアメリカ海軍、海上自衛隊のイージス艦からの迎撃と破軍集団陸海空自衛隊の迎撃により全滅した。
しかし、それで終わりでは無かった。
ソビエト社会主義共和国連邦軍極東軍が不可侵条約を破り、北海道に上陸しただけでは無く、南東諸島にイギリス軍、オランダ軍、インド帝国軍の3ヶ国軍で統合された連合軍が上陸した。
日本共和区のテレビ放送は民放、国営放送を問わず、通常の番組がすべて中止され、ニュースだけとなった。
植木は新郷の担当看守の仕事が終わり、警備室で死刑囚居住区に設置されている監視カメラ映像を見ていた。
日本共和区では小春由希子区知事が、テロやコマンド攻撃に備えて区全域に戒厳令を布告し、日本共和区での警備と防衛を担当する日本共和区警備隊は治安出動した。
日本共和区の治安を守る警察官、警備官、警備員等も総動員されている。
もちろん、刑務官も例外では無い。
万一にもゲリラ・コマンド攻撃を受けて、刑務所施設に被害が出た場合は受刑者たちの暴動や混乱を迅速に対処しなくてはならず、さらに爆撃機が日本共和区上空に侵入した場合は受刑者たちを地下シェルターに誘導しなくてはならないし、避難民の受け入れも行う事になっている。
備蓄した食糧、飲料水、医薬品の開放や、通報があれば刑務所施設に配置している消防車を出動させて刑務所周辺地区の消火活動も行う。
そのため、植木も他の看守たちも制服では無く、警備服姿だ。
法務局長官命令で、全刑務官は拳銃携帯が命令された。
植木の腰のベルトには黒色の革製ホルスターが付けられ、その中にはM60[ニューナンブ]が収納されている。
ただし、受刑者への配慮とその他の問題の対策のため、M60の回転式弾倉の中には実弾を装填して無い。
弾は弾入れに、収納している。
警備室、刑務官室等の刑務官が職務を行う部屋には、すべてラジオが流されている。
「新世界連合軍連合海軍艦隊総軍旗艦原子力航空母艦[フォレスタル]は駆逐艦、フリゲート、菊水総隊海上自衛隊第2護衛隊群から派遣された護衛艦2隻の護衛下で南東諸島に急行しています」
ラジオから日本共和区ラジオ局の局員が、現場で生中継している。
「すでに南東諸島では大韓市国朱蒙軍海軍第1艦隊と第3艦隊、海兵隊第4旅団がマリアナ諸島で菊水総隊陸上自衛隊水陸機動団1個連隊と海上自衛隊の護衛艦、輸送艦と共同で強襲上陸演習を新世界連合軍連合海兵隊1個海兵遠征隊と連合海軍第2艦隊1個遠征打撃群が参加した状態で演習を行っていましたが、その演習を中止し、南東諸島への増援部隊として作戦行動につきました」
ラジオから流れる男の声は、かなり強い口調だった。
「ついにアメリカを含む連合国軍の反撃が始まりましたね・・・しかし、ソ連まで侵攻してくるとは・・・」
報告書を作成している、警備室の主任看守がつぶやく。
「アメリカはハワイを奪われたし、本土も空襲された。意地にもなる。あの国の工業力、経済力を考えればこの程度の事は可能だろう」
浮下がつぶやいた。
警戒配置の命令を受けているため、刑務官は基本的に現在配置されている場所を移動する事は無い。
仮眠は警備室、刑務官室、待機室に設置されている仮眠室で仮眠をとり、食事はレトルト食品叉は冷凍食品、カップ麺が出されるか、食堂からは握飯と味噌汁が提供される。
ただし、受刑者への食事は普段通り提供されるが、作業場での作業時間は短くされ、常に避難訓練と、緊急時の対応訓練が大幅にとられている。
「訓練!訓練!日本共和区庁より、Jアラート(緊急避難命令)が発令されました。日本共和区に、戦略爆撃機大編隊が接近しています。刑務所内に配置されている刑務官は、規定に従い受刑者たちを地下シェルターに避難誘導してください。これは訓練です」
刑務所内に、訓練開始の放送と警報ブザー音が鳴り響く。
植木はマニュアルに従い、まず、M60に実弾を装填する(装填したつもり)。
4人の看守が、監視カメラ映像を監視しながら無線で指示を出す。
植木と他の看守たちは、別棟の避難経路で自分の持ち場に急行する。
「第1配置完了!」
植木は別棟と地下シェルターに繋がる出入口の担当である。
無線では次々と、配置完了、の無線が聞こえる。
「死刑囚移送開始」
警備室にいる浮下の声が、無線機から聞こえる。
死刑囚の移送を担当するのは、刑務官室に配置されている看守の担当だ。
死刑囚の数はかなり少ないから混乱が無く、スムーズに移送できた。
しかし、他の棟はそうでも無い。
特に収容者が多い棟では、その分時間がかかる。
第1等警備指令室から緊急連絡が入る。
「訓練!第2棟で受刑者2名が逃走した!逃走した受刑者は看守から鍵を奪った。ただちに拘束せよ!これは訓練だ」
今回の訓練では、地下シェルターに受刑者を移送中に受刑者が逃走した事を想定している。
今回は、武器を持っていない事を、想定している。
訓練は、あらゆる事態を想定して行われる。
拳銃や自動小銃の射撃も、実際に行われる。
しかし、この時はペンキ弾が使用される。
暴動も想定されているから、暴徒鎮圧用の盾を持って警備展開する事もある。
ともかく受刑者を刑務所の外に出す事は、戦時中いかなる事態があろうと、防がなくてはならない。
平時でも、受刑者が刑務所を脱獄しただけでも周辺地域に不安と恐怖を与えるのだ。
それが戦時下であれば、さらに危険だ。
警察は自衛隊と共同してゲリラ・コマンドに対する警戒をしているから、1人の脱獄囚が出ても大袈裟すぎる程の捜索が行われる。
住宅街に機関銃を装備した装甲車が走り、脱獄囚を捜索するのだ。
これが、どれ程の不安と恐怖を与えるか、想像するだけでもゾッとする。
そのため、日々の訓練回数はいつも以上に増やされ、刑務官たちは休む時間も無く、脱獄、逃走の防止、受刑者たちを安全に移送する手段を研究する。
「逃走中の受刑者2名は確保した!」
警備指令室から無線で報告される。
「今日の訓練は終了した。訓練評価については1時間後に知らせる。以上だ」
所長の声がした。
訓練終了の合図で、植木は警備室に戻った。
しばらくしてから、食堂から昼食が届けられた。
握飯と味噌汁が自分のデスクの上に置かれる。
紙コップに熱いお茶を淹れて、昼食にとりかかる。
南東諸島と北海道で、激戦を繰り広げている報道がニュース、ラジオ、新聞から毎日伝えられ、特にニュースとラジオ放送は戦局についての報道だけだ。
4月中旬を迎えて、北海道でのソ連との激戦が終結し、投降したソ連兵や投稿命令を拒否したソ連兵による非正規戦が繰り広げられる北海道と、空戦、海戦、陸戦で開戦以来最大の激戦となる南東諸島での戦闘は、すでに開始されてから10日以上も経過している。
刑務所勤務を続ける刑務官たちの中で、疲労等が目立ち始めた。
「西部刑務所で刑務官による受刑者虐待が発覚。刑務官3人が書類送検・・・」
仮眠を終えた植木は警備室で、自分のデスクに座り、新聞を読んでいると、そのような記事が小さく書かれていた。
ニュースになるような話だが、ニュースでもラジオでもそのような報道はまったく無い。
刑務官の不祥事について記載されている記事も細かく目を通さなければ、目にしないような物だった。
戦争についての記事が、ほとんどを占めている。
「何というか、戦争でストレスを抱えるのは、何も戦争に赴く自衛官や軍人だけでは無いのだな・・・」
植木は、つぶやいた。
刑務官は、罪を犯し罪を償う受刑者たちと、刑務所という狭い世界で四六時中顔を合わせるため、かなりの精神的な負担を与える。
刑務所に置いて、刑務官は受刑者たちの監督を行う。
刑務官としての監督権と刑務所の秩序維持が仕事である看守と罪を犯し、閉鎖された空間にいる受刑者たちには対抗する力は無い。
その環境下で、犯罪者に対する差別意識がある刑務官や、自分の周りで犯罪者を悪く言う世間の人々の中で、毎日過ごしていると、やがて理性を失い、暴行や虐待に走ってしまう事もある。
いかに心理的ケア等を改善しても、世間が変わらなければ、どうにもならないのも事実だ。
その時、流されているラジオ放送の内容が突然変わった。
「新しいニュースが入りました!先ほど、日本共和区庁より、千葉県沖360キロメートル海上にて正規航空母艦3隻を基幹とするアメリカ海軍の空母艦隊から150機以上の戦闘機と爆撃機からなる攻撃隊が発艦したとの情報が入りました!日本共和区の上空を飛行する可能性が極めて高く、空襲される可能性もあります!住民の皆さまは警察官、消防官、自衛官等の指示に従ってただちに避難してください!」
ラジオ放送と同時に刑務所内緊急避難警報アラームが鳴り響いた。
刑務所だけでは無い。
外から空襲警報の鳴り響く音が聞こえる。
「360キロメートル!なぜ、そんなに接近させたんだ!」
看守の1人が叫ぶ。
「そんな事は後でいい!とにかく、死刑囚を地下シェルターに移送しろ!」
いつも穏やかな浮下が、珍しく怒号を上げる。
植木はM60をホルスターから取り出し、実弾を装填する。
これは訓練では無い。
本当の本番だ。
本番に平均点はおろか、90点、99点は存在しない。
あるのは100点満点か、0点の2つだ。
日々の訓練がいかにありがたいか、それがわかる。
常に訓練を行っているから、身体に染みついている。
自分が学生時代、避難訓練で避難が完了に予定時間よりも1分遅れたら、予定時間になるまでやり直した。
しかし、刑務官になってからは、そういったあらゆる訓練は何回も行う。
そして身体に染みこませる。
年に1回しか行わない避難訓練は、何もしていないのと同じだ。
あくまでも世間に自分のところはやっていますよ、と説明するための説明用の材料に過ぎない。
もっとも、それができないのも現状だ。
日々の予算や365日の日程も決められている。
その中で、どうにか避難訓練や緊急事態に対応した訓練を行う。
植木が勤務する刑務所は刑務官、刑務職員、受刑者たちが日頃身に付けた訓練の成果と日本人の長所である協力態勢は、今までの訓練では出さなかった程の早さで地下シェルターへの移動が完了した。
植木は刑務所内の警備要員であるため、受刑者と受刑者たちの秩序維持と不測の事態防止のために受刑者と共に地下シェルターに移動した刑務官たちを確認した後、植木は同僚と共に施設の安全管理を含む警備行動を行う。
刑務所施設に爆弾が落ちた場合や、航空機が墜落した際の施設の被害状況の把握と初期消火叉は消防車の誘導とその支援である。
植木は別棟の窓から、外を眺めた。
遠くの地平線は赤く染まり、黒い煙が上がっている。
「あれが空襲・・・」
植木は、生まれて初めて空襲を目撃した。
しかし、煙の規模は、サイパン、グアム、テニアンから飛び立ったB-29の無差別爆撃により、黒煙を上げている地平線先を撮った写真と比べれば、規模は小さい(このような表現は不謹慎ではあるが、一度も実際に爆弾が落ちた地平線先の光景を見た事が無い人が見ればこのような表現になる)。
だが、写真で見るのと実際に目にするのでは、そのような比較は無意味である。
恐らく、アメリカ軍機から空襲されている地域は警察、消防の激戦地だろう。
火災が発生すれば、消防車は爆弾の雨の中でも火災現場に急行し、消火活動を行うだろうし、警察は逃げ遅れた避難民の避難誘導を行う。
日の出前の空襲・・・祖父母から聞いた話から想像した恐怖よりも・・・実際に目にした今の光景がとても恐怖を感じる。
植木は警備室に戻り、次の指示が出るまで、ここで待機する。
浮下が、警備室に設置されているテレビの電源を入れる。
すでに臨時ニュースが始まっていた。
「日本共和区警備隊広報係の発表によりますと、日本共和区上空に侵入した爆撃機と戦闘機は50機である事が判明しました。同警備隊長は高射特科隊による対空誘導弾、通称SAMで迎撃を行いましたが、日本共和区中心街である行政地域が迎撃をすり抜けた爆撃機数機による空襲を受けました」
その時、キャスターの顔が動いた。
「新しい情報が入りました。首都圏の防衛を行っている破軍集団自衛隊は現在、再び東京空襲に飛来したB-29戦略爆撃編隊100機の迎撃を行っている模様です。被害状況に関してはわかりしだいお伝えします」
植木や浮下たち看守たちは、その臨時ニュースの内容に顔を見合わせた。
「ここに50機程度という事は・・・他は首都東京ですか・・・」
「それはそうだろうな・・・」
看守の言葉に主任看守が答える。
「でも、やっぱり、アメリカは虎だった・・・虎の尾を踏んだ以上は、どのような攻撃があるか予想はできない・・・」
浮下がつぶやく。
「今日のニュースはこれで、1日が終わりそうです」
看守の1人が、朝の定時のニュース(4月からずっとニュース番組しかやっていない)の内容を予想する。
「・・・・・・」
植木はテレビから監視カメラの映像を映しているテレビモニターに視線を向ける。
番外編 第3章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますがご了承ください。




