時間跳躍篇 第3章 もう1つの最後の休暇
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
首相官邸。
首相官邸の執務室に入室した警察庁長官揚島と警察庁長官官房長である竜島翔警視監は一礼した。
「失礼します」
揚島は首相である原田辰三はソファーに腰掛けたまま、手を上げた。
執務室には原田と官房長官である馬淵、防衛大臣である正岡の姿があった。
「まあ、かけたまえ」
原田がそう言うと、揚島はソファーに腰掛けた。
「長官。本題に入る前にまだ、ここに来ていない者たちもいるから、少し待ってくれ」
「わかりました」
首相の言葉に揚島はうなずいた。
10分ほど待っていると、執務室のドアからノック音がした。
「失礼します。消防庁長官と総務課長がお越しになりました」
秘書の言葉に原田はうなずいた。
「通せ」
原田の言葉を聞くと、秘書は背広を着た2人の男を入れた。
「遅れました」
消防庁長官が頭を下げた。
「かけてくれ」
原田は空いているソファーを勧める。
消防庁長官と総務課長は空いているソファーに腰を下ろした。
「全員が揃ったところで、本題に入ることにしよう。揚島長官。派遣される警察はどのくらいになった?」
原田が揚島に顔を向け、問うた。
「はい、警察は派遣団の名称を[陽炎団]としました。陽炎団には全国の警察に所属する警務部、総務部、刑事部、組織犯罪対策部、生活安全部、警備部から優秀な警察官を集めて、編成しました。機動隊からは警視庁第4機動隊、第5機動隊、第6機動隊、第7機動隊、特科車輛隊を引き抜き、陽炎団に組み入れます。国家治安維持局に所属する者たちも陽炎団警備部に組み入れます。しかし、警備部とは別に独立した組織として行動させます。さらに特殊部隊若しくはそれに相当する部隊と航空隊を組み入れます」
揚島の説明に原田は少し驚いた。
「そんなに投入するのか?」
原田の問いに竜島が答えた。
「自衛隊が大日本帝国政府に提出した自衛隊が戦争に参加する条件は、我々の予想では軍民からかなりの反発があると思われます。恐らく、70年代にあった学生運動をはるかに超える暴動、反政府活動が予想されます。その事態を解決するにはこのぐらいの規模の投入は仕方ない、と判断します」
竜島の説明に原田は腕を組んだ。
「これだけの警察官が抜けると我が国の治安維持が低下するな・・・」
原田がつぶやいた。
「確かに低下します。しかし、ここまで投入しなければ当時の日本の治安は維持できません」
揚島が言った。
「そうだろうな」
原田は腕を解いて、うなずいた。
すでに自衛隊の派遣戦力は聞かされているため、ある程度の免疫ができていた。
「それで、消防庁長官。消防はどのくらいの規模を派遣することにしたのか?」
原田が消防庁長官に顔を向けた。
消防庁長官は、はい、と言って、説明を始めた。
「消防派遣団は[水神団]と呼称することにしました。水神団は東京消防庁が主力ですが、全国のポンプ隊、救急隊、特別救助隊、航空隊から引き抜き、編成しています。東京消防庁に所属する消防救助機動部隊通称ハイパーレスキュー隊と航空消防救助機動部隊通称エアハイパーレスキュー隊も組み込みます」
「消防もかなりの規模の派遣ですね・・・」
馬淵が言った。
「しかし、日本本土空襲があると想定したら、これぐらいの規模にはなるだろう」
正岡が言った。
「警察庁長官、消防庁長官。派遣される警察官、消防吏員たちは志願制だろうね。強制にはしていないだろうね?」
原田が念を押すように言った。
2人の長官が即答した。
「「それは当然です」」
2人の長官の言葉を聞いて、原田はうなずいた。
「それなら、この計画は実行してくれ」
過去の日本に自衛隊、警察、消防等の先遣隊が送られた頃、元の時代で陽炎団に所属する警察官たちは5日間の休暇が与えられた。
この5日間で、家族と過ごすことが許された。しかし、過去の日本に行くことは極秘である。
休暇初日、森は国家治安維持局が管理する独身寮にいた。
森は数日前に恋人であり同僚である荻宮と太平洋戦争前の日本に派遣されることを知らされた。
大会議室で五十嵐と川口から説明された時、警察官と自衛官たちは顔を見合わせた。
長い沈黙が大会議室を支配したが、国家治安維持局に所属する警察官、自衛官たちは志願することを決めた。
森は自分に与えられている部屋を出ると、エレベーターに乗った。
1階にエレベーターが着くと、独身寮の出入り口に1人の女性が立っていた。
荻宮である。
「ごめん、待った?」
「ううん。私も今、来たところ」
荻宮は首を振った。
「そ、そうか」
「それじゃあ、行きましょう」
荻宮が微笑みながら、言った。
2人はこれから映画館に行くのであった。
「映画館まで、そんな遠くないから歩いていかない?もうこの時代とはお別れだから・・・」
荻宮は辺りを見回しながら、言った。
「そうだな。この時代を拝むには110歳くらいまで長生きしなければならないからな」
「私も貴方もおじいちゃん、おばあちゃんになるからね。そこまで長生きできるかは、わからないからね」
そう言って、森と荻宮は映画館に向かって、足を進めた。
「森君は実家に顔を出すの?」
2人で歩いていると荻宮が声をかけた。
「ああ、明日でも母さんに会いに行こうかと考えている」
「そう、私も明日、神奈川に帰ろうかな、と思っているの」
「これが最後だからな」
「ええ」
森は何だか悲しくなってきた。自分が過去の日本にタイムスリップした後、行方不明と知らされ、泣き崩れる母の顔が過ぎった。
それは荻宮も同じであった。
映画を観終わって、夕食を行きつけのレストランで済ませての帰り道、2人は無言だった。
デートの時にいつも利用していたその場所も、二度と来る事は無いと考えると寂寥感が過ぎる。
「森君、ちょっと・・・」
荻宮が、声をかけて来た。
「何?」
「ちょっと、ここに寄ってくれない?」
荻宮は、外灯の落ちた総合病院を指差す。
「知り合いでも入院しているの?」
「うん、従妹が入院しているの、ちょっと顔を見てこようと思って・・・」
何が言いたいのかわかった森は、頷いた。
「救急外来があるから、救急の入口は開いているよ。行こう」
そう言って、先に歩いていった。
夜の病院は不気味だ。
昼間は、通院患者や関係者で賑わっている(表現は変だが)エントラスも暗く閑散としている。
荻宮が従妹に会いに行っている間、森はエントラスで待つことにした。
いくら恋人でも女性の入院している部屋には入れない。
暗がりで明るい光を放っている、自動販売機でコーヒーを買った。
生憎小銭が無かったので、1000円札と30円を入れてボタンを押す。
ゴトンという音と共に、コーヒーと900円が戻って来た。
少し離れた所に座って飲んでいると、2人の男女が自動販売機の前にやって来た。
最初は夫婦かと思ったが、違う。女性の方は、エントラスの一角にあったコンビニの店員の制服姿だった。
「さっき、1000円を入れてボタンを押したら、金も品物も出てこなかったんだ」
男は威圧的な態度で女性に話しかけている。
「?」
自分も今しがた買ったが、問題なかったが?と森は思った。
店員は、商品の取出し口と、釣銭の返却口を確認した後、男に向き直った。
「大変申し訳ございません。自販機の業者に連絡して確認の上、業者の方からご連絡いたします。お名前とご連絡先をお伺いできますか?」
「連絡は勝手にすればいいだろ。先に金を返せ」
「自販機の管理は業者が行っています。こちらでは、連絡のお取次ぎのみになっていますので・・・」
「立て替えぐらいできるだろう」
男の声が大きくなり、苛立った声音になってきた。
「申し訳ありませんが、その旨はこちらに提示させて頂いていますので、ご理解下さい」
女性の声は、柔らかく落ち着いている。普通なら、これだけ脅迫するように言われれば怯えそうだが見た目に反して肝が据わっているようだ。
(参ったな・・・)
ここで、自分が声をかければ、男の方は引き下がるだろう。どうも、この男は胡散臭い。
しかし、今は休暇中だ。正直面倒事に首を突っ込みたくない。
近くに守衛室があったから、ガードマンに連絡して巡回してもらおうか。そう、思った時だった。
「態度が悪いな、院長に言ってクビにするぞ!!」
完全に脅しだ。
さすがに放ってはおけず、森は立ち上がった。
「申し訳ありません、そう決まっていますので、ご理解下さい」
それでも女性は丁寧に断っている。常識を持ち合わせている人間なら、それで納得するだろうが、相手が悪い。
「このっ!!」
ガッ!!
男は女性を殴りつけた。
「よせ!!」
森は無意識に、男の片腕を掴み、警察学校の授業通りの逮捕術で取り押さえた。
「何だ、お前は!!?警察を呼ぶぞ!!」
「呼んでみろ、暴行の現行犯だ!!」
「態度の悪い、店員に注意しただけだ!!」
「だったら、口で注意しろ!!」
「森君!?」
荻宮の声が聞こえた。
「荻宮さん、警察に通報を」
森が振り返ると、荻宮はすでにスマホを握っていた。
「放せ!コラァ!!」
「黙れ!!」
森が怒鳴る。
「ついでに、自販機詐欺未遂も追加して下さい」
「?」
殴られた店員は、切れた口の端の血を指で拭いながら、男を睨んでいた。
「入れた1000円が返って来ないは嘘です。入れたお金が詰まったら、一目でわかるようになっているんですよ。最近の自販機は、この人よりは利口ですから」
駆け付けた警察官に森は事情を話したが、結局近くの警察署で事情聴取を受ける羽目になった。
その女性の言う通り、調べてみると男の言い分は嘘と証明された。
大した罪にはならないだろうが、小悪党にはお似合いのお粗末な末路だ。
「ごめんね、せっかくの休暇が台無しになっちゃった」
荻宮が謝った。
確かに、せっかくの休暇が台無しになった事は事実だが・・・
大阪府警察本部警備部警備課SAT(特殊急襲部隊)に所属する高荷尚也巡査長は妻と息子、娘がいる官舎で休暇を過ごしていた。
幼い兄妹を寝かしつけた高荷はリビングで太平洋戦争について書かれている資料に目を通していた。
缶ビールを飲みながら、戦史を勉強する。
数日前、高荷の上司は彼を呼び出し、極秘任務について説明した。現在、自衛隊、警察、消防、海上保安庁等で計画されている極秘任務を彼は聞かされた。
(過去の日本に行き、歴史を変える。普通の人間が聞けば、頭がおかしい、としか言えないわな・・・)
その任務について、志願するか、どうかを聞かれた時、高荷は躊躇った。それはそうだろう。2度と元の世界には戻れない。残される家族のことが頭を過ぎった。しかし、彼は志願することを決断した。
より良い未来の為に彼は志願した。
「お前たちは俺を許してはくれないだろうな・・・」
高荷はボソリとつぶやいた。
「誰が許してくれないの?」
傍らから妻の声がした。
「お、起きていたのか?夕海」
高荷は少し驚いて、声がした方に顔を向けた。
「あなたがまだ寝ないから、様子を見に来たの」
高荷は缶ビールを飲もうとしたが、残念なことに中は空っぽだった。
「はい」
すると、妻が缶ビールをテーブルの上に置いた。
「いいのか?」
高荷の言葉に夕海はうなずいた。
「ええ、この休暇が終わったら、大変な仕事があるんでしょう。この休暇中は特別に許してあげる」
夕海は微笑みながら、言った。
「ありがとう」
高荷はそう言って、缶ビールのプルタブを開けた。
「もう、あなたとは会えないのね」
夕海が悲しそうな表情でつぶやいた。
高荷は妻の顔を見た。
「どうして、そう思うんだ?」
「だって、あなたの顔にそう書いてあるのも」
高荷は、こいつにはかなわない、と思った。
「あなたとは、高校1年生の時から付き合いだなもの」
「待て待て、お前と付き合ったのは高校2年生の時だ」
「私は1年の時から、あなたとお話がしたい、と思っていたわ」
夕海はにっこりと笑顔を浮かべた。
「そうだったな。俺とお前が初めて話し合った時にお互いそう言ったな」
高荷も笑顔を浮かべた。
「それで、どんなお仕事なの?」
夕海から笑顔が消えた。
「あなたは私にはいつも話してくれる。SATの隊員になったことも話してくれた。本来なら家族にも話してはならないのに、それでも話してくれた。あなたは私にはいつも本当のことを話してくれる」
高荷は彼女の顔をじっと見た。そして、すべてを話そうと思った。
「夕海。これは超がつくほどの極秘事項だ。外に漏れれば、一生刑務所暮らしだ」
「いいわ。私は絶対に誰にも話さない」
妻の言葉を聞いて、高荷はうなずいた。
「俺たちは過去の日本に派遣されることになった」
彼は何の前触れもなく話した。
「過去の日本?」
夕海は首を傾げた。
「そうだ。過去の日本にタイムスリップして、歴史を変える。より良い未来を創るために」
「・・・・・・」
彼女は言葉を失った。
それはそうだろう、と高荷は思った。こんな話を誰が信じる。
「いつの時代にタイムスリップするの?」
なんと、あっさりと彼女は信じてくれた。
「信じるのか?」
「あなたは嘘をつくような人じゃないわ」
夕海は即答した。
「それでいつの時代にタイムスリップするの?」
妻は尋ねた。
「1940年だ」
その言葉を聞くと、夕海は笑みを浮かべた。
「じゃあ、108歳まであなたが長生きしたら、私に会えるわね」
妻がそう言うと、高荷の手をそっと握った。
「私は待っているから、別の世界で」
休暇の最終日、青島は妻と1人息子と一緒に動物園に行った。
「わーい、わーい。動物園だ」
動物園の門で、5歳になる息子ははしゃいでいた。
「こらこら、健。そんな走ったら、転ぶわよ」
妻の娃が優しい口調で息子を窘める。
「健。そんなに慌てなくても、動物園は逃げたりしない」
青島も微笑みながら、言った。
「ここに来ると、いつも思い出すな」
「え?」
娃が振り返る。
「ここは高校生の時代から、よく来たじゃあないか」
「そうね。辰巳が告白してから、初めて来たデートがここだったわ。もう10年以上になるかしら」
娃が目を細める。
「早いものだな」
青島がつぶやくと、息子が大きく手を振った。
「お父さん、お母さん!早く、早く」
2人は顔を見合わせて、笑った。
そして、息子と一緒に門をくぐった。
3人は園内を一回りした。
相変わらず息子は色んな動物たちを見て、はしゃいだ。とても楽しいそうに・・・
動物園内にあるレストランで昼食をとっていると、息子が突然、青島におねだりをした。
「お父さん!帰りに玩具を買って、今日がお休みの最後なんでしょう」
「ああ、いいよ。お父さんはいつも忙しいから、今日は何でも買ってあげるよ」
「わーい」
息子は幸せそうな笑みを浮かべた。
妻も「よかったわね」と言って、とても楽しそうな笑みを浮かべた。
青島は2人の顔を交合に見ながら、心中で詫びた。
(ごめんな、娃、健。お父さんと一緒に暮らせるのは今日で最後だ。でも、お父さんは決してお前たちのことは忘れない)
青島は店員にコーヒーを注文した。
最後の休暇であり、家族と最後の交流を青島は楽しんだのである。
2人に心配をかけないように青島はこぼれそうになる涙を必死に止めるのであった。
時間跳躍篇 第3章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。