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時間跳躍篇 第1章 警察官と消防吏員

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 森樹巡査部長は自分のデスクで、書類整理をしていた。


 これまで逮捕した被疑者の情報や監視対象である容疑者の情報を1つ1つチェックしていた。


 彼が所属しているのは、警察庁国家治安維持局である。


 防衛省と警察庁が共同で組織した秘密機関。ベースとなった組織はフランスの国土監視局と対外治安総局である。


 国家治安維持局の存在は秘密機関であるため、当然ながら極秘となっている。国民だけではなく、警察機関、国家公安委員会、防衛省、政府にもその存在は知られていない。一部の警察庁職員、防衛省職員、自衛隊の幕僚、議員、総理、閣僚しか知らない。


 国家治安維持局に所属している警察官は表向きの身分は警視庁公安部ということになっている。


 所属する警察官は公安警察官出身者が多いが、色々な分野の警察官が集められている。森は警視庁捜査1課の刑事だった。


「ふぅ~」


 書類整理を終えた森は背伸びをした。


「終わった?」


 隣から声をかけられた。


 森は隣に顔を向けた。


「やっと終わったよ。書類は全国から来るから目を通すだけでも大変だ」


「この仕事は大変だからね」


 同僚の荻宮(おぎみや)佳織(かおり)巡査部長が微笑みながら、言った。


 彼女は神奈川県警察の刑事部捜査1課に所属していた。


 同じ年で、同じ時期に警察学校を卒業し、昇進も同じであるこのため2人の仲はとてもいいものである。


 世で言う、恋人、である。


新谷(しんたに)。書類は全部見たか?」


「は、はい。宮島警部」


 森が話しかけた上司に答えた。


 なぜ、森が新谷と呼ばれたかと言うと、国家治安維持局では本名を名乗ることはできない。偽名が与えられるのだ。しかし、国家治安維持局がある建物内では同僚同士で本名で呼び合うこともある。


 おほん、上司である宮島(みやじま)(かつ)(よし)警部が咳払いをした。


「あ、失礼しました。笹川(ささがわ)さん」


 慌てて森は彼の偽名を呼んだ。


「それでいい。俺の本名を呼んでいいのは飲み屋にいる時だ」


 笹川こと宮島はコーヒーをすすった。


「いいか、ここに上がってきている情報は我々がマークしている連中だ。後で花木(はなき)(荻宮の偽名)と一緒に書類をまとめておけ、会議で使うからな」


「はい、わかりました」


 森から返答を聞くと、宮島はコーヒーを飲み干した。


「どこか、行くんですか?」


 荻宮が尋ねた。


「トイレだ」


「笹川さん。煙草はほどほどにしてくださいよ」


 森が言った。


 笹川が、トイレに行く、と言ったら、大抵は煙草を吸いに行くのだ。ちなみに彼は喫煙室で煙草を吸うことは滅多にない。


「俺はヘビースモーカーだ。ほどほどにしてください、と言われて、はい、わかった、と言う訳がないだろう」


 そう言い残し、笹川はトイレに向かった。


「さて、荻宮さん。書類をまとめよう」


「ええ」


 荻宮がうなずくと、書類の山を持って、パソコンのキーボードを叩いた。


 森も自分の書類を見ながら、パソコンのキーボードを叩いていく。


 身体が慣れてしまったから、デスクワークはまったく苦しくない。刑事時代からそうだ。刑事と言っても、常に現場をうろうろしている訳ではないもちろんデスクワークもある。


 国家治安維持局に配属されてからもそれは変わらない。もちろん、現場をうろつくこともあるが、書類整理も立派な仕事だ。


 この職についてからすでに3年。ある程度はこの仕事に慣れてきた。





 仕事を終えた森と荻宮は定時になって、帰宅の準備をした。


「森君。どこかで一緒に食事をしない?」


 荻宮が森に食事に誘った。


「そうだね。予定もないから、いいよ」


 森はすぐに承諾した。


「じゃあ、行きましょう」


 荻宮の言葉に森はうなずいた。


「では、お先に失礼します」


「失礼します」


 森と荻宮はまだ仕事をしている同僚や上司に言った。


「お疲れさん」


 宮島が書類に目を通しながら、言った。


 ドアを開け、2人で廊下を歩いていると、前方から背広の男たちと顔を合わせた。


「新谷、花木。帰宅するのかね?」


 長身の壮年の男が笑みを浮かべながら言った。


五十嵐(いがらし)1佐、川口(かわぐち)警視正。お疲れさまです。仕事が終わったのでこれから帰宅するところです」


 森と荻宮は敬礼した。


 五十嵐と呼ばれた長身の男は国家治安維持局の局長であり、同局に所属している自衛官たちの指揮官である。


 エリート自衛官であり、防衛大学校、幹部候補生学校を首席で卒業している。幹部レンジャー課程、警察大学を優秀な成績で出ている。


 噂によるとアメリカ軍で諜報員としての訓練を積んでいるという話だ。


 同じ防衛大学校出身であるから、森とはとても仲がいい。国家治安維持局に配属されてから何かと気にかけてくれる。


 彼の隣に立っている川口という男は、国家治安維持局の副局長であり、同局に所属している警察官たちの指揮官である。


 エリート警察官であり、公安警察官である彼は絵に描いたような警察官僚である。


「これから2人でデートでもするのか?」


 川口が顔には似合わない笑みを浮かべた。


 その笑みは2人をからかっているように見える。


「え、は、はい」


 森は顔を赤くしながら、うなずいた。


「はははは、それはいい事だ。しっかり気分転換して、明日も頑張ってくれ」


 五十嵐が豪快に笑いながら、言った。


「その通りだ。どんな状況でも憩いの時間は必要だ」


 川口がうんうんとうなずきながら、言った。


「副局長。2人の時間を邪魔してはいけない。2人を解放しよう」


「そうだな」


 川口がうなずいた。


「それではお2人さん、楽しい時間を」


 五十嵐が2人の肩を叩いて、歩き出した。


「あの2人って、いいコンビだと思わない?」


 荻宮が局長たちの後ろ姿を見ながら、言った。


「ああ、警察と自衛隊だけど、あの2人を見ていると組織の壁なんてまったく感じない」


 森の言葉に荻宮はうなずいた。


「さあ、行こう」


 荻宮が笑みを浮かべて言った。


 2人は再び歩き出した。





 森と荻宮の視線を感じながら五十嵐と川口は廊下を進んでいた。


「この時代にいられるのも、後わずかだな」


 五十嵐が口を開いた。


「そうだな。どれだけの者が志願してくれるか・・・」


 川口は頭を悩めているように言った。


「川口警視正。本当に志願するのか?」


「自分の意思は変わらん。俺には妻子はいないからな家の心配をする必要もない」


「そうか」


 五十嵐は短く答えた。


「五十嵐1佐。貴方は本当に志願するのか?奥さんと1人息子を残して」


「それは俺だけではない。志願した多くの自衛官もそうだ」


「そうだな。それは自衛隊だけではない。警察官も同じか・・・」


 その後、2人は何も話さず廊下を進んでいた。





 沖縄県某所。


 24時間前、沖縄県で大きな地震が発生した。


 沖縄本島は壊滅的打撃を受けた。


 地震の直後、沖縄県知事は政府に自衛隊の出動と緊急消防援助隊の応援を要請した。


 過去の震災の経験から、内閣総理大臣である原田(はらだ)(しん)(ぞう)の判断は早かった。


 東京消防庁消防救助機動部隊(通称ハイパーレスキュー隊)は救助資材と共に被災地である沖縄本島に出動した。





「声が聞こえるぞ!」


 消防救助機動部隊(ハイパーレスキュー隊)機動救助隊に所属する青島(あおしま)辰巳(たつみ)消防副士長は倒壊した家の屋根の上で叫んだ。


 すぐさま同僚たちが駆け寄り高度救助資材を持って、声のした方に向ける。


「この真下だ!2人いるぞ!」


 同僚であり友人である杉岡宗(すぎおかしゅう)消防副士長が叫んだ。


「よし!瓦礫を撤去するぞ!」


 分隊長の消防士長が指示を出す。


 青島たちは屋根を撤去していく。


 古い木造の家であるこの家は見ただけで倒壊しても仕方ないように見える。


 青島は瓦や板を撤去しながら、心の中で思った。


(なんで耐震補強をしなかったのかな?こんな家じゃあ倒壊するのも当然だと思わなかったのかな・・・)


 同じ日本であっても、地震の多発する地域とそうでない地域とでは人々の危機意識が違うのは仕方無いのかもしれないが。


 瓦と板を撤去すると、中から赤ん坊の泣き声をはっきりと聞こえてきた。


「大丈夫ですか?」


 中に侵入した青島は声をかけた。


 赤ん坊はすぐに見つかった。それと・・・


(なんてこった・・・)


 赤ん坊を守るように1人の女性の無残な姿があった。


 家の骨組みに身体を潰され、口から大量の血と内臓を吐き出していた。


 青島は赤ん坊を取り上げ、外に出た。


 母親も出してやりたいが、家の骨組みによってしっかり固定されているから、道具を使ってもかなりの時間がかかる。


 今は赤ん坊を外に出すのが先だ。


「1名、確保!」


 青島が叫んだ。


 それを見たハイパーレスキューの隊員たちは、無事で良かった、という顔をした。


(りゅう)!」


 青島が赤ん坊を抱いて、外に出ると1人の青年が泣きながら駆け寄った。


「琉!あ~、良かった」


 この赤ん坊の父親のようだ。


「どうぞ、見た感じ外傷は確認できませんが、病院に連れて行ってください」


 青島は20代後半の青年に赤ん坊を渡した。


「ありがとうございます、ありがとうございます」


 青年は何度も頭を下げた。


「あの妻は?」


 青年は青島に尋ねた。


「・・・・・・」


 青島は沈んだ表情を浮かべて、静かに首を振った。


「申し訳ございません。私が侵入した時には・・・」


「そ、そうですか」


 青年は静かに言うと、崩れ落ちた。


「・・・・・・」


 青島は無言で彼の姿を見た。


 他の隊員たちも同じ表情であった。


「さあ、お父さん。早く赤ちゃんを病院へ」


 消防士長が青年の肩に手を置いて、言った。


「はい、そうですね」


 青年は赤ん坊を抱いたまま、立ち上がった。


「消防士さん。ありがとうございました」


 そう言って青年は頭を下げた。


 青年は駆け出し、救急隊員の元へ駆け出した。


「彼は物分かりがいい人だな」


 青島は上司に振り返った。


「物分かりがいいとは?」


「中には、なぜ、妻を救ってくれないんだ、とか言う者もいる。手遅れだということを認めたくない者もいるんだ」


「・・・・・・」


 青島は青年が消えた方に振り返った。


「状況によれば、そう言われる方がいい時もあると思います」


「まあな」


 青島の言葉に消防士長はうなずいた。





 本日の救助活動を終え、沖縄に派遣された緊急消防援助隊(ハイパーレスキュー隊や各地のレスキュー隊を混成した部隊)は本部に戻った。


 青島と杉岡が所属する小隊は整列し、小隊長である玉宮(たまみや)(わたる)消防司令補からの訓示を待っていた。


「敬礼!」


 副隊長からの号令で隊員たちは挙手の敬礼をした。


 玉宮が答礼する。


「直れ!」


 副隊長が叫ぶ。


 玉宮は小隊に所属する隊員たちを見回す。


「よくやってくれた。君たちの活躍によって、3人の人命が救われた。震災発生から24時間が経過した。後48時間以内に要救助者を救出しなければ、要救助者の生命は絶望的なものだ」


 そこまで言うと、玉宮はいったん止めた。


 そして、再び小隊員たちの顔を見た。


「明日の朝から救助活動が再開される。今日はゆっくりと休み、明日に備えてくれ。以上だ」


「敬礼!」


 副隊長が叫ぶ。


 小隊員たちが挙手の敬礼をする。


 玉宮は答礼する。


「直れ!解散!」


 副隊長の号令で、小隊員たちは肩の力を抜いた。


「青島。終わったな」


 杉岡が肩を叩いた。


「ああ、今日はこれで終わりだ」


「明日から辛くなるな・・・」


 杉岡の言葉に青島はうなずく。


「さあ、明日も早いんだ。今日は早めに休もう」


「その前に水を飲もう」


 青島は飲み水を積んでいる給水所に足を進めた。


 すると1人の隊員が不満顔で立っていた。


「あいつは確か・・・」


 青島が立っている隊員の名前を思い出そうと記憶を探っていると、杉岡が口を開いた。


「あいつは東眞(あずま)だ」


 杉岡に言われて青島は思い出した。


 今年ハイパーレスキュー隊員になった新人隊員だ。


 青島は新人隊員のもとへ足を進めた。


「どうした?」


 声をかけられるとは思わなかったのか、青島が声をかけると東眞は驚いた表情で顔を向けた。


「は、はい、何でしょうか?」


「随分と不満があるような表情をしていたが、どうした?」


「顔に出ていましたか、すいません」


 東眞は頭を下げた。


「別に責めている訳ではない」


 杉岡が言った。


「何か思うところがあるのか?遠慮なく話していいぞ」


 青島は穏やかな表情を浮かべながら、言った。


「しかし・・・」


「俺たちは先輩であり、同じ階級だ。同僚が悩んでいるのにそれを無視する訳にはいかないだろう」


 青島の言葉に東眞は少し躊躇った表情で口を開いた。


「上司には言いませんか?」


 青島と杉岡がうなずいた。


「自分は思うんです。被災地にはまだ助けを求める人がいるのに我々の都合で救助活動を明日にするなんて僕には納得できないんです。前にいたレスキュー隊でもそうですが、危険だから一時救助を中止するなんて・・・」


「確かに君の言うことはもっともな意見だ。しかし、無理をしても意味はないだろう」


 青島が答える。


「ですが・・・」


「東眞。我々も人間だ。休まなければ倒れる。倒れるということはレスキュー隊員が減るということだ。それはつまり救助活動に支障をきたすという事だ」


 杉岡の言葉に東眞は反論する。


「それなら、本部なりどこなりから応援を呼べばいいじゃないですか」


「そんなことをすれば他の場所での救助活動に支障をきたすではないか。俺たちレスキュー隊員は簡単にはできない厳しい訓練に耐え抜いた者がなれるのだ。俺たちが過労で死ねば誰が人命救助する」


 青島の言葉に東眞は納得できない表情をしたが、口には出さなかった。





 本部となっている部屋に入った玉宮は中隊長に敬礼した。


「ご苦労だった」


 中隊長が労う。


「緊急の用事があると聞いてきましたが」


 玉宮が言うと、中隊長はパイプ椅子から立ち上がった。


「消防総監から新たなる指示が届いた。我々は明日、東京に戻る」


 中隊長の言葉に玉宮は驚いた。


「しかし、沖縄での救助活動も終わっていないんですよ。どういうことですか?」


「俺も詳しいことは聞いていない。東京に戻ったら詳細を説明するそうだ」


「・・・・・・」


 玉宮は何も言わなかった。消防吏員は公務員である。つまり上からの命令は絶対だ。例え、理不尽な命令であっても・・・


 中隊長もそんな玉宮の心境を理解している。


「ただ、妙な噂は聞いている。自衛隊がかなりの規模での派兵準備をしているらしいというな」


「中国ですか?」


「そこまでは知らないが、そうだろう」


 国会で、野党が反対しているとはいえ、東アジア情勢は連日ニュースで流れているから国民は皆知っている。


 どこかの週刊誌が、防衛省が武器弾薬をアメリカから大量に購入しているという記事を掲載していたが、国民はまあそうだろうという感じで無関心であった。


 自衛隊の平和維持軍への参加は、時期が早いか遅いかだけで、政府ではほぼ決定事項であろう。


 それが、世論で多数の意見を占めていた。


「俺たちには、関係ない事だがな。彼らの戦場は対人、俺たちの戦場は炎と災害だ。銃弾やミサイルは飛んでこないが、毎日のように起こる火災や事故、そして災害から人々を守り、救出するのが俺たちの戦争だ」





 今の彼らは想像もしていなかったが、奇妙な運命の糸に絡めとられるように、彼らもある極秘命令を受ける事になる。

 時間跳躍篇 第1章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

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