昭和事変篇 第14章 離島奪還作戦 3
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
厚木飛行場の格納庫前に8名のSAT隊員が整列していた。
森と荻宮の2人は緊張した顔で彼らの前に立った。
これまでSATの隊員の前に出て、色々と説明したことはある。しかし、2人の傍らには必ず宮島の姿があった。彼がいるから、緊張することなく、普通に状況説明を行うことができた。
だが、今回は宮島の姿はない。宮島は報告の為にヘリ搭載護衛艦[ひゅうが]に向かった。
森はSATの隊員たちの正面に立った時、彼らの強い眼差しで言葉が詰まりそうなった。
しかし、勇気を振り絞って、口を開いた。
隣に信頼できる同僚であり、恋人である荻宮がいるから森は勇気を出すことができた。
「皆さん。南方作戦での極秘作戦を控えている時に召集して申し訳ありません」
森は頭を下げた。
彼ら8名のSAT隊員たちは、当初予定されていた作戦を変更した、第2護衛隊群より要請を受け、フィリピンで行われる極秘作戦に投入される精鋭の隊員たちだ。
頭を上げると森は説明を続けた。
「なぜ、招集されたかは上司の方から説明があったでしょう。本日の夜明け前にY島が独立を反対する一部の朝鮮人の武装勢力の襲撃を受け、占拠されました。ある筋の情報と我々が収集した情報によりますとアメリカ陸軍と海兵隊の混成コマンド部隊が同島に上陸し、大量の武器や弾薬を武装グループに渡したそうです。現在、自衛隊と陸海軍は島の奪還と人質の救出のための作戦を検討しています。しかし、あくまでもこれはテロリストによる攻撃です。よって、管轄は我々警察にあります。皆さんには自衛隊の特殊部隊と共にHALOをしてもらいます」
森が説明すると荻宮がSATの隊員1人1人に資料を配った。
「お配りしていますのは偵察機から撮影された航空写真で作成された地図に敵の配置と人質の位置を記したものです。これから、宮古島に向かうまでに資料に目を通しておいてください」
荻宮も笑みを浮かべながら、言った。
「では、作戦準備に入ってください」
森が言うとSATの隊員たちは一斉に装備を点検した。
HALO用の装備を点検する。
彼らが持つ特殊銃もM4A1ではなくMP5F等ではない。MP7である。
「よし、装備の点検をした者から、輸送機に搭乗しろ!」
指揮官の号令が響く。
森は輸送機に駆け出すSAT隊員たちの背中を見送るのだった。
(SATが、HALO降下ができるようになって、初の実戦。この作戦結果で我々警察も離島奪還ができることを実証できる)
森は心中でつぶやいた。
なぜ、SATに空挺降下の資格が必要になったかと言うと、自衛隊が立案した離島奪還には大きな欠陥があったからだ。
それは、自衛隊が出動できるのは敵対国の軍隊が日本の領土である離島に上陸し、占領した場合のみに出動できる。しかし、ただの武装グループ・・・つまりテロリストが離島を占拠した場合はすぐに自衛隊は出動できない。
場合によっては政治的問題や国際的問題からまったく出動できない場合もある。この時、出動するのが警察と海上保安庁だ。
しかし、どちらも離島奪還の訓練等したことがない。そこで警察庁と海上保安庁は離島奪還に必要な技術取得のため、陸上自衛隊やアメリカ海兵隊の特殊部隊等に隊員を派遣し、技術を取得させた。
その後、日本に戻り、SATとSSTは共同の作戦会議を開き、離島奪還作戦(自衛隊の離島奪還作戦とは異なり、テロリストの逮捕と人質救出を目的にした)をまとめた。
警察庁と海上保安庁の考えではこの技術を取得した隊員たちだけで編成した離島奪還部隊を創設するつもりだったと言う。
緊急配備が命令されてから、半日が経過しようとしていた。
Y島飛行場の警備小隊長である白川は自分の部下たちに交代で食事をとるように指示した。
白川は小隊陸曹に指揮を任せ、自分は戦闘糧食Ⅱ型(通称[パックメシ])を口に運んでいる。
白米パックの白ご飯を噛むと、炊き立てのご飯の味が口の中に広がる。
(こんな状況でなければパックメシもうまいんだがな・・・)
白川は傍らに置いてある64式7.62ミリ小銃に目をやる。
これは今まで自分が経験した訓練ではない。実戦だ。いつ敵が攻撃してくれるかわからない状況下で食事をする。まったく、味気ない。
白川は自分と同じく昼食中の三山に顔を向けた。
彼もパックから肉団子を口に入れている。
「そういや、三山。お前は陸上自衛隊で1任期を終えた後、退職して大学に入学したんだな?」
白川は若い隊員の緊張を和ますために話しかけた。
「え?は、はい」
三山は緊張した声で言った。
「いいのか、大学は?」
白川の言葉に三山は苦笑した。
「ええ、どうせ大学は留年した、と思いますし、卒業成績は学年最下位だったと思います」
「そうか、彼女はいないのか?」
白川の問いに三山の苦笑は深くなった。
「告白したんですけど、フラれました。ハッハッハッ」
三山の回答に白川は笑みを浮かべた。
「そんな経験なら、俺もしたな」
白川の言葉に三山も苦笑から笑みに変えた。彼は上官に尋ねた。
「隊長はどうしてです?仕事もあるのに、なぜ、菊水総隊に志願したんですか?」
三山の質問に白川は苦笑した。
「菊水総隊に志願する前に会社をリストラされた。嫁とはその半年前に離婚したし、元の時代に未練はない」
白川の回答に三山は聞いてはいけないことを聞いた気がしたようだ。
「すみません」
三山は頭を下げた。
「いや、いい」
白川は手を振った。
その後、彼は残ったパックメシを口に入れた。
少し気が緩んだのか、パックメシの味が少しだけ美味しく感じた。
(うん。飯はうまく食べるのがいい)
白川はそう思った。
昼食を終えて、中身がなくなったパックを処分しようとした時、白川の無線機から声がした。
「小隊長。敵に動きがあります」
「了解した。すぐに行く」
白川はそう言うと、三山に顔を向けた。
「すまないが、これを処分してくれ」
「はい、わかりました」
三山はうなずいた。
「すまん」
白川はそう言い残すと、64式7.62ミリ小銃を持って、駆け出した。
「どうした?」
白川が無線報告した小隊陸曹の横に匍匐姿勢すると、彼に聞いた。
「見てくれた方が早いです」
小隊陸曹が双眼鏡を渡す。
白川はそれを受け取ると、双眼鏡を覗く。
「あれはM9ロケット発射筒じゃないか」
白川は驚いた声で言った。
「そうです。私の記憶が正しければM9ロケット発射筒は1942年に開発されたはずです。なのに、あるはずのない携行式対戦車ロケット発射器があります。どうしてですか?」
「1曹。1つ言っておく、そんなことを俺が知る訳がない」
白川はM9ロケット発射筒を装備する者たちを見ながら、あることに気付いた。
「あいつらは白色人種か?」
白川の言葉に小隊陸曹が目を丸くした。
「え!?」
「見てみろ」
白川は双眼鏡を渡した。
小隊陸曹が双眼鏡を覗き、確認する。
[ひゅうが]の多目的室に再び集められた本庄、鐘牧、滝梅、陸海軍の先任士官、マイヤーズ等が顔を揃えた。
「現地にいるA小隊から報告がありました。武装グループは手動装填式小銃や軽機関銃に加えて、携帯式ロケット発射筒や60ミリ迫撃砲等が確認されました」
マイヤーズが眼鏡を反射させながら、口を開いた。
「その報告は鐘牧海将補から聞いている。Y島飛行場の通信隊(陸上自衛隊)から緊急連絡があった」
本庄が言った。
「これは少しまずいかもしれません」
滝梅がコーヒーを飲みながら、告げた。
「敵の武装を完全に把握できない以上、奪還部隊の主力を投入するのは危険が大きすぎます。今回の目的はあくまでも人質となっているY島の島民に1人の犠牲者を出さずに島を奪還することですから」
滝梅の言葉に出席者たちがうなずく。
「HALOをする自衛隊の特殊部隊とSATの隊員たちには敵の詳しい情報を収集することを命じなければならん。こんな状況では作戦をまともに考えられない」
本庄がそう言うと、鐘牧に顔を向けた。
「鐘牧海将補。自衛隊の配備状況はいかがですか?」
本庄が尋ねると、鐘牧は報告した。
「宮古島に特戦群1個中隊と中央即応連隊1個中隊、16式機動戦闘車の1個小隊等が到着しています。16式機動戦闘車は105ミリライフル砲を装備した装輪式の戦闘車です。主力戦車を相手にするには厳しいですが、Y島奪還には十分な力を発揮してくれます。すべて空自が導入しているC-17輸送機で空輸が可能です。空自から本土防衛を担当していますF-4EJ改を4機宮古島飛行場に到着させています。F-4EJ改には無誘導爆弾を搭載できますから、武装グループに心理的打撃を与えることができます」
鐘牧の報告に本庄はうなずいた。
「わかりました。海上保安庁の状況は?」
本庄が聞くと、滝梅が報告した。
「第1船隊群は先ほど先島諸島近海に到着。佐世保鎮守府の警備戦隊と協力して、対潜捜索に入るそうです」
滝梅からの報告を終えると、今度は陸海軍の先任士官たちに顔を向けた。
「陸海軍の状況は?」
「陸軍は挺進団の予備聯隊が宮古島に到着している。いつでも空挺作戦を開始できる」
「海軍は佐世保鎮守府の警備戦隊の各駆逐艦に陸戦隊を乗艦させている。命令が出ればいつでもY島近海に突入し、上陸作戦ができる」
陸海軍の先任士官たちの報告を聞いて、本庄は大きくうなずいた。
「大変結構だ。本日の深夜に自衛隊の特殊部隊とSATによるHALO降下を行い、Y島の敵勢力とどれほどの装備で武装しているか把握してもらう。その後、Y島の奪還作戦を最終調整する」
本庄の言葉に出席者たちはうなずいた。
「マイヤーズ中佐」
本庄はマイヤーズに顔を向けた。
「何でしょうか?」
「現地にいるA小隊に可能な限り奪還部隊と接触するのは避けるように命じてくれ。万が一にも我々はともかく日本軍と接触したら、銃撃戦になる可能性がある。まあ、もっとも、ネイビーシールズの極秘部隊がそんなヘマはするとは思えないが、一応を伝えておく」
本庄が念を押すと、マイヤーズは笑みを浮かべ、眼鏡を上げた。
「ご心配いりません。彼らは数々の非合法作戦に参加した精鋭たちです」
午前0時丁度。
Y島上空を航空自衛隊所属のC-17輸送機が高々度を飛行していた。
「諸君。降下開始まで5分」
航空士からの言葉に自衛隊の特殊部隊とSATの隊員たちがマスクを装着する。
降下要員たちがマスクと暗視ゴーグルを装着するのを確認すると、機内の減圧を開始する。
これは高々度(1万メートル程度)を飛行しているため、機内の減圧をしなければ危険だからだ。
「機内減圧完了。後部ランプ解放します」
航空士がスイッチを押す。
後部ランプが解放され、外の冷たい空気が機内に入り込む。
「降下1分前。降下要員は後部に移動せよ」
航空士の指示に降下要員たちは後部に移動する。
「カウント開始。5、4、3、2、1。降下開始」
航空士の号令で降下要員たちがC-17から飛び降りる。
HALOとは、視認可能圏外及び敵のレーダー網を比較的回避しやすい高々度から降下し、低高度(300メートル以下)でパラシュートを開傘する。隠密潜入作戦の1つだ。
低高度でパラシュートを開傘するため、敵から探知若しくは発見される可能性は低い。
主に専門的な訓練と特殊訓練を受けた特殊部隊隊員が行う場合が多い。
しかし、高々度から降下するため、一般の空挺降下より危険と思われるが、きちんと訓練と経験を積んでいれば危険性は一般の空挺降下と変わらない。
しかし、着地後の任務が一般の空挺部隊と比べものにならない程危険であるから、ある意味危険な任務と思われるのは間違いではない。
自衛隊の特殊部隊とSATの隊員たちは訓練通りに高度300メートルでパラシュートを開傘させた。
一気に落下速度が低下し、着地しても問題ない速度になる。
降下要員たちは全員無事にY島の地面に着地した。
彼らはMP7やM4A1等を構え、全周を警戒する。
敵兵の姿はない。
「異常なし」
Y島に隠密潜入した特殊部隊群の先任指揮官である深見が暗視ゴーグルから周囲を見ながら、無線に言った。
自衛隊の特殊部隊とSATの隊員たちはHALO用の空挺降下装備をすべて外した。HALOは高々度から降下するため、酸素供給システムや防寒装備が必要である。だが、着地後はそれらの装備は不要になる。
手慣れた手つきで装備を外した。
「各自。準備はできたな?」
深見が迷彩柄のブッシュハットを被りながら、隊員たちに言った。
「「「準備完了」」」
各隊の指揮官たちが報告する。
「いいか、作戦は説明された通り変更はない。これより散開し、それぞれの偵察ポイントに移動しろ」
深見は腕時計を見る。
「夜明けまで6時間ぐらいしかない。ぐずぐずしてはいられない」
深見はそう言うと、自分の部下たちである特戦群の隊員たちに何度目かわからない注意事項を述べた。
「いいか、これは防衛出動ではない。治安出動だ。よって、武器の使用は警察官比例の法則だ。正当防衛若しくは緊急避難の場合以外は認められない。そのことを絶対に忘れるな」
「「「了解!」」」
特戦群第2中隊の隊員たちが返事をする。
「それでは状況開始」
深見は作戦開始の指示を出した。
特殊部隊の隊員たちは闇に紛れ、まるで幽霊のように散開した。足音もさせず、人としての気配も出さない。
元の時代で自衛隊と警察庁が何度も検討した離島奪還の第1段階である。隠密偵察が開始される。
昭和事変篇 第14章をお読みいただきありがとうございます。
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