時間跳躍篇 序章 卒業
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
警視庁警察学校講堂で、1000人を超える警察官たちが微動だにせず、一糸乱れぬ姿勢で椅子に腰掛けていた。
彼らは半年前、この警視庁警察学校に入校し、警察官に必要な知識と技能を身につけた。
思えば、苦しい毎日であった。
「諸君、半年間よく厳しい訓練に耐えてくれた」
校長が卒業生たちの顔を見回しながら、力強く言った。
「これで、諸君等は見習いの警察官ではなく、ひよこになった。これから辛いこと、楽しいことがあるだろう。しかし、どんな時も警察官としての正義、使命を忘れるな。都民に愛される警察官になってくれ」
校長はいったん言葉を止めて、再び口を開いた。
「諸君等が身に付けている制服はただの身分を表す制服ではない。法を守り治安を守る守護者という意味があるのだ。諸君等の長い人生、今後は色々な誘惑があるだろう。しかし、それを乗り越えれば模範的な警官になる。警官の本分は法を守る都民の安全を守る事にある。その事を心に銘記しておいてほしい。卒業おめでとう!」
校長の訓示が終えると、代表の卒業生が、起立、と叫んだ。
一斉に新規の警察官たちが立ち上がった。
「敬礼!」
代表生の号令で警察官たちが挙手の敬礼をした。
警察官としての良心と正義感を持った若者たちが、新たなる一歩を歩んだ。
警視庁警察学校を卒業した森樹巡査は広場に出た。
周囲では同期生、教官、同期生の家族たちが喜びの声を上げていた。
森は何度も警察官が必ず覚える、服務宣誓を心の中で繰り返していた。
服務宣誓。これは内容は違うが警察官に限らず、自衛官、消防吏員、海上保安官等が最初に必ず覚える宣誓である。
「樹」
背後から自分を呼ぶ声がした。
森は振り返ると、そこには母がいた。
「卒業おめでとう」
母は嬉しそうな表情で言った。
「ありがとう、母さん」
森は内心、複雑な表情をした。
恐らく母は心の中では歓迎していないだろう。
森の父も警察官だった。しかし、父は森が高校生だった時に殉職した。
森は大学に進学するつもりだったが、大学に行けばかなりの学費がかかる。そこで彼は防衛大学校に進学し、4年間勉強した。しかし、母の反対で自衛隊に入官せず、父と同じ警察官になった。
その時、母を説得するのは大変だった。自衛隊も反対したが、警察官はもっと反対した。
だが、森の強い意思に母は折れ、警察官になることを許してくれた。
「樹。校長が言っていたけど、大変なのはこれからなのよ。父さんがどれだけ警察官として苦労したか、私はよく知っているわ」
「ああ。父さんのようにはなれないけど、俺も父さんのような警察官になる」
森の言葉に母はうなずいた。
「やっぱり父さんの子供ね。正義感の強さは父親・・・いえ、お爺さん譲りかしら」
「そうだよ」
森は笑みを浮かべた。
彼の祖父も警察官だった。20代の時、大日本帝国陸軍の少尉として硫黄島の戦いに参加し、捕虜になった。終戦後、警視庁採用試験に応募し、合格した。警察官になってからは警視庁で創設された防護隊(後の予備隊、機動隊)に入隊した。
約20年間警視庁機動隊員として勤務した。
「樹。もしかして機動隊に志願しようなんて考えてないわよね?」
母は心配した表情で尋ねた。
「いや、俺は機動隊員にはならない。確かにじいちゃんも父さんも機動隊員だったけど、俺はならない」
森は微笑んだ。
「俺は刑事になるんだ」
「そう。それも危険な仕事ね・・・」
母はほっとした表情を浮かべたが、複雑そうな表情を浮かべた。
「お~い、森!」
少年の幼さが残る青年が嬉しそうな表情で駆け寄ってきた。
「あっちで一緒に写真を撮ろう。教官も一緒だぜ」
同期生に手を引っ張られ、半強制的に連れて行かれた。
後から思い返せば、一番幸福な時だった。
時間跳躍篇 序章をお読みいただきありがとうございます。
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