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昭和事変篇 第10章 第2次226事件 5

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 辻は軍刀等、武器になりそうな物はすべて取り外し、両手を高く挙げて、ゆっくり前進した。


「クーデター勢力の残存部隊に告ぐ!これから、交渉人がそちらに向かう。武器は持っていません!発砲しないようにお願いします!」


 クーデター勢力の残存部隊に向って、そう放送される。


 辻が高級住宅の庭に入ると、大きな声で叫んだ。


「私は交渉人だ!貴官たちの敵ではない!家の中に入れてくれ!」


 よく見ると、2階の窓が少し開き、銃口がこちらを向いている。


 辻は陸軍軍人らしくそれに怯まず、叫び続けた。


「稲葉中佐!私は辻です!陸士ではとてもお世話になりました!交渉の場を設けてください!」


 何度も呼び続けるが、稲葉やその部下からは応答はない。


 辻は諦めず、叫んだ。


「天皇陛下も東条陸相もこの事態を穏便に解決したいと考えておられます!どうか平和的な交渉の場を設けてください!」


 その時、2階の窓が大きく開き、1人の将校が姿を現した。


 稲葉だった。


「家の中に入れる訳にはいかない!その場で交渉の場を設けよう!辻。その場で要件を話せ!」


 稲葉は威圧的な態度で辻に叫んだ。


「では、単刀直入にお伝えします!速やかに武装を解除し、投降してください!我々は貴方がたを逆賊としては迎え入れません!」


 辻の言葉に稲葉は馬鹿にしたように笑った。


「我々に負け犬になれと言うのか!そのような申し出を受け入れる訳がなかろう!我々は帝国陸軍軍人なのだ!ここで我々が武器を捨てたら、私の命令で命を落とした同胞たちに申し訳がたたない!」


 稲葉の意見はもっともなことだ。しかし、辻は交渉を諦めなかった。


「考え直してください!この状況下で貴方がたの勝算はありません!ここで戦っても無駄に死ぬだけです!」


 辻の言葉に答えたのは言葉ではなく、銃声だった。


「うぐ!」


 辻は腹部を押さえ、地面に倒れた。


 腹部から大量の血が流れる。


 稲葉はその光景を見て、一瞬驚いたが、すぐに窓を閉めて、カーテンを閉めた。


 しかし、辻は陸軍軍人らしく、腹部を押さえながら立ち上がり、ふらつきながら、退散した。


 すぐに防弾シールドを持った機動隊員たちが駆け付け、補助を受けながら、辻は後方に運ばれた。





 辻が撃たれたことを知るや、湯村は指揮所を飛び出し、救急車のもとへ駆け出した。


 ストレッチャーに乗せられた辻は現場に派遣された救急救命医に応急処置と簡単な診断を受けていた。


「状態は?」


「重傷ではありますが、さすがは帝国陸軍の名参謀です。詳しい検査をしなければわかりませんが、命には別条ないと思います」


 湯村の問いに救急救命医は答えた。


「すぐに野外病院に搬送します」


「お願いします」


 湯村がそう言うと、辻は救急車に乗せられ、そのまま搬送された。


「坂倉少佐」


 湯村は坂倉に顔を向けた。


「はい」


「交渉は失敗した。もはや交渉の余地はない。これより、SATによる強行突入を行う」


 湯村の言葉に坂倉は渋々うなずいた。


「わかりました」


 坂倉から承諾を得ると、湯村は指揮所に戻った。


「SATを突入させる。銃器対策部隊はその支援を行え」


「はっ!」


 部下が返答すると、彼は通信機で突入の準備に入った。


 すでにSATの技術支援隊がクーデター勢力の残存部隊が立て籠もる高級住宅の偵察は完了している。


 後は、ゴー・サインが出ればいいのだ。





 森山はMP5Fの点検をしていた。


 今回は室内戦闘が想定されているためと可能な限り室内に弾痕を残さないようにという配慮だ。


 首相官邸での戦闘の後、森山は休む暇もなく、現場に派遣された。すでに、強襲チームは解体され、原隊に戻っている。


「制圧1班集合!」


 班長である警部補が集合をかけた。


 森山は腕時計を見る。


 作戦開始時間だった。


 班長の前に制圧1班に所属しているSAT隊員たちが集合した。


「作戦に変更はない。予定通り強行突入する。住宅内は催涙ガスが充満するからガスマスクを装着するように。何か質問は?」


 警部補は森山たちの顔を見回した。


「「「なし」」」


 隊員たちは一斉に声を上げた。


「では、装備を持って、持ち場につけ」


「「「はっ!」」」


 森山たちは目出し帽を外して、ガスマスクを被った。


 SATの隊員たちはMP5Fの安全装置を解除し、射撃できる態勢をとった。


「よし、行くぞ」


 警部補がそう言うと玄関前を封鎖している銃器対策部隊の隊員たちの背後についた。


 彼らがガス筒発射器から催涙ガス筒S型が発射され、住宅内が催涙ガスで充満したところで制圧1班が突入する。


(ようやくSATらしい戦闘が開始されるな)


 森山は心中でつぶやいた。


 SATは主に室内での突入戦闘訓練をしており、野外での戦闘は滅多にしない。それでも訓練は一応してはいる。


「こちら制圧1班。突入準備完了」


 警部補が無線機でつぶやいた。


「作戦開始」


 数10秒後に湯村から、ゴー・サインが出た。


「催涙弾撃て!」


 銃器対策部隊の隊員たちが立ち上がり、2階の窓に向けて催涙ガス筒S型を発射した。


 ガラスを破り、S型が床に転がっているだろう。


 高級住宅の2階から、プシュュュュ!という音が響いた。


 窓から白い煙が漏れる。


 その時、窓からクーデター勢力の残存部隊の兵士が現れ、三八式小銃を構え発砲して来た。


しかし、催涙ガスの影響で正確の照準で射撃ができず、豪快に外している。


 手榴弾を投擲する兵士もいた。


 だが、配置についていた狙撃班からの狙撃でその抵抗も排除された。


「突入!」


 警部補の指示で制圧1班が突入した。


 玄関ドアを無理やりこじ開け、バリケードとして築かれている畳等を撤去した。


「特殊閃光弾を投擲しろ!」


 警部補の指示で森山ともう1人の隊員が特殊閃光弾のピンを外し、住宅内に投げた。


 爆発音がおこり、住宅内から兵士たちの悲鳴声がした。


 森山が突入し、ドットサイトを覗きながら、MP5Fの引き金を引いた。


 九九式軽機関銃を装備している機関銃兵の胸部に弾丸が命中する。


 SATの隊員たちが住宅内に入り込む、作戦通りに部屋を1つ1つ捜索し、催涙ガスや特殊閃光弾で無力化された兵士を取り押さえ、抵抗する兵士は射殺した。


「やあぁぁぁぁ!」


 1人の兵士が軍刀を振り上げて、森山に襲い掛かった。


 近接距離であったため、MP5Fを向けるのが間に合わなかった。


 MP5Fを盾に使って、なんとか軍刀を防いだ。


 森山は兵士の腹部を蹴飛ばした。


 兵士は吹き飛んだが、再度斬りかかった。しかし、距離があったため、森山はレッグホルスターからUSPを抜き、発砲する。


 MP5Fは先ほどの軍刀の衝撃で故障した恐れがあるため、念のために副武装であるUSPで腹部に撃ち込んだ。


 兵士は叫び声を上げながら、倒れたが、意識はまだあった。


「応急班を呼べ!」


 森山は同僚に叫んだ。


 戦闘は数10分で終わった。


 銃撃戦は数えるぐらいで、ほとんどの兵士が催涙ガスと特殊閃光弾で無力化できた。





 稲葉以下20人の陸軍将校、下士官、兵たちが並べられていた。


 彼らの周囲を憲兵と銃器対策部隊の隊員が警戒している。しかし、彼らクーデター勢力の残存部隊の兵士たちには手錠はかけられていない。


 これは湯村の配慮だ。


「彼らは決して犯罪者なのではない。誇り高き帝国陸軍軍人だ。祖国のことを誰よりも思い、このような結果になったにすぎない。丁重に彼らを扱え」


 湯村は部下たちにそう厳命した。


 陽炎団の警察官たちはその命令に不満を持っていたが、上司からの命令である以上は従うしかない。


 湯村は並べられた陸軍将校、下士官、兵たちのもとに向かった。


 彼らの表情を見る。誰も絶望感のある表情はしていない。陸軍軍人らしく不動の姿勢をとっている。


「まもなく貴方がたは憲兵隊屯所に連行される。しかし、陛下及び首相、陸相から貴方がたは丁重に扱うよう指示されている。何も恥じることはない。胸を張って行くといい」


 湯村が彼らに話しかけると帝国陸軍の将校、下士官、兵たちは、言われるまでもない、という表情で彼を見た。


「1つ頼みがある」


 陸軍中佐が湯村に声をかけた。


「何でしょうか。稲葉中佐?」


 湯村は稲葉に顔を向けた。


「拳銃を貸してもらいたい」


 稲葉の言葉に銃器対策部隊の隊員たちが顔を見合わせる。


「・・・・・・」


 湯村は何も言わない。


「私の最後の頼みだ」


 稲葉はしっかりと湯村の目を見る。


 湯村は坂倉の顔を見る。


「貴方の心に従ってください」


 坂倉はそう言って、うなずいた。


「・・・・・・」


 湯村は何も言わず、ホルスターからニューナンブM60を抜き、ゴムパッドを外した。


「どうぞ」


 湯村はニューナンブM60を稲葉に渡した。


「ありがとう」


 稲葉はニューナンブM60を受け取りながら、挙手の敬礼をした。


 陽炎団の警察官たちはざわめいた。


「中佐殿。自決される前に最後の言葉はありますか?」


 湯村が尋ねる。


「最後の言葉はない」


 稲葉は首を振った。


「ちょっと待て!」


 銃器対策部隊の巡査部長が叫んだ。


「あんたにも家族がいるだろう!その家族に残す言葉がないのか?」


 巡査部長の言葉に稲葉は彼の顔を見た。


「私は陸軍軍人だ。私の家族はそれがどういうことかはわかっている。妻もそのことについては覚悟している。私が決起する時、家族への別れの挨拶はすんでいる」


「・・・・・・」


 稲葉の覚悟に巡査部長は言葉を失った。


(我々の時代の日本人にここまで国を思い、人としての誇りを持っている者がどれくらいいるだろうな)


 湯村は彼らクーデター勢力を見て、そう思った。


 これは本庄も言っていた事だ。


「古き良き時代を思い出そう」


 稲葉はそう言って、ニューナンブM60の銃口を自分のこめかみに押し付けた。


 そして、引き金を引く。


 1発の銃声と共にこめかみから血を噴き出す。


 そのまま地面に倒れる。


 湯村は稲葉の首に手を当てる。


 脈がないことを確認すると立ち上がり、不動の姿勢になり、挙手の敬礼をする。


 坂倉以下憲兵隊員たちも挙手の敬礼をする(小銃を持つ兵は捧げ銃の姿勢をとる)。


 陽炎団の警察官たちも挙手の敬礼をする。





 憲兵隊屯所に連行されながら、甲斐は奇妙な感覚を覚えていた。


 自分たちは、完全に敗北した。陸軍の精鋭がただの警官に完膚無きまでに、叩きのめされた。


(未来の日本人・・・)


 警察がこれほど強いなら、一緒に来た軍隊はどれほど強いのだ?


「見てみたいな・・・」


 命を落とした同志たちには申し訳ないが、生き恥を晒しても生き残った事に安堵を覚えていた。


 これで、陸軍も海軍もクーデターを企てようとする勢力は沈黙するだろう。


 満州撤退も、朝鮮、台湾の独立も政府の思惑通り実行される。


 この流れは止められない。


 生き残った自分たちは、その流れがどこに向かっていくのか見届けなくてはならない。


 それが、稲葉から託された自分の役目だ・・・そう思った。





 内務省警視庁本庁。


 本庄は執務室で峯靄の報告を受けていた。


「以上です」


「うむ」


 峯靄の報告に本庄はうなずいた。


「作戦に参加した警察官たちには十分な休養をとるように指示してくれ」


「はい」


 本庄の指示に峯靄はうなずいた。


「では、私は失礼します」


 峯靄はそう言うと、部屋を退室した。


 本庄は椅子から立ち上がり、執務室に置かれている棚に向かった。


 棚の前に立ったと同時に執務室のドアからノック音がした。


「入れ」


 本庄が許可すると、ドアが開いた。


 執務室に入った長身の男は上等なスーツを着た黒髪で茶色の目をしていた。


「いいところに来たな。サンチャス捜査官」


 本庄がサンチャスと呼んだ男はクリフ・サンチャスだ。


 アメリカ合衆国連邦捜査局(通称FBI)に所属している捜査官だ。


 アメリカ合衆国から派遣された1人だ。


 本庄たちの時代の日本がダニエルからの提案を受け入れたと同時に原田(はらた)(しん)(ぞう)首相はアメリカ合衆国大統領であるアーノルド・ジョン・ジョーンズとホットラインを行い事の真相を話した。


 もちろん、ジョーンズは原田から80年前の日本にタイムスリップする話を聞いた時は何を馬鹿な事を言っている顔をしたそうだ。そのため、ダニエルの力を借りてホワイトハウスの大統領執務室に瞬間移動したと言う。


 人知を超えた力を見て、ジョーンズは原田が言ったことを半信半疑で信じた。


 原田はジョーンズに要件を話し、自衛隊、警察、消防、海保等のその他の勢力が過去の日本にタイムスリップする事を世界に隠してほしい、と言った。


 だが、無条件で首を縦に振る大統領ではない。いくつか条件を出してきた。


 1つ、アメリカとの戦争の際に絶対に民間居住区を攻撃しない事。


 2つ、ソビエト連邦のスターリン主義の解体と民主化、そして、核なき世界と恒久的世界平和を作る事。


 3つ、あくまでも自衛隊は国連軍として行動する事。


 等のいくつかの条件を出した。そして、お目付役兼助言役としてアメリカ合衆国5軍と閣僚数名等を派遣する事を認めさせた。


 サンチャスはFBIから派遣された1人である。FBIは陽炎団に助言と監視のため5人の捜査官と特殊部隊を派遣した。


「何ですか?」


 そう言ってサンチャスは執務室に入室した。彼の後ろから黒髪の長い女性が入り、ドアを閉めた。


 彼女はFBI捜査官のクラリス・ラミレスだ。


「これからコーヒーを淹れようと思ったんだ。気分転換に私の私物でね」


「なるほど、それはちょうど良かったと言うべきですね」


 本庄の言葉にサンチャスは笑みを浮かべた。


「コーヒーと紅茶があるがどちらがいい?」


 本庄が聞くとサンチャスが答えた。


「コーヒーをお願いします」


「私は紅茶で」


 ラミレスが言った。


「砂糖とミルクは?」


 本庄が聞くと2人の捜査官は砂糖とミルクを受け取った。


「お疲れのようですね?」


 サンチャスが本庄の顔色を窺いながら言った。


「まあな、今年の最初から忙しい事が多い。たまには私が買ったコーヒーを飲みたくなる」


 そう言いながら、高級品しか置いていないコーヒー店から購入したコーヒー豆(もちろん砕いている)を専用の器具に入れる。


 紅茶の方はすぐに準備ができた。


 コーヒーカップとティーカップを出し、コーヒーと紅茶を淹れる。


 2人の捜査官はそれを受け取り、一口飲んだ。


「これはかなりうまい」


「やはりニッポンの紅茶はおいしいです」


 2人からの感想を聞いて本庄は満足そうにブラックコーヒーを飲んだ。

 昭和事変篇 第10章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

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