昭和事変篇 第9章 第2次226事件 4
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
陽炎団指令室では、首相官邸、宮城等でクーデター勢力の襲撃が報告され、SAT、銃器対策部隊、機動隊等の戦闘結果が報告された。
「首相官邸を襲撃したクーデター部隊はSATの強襲チームと6機が制圧。しかし、SATに負傷者2名。内1名は重傷。第6機動隊に負傷者11名。内5名が重傷です」
「宮城を襲撃したクーデター部隊はSATの突撃チーム、4機、特科車輛隊、陸軍の近衛師団が制圧。ですが、SAT、4機、特科車輛隊を合わせて、21名の負傷者です。内9名が重傷」
スタッフからの報告に本庄はうなずく。
「峯靄部長。警視庁を襲撃したクーデター部隊はどうなった?」
数分前まで、警視庁本庁の外で銃声が響いていた。しかし、今はない。
「先ほど外を確認しましたが、警視庁特別警備隊と銃器対策レンジャー隊の奮闘により、制圧できました」
「被害は?」
「ええと」
峯靄は手帳を開き、確認する。
「双方の部隊を合わせて、負傷者18名です。そのほとんどが特別警備隊です」
「まあ、そうだろうな」
本庄は腕を組んだ。
「大臣私宅の状況はどうだ?」
本庄は担当のスタッフに問う。
「現在確認中です」
スタッフが通信機に耳を当て、しっかりと聞いている。
「確認がとれました。大臣私宅は一部がクーデター勢力に制圧されたものの、なんとか守りきりました」
スタッフの報告に本庄は目を閉じた。
「まずまずの結果か・・・」
「団長。それは仕方ないことです」
湯村が言った。
「敵はただの犯罪組織ではないのです。よく訓練され、ノモンハン等の戦場を経験した歴戦の兵士たちなのです。それが組織的に行動した以上、我々が望むような結果はでないでしょう。敵も必死なのですから」
湯村の言葉に本庄の心は晴れることはなかった。
警察はこのような事態を完全に解決するのが任務だ。反乱が計画されていればそれを計画段階で防ぐ。それをあえて実行させ、軍民が見ている前で徹底的に叩く。しかし、守る対象に死傷者を出した以上は失敗したと言える。
(いや、私の部下はしっかりとやってくれた。作戦内容に問題があったのだ。そして、それを承認したのは私だ。私のミスだ)
そんなことを考えていると、指令室のドアがノックされた。
「失礼します」
若い婦人警察官が入って来た。
彼女の手にはトレイがある。
「コーヒーをお持ちしました」
「ありがとう」
本庄は礼を言って、コーヒーを受け取ろうとした。
「すまないが、砂糖とミルクをお願いする」
「はい?」
婦人警察官は首を傾げた。
本庄は基本的にブラックしか飲まない。コーヒーはとても苦いのが、一番うまいのだ、と公言している。
幕僚たちも目を丸くしている。
それに気付いた本庄は答えた。
「いや、ちょっと気分を変えようと思ってな。甘いコーヒーを飲もうと思った」
そう言った後、婦人警察官に顔を向けた。
「砂糖とミルクを頼んだが、何か問題か?」
「は、はい、ただいま」
婦人警察官は慌てて本庄のコーヒーに砂糖とミルクを淹れた。
「どうぞ」
「ありがとう」
本庄はそのコーヒーをすする。
(甘い)
砂糖とミルクを淹れているのだから、当然だ。
(やっぱり、コーヒーはブラックに限る)
心中でそうつぶやくのだった。
「団長。新たな情報が入りました」
スタッフが報告する。
「なんだ?」
本庄が聞くとスタッフが答える。
「少数になったクーデター勢力は逃走し、高級住宅の1件屋に立て籠もりました」
「人質は?」
湯村が聞く。
「いえ、家の住人は全員追い出されたそうです」
高級住宅の1件屋を制圧した稲葉率いるクーデター部隊は作戦開始時には1250名いたが、現在は30名を超えるぐらいの人数に減らさられた。
玄関や窓には畳やテーブル等を使って、バリケードを築いている。
「完全に包囲されているな」
稲葉は2階の窓から外を眺める。
窓はすべてカーテンを閉めている。
「そのようですね」
甲斐は稲葉とは逆の方向の窓を覗き、外の様子を見ている。
「あれが、未来から来た帝国の救世主か?」
「彼らを知っているのですか?」
稲葉の言葉に甲斐は驚いた口調で尋ねた。
「詳しいことは知らない。師団長や旅団長、参謀たちが話していたことを盗み聞きした。その時、そんな話をしていた。お前も噂ぐらいなら聞いたろう?」
稲葉が問いかけると、甲斐はうなずいた。
「はい」
彼も噂ぐらいなら聞いたことがある。
未来から来た日本人が手を貸し、この帝国をより良い未来に導けるようにする、とした話を・・・だが、甲斐は将校であり、そんなおとぎ話のような話があるか、とまったく信じていなかった。
「しかし、ここまで作戦が失敗すると、それも信じなくてはならないな。ただの警察がここまでやれるはずがない」
「はい」
稲葉の言葉に甲斐はうなずく。
「中佐殿!」
1人の少尉が挙手の敬礼をした。
「小銃弾の弾薬は残り半分。機関銃弾は残り2割。手榴弾は各自2個ないし1個。食糧は手持ちの物とこの家にあるだけで5日から6日程度です。残存する兵士は士官を除くと下士官と兵を合わせると33名です」
少尉の報告に稲葉は難しい表情をした。
「とても戦える状況ではないな・・・下士官や兵たちの士気は?」
「はっ、下士官や兵たちの士気は高いです。しかし・・・」
「なんだ?」
「戸惑っています。最強の軍隊である我々が警察ごときに敗れる等」
「・・・・・・」
少尉の報告に稲葉は言葉を失った。
「中佐殿」
少尉は稲葉の顔をしっかり見ながら、告げた。
「もしかして、彼らに投降するなんて考えていませんよね」
「君の意見を聞きたい。君はこの状況を打開できるような策があるのか?」
稲葉の言葉に少尉は経験のない将校らしく言った。
「大和魂を持って、最後の突撃をすれば勝機はあります!」
「・・・・・・」
稲葉は首を振った。
見事に戦況を理解していない者が言えるセリフだ。いくら、大日本帝国陸軍の将兵が精神論主義者でも、この状況を打開する術はない。
「甲斐中尉。君の意見は?」
稲葉の問いに甲斐は少し考えた。
「確かに今の状況はどうやっても打開する術はありません。しかし、ここで降伏する訳にはいきません。ここで降伏したら、死んでいった同志たちに申し訳がたちません。最後の一兵が死ぬまで徹底交戦すべしです」
甲斐の言葉に稲葉はうなずいた。
「そうだ。私も同じ意見だ」
話を聞いていた少尉は不服そうな顔をしているが、上官の話し合いに下級の者が口を挟める訳がない。
「住宅に立て籠もる帝国陸軍の将兵諸君!今回の件で多くの血が流れた。我々はこれ以上の流血を望みません。武器を捨てて投降してください。貴方がたの安全は近衛首相と陸軍大臣が保障します」
外から大音量の放送が流れる。
「無視しろ。下士官や兵たちにもそう伝えろ」
「「はっ!」」
甲斐と少尉が挙手の敬礼をする。
本庄の指示を受け、湯村はクーデター勢力の残存部隊が立て籠もる高級住宅に向かっていた。
現場の指揮所手前でパトカーを降りると、出動していた5機の隊員に迎えられた。
「朝早くご苦労様です」
5機の隊長が出迎えた。
「昨日から指令室にいた。別に何の問題もない」
湯村は手短く応対した。
「お待ちしておりました。湯村警視長殿」
憲兵の腕章をつけた陸軍少佐が湯村に挙手の敬礼をした。
「憲兵の者か?」
「はっ!自分は陸軍憲兵隊の坂倉悟朗少佐です。陸相と憲兵司令官より、貴方の指揮下に入れと言われています」
坂倉と名乗った憲兵隊は、いかにも悪名高き憲兵を象徴するような強面の顔つきだ。身長はこの当時の平均身長より少し高いぐらいだ。
(これが憲兵の顔)
湯村は彼の顔を見ながら、心中でつぶやいた。
憲兵隊とは、軍事警察であり、軍隊内で発生した事件の捜査、逮捕を行う。しかし、大日本帝国陸軍憲兵隊はフランスの国家憲兵隊を模範として創設された組織だ。そのため、軍隊内の軍事警察権だけではなく、内務大臣の指揮を受け行政警察権も保有する。
陸軍憲兵隊ではあるが、海軍には憲兵隊は存在しない。海軍内の事件は海軍大臣の指揮を受け陸軍憲兵隊が捜査、逮捕を行う。
湯村自身も憲兵隊の不祥事は一応知っている。しかし、一般人が思うほど憲兵隊は無茶苦茶なことはしていない。
なぜ、戦後に憲兵が悪く言われたのかは長期戦になってしまった戦争の影響だ。占領地域を拡大してしまった結果、占領軍である日本軍は占領地域の治安維持を行わなければならなかった。
ここまで言えばわかるように憲兵隊員も無限にはいない。憲兵の不足を補うため、憲兵隊の採用基準を下げなければならなかった。このため、本来なら憲兵にはなれない兵士が採用されるようになった。
これが、憲兵のモラルが低下した原因だ。
湯村は周囲を見る。
周囲には陽炎団の警察官たちと憲兵隊員たちがうろうろしている。しかし、憲兵の表情はとても快く思っていない。
「湯村警視長。不快な思いをしたと思いますが、我々にも面子があります。本来なら陸軍の不祥事は我々憲兵の管轄なのです。それをご理解ください」
坂倉は申し訳なさそうに言った。
その表情を見ると、彼も納得していないような表情をしている。
(まあ、元の時代も同じか・・・)
湯村が警視庁機動隊に入る前に刑事だった時、自衛隊の幹部が殺害された事件があった。
もちろん、自衛隊の施設外だったため警視庁が管轄したが、自衛隊の司法警察である警務隊(MP)と共同捜査することになった。しかし、警務官(MP)は口には出さなかったが、表情は快く思っていなかった。
だから、ある程度は免疫がある。
湯村は指揮所に入ると、現場に来ている陽炎団の幹部警察官と同じく現場に来ている憲兵の士官たちと作戦会議を開いた。
しかし、結論はあきらかで、最初は説得によるクーデター勢力の残存部隊の投降の呼びかけが決まった。
「では、クーデター勢力の残存部隊の指揮官である稲葉中佐のことを知っている人物に説得してもらおう」
湯村がそうまとめると、作戦会議に出席している憲兵と陽炎団の幹部たちはうなずいた。
「その任、自分にやらせてもらえないか」
指揮所からの出入口から声がした。
湯村たちが顔を向けると、そこには眼鏡をかけた、陸軍少佐の階級章をつけた男がいた。
眼鏡をかけた陸軍将校に陽炎団の幹部たちは冷たい視線を送った。彼が誰か知っているのだ。
「だ、誰?」
陽炎団の1人の幹部が同僚に耳打ちした。
「お前、知らないのか?歴史に悪名高き人物だぞ」
同僚が小声で囁いた。
「何をした人なんだ?」
「陸軍内で徹底交戦を主張し、数多くの日本兵を無駄死にさせた男だ」
「おほん!」
陽炎団の2人の幹部が囁いているのを湯村が咳払いした。
眼鏡をかけた陸軍将校は、ノモンハンの事件及び太平洋戦争中にマレー作戦、ポートモレスビー作戦、ガダルカナル島の戦い等で参謀として陸軍の作戦の神様とも言われた辻正信だ。
辻の悪評はもちろん湯村も知っている。現場での独善的な指導や部下への責任の押し付け、自殺の強要までもした。ここまでなら、まだ許せる。彼の言い分もあるだろう。
しかし、戦後の戦犯追及からの逃亡は湯村も容認できない。
辻のことを知っている陽炎団の幹部たちもそのことで冷たい視線を送っているのだ。
「ふん、どうやら、私は未来の日本では相当嫌われているようだな・・・」
辻は冷静な口調で陽炎団の幹部たちに告げた。
「東条閣下も口には出さないが、私のことを快く思っていない」
辻はため息をついた。
「湯村警視長殿。君たち未来の日本人が知っている私の罪をここで償わせてもらえないか?君の上官である本庄警視監からも許可をとってある」
辻の言葉に湯村は口を開いた。
「クーデター勢力の残存部隊の指揮官である稲葉中佐は少佐の言葉を聞きますか?」
「わからない」
辻は首を振った。
「だが、できると信じている。稲葉中佐は陸士(陸軍士官学校)の先輩だ。彼とはよく話をした。必ず自分の言葉に耳を傾けてくれるだろう」
辻の言葉に湯村は坂倉に視線を向けた。
坂倉はうなずいた。
湯村もうなずき、辻に顔を向けた。
「わかりました。辻少佐。お願いします」
湯村は承諾した。
すぐに準備が行われ、陽炎団の警察官たちが辻に防弾チョッキを着せようとしたが、彼は断った。
「こんな物を着てしまったら、彼らは私のことを信じないだろう。そんなものはいらない」
「ですが・・・」
警察官が何かを言おうとしたが、湯村が止めた。
「少佐の言う通りにしなさい」
「は、はい」
警察官は防弾チョッキを下げた。
「少佐。もし、説得が失敗したら、我々はただちに突入します。我々は彼らに一切の容赦はしません」
湯村の言葉に辻はうなずいた。
「承知している。説得が失敗したら、それはそれで仕方ないことだ」
辻の回答を聞いて、湯村は1つ安心した。
実のところ憲兵たちは強行突入には反対していた。もはや、戦う能力のない彼らを必要以上に殺傷する必要はない、と言っていた。そのため、説得という形になったのだ。
「湯村警視長。君は私のことを知っているのだろう?」
辻が聞いてきた。
「あくまでも歴史上の人物としてですが」
「私も君たちの資料から、自分のこれからのことを知った。客観的に見て、私はとんでもないことをした、と思っている。しかし、自分の心に聞いてみると、それは仕方ない、と思う自分もいる」
「我々が持ってきた資料を信じるのですか?」
湯村は尋ねた。
「最初は信じられなかったよ。日本が西洋列強に敗北する等・・・だが、君たちが持ってきた兵器や装備を見たら、信じるしかない」
辻はそう言って、懐中時計を見た。
「時間だ」
「お願いします」
昭和事変篇 第9章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。




