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昭和事変篇 第7章 第2次226事件 2

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 首相官邸の会議室には近衛(このえ)(ふみ)麿(まろ)首相、陸軍大臣の東条、海軍大臣の及川古志郎(おいかわこしろう)大将、内務大臣の安井英二(やすいえいじ)等の閣僚が顔を揃えていた。


 陽炎団団長である本庄と菊水総隊司令官の山縣幹也(やまがたみきや)海将も出席していた。


「山縣大将、本庄警視監。君たちから提出された書類は我々閣僚一同何度も読み返した」


 近衛が咳払いをして、口を開いた。


 山縣の階級は海将であるが、前統合幕僚議長であったため、大将相当である。本来のランクは中将相当である。


「君たちの計画では陸軍のクーデター計画を実行させ、それを殲滅する、ということだが、陸相と内務相の結論は別にあったぞ」


 近衛が東条と安井に視線を向けた。


 発言をしたのは東条だった。


「一度クーデターが実行されると、陸海軍、主戦論派の強硬派連中が彼らに賛同し、武器を手に立ち上がる。そうなれば国内は内乱だ。世界の新秩序どころか、アメリカと戦争をすることもできない」


 東条の言い分はもっともなことだ。


「それに犯罪を未然に防ぐのも警察と憲兵の勤めだ。その勤めを放棄しろ、と言うのか?」


 安井が主張した。


 本庄は山縣に視線を向けた。


 山縣は彼にうなずくと、本庄は口を開いた。


 警察と自衛隊は独立しているが、建前上は山縣が本庄の上司であり、彼の許可を求めるのが筋だ。


「皆さん、ここで1つ、冷静になって考えてください。このままクーデターを未然に防いでも何の意味もありません。国内には政府や陸海軍の決定に不満を持っている者が多数います。クーデターを阻止しても、また、クーデター若しくは革命を計画する者が現れます」


「つまり、ここで徹底的に叩く、と」


 近衛が言った。


「そうです」


 本庄がうなずく。


「しかし、憲兵隊の報告ではクーデターに参加する陸軍の下士官や兵は数々の戦場を経験した歴戦の猛者たちだ。君たちの力を疑う訳ではないが、警察の力で本当に対処できるのか?」


 東条が質問する。


「その通りです。前回の226事件では、警視庁の特別警備隊は反乱部隊に武装解除された」


 安井が同調する。


「その心配はいりません」


 本庄がきっぱりと言った。


「我が警察の力は十分です。なぜなら、我々の時代では国内での自衛隊の出動は国民、政府を問わず、かなり抵抗があります。いかなる事態にも警察だけで対処できるよう我々の精鋭部隊は日夜訓練しています」


 本庄の言っていることは少し間違っている。自衛隊は軍隊である以上、国内の問題には介入できないのだ。


 これは国際的にもそう認識されている。国内問題に軍隊が介入するのは最後の手段である。


 例を挙げれば、国家転覆の危機で軍隊を出す以外にこの事態を解決できないという明確な理由がある場合に限り認められる。


「わかった。君たちの案を採用する」


 近衛は決断したように言った。


「ありがとうございます。では、近衛首相を含め閣僚の皆様は避難してもらいます」


 山縣が頭を下げ、言った。


「その必要はない」


 東条だった。


「我々はどこにも逃げるつもりはない。我々は決して謀反人から逃げない。自分の持ち場で最後まで見届ける」


 東条の言葉に閣僚たちはうなずいた。


 全員覚悟を決めているようだ。


「だが、総理。貴方だけは避難して頂く」


 東条は近衛に顔を向けて、言った。


「なんだと、私だけ逃げろと言うのか?君たちをここに置いて」


 近衛は拒絶した。


「総理。我々の代わりはいくらでもいます。しかし、内閣総理大臣である貴方がクーデター勢力の手に倒れては国が乱れます」


「だが・・・」


 東条の言葉に近衛は異議を唱えようとしたが、閣僚たちの強い意思にしぶしぶとうなずいた。


「もちろん、貴方だけではありません。天皇皇后両陛下及び皇室の方々も避難して頂きます」


 安井が言った。





 閣僚たちの強い覚悟を見て、本庄は心中で思った。


(我々の時代の日本政府・・・いや、議員たちにここまでの選択ができるだろうか?)


 現代の政治家や議員たちと違い、この時代の政治家たちはすべてのことに命をかけている。だからこそ、戦後からわずかな時間で日本を復興し、半世紀で日本を経済大国にした。


 今の日本があるのは大日本帝国を生きた誇りある日本人のおかげだ。


(しかし、ここにいる方々はどう思っているだろうな・・・)


 彼らには日本の未来だけでなく、腐敗した現代の日本の姿を見せた。


(まあ、彼らはわかっているか。この時代も大日本帝国の初期と比べれば腐敗しているのだからな)


 大昔より、戦争で負けた国は繁栄するが、戦争で勝利した国は腐敗の道をたどる。


(既に国家としての寿命を迎えている。こんなことが起こるのもそれを認めようとしない者たちの悪あがきか・・・)


 本庄は近衛以下閣僚たちの表情を見ながら、そう思った。


「山縣大将、本庄警視監」


 近衛は2人の名を呼んだ。


「はい、何でしょう?」


 山縣が返事をした。


「私が脱出するのは承諾する。しかし、この東京から遠くに避難する気はないし、クーデターの様子を事務報告だけで片付けられるのは、耐えられない。横須賀軍港に停泊している君たちの船に乗せてくれ」


 近衛は山縣に頼み込んだ。


 山縣は他の閣僚たちの顔を見た。


 彼らはそれぞれうなずいた。


(これは説得できないな)


 本庄は近衛の表情を見て、そう理解した。


「承知しました。横須賀軍港に停泊している病院船に、乗船できるよう指示しておきましょう」


「ありがとう」


 山縣の回答に近衛は頭を下げた。


「では、皆さんの家族の避難はクーデター派に気付かれないように秘密裡に避難させましょう」


 安井が言った。


「いや、私の家内も残る、と言い出すだろう・・・」


「ああ、私の家内もだ」


「あいつらを、説得せねば」


 大臣たちが口々にそうつぶやく。


(さすがに大臣たちがこれじゃあ、嫁も子も同じか。そうだろうな。彼女たちも強い意思がなければ政治家の奥さんにはならないな)


 本庄は心中でうなずいた。


「皆さん。時間はあまりありません。一刻も早くご家族の方々を説得してください。恐らく、彼ら(陽炎団)がこの事態を解決しますから、ほとんど戦場になると思います」


 安井が閣僚たちを見回しながら、言った。


 彼はSATや銃器対策部隊等のテロ対策訓練を見学している。陸軍の演習場で行われた訓練は安井を含め警察幹部たちを驚かせた。


 安井は「警察と言うより、軍隊に近いな。未来の警察は、ここまでの事をするのかね?」と本庄に尋ねた。


「では、本日の会議はここまで、とする。大臣たちはただちに家族の避難を説得してくれ。ただし、この件は他言無用だ。外部に漏れたら東京府は混乱する」


 近衛が閣僚たちにそう言うと、閣僚たちは席を立ち、会議室を出て行った。


「本庄警視監」


 近衛が彼に声をかけた。


「はい」


 近衛は小声で本庄に聞いた。


「陸軍相に何も心配はいらない、と言ったが、本当に君たちだけで勝てるのか?」


 近衛は弱気な表情していた。


「問題ありません。我々警察は自衛隊と違い、数々の実戦を経験しています。今回も必ず解決して見せます」


 本庄は小声で答えた。その表情は強い意思を感じられた。





 立川飛行場陽炎団居住区。


 宿舎の食堂でコーヒーを飲みながら高荷、森山、田和村の3人はトランプをしていた。


「よし!俺の勝ちだ」


 そう言って、田和村は5枚のカードを見せた。


「ストレートフラッシュ」


 田和村は自信満々の顔で2人を見る。


「ちっ、俺の負けだ」


 森山がカードを見せる。


 1枚も揃っていない。


「俺もだ」


 高荷は乱暴な手つきでカードをテーブルに置いた。


「へっへっへっ。賭けごとだったら、俺は大儲けできるのにな・・・」


 田和村は勝ち誇った顔で言った。


「勝手に言っていろ」


 高荷はカードを回収し、シャッフルする。


「あまり勝ちすぎるのは良くないよ。ここで運を使っていたら、いざって時に運が働かず、負けてしまうよ」


 森山は苦笑しながら、言った。


「そういや、例の作戦の編成表は届いた?」


 田和村が2人に尋ねる。


「ああ、届いた」


「もちろん」


 高荷と森山はうなずいた。


「俺たち全員が強襲チームに選抜されるとは、正直、選ばれるとは思わなかった」


 田和村が言った。


「上の話だと、強襲チームの隊員たちは経験豊富な隊員たちで選抜されたそうだ。ただ、予備部隊として一部をここに残すそうだけど」


 森山が記憶を探りながら、言った。


「まあ、そうだろうな。SATの全隊員が出動したら、いざ、とういう時に対処できないからな。予備部隊を残すのは戦術の基本だ。しかし・・・」


「しかし?」


 高荷の最後の言葉を森山がつぶやいた。


 彼がその続きを言おうとしたら、食堂の出入口から声がした。


「なんで、俺たちが予備部隊なんだよ」


 不満の声だ。


「仕方ないですよ。俺たちは新隊員ですから、経験豊富な先輩がたが、選ばれるのは当然ですよ」


「はぁ~は、俺、SATで活躍したいから志願したのに予備部隊じゃあ、活躍の場がないなぁ~。活躍したいから陽炎団に志願したのに」


 新隊員たちがぶつぶつとつぶやく。


「あ」


 新隊員の1人が高荷たちの存在に気付き、声を上げた。


 SATの隊長や副隊長とよく話す高荷たちに自分たちが言った愚痴を聞かれたことに気まずい空気が彼らの心中に流れた。


「す、すみません。何でもないですから、気にしないでください」


 新隊員の1人が慌てて口を開く。


「別にいいよ。俺たちの所に来なよ。話を聞いてやるから」


 森山が優しく言った。


「本当ですか!じゃあ、遠慮なく」


「おい」


 1人の隊員が何の躊躇いもなく、席についた。


 他の2人も席につく。


「人数もいることだし、ババ抜きでもするか?」


 高荷がメンバーたちに聞くと、メンバーたちはうなずいた。


「お前たちの愚痴はこれまで聞いていたが、肝心なことを聞いてなかったな」


「「「?」」」


 高荷がカードを配りながら、新隊員たちに聞いた。彼らは首を傾げる。


「なんでSATになった?」


 高荷の質問に新隊員たちが顔を見合わせた。


 1人の新隊員が代表して言った。


「SATの広報やテレビや雑誌等の情報で憧れて志願しました」


「実際はどうだ?イメージしたものではなかったろう」


 森山が新隊員たちに言った。


 新隊員たちは難しそうな表情をした。


 どうやら、図星のようだ。


 しかし、高荷たちはそのことについては何も言わなかった。


「ここで1つ、言っておく。テレビや雑誌では我々SATは被疑者の生死を問わない制圧を目的としている、と言っているが、俺たちはテロ対策部隊でも警察なのだ」


 高荷はカードを捨てながら言った。


「俺たちが優先すべきは被疑者の逮捕だ。これは警察のどこの部隊に行こうが変わらない」





 横須賀軍港に停泊している海上自衛隊所属の病院船[こんよう]に近衛以下その家族が乗船した。


「お初にお目にかかります。私は本船の船長であります沖浦(おきうら)栄治(えいじ)1等海佐です」


 白髪が目立つ中年男性が近衛に挙手の敬礼をした。


「副船長の伊島(いじま)(よう)(いち)2等海上保安監です」


 こちらも中年ではあるが、沖浦と比べて少し若い。


「警備長の沢田(さわだ)厚樹(あつき)3等警備監です」


 陽炎団と同じ制服を着た男が挙手の敬礼をする。


「私のことは知っていると思うが、近衛です」


 近衛は3人の男と握手をした。


「君は陽炎団と同じ制服だが、組織は違うのか?」


 近衛は沢田という男と握手しながら、彼に聞いた。


「はい、制服は同じですが、徽章が違います。自分が所属しているのは警備庁です」


「警備庁?ああ、君たちの世界の話を聞いた時にそんな組織の話があったな。たしか、未来の日本では一般国民には銃器の所持が認められていない。しかし、治安が悪化し、凶悪犯罪が続出した。そこで未来の政府は民間警備業にも銃器の所持を認めようとしたが、教育体制そのものを見直さなければならないから、新たに警備庁を創設した」


 近衛は記憶を探りながら、警備庁の経緯を語った。


「はい、まったく、その通りです」


 沢田はうなずいた。


「しかし、なぜだ?この船は海軍の所属だろう。なぜ、海軍軍人以外の者が運用している」


 近衛のもっともな意見に沢田は少し困った。


 どこから、説明していいのか、わからないのだ。


「それは私が説明いたしましょう」


 沖浦が口を開いた。


「確かに[こんよう]は海上自衛隊・・・海軍が運用しています。しかし、この船は病院船です。敵味方を問わず傷病兵を収容し、医療活動を行わなくてはならない。さらに、最近では災害時にも出動する回数が増えました。国内だけではなく海外にも出動します。そのため、船内で万が一犯罪若しくは何らかの問題が発生しますと、逮捕権のない自衛隊ではどうにもなりません。そのために海上保安官が乗船し、操船と秩序維持を担当しています。彼ら警備官たちは船内の警備と風紀の維持を担当してもらっています」


 沖浦の説明に近衛は納得した。


「未来の日本・・・いや、世界ではいろいろとややこしい問題があるのだな」


 近衛の言葉に3人は苦笑した。


「近衛首相。ここでは何ですので、お部屋を用意させています。この船は病院船ですが、首相が乗船した際に使用される部屋があります。そこに、ご案内します」


 沖浦が促す。


「そうか、山縣大将から聞いたのだが、この船は病院機能だけでなく、かなりの娯楽設備が整っていると聞いている。こんな機会は滅多にない。後で未来の日本の設備について見せてもらえないか?」


 近衛の言葉に沖浦はうなずいた。


「首相がお望みとあれば」


 沖浦は先導に立って、近衛を船内に案内した。


 近衛の傍らを、背広を着た男女4人が固めている。


 彼らは陽炎団が派遣したSPセキュリティーポリスである。もともと、彼らはこの日本に派遣された要人の警護のために派遣されたのだ。


 要人の中には本庄や山縣たちもいる。しかし、自衛隊の要人はMP(警務隊)が警護しているから、SPは訪問先の警備である。

 昭和事変篇 第7章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

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