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昭和事変篇 第5章 宮城前暴動事件

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。

 香寿美山人質籠城事件が解決してから、1週間後。


 内務省警視庁本庁の本庄の執務室で、彼は内務大臣である安井英二(やすいえいじ)の直筆である書類に目を通していた。


「やれやれ、面倒なことになった」


「そのようですね」


 執務室にいる竜島が本庄から渡された書類を見ながら、つぶやいた。


 安井から出された書類には、宮城周辺で2000人の群衆によるデモ活動がある、ということだった。


 菊水総隊の本隊が到着してから、大日本帝国の国政は少し変わった。その代表的なものが言論の自由だ。しかし、言論の自由、と言っても民主主義のようなものではない。あくまでも必要最低限の主張を認めるものだ。


 だが、あくまでも主戦論発言のみで、反政府発言は認めていない。


 本庄たちが知っている史実でも、大日本帝国は帝国主義通りの言論の統制等を行っていた。


「つまり内務省を含め、旧警察の考えていることは、わかりやすく言えばこうですね。自分たちの蒔いた種は自分たちで何とかしろ」


 竜島が書類を置きながら、つぶやいた。


「そういうことだ。それから、我々の力を観察する為だろう」


 本庄は執務室にいる湯村に視線を向けた。


「警備部長。皇居・・・いや宮城には機動隊のどの部隊が配置されている?」


 本庄が確認すると、湯村は即答した。


「はい、宮城には第4機動隊と特科車輛隊が配置されています」


 湯村の回答に本庄がうなずいた。


「2000人の群衆が万が一だが、暴動を起こしたら、対処できるか?」


「団長。それは団長がご存じのはず、4機は鬼の4機として恐れられた機動隊です。1970年代から大学紛争の全盛期では彼らの名を知らない者はいませんでした」


 竜島が答える。


「それは承知している。しかし、数10年の前の話だ。現在の4機で対処できるか?」


 本庄の質問に湯村は少し考えてから口を開いた。


「4機の士気は高いのは間違いありませんが、4機を含めて陽炎団に配置された正規の機動隊は自衛隊以上に離隊者が多いのも事実です。全国の機動隊(管区機動隊、千葉県警察機動隊、大阪府警察機動隊が占めている)から優秀な隊員を集めていても、本来の4機の力は発揮できないかもしれません」


 湯村の回答に本庄は腕を組んだ。


「応援が必要か?」


「はい」


 本庄の言葉に湯村はうなずいた。


「しかし、応援と申しましても、6機は首相官邸の警備、5機は前回の香寿美山人質籠城事件の影響で隊員に休息が必要です。7機は緊急対応部隊として配置されていますが・・・」


 竜島の言葉に本庄は前もって用意していた回答を口にした。


「だから機動予備隊を使う」


 本庄の言葉に竜島は納得したような表情を浮かべた。


 機動予備隊とは、陽炎団が組織した部隊である。その名の通り機動隊の予備部隊である。全国の機動隊(千葉県警察機動隊、大阪府警察機動隊、管区機動隊は除く)から志願者を集め、編成した。5個部隊が編成され、陽炎団機動隊の増援部隊を担っている。


「団長。内務省警視庁特別警備隊から応援を要請するのは?」


 湯村が提案した。


「それはできないそうだ。内務省は特別警備隊を改変し、警備隊を創設するそうだ。そして、その警備隊を全国に配置する、と言っている。特別警備隊はその教育のため、散らばるそうだ」


 本庄の説明に湯村は納得した。


「しかし、団長。機動予備隊を創設したのは間違いなかったですね」


 竜島がつぶやいた。


 当初、警察庁は機動隊の予備部隊のことはまったく考えていなかった。しかし、機動隊が不足するだろうと予測し、本庄が具申したのだ。


「まあな」


 本庄はうなずいた。





 宮城周辺で行われたデモは、一応は平和的なものであった。


 もともとデモに参加した市民たちは帝国陸海軍の一兵卒とその家族、親戚たちである。主に中国、満州から撤退、朝鮮、台湾の独立についての反対運動であった。


 言い方は違うかもしれないが、2000人のデモ隊は整然と秩序を持って行動した。


 しかし、デモが開始されてから1時間後、デモ隊に異変が起きた。デモ隊が機動隊、警察官たちを見る目が敵意に変わっていくのが、1秒ごとに高まっていく。


「なあ、何かやばくないか?彼らの表情がこれまでのデモ活動に参加している市民たちと違わないか?」


 4機に所属している巡査が同僚に囁いた。


 この時、そう思ったのは彼だけではない。9割近い4機の隊員たちがデモ隊の市民たちの顔を見て、そう思った。


 元の時代でも4機は市民団体のデモの規制に出動したが、その時は比べものにならない雰囲気であった。


 やがて、各所で叫び声と投石が行われた。


「大日本帝国万歳!」


「陸海軍の腰抜けどもから天皇陛下をお救いせよ!」


「日本よ、世界の覇者になれ!」


 デモ隊はそう叫びながら、手直にある小石を投げる。中には大きな石を懐から取り出し、投げる。


 中には火炎瓶まで取り出し、投擲する者も現れた。


 それが引き金となり、デモ隊が4機の隊員たちに襲い掛かる。


 ライオットシールドを並べている4機の隊員たちは壁を作り、デモ隊を通さない。


「さっさと家に帰れ!」


「腰抜けの犬め!」


 デモ隊がそれぞれに4機の隊員たちを愚弄する。


 こうなってしまったら、もうどうにもならない。1度火が付いた暴動は平和的には解決しない。


「制圧せよ!」


 4機の隊長である警視が命令する。


 彼らは特殊警棒を取り出し、暴徒の顔に叩きつける。


「警棒及び放水器の使用を許可する。ただし拳銃使用は許可しない。銃は使ってはならない!」


 4機の隊長が部下たちに命令する。


4機には、全隊員に拳銃の所持を許可している。これは宮城周辺の警備を行う為である。


当時の日本では銃の所持が認められていたから、銃犯罪を警戒した上の処置だ。


 特科車輛隊に所属している放水車が暴徒に向け放水する。


 高い圧力をかけた水を吹き出し、暴徒たちを次々と吹き飛ばす。放水の威力は高く、まともに直撃すれば普通の人間は打撲したりする。


 4機の隊員の一部には高圧放水器を装備している隊員がいるため、暴徒たちに浴びせる。


これは高圧の水の塊を発射し、暴徒を制圧するものだ。イメージするなら火炎放射機がわかりやすいかもしれない。炎ではなく水である非殺傷武器だ。


 しかし、暴動は激化し収集がつかなくなった。


 デモ隊の中に火炎瓶だけではなく、拳銃やナイフ等の武器を持っていた者がいたため、機動隊員たちの命が危険になった。


 そのため4機の隊長は重大な決断を下さなければならなかった。


「やむをえん。凶器を所持する者又はその恐れがある者に対し、拳銃の使用を許可する!」


 4機の隊長の指示で隊員たちはM37[エアウェイト]やM360Jを取り出し、射撃を開始する。


「小隊員に告ぐ!銃を所持していない暴徒もいる。発砲する時は細心の注意を払え!」


 小隊長以上の機動隊幹部が携帯するM3913を発砲しながら、小隊長である警部補が無線機に叫ぶ。


 機動隊員が拳銃を使用したことにより、暴徒たちの一部はより一層凶悪化したが、ほとんどの暴徒たちが恐怖に支配され、逃げ出した。


 後に[宮城前暴動事件]と呼称されたこの事件は、デモ隊側に100人近い犠牲者を出し、300人以上が重軽傷を負った。ほとんどのものが騒乱罪という容疑で逮捕、検挙された。


 機動隊員側に10名近い死者と15名ぐらいの重軽傷者を出した。





 宮城前暴動事件の現場になった場所では、救急隊員たちが駆け回り、負傷者の応急処置や搬送を行っていた。


 その光景を森と石垣が並んで見ていた。


「これが我々の戦争です」


 森は小さくつぶやいた。


「・・・・・・」


 石垣は言葉を失った。


 学生時代、興味本位で1960年から70年代までに発生した暴動事件の資料を見たことがある。しかし、写真で見るのと現実を見るのはまるで違う。


「我々警察の戦場は貴方がた自衛隊の戦場とは違います。貴方がた自衛隊は敵であればすぐに撃ち殺すことができます。しかし、我々警察はそういう訳にはいきません」


「・・・・・・」


 石垣は何も言えない。


 警察の戦場は自衛隊の戦場とは比べものにならない。自衛隊の敵は武器を持った集団がそうだが、警察は違う。武器を持たない者たちや女や子供たちが敵なのである。暴動になれば特にそうだ。


 最初は言葉による主張で政府や議会、天皇に直接呼びかけるはずだった。それが、何かの拍子に暴動まで発展する。市民たちの心を一部の者があおり暴動を起こさせる。


 一度火がついてしまった大衆は本人の意思とは関係なく、流されてしまう。これまで1度も暴力を振るったことがない者も凶暴になり、周りの空気に支配されれば暴力に手を染める。


「石垣さん。貴方がた自衛隊は武器を持つ集団と戦う訓練はしていますが、武器を持たない集団と戦う訓練はしていません」


 森の言葉に石垣は、まったく、その通りだと、思った。


 近年の自衛隊はゲリラやコマンドからのあらゆる攻撃に備えて警察と協力して治安維持にあたるが、あくまでも銃で武装した訓練を受けた集団に対してである。


 警察の戦場は何も銃を持つ犯罪者だけが敵ではない。それに犯罪者が銃を所持しているからと言って、こちらも銃を使っていいにはならない。


 警察の任務は犯罪者を殺すことではない犯罪者を生きたまま捕らえ、事実関係をあきらかにし、法廷に連れて行くことである。


「新谷さん。貴方はどう思っているのですか?警察官が犯罪者を撃ち殺すことについて?」


 ようやく石垣が口を開いた。彼は警察官についていつも思っている疑問を尋ねた。


 森は彼の質問に少し考えた。


 石垣が求めているのは模範解答ではない。森自身の考えなのだ。


「それは状況にもよりますが、警察官が犯罪者を逮捕もせず、殺害したら過剰ですね。我々の仕事は犯罪者を殺すことではありません。逮捕することです。そもそも犯罪者をその場で殺していいのなら、我々警察官なんていらないのですよ」


「それが貴方の答え・・・というより、信念に聞こえます」


 石垣は森の顔を見ながら、言った。


「そうだと、私も信じたいです」


「というと?」


「私も人間です。状況によれば警察官としてではなく、個人的な感情で動くこともあるでしょう」


 森は目を細めて言った。





 東京府某所。


 特別高等警察の秘密施設。


 宮島は部下の荻宮と同行者を連れて、特高警察の秘密施設に顔を出した。


「貴方がたが警察の特務機関の者ですか?」


 特高警察に所属している警察官が宮島に尋ねた。


「そうだ。私は笹川。こっちは花木だ」


 宮島が簡単に自己紹介する。


「話は聞いています。こちらへ」


 特高警察の警察官が秘密施設に案内する。


 秘密施設の地下に入ると、男女の悲鳴と男の怒鳴り声が響いた。


 耳をすませれば竹の棒等で人間の身体を叩く音が聞こえる。


「こちらです」


 特高警察の警察官が1つの部屋のドアを開ける。


 宮島たちが部屋に入ると、裸にされた男が吊るされていた。男の身体は傷だらけだ。考えなくてもわかる。拷問の跡だ。


「ふん」


 宮島は傷だらけの男を見て、鼻で笑った。


 拷問を担当していた特高警察の警察官たちが宮島の存在に気付き、手を止めた。


「君たちが特務機関の者か?」


 顔に傷の跡がある中年の男が宮島に言った。


「そうだ。それで、拷問の結果は?」


 宮島は特高警察の警察官に聞いた。


「まったく口をわらない。さすがは予備役とは言え帝国陸軍の中尉だ」


 特高警察の警察官は傷だらけの男の顔をちらっと見て、言った。


「憲兵隊から連絡は届いているな。早く吐かせないと憲兵の連中に手柄を横取りされるぞ」


「それはわかっている。だが、いくら痛めつけてもこいつは自白しない」


 宮島の言葉に中年の特高警察の警察官は苛立った口調で答えた。


「なら、後は我々に任せてもらおう」


「お手並み拝見させてもらおう」


 特高警察の警察官たちが引き下がると、宮島は部下に指示し、傷だらけの容疑者の男の腕を解いた。


 男は地面に倒れた。


 宮島は男を椅子に座らせると、自分も椅子に座った。


 男は宮島を睨んだ。


「ふん。それだけ元気があるなら、話せるな」


 宮島は人の悪い笑みを浮かべて言った。


「貴様は宮城前暴動事件の扇動者として逮捕された。貴様の待遇を決めるのは貴様の態度しだいだ。さあ、誰が計画した?」


 宮島が問うと、男は「知らん!」と叫んで、顔を逸らした。


「そうか、なるほどな」


 宮島はそう言うと、ポケットから煙草を取り出した。


 彼はそれを口に咥えて、火をつける。


 煙草の煙を吐き出し、宮島は男の顔に顔を近づけた。


「貴様が話す気が無くても、すぐにペラペラ喋るようになる」


 宮島はそう言って、立ち上がった。


「頼む」


 宮島は1人の中年の男にうなずいた。


「わかりました」


 中年の男はアタッシュケースを開き、注射器と薬の瓶を取り出した。


「なんだ、それは?」


 容疑者は宮島の顔を見て、聞いた。


「こいつは自白剤。ナチス・ドイツが開発した自白剤を我々が改良したものだ。ただし、まだ未完成品でね、これを投与された者は良くて廃人、ほとんど喋った後で死亡している」


 注射器を持った男が答えた。


 自白剤。自白を強要させるために開発された薬品で、その研究は第1次世界大戦(欧州大戦)の時代に研究され、冷戦時代には特に力を入れられて研究されていた。しかし、自白剤の効果には疑問が残る。意識が朦朧とした状態で自白させるため、その信憑性はかなり低い。


さらに、自白剤を投与すると、死亡、中毒、廃人になる可能性がある。人権面でも大きな問題があるため、ほとんどの警察機関、軍の司法機関でも使用されないことが多い。


 だが、秘密警察や情報機関等では自白剤が使用される噂がある。


 刑法では自白剤の投与により自白した内容は裁判では認められないとされているが、それは裁判にかけられた場合だけである。


 裁判にかける必要がなければ?


 中年の男は容疑者の男の首の頸動脈に注射器を刺し、自白剤を投与する。


「さて、しばらく待つか」


 その光景を見ていた宮島が腕時計を見る。


「この人はどうなるでしょうか?」


 荻宮が腕時計を見ながら、つぶやいた。


「さあな」


 笹川は無表情で答えた。

 昭和事変篇 第5章をお読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

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